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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
89/106

07 歪みのshi(e)ld(4)



「グ、くっ」

「……」


 ──掴む腕の先で『もがき』続けるコワードを見下ろし俺は目を細める。

 未だに残る抵抗の兆し。頭を手で抑えられ背中から地面に倒された惨めな姿はある日の自分に重なるようで……嫌な気が胸を巡る。



 森に入ってから数刻。数知れない打ちのめす間に力の差なんていうものは嫌という程味合わせたはずだった。


 実際に、基礎すら出来ていないコワードの攻撃を受け止める事は難しい事でも無い。手に持つ刃の振るう先は自然と単調に、こちらが反撃として返す刃は拍子抜ける程簡単に肌を抉り血の色を纏わせる。

 倒れた身体にわざわざ追い討ちをする必要もないと思った。そんな事をせずともすぐに崩れ向こうの方から簡単に折れると……そう考えていたからだ。


「こ、のっ」

「……」


 ……だが待ち望んでいた瞬間は最後まで来ず。

 結局は実力行使を続ける事になる。



「……く、そ」

「……」



 コワードが呻いた。『臆病者』という意味の名を持つ相手が


「……」


 初めてその名をディガーに聞かされた時、俺は微かな期待を感じ……引き合わされた時に期待は確信に変わる。


 実力の少なく、臆病風の半端者、コイツなら仲間になれると考えた。

 決して──ない、理想の仲間に。



「は、なせって!」

「……」


 ……弱い指先が俺の掴む手を押し返そうと触れる。差し込む指は閉じた爪を退かせるには至らず、苦悶の言葉ばかりが辺りに満ちる。


 もう少し、もう少しだ



「分からないか」



 まだなのか



 押し込む腕に更に力を込めると、二度とは立たせないようなつもりで深くその身を地面に沈める。

 くぐもる音が強くなった。

 跳ねた土は自分の腕へと掛かり自然の掟に従い下へと流れて落ちていく。


「身の程を」


 諦めに折れ……二度とは戦わないと言い出すようになるまで。

 腕へと込めた余分な力を、決して緩めるつもりはなかった。




──────。




「ぐ、アッ」


 頭が、締め付けられる。

 ……何が癪に障ったのか押し付けるシルドの力は益々強く、深く変わり。頬に触れる水の冷たい感触は深度を高めていく。耳の中まで泥が入り込む不快な感触、込み上げる吐き気に出口すらもない。


「クッ」


 痛みから逃れようと手を当てるが……やはりというか腕は離れず。ならばせめてと蹴りを入れようと足を振り上げるが……それもすぐに察知をされ、こちらが蹴り上げるよりも先に太股の上にシルドの膝が落ちる。


 呻く痛み、余計に立場が悪くなった中、無表情に見下ろすシルドが開き言葉を漏らす。



「まだそんなに……いい加減に懲りないのか」

「ぐっ、クゥうる、さっ!」

「……冷静に、考えろ。お前の労力すべき相手がどこに居る、この村にそんな必要のある者は居ない」

「く、グ……ッ」



 『冷静』……バカを事を言うな。こんな状態で、マトモに頭を働くはずがない。考えてしまうのは不安と痛みと悩みと、逃れる方法。

 もがけばもがく程締まる指先はギチギチと嫌な音を頭の内部で奏で、考える力が落ちていく。


 すぐ傍に見えたシルドの鼻先、手を掴む指を一瞬緩め、殴り付けようと振り上げ、迫る。


「ッ!?」

「……ふん」


 それは、いとも簡単に、軽い動作で避けられると空を切った。

 反逆に強められる握り潰す腕、まだ上があるのかと思い知らされる痛みに零れる声が苦痛から悲鳴に変化して堪える事も出来ずに流れ出す。痛みに、まるで頭の形そのものが変えられるようだった。



「イッア、アガ、ぐっ」


「はあ……お前は何がしたいんだ」


「なに、て、ううううッ」


「嘘だらけの村にあるはずもない義理、向こうがどうとも思ってない相手に自分の立場を賭けてまで頑張る理由があるか?」


「ッ、グ」


 滲む視界……自分の涙のせいか……暗がりに見えるシルドの瞳はこちらを見て、鋭く細まる。



「意味はない」



 掴む頭が言葉と共に一瞬持ち上げられ、僅かな滞空の後に土の中へと叩き付けられる。

 雨水で柔らかくなった土、帰って来る頭を出迎える溜まった水のバシャリと立てる音。まとわり付く土。



「騙されている、分かるか、無い頭をしっかりと使え」

「グッ」

「懲りろよ」



 数度、数回。持ち上げては叩き付けるを繰り返し、その度に不機嫌になっていくシルドの言葉。ぼやける視界の奥で眉根の間に走る皺が深くなり、抵抗に上げる腕には次第に力が入らなくなって行く。


「お前は初めからバカだな」

「バッ」


「気に食わなかった、イライラとする」

「ギッ」


「弱くて……実力も無いくせに冒険者だと、笑わせるなよ」

「グッ」


「そんなに……早死にをしたいか。少しの活躍でチヤホヤされて人気にでもなりたかったか」

「ウガッ」


「現実を……っ」

「っ」

「しっかりと見ろっ!」

「アガッ……ぅ」



 痛い……


 ──コイツは……シルドは一体何を言ってるのか。村の事を言ってたんじゃ……なかったのか。

 霞む頭で思考は纏まり辛くなり、されるがままにされて何度も苦痛を味わう。


 いい加減に意識も危なくなってきた所でシルドは掴んだ頭を持ち上げ顔の傍まで近付けると囁くように言葉を言う。

 僅かに耳まで届く平坦な声音。



「いい加減、もういいだろ」

「……」


「クエストは終わった」

「……ゥ」


「1つ、言う事に頷いたらそれで終わりにしてやる」

「……」



「これから……もう戦うな」



 掴む指先は離れない。

 それは今までの乱暴な動作から一変したように優しいもので身体を労り横たえるように地面に戻すと大きく開いた目が自分を見下ろしていた。



「お前に力も才能もない、分かったな」

「……」


「援護射撃や手助けなんてものも俺に必要は、ない」

「……」


「前に『仲間として』と……そんな事を言っていたな……そうしてくれ」

「……」


「お前はカヘルで待っていればいい、何もせず戦わず、クエストを終わらせた俺を迎えろ……安心していい、手柄は分けてやる」

「──」


「ただ……無事を祝い喜んでくれるだけで、いい」

「──」


「……頷け、お前は、死なない仲間になれよ」

「────」



 ……耳へど虚ろに入って来るシルドの言葉、それに自分は口を開き。


「ア……ぐっ!」


 そして……閉じた。



「ッ!?」



 噛み合わす歯と歯、口の中一杯に広がる水と土の味。小さく呻くシルドが頭を捕まえていた腕を引き、身体を離すと後ろへと後退る。

「く」

 支えを失った自分の体は下へと落ち、ぬかるんだ土の上に手を置くと口内に広がる不快感を唾と一緒に外へと吐き出した……僅かに混じる血の赤色は決して、自分のものではない。



「かハッ、くそ!」


「コワード、お前ッ!」


 明らかな、怒気を滲ますシルドの声が響き睨み付ける目がこちらを見る。

 庇うように下へと下げた左手からは赤い血の雫が流れ出して下へと落ちて土に混ざる……噛み付いた手の皮膚まではさすがに人外じゃなかったか。余りにも子供じみた反抗に自分自身を笑えたが、痛む身体の後遺症にそんな余裕もなく、隠さない不快感を外へと吐き出しながら地面の上へと立ち上がる。



「どういう、つもりだ」

「それ、はっ、こっちのセリ……くそ、まだジンジンする」



 どういうつもりと言いたいのはこちらの方。度重なる暴力に痛みと目眩が強く尾を引き……正直、最後の方はシルドが何と言っていたか、意識が朦朧としすぎていてよく聞き取れていなかった。


 しかし……痛む頭の中で、必死に考えた結果に『答え』はもう出ていた。


「ある、んだよ……」


「ア!?」


「あるに、決まってる、そうだろう……」


 眩む意識と身体で立ち直し、半壊のマントの下から『武器』を取り出した。

 ……尖った刃先も剣呑な光も持たない、しかし自身最大の武器。

 雨を吸い込み顔を出したクロスボウ。鈍く睨む視線の先では被るシルドの外套の下に自分が傷付けてしまった証拠が残っている。



「くっそ、あるんだ……たった数日で? 異邦人に? あるに、決まってるだろそんなの」


「お前」


「オレが、そうだから……」



 凶行に晒されながら必死に考えた結果。

 取り出した矢を当てるクロスボウの本体は、使い手がここまでボロボロだというのに強い頼りがあり、万全なその姿……一抹の不安すら抱かせる。



「……悪いか」


「……」


「だから……行くんだ! 責任があるんだよ、退けよシルド、お前に用はない!」


「……」


「傷付けたのが、味方殺しが自分なら……取り返すのだって自分しかないだろうがあっ」


「……」



 張られた弦にワイヤーを掛け弦を引き絞る。


 ……流れ出る啖呵に口にして言ってみても未だに明確な自信はなかった。

 なにせ仲間なんていない『自称』仲間の相方すらこの有り様だ……本当に自分自身の立場を悪くしてまで仇を取りに走る必要があるのか、それより前にシルドの言葉がその通りなら村人の誰もが自分達を使い勝手の良い駆逐用の道具にしか思っていないのかも知れない。


「オレは、お前と違う。したくて……こんな事になった訳じゃないんだ……」



 ……しかし、それでも尚。

 胸の中に残る悔しさが、赤色に染まったレックスを目にした喪失感。責任と言われ飲み込んだ事がある。



 ──だからっ



「先に行く、手長を倒す。悪くてもいい……トモ──をやられて引き返すのが冒険者かよっ!」



 辺りに響き、雨の音にすら負けない自分の声。余りに声を上げすぎて言った自分がくらりと来る。

 踏み締める足の下で水溜まりの下へと泥が沈み……




「……………………」




 応えに返ってくるシルドの声は何も無かった。

 煙る視界の先で幽鬼のように佇む姿は現実感が薄く、小刻みに揺れるハルバードの切っ先は波立つ心境を現すように地面を何度も叩き飛沫を浮かべる。



「本当に……一度『殺』されないと分からないか」



「ッ!」


 流れる言葉の終わりを待たず、黒い風が走る。

 暴風を思わせる鋭い音、掛かる光は物言わぬ刃の先に吸い込まれ。


「──」


 一瞬にして近付かれ見下ろして来る色の無い瞳。短く浅い経験から上へと振り上げたクロスボウの弓床に


 吹き荒れる暴力が接触し鈍い音が流れた。



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