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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
86/106

04 歪みのshi(e)ld(1)


「なん、だよ」

「……」


「何か用か、シルド」

「……」


「……何か言えよ」

「……」



 ようやく絞り出した言葉にシルドから返って来る声は無い。

 頭上一面を覆う暗い空からずっと降り続ける白い雨、光が届かず頭の見えない木々を背にしシルドは微動だにせず立っている。


 ……空家を出る時に気付かれた様子はなかったはずだった。それでも先に居るという事は初めから待ち伏せをされて……何もかも見透かされて。


「ぐッ」


 掛ける声に反応がないなんていつもの事だったが今日に限ってはその態度がいつも以上に苛立ちを掻き立てる。泰然と構える立ち姿も薄い反応も全てが反感心の元になり激しくなろうとする胸の内を抑えるのに苦労する。


「なん、だよ」


 ……そのせいか口を突いて外へ出る言葉そのものはいつもよりずっと荒くなってしまった。


「何の用だよ、オレはシルドに用はないぞ」

「……」

「……悪いけど時間が無いんだ、先に行くよ」

「……」

「……そのままずっとだんまりしてろよ」


 気持ちが焦る。

 早く行かないといけない、そう心で思いはしても実際にこの先に『奴』が居る保証は何もない。

 だがそれでも何もしないで待っているなんて出来ないで気付かされてしまったからには迷う事も出来ない。普段なら長続きしない睨む視線も今日だけは崩れる事なくシルドを見続ける。

 


「……もう用はないだろ。じゃあな」


 会話を切り踏み出す足が地面を踏む。靴の裏にくちゃりと絡み付く粘性の高い泥。

 マントの下のランプの火によって浮かび上がるシルドの姿はいつも以上にぼんやりと……何か得体の知れない怪物のように目には映った。

 言葉ない圧迫感に進む足は無意識の内に早くなり。

 ようやく、シルドとすれ違える位置まで来たが交錯するその手前で目前へと差し出された障害物によって前が塞がれる。


「……何だよ、コレ」

「……」


 目前を塞ぐように突き出されたハルバードの長い柄。武器の出元を見れば当然そこにあるシルドの姿。

 非難の視線で見上げた横顔に、フードで隠した表情は近くまで来てもよくは分からず向かう視線はこちらを一切見ずに前を向き続けている。



「退けろよ」

 少し荒い口調で言っても動かす気配はない。

「……」

 声に対して戻って来る応えすらなく苛立ちは加速される。


「クソっ」


 邪魔をするハルバードの柄を直接掴み手で動かそうとするがピクリともしない。空中へと縫い止められたように横棒に上へと下へと、何とか退かそうとするが変化はなく。シルドの横顔を見上げたまま乱暴に手を動かす。


「く、おい!」

「……」

「退かせって、邪魔だろ」

「……」

「何がしたいんだよお前」



 ……いくら声を掛けても全く無言の相手に少しずつ、本当に同じ人間なのかと不安な気持ちが顔を出してくる。

 こちらは両手、対するハルバードを構えるシルドの腕は右腕一本だ。力の差とそう言ってしまえば終わりだがそれでもここまで……嫌な事実に目は険しくなり化け物じみた存在への反発心は強くなる。


「おいっ! おい、この!」

 何がしたいのかコイツは、一体何が

 自分だって必死なのにどうしてコイツは。

「……」

「おいッ」


 簡単に出来る。


「シルドォ!」

「…………はあ」


 小さく、息を漏らす音が耳に聞こえた。


「ぎゃーぎゃーとうるさい、少し頭を冷やせ」



 シルドの被るフードが横へとずれ今まで無関心に前だけを見ていた顔がこちらへと向く。

 ランプの赤い炎。

 照り返しに映る瞳の底のオレンジの光。

 自分が手を掛けていたハルバードが上へと跳ね、掴んでいた指先を強引に振り解かれると闇へと消えて行く。


「ッ」


 次の瞬間、見失ったと思った凶器の先が現れたのは視界の下部、地面すれすれを撫でるようにして黒い刃が伸び、裏側へと返した斧刃の中腹が止めるものもなく鳩尾の下に突き刺さる。

 湧き上がる衝撃と圧感、体の中身は上へと持ち上げられ逆に頭は下へと下がる。


「カ」

「……ふん」


 苦しさに歪んだ視線の先で、目に映る開かれたシルドの左腕、開いた獣の牙が閉じられるように五本の爪先が頭に殺到し肌へと食い込み頭部を上から鷲掴みにされる。


「ぐ、何、しっ」

「……」

「イ、ツ、イッ」


 こめかみを押し潰してくる指の痛み、込められた力により身体は浮き足が地面の泥を離れ上に上がる。

 一体どれだけ力があるのか人一人、それも冒険者装備を身に付けた相手を片手で持ち上げるなんて尋常な事じゃない。

 目に映る指と指との隙間の中、感じる痛みにせめて凶行の主を睨もうと視線を向けるが、そこにあったのは在るべきはずのない表情だった。


「う、ぐッ」

「……」


 動きの反動かずれたフード。

 下に見えた表情はまるでどちらが加害者か分からないような苦い顔……歪められた表情に横一線に固められた口元は締まり、盛大に寄せられた眉根は何かに耐えているようにも目に映る。


 ……その顔の意味を、問い質す時間はなかった。

 持ち上げられた自分の身体は天頂部で一瞬止まり自分から見て前へと揺れ……反動を付けるには十分な余白と距離、一息の間もなく下げられた身体は前から後ろへと、勢いを乗せたシルドの指先は頭を離れ虚空へと向け投げ飛ばされたのは自分だけ。


「グッ」

 短い、滞空。

 身体を打つ雨の冷たさを感じる中、自然に落ちて来た自分を迎え入れたのは黒い泥達。弾ける衝撃に土の欠片は空へと向かって盛大に跳ね、滑りをよくした地面と水溜まりの上をしばらく滑走してようやく止まる。


「あがっ、く」


 落ちた衝撃に全身は痛んだが、しかし立ち上がれない程の被害はない。


「こっの、何を」

「……」

「シルドッ!」


 ……たった数秒で泥まみれになってしまったマントを払い一息で立ち上がると気の遅い土の塊が身体の表面を滑り出し、落ちていく。


 シルドの立ち位置は全く変わらず、乱れたフードを今度は深く被り直すと表情は再び見えなくなる。

 先程少しだけ見えたものは何だったのか平然とした態度に変化はなく平坦で雨にも負けない冷たさを秘めた言葉が辺りに流れる。



「何をか、そう聞きたいのは俺の方だが」

「はあ!?」

「こんな夜に、そんな玩具を持ってどこに行くつもりだコワード」

「ツっ」

「……何を、するつもりだった」

「……」



 シルドの向ける顔が自分のマントを、借り物のランプを、そして外から見えないはずの短剣を見た気がして身構える。


 ……玩具などと言うシルドには分かるはずもない。これは全て自分が『倒す』為に必要な道具だ。

 それを借りたものだ。シルド、なんかに……


「関係ない」

「……」


 距離を開け、肩から吊したクロスボウへと指を掛けるかどうかを迷い……やめにする。

 代わりに手を伸ばしたのはイネスに貰った短剣の細い方、太股に巻き付けた鞘から伸びる持ち手を握り締め覗き込むシルドの顔を睨む。

 冒険者装備はあくまで対モンスター用のもの……それを覆すつもりはない。……例えそれが本当に化け物じみた相手であっても人相手に使っていいものじゃなかった。

 そう聞いて、それが間違いではないと自分でも思っている。



「そうか」



 先の道に立つシルドは言葉少なく口にするとハルバードを振るう……距離がある為決して当たる事はなくても、振り回した重い音が風を産み、離れていても耳には届く。僅かに光を吸って輝く刃の先が心の底の萎縮を掻き立て、ざわめかせた。


 見上げる空の黒い雲。


「……なんであってもいい、この先に行くのは許しはしない」

「……別にお前に許される必要なんてないだろ」

 雨が降る。


「ふん、大方誰かに何か吹き込まれたんだろう、何を言われた?」

「言う必要、ないだろう」

 雨が降る。


「モンスターを倒してくれと涙ながらにでもお願いされたか?」

「……」

「それで、その気になったか……ハ」

「うる、さい」

「……それが出来ると、自分で思ったんだろ。バカだな」

「……」



 冷たい雨が互いの距離をより遠くに感じさせた。

 耳障りな声にやはり、さっきの顔は幻覚か何かだったと確信する。辛うじて光に浮かび上がるシルドの口元は弧を描き、見下す笑いを浮かべた笑顔のもの。


 何度も見たような顔だ。

 いくらでも聞いたような言葉だ。

 しかし決して慣れる事はなくいつでも胸を掻き乱すもの。



「全くモンスターなんて……居もしないものを……」

「ぇ」


 風が揺れ。

 自ら発した言葉すら切り刻みながら刃が走る。

 一陣の黒色の破壊はシルドの踏み締める足下に食らい付き弾けた大量の泥が空へと向けて舞い上がる……底知れない威力の跡を示す獣の爪痕に似た太い線、出来上がった人工の溝に辺りの水が流れ込み細い川を作り上げる。

 シルドの笑みが自分を見て、開いた口が言葉を発する。



「この先に行けば殺す」



「……っ」


「そう、言ったらどうする」



「……」


 冗談のようにも聞こえ、その反面当たり前の事実を教えるような気軽い言葉。


 耳に聞こえたものだけではなく向けられるハルバードの先、今までの……刃先を返した手加減のものではなく命を刈り取る凶器の刃が光を吸う。


 その威力は目で見て知っている。それが獣ではなく自分に向かっていると思えば、嫌な予想に身体が冷えていく。

 笑みを形作るシルドの口は更に深まり人をバカにする見下ろす言葉が響く。


「嫌だろう、さあ戻れ」

「……」

 足が、動かない。


「お前の出番は終わったんだ。クエストも何の意味もない、何をしても無駄だ」

「……」

 足を、動かせない。


「ふん、どうした……どうせすぐに迎えは来る、カヘルに戻ればここでの事なんて過去の事だ。どうでもいいだろう」

「……帰、る?」

「……ああ、戻るんだ。お前も飽き飽きだろう。この村は利用する事しか考えない、お前も踊らされているだけだ。すぐに分かる」

「……」

 足を、動かせない。


「……」

 シルドの脅しが恐らく本物のものであろうと自分には分かる。

 何せ相手は味方殺し……だ。自分がそれを知っている事をシルドは知らないだろうが今まで見てきた言動の中で信じられる物が何もない。


 だからこそ怖いんだ。今までが偶然だっただけでその気になれば鋭い凶刃が自分を襲いそうで。


「……」


 そうなれば自分は……。




「……ハ」


 長い沈黙の後にシルドは息を吐き、構えたハルバードを下へと降ろす。抵抗の意志がないとそう感じたのだろう。



「さあ戻るぞ、お前は……」

「……戻らない」

「……ア?」

「しないと、いけない事があるんだ」


 足を、怖さでは動かさない。


「くッ」

 手で触れていただけの短剣を抜き放ち、構え、シルドを見る。睨むのではなく見る。


 手のひらに収まり刀身の短い片刃の剣……シルドの持つハルバードに比べれば明らかに頼りなく、そもそも冒険者装備でも何でもない。

 貰い物の飾りのような凶器の差がそのまま互いの実力差のように目には映った。


「……本気か」

「……」


 重く、鈍い声がする。

 恐らくは予想外に近いのだれうシルドの言葉に明確な怒気が混ざるが逃げたりしない。……顔が見えないというのはこういう時は有り難い。睨まれる視線を、直接見ないで済んだ。


「本当に誑かされたのか。つくづく自分のない奴だな『臆病者』」

「自分なら、ある……」


 やるべき事が、あった。

 しないといけない事だ。

 踊らされたと言われても責任は確かに自分にある。


 下がってばかりが多くても、下がりたくない時がない訳じゃない。


「オレはお前が嫌いだ」

「……」

「シルド」


 無言で手にするシルドのハルバードが確かに揺れ、短い剣が空を向く


 踏みだした自分の足に粘着性の高い泥がくちゃりと絡み付き。


「オレは、お前と違うんだああ!」


 仲間を殺したという者に対し仲間を撃った者の刃が降り掛かり。


「っ!?」


 簡単に、受け止められた。対応して返す刃が目前に。


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