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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
84/106

02 誰のせい


 その知らせが届いたのは朝も遅い時間、本当ならばもっと早く伝えられたかも知れないが少なくとも自分まで届いたのはそのくらいの時間だった。


「はっ、ハッ」


 黒い雲から続々と落ちて来る白い粒。昨晩から降り始めた雨は止むどころか余計に強くなり、暗く感じる村の中を夢中で走り目的の家まで辿り着くと遠慮も躊躇も無視をして勢いよく扉を叩いた。


「おい! おいだれかっ、アールッ! アールッ!?」


 丸く折畳んだ指と指、手の関節に返ってくる木の反動を感じ、それを数回繰り返した後でやっとやや慌てた様子で重い扉が開かれる。

 木枠の隙間から顔を覗かせる白色の髪と皺だらけ顔に目的の人物が出て来てくれた事に安堵し、アール自身も自分が来るとでも分かっていたのか一度大きく目を見開いた後すぐに中へと引き入れる……ここに来て強い雨降りの中、自分が雨具の一つも付けずに飛び出していてびしょ濡れの姿であった事にも気付くが、アールにもそんな事を構う余裕はないらしい。やや切羽詰まった様子で自分の腕を引くと先頭を切って家の奥へと進んで行く。


「よく来てくれたコワードくん、こっちだ、早く」

「あ、アール、レッ――」

「いいから、すぐ案内する」

「……ああ」


 依然手を引かれたままである為、先を行くアールの早足に合わせて自分の足も早くなる。空家に比べて過多とも言える装飾品の数、廊下に鎮座する品物達を急ぎ足で避けるように進み、奥へと行くにつれて次第に自分の鼓動も早くなっていくのを感じていた。


『レックスが――われた』

 ……そう知らせを受けたんだ。


「く」

 落ち着かせようと思ってもどうにもならない心臓の早さ、雨中の肌寒い程の気温に反し背中に吹き出す汗は粘つく嫌な部類のもの。アールに手を引かれて駆ける自分の姿がまるで他人事のように遠く感じられ、昨日通ったばかりの廊下を全く同じ順路、全く同じ道で辿り、連れ回され辿り着いたのは同じ広間。

 先を行くアールが急いで扉の縁へと手を掛けるがそこで一旦止まり、意思を確認するように数度息を吐き出した後に振り返る。


「先に言っておきたい。これは、不幸な事故なんだ。決してコワードくんが……いや、あの子が抜け出すのに気付けなかったのは私の方だ、だから私の方がずっと」

「アール」

「だから! 気に病むな……と言って済む話しでもないが。いいかい? とにかく落ち着いて」

「アールッ」

「私は何も君が――」

「アールッ!!」

「つッ、すまない」


 扉の前で終わりないようにぶつぶつと繰り返すアールを止め、思わず大きく声を上げてしまう。

 廊下の奥の方まで響く大声に発した自分でも驚き、そんな自分以上に目を丸くさせるアールは一瞬だけ苦い顔を浮かべると扉へと掛けた腕にゆっくりと力を込めていく。

 窓から見える家の外は暗い灰色。しかし家の中は眩しい程の灯りが用意され、目的の広間も揺れる赤い火が強く照らし出していて、暗く見えない物なんて何も無い。


「昨晩遅くだ」

「……」


 広間の中は昨日と違って物が散乱している。慌ててスペースを作ったと見て取れる倒れた腰がけがあちこちで転がり、無造作に放り出されているのは治療具の数々。


「念の為と、最後に見回りに出た村の者が見付けてくれた」

「……」


 複数のくしゃくしゃに丸められた『赤い』布、水の入った桶がいくつか配置され。鼻を刺激するツンとした香りは消毒用の酒か。騒然とした部屋の中央で、我が物顔で居座る子供の姿が物音一つ立てずにシーツの上で転がっている。

「……」

 喉の、乾きを感じた。


「恐らく、何とか逃げ切りはしたんだろう。見付かったのは村の出口のすぐ近くで、この子なりに必死だったんだろう。破いた衣服でいくらかの血止めは試みていた……」

「……」

「大口の噛み傷がある、だから……コワードくん?」

「…………」

「コッ、コワードくん!」


 すぐ近く。喚くアールの声が遠く聞こえる。

 見開く自分の視界一杯に映るのは想像もしていなかった人の形。左肩と両足とが赤く染まり、汚れた包帯の周りには丸められた布地が大量に転がっている。薄手へと変わった衣服に仰向けに寝る人物からは寒いとも痛いとも一切の声が上がる事は無く、静かで……まるで、――だようだ。


「レッ」

 震える歯と歯が言葉とは逆にガチガチとぶつかり合い、足は無意識の内に前へと。伸ばした手は何かを求めて差し出されるがまだ届かない。

 大きく踏み出した一歩目の足が早く傍へとせがんだが意志とは反対に自分の行動は突如背後から伸びて来た太い腕によって止められ、襟首を後ろから掴まれ喉は締まる。



「貴様ッ!」


 背後から覆い被さる鼓膜まで破らんとする怒声、掴まれた襟首もそのままに力任せに身体は床に叩き付けられ。

 衝突のショックで一瞬息が詰まった。

 横から伸びるアールの腕と制止の鋭い声にもかかわらず腕の主は手を休める事無く仰向けに転がった自分の胸まで腕を伸ばす。

 掴み取られた襟首にそのまま力が伝わり。自分の身体はそのまま強引にずるずると引き摺られて部屋を後にする。

 後頭部が床を叩き、袖が壁を擦り、どれだけ振り解こうとしても力を入れても強く握り固められた太い指は開かない。


「外へ出ろ!」

 吐き捨てるような声に続いて頬へと当たる水滴と風の冷たさを感じる。問答無用で家の外まで引き摺り出された所で身体は持ち上げられ。最後のオマケとでも言いたいように自分をぬかるんだ泥水の上へと叩き付けたところでようやく止まる。


「ぐ、げほっ」

 衝撃に跳ねる水滴は自然の掟に逆らわず、すぐに下へと落ち。

 降りしきる雨粒の向こう側に怒り狂ったグリッジの顔を確認して、自分は泥の上で立ち上がった。

 身体は痛い、痛いが。我慢出来ない程でもない。


「な、なにを急に」

「コワードくん!」


 自分とグリッジに続きアールも家の外へと飛び出してくる。

 響く騒ぎの声に気付いたのか周りの家々からも次々と村人達が顔を出して来て……自分とグリッジ、両者を順繰りに見つめた上で冷徹な視線を自分だけへと向けてくる。

 訳が、分からなかった。


「く、何が、なんなんだ、おい!」

「っ、何が、だと?」

 

 必死の問い掛けもグリッジには届かない。滴る水滴をまるで涙のように垂らすグリッジは自分を見つめて低く唸り、震える手の平を握り拳の形に固めると肩を震わせる。


「貴様が、貴様がなんでっ……傷付くのは、そっちの役だろう。さっさと終わって、それで済む話しだったなのに」

「おッおい――」

「なんで、レックスなんだッ!」


 胸に思い浮かんだ何かが口を突いて出るより先、目の前のグリッジの固めた手が広がった。




………………………。




「何が」

 鈍く響いた打撃音に気付いて顔を上へと上げる。

 目に映ったのは果敢に腕を上げようとするグリッジと、それを上からハルバードの柄で殴り付けるシルドの姿。

 泥水の上に飛沫を上げて倒れるその姿は先程までの自分と役割を替えたように目に映り。フードを被って表情を隠したシルドを見返し必死の『足掻き』を繰り出し続けているが全て躱されている。


「何が、どうなって……」


 繰り返し口から漏れる自分の言葉はこの場の誰にも届かない。

 無力な自分に代わって場を止めようと走り出したのはいち早く意識を取り戻したアールだった。一方的すぎるが争い合う二人の間に駆け寄り、凶器を持つシルドを、子供のように暴れ続けるグリッジを、その細い両腕で抑え付ける。


「落ち着けグリッジ! お前、何をしてるか分かって」

「ぐ、離っ、この――」

「シルドッ! ……さんも、武器を収めて頂けないか」

「……」

「……頼みます」

「……ふん」

「くッ! 貴様ッ」


「……」

 顔をこちらへと向けていないので分からないがアールの願いにシルドは了承とも嘲笑とも取れる軽い息を漏らしハルバードを引く、その態度を確実に馬鹿にしていると捉えたグリッジは尚も掴み掛ろうと手を出すが。アールに続いて止めに入った他の村人達に抑えられる……自分の時にはそんなものはなかったが、これもシルドが相手だからか。抑えられても未だに鼻息の荒いグリッジの様子に変わりはないが、それでもようやく無駄な抵抗と悟り諦めはしたようだった。


「クソ、レックス……くっそ」


「……」

 村人の作る人垣の奥から、僅かに漏れ聞こえて来るのは悔しそうに呻く声。

 ぬかるんだ土の上にようやく立ち上がる自分の前にグリッジと他の村人達を見えなくするようにシルドが立ち、片腕で回すハルバードは矛先こそ下へと変えたもののいつでも繰り出せる臨戦態勢のような状態で待機している。


「シルド」

「……」


 背中から声を掛けるが、相変わらず応えてくれる声はない。

 ……そういえば、どうしてシルドがこの場に居るのか。久し振りに見る姿に分からない事だらけのこの場面を更に難しそうな人間……そこまで考えが至ってようやく思い当たり慌てて視線をシルドの背からその肩へと移す。


「シルドッ、肩」

「……」

「…………いや」

「……」

「何でもない」


 シルドはフード付きの雨具を付けている。

 視線を移して見ても、肩口で盛り上がった黒い皮が見えるだけでその内の肩の様子までは分からなかった。先程から武器を振るっている腕も右腕一本であり、全く動こうとしない左腕に受けた傷の具合は深刻なのか、浅いのか。痛がる様子すら見せないその態度に確かな事は何も分からなかった。


「……」

「……」


 掛ける言葉も、聞いていいかも分からない言葉を失い無言に。

 打破し切れない空気の流れる中で騒動の中心であったグリッジの近くからようやく落ち着きが取れたのかアールがこちらへと向けて進み出て来る……近付いてくるのはアール一人だけ、遠巻きに見つめる他の村人達はこちらへと向かって歩み寄る事は無く、シルドと軽く目線が合うだけでその顔を反らす始末だった。


「すまなかったコワードくん、シルドさん」

「……アール」

「特にコワードくんは、本当にすまない。……グリッジの誤解だ。私はレックスの事は完全に事故だと考えているから安心してくれ。皆も心の底から誰かのせいと思っている訳ではないんだ」

「……」

「すまない……この通りだ」


 普段の微笑は今やその顔から完全に消え、苦々しく顔を歪めアールは自分へと向けて頭を下げる。軽い会釈のようなものではない完全な謝罪、グリッジに殴られた頬は熱く、ジクジクと染み込むような痛さはあるが一夜で一変してしまった他の村人達とは違い変わらないアールの真摯な対応に内心で大きな嬉しさを感じていた。

 状況が飲み込みきれないこの中で、唯一縋れるものを目にしシルドの後ろから前へと出ようとするが……その足は肝心のシルドの横へと伸ばされるハルバードの柄によって止められる。


「ふん」

「シルド?」

「事故だと?」


 久し振りに聞くシルドの言葉らしい言葉。

 しかし、耳に聞こえて来た声音は普段から無関心そうないつもの低い声ではなく、くぐもった、込み上げる笑いを堪えているかのような曲がった響き。その声に驚きを感じて横から見上げると、確かにフードに隠れたその下から弧を描く笑みのようなものが見え、続けて聞こえて来る言葉は更に信じられない類のものだった。


「事故と……自分達の事を棚に上げて突っ掛かってくるそこの村長も十分馬鹿だが、事故と思い込もうとするお前も十分馬鹿だ」

「……」

「シ、シルド何言って」


 顔を上げるアールが正面からシルドを見て、何か言おうとして近付くが、それより先にその老体へとハルバードの柄が迫る。今は明確に吊り上げられているシルドの口……払われ跳ね除けられた拍子にアールは再び地面の上へと尻を着け、途端に村人の何人かがシルドの事を睨み上げはするが……勇んで止めに入ろうとする者は誰も居なかった。

 シルドは続ける。


「状況は分かっている。そこで喚く馬鹿より、ここの……何も分かってないような『相方』よりな」

「……え」

「だがどうだ、考えてみた所で何も悪くない」


 シルドが言葉に合わせてハルバードを横に振るう。瞬間飛び散る雨雫と泥の欠片。

 『相方』と、そう呼ばれたはずなのに何故か嬉しさのようなものは全く湧いて来ず、それより先に抱くのは不信感と疑念。口が悪くなったように罵るシルドは村人達を順番に見回した後に手を止める。


「レックスとか言ったガキ、最も馬鹿なのはコイツだ。……ただ救いようの無い間抜けが一人で突っ走って転がっただけだろう」

「なっ」


 遠く、村人達の間でざわめきが走った。小さなざわつきは、しかし音だけでありシルドのよく回る口までは止める事が出来ない。


「恐ろしいモンスター、そう依頼を受けたモノの潜む森に、自分一人で、勝手に、夜中に、抜け出して、それで?」

「シ、シルッ」

「……死にでもしたか?」



「ぇ」


 余りにも。


 余りにも軽く口を突いて出て来た単語に思考は一瞬止まり、呆然とシルドを見上げる。

 上から見返して来たその目は確かに笑っているようで……そういえば朝方知らせを受けた自分はまだ、レックスの――までは確認出来ていない。そんな暇も無かったと言った方が正しい。

 赤く染まって横たわったその身体に、身動き一つ反応一つ漏らさない姿を確認して……それだけ。怒りに狂うグリッジからも冷静であろうとするアールからも明確な言葉は何一つ聞けていないで。そう思い至った瞬間、胸の奥底で鼓動が一つドクンと鳴った。


「違う、レックスは――」

 反論しようとするアールの声も。

「違わない」

 即座にシルドに潰される。

「誰もそうしろと言ってないはずだ。奴は自分で勝手に、恐ろしい化け物が住む森に入っていった……それで事故か? それでお前達のせいと喚いたのかそこの大きな子供は」

「い……いや」

「違わない……そうだな?」

「……」


 ここで初めてアールは口ごもる。

 もっと強く言って欲しい、言って欲しい言葉はあるのに続かない。

 言いかけて言葉に出来ないその態度はシルドを更に増長させるだけで、フードの下から覗く口がいつか見た、人を馬鹿にする見下す笑みへと変化していた。


「馬鹿なんだ。ガキだった……だからこうなる。身の程を知った方がいい、その方が怪我なく済む。馬鹿の一人走りで自分から傷付いてそれのどこに得るものがある」

「シ、シル」

「その親が、何を狂って他人のせいにした。その祖父が事故で済まそうとした。本人に至っては何とかなると、そう勘違いしていたか」

「シルド」

「馬鹿だな、死んだ方がいい。自分は死なない? 自分は大丈夫、自分は平気、自分なら何とかなる。自分は人と違う、自分はこれからがある。そんなもの馬鹿の理屈だ、馬鹿だ、救いようもない。そんな奴は、今でなくても絶対に後で知るんだ」

「シルドッ!」


「人間なんて簡単に死――」

「シルドオオオオオオオッ!!」



 ――気が付いた時には身体が勝手に動き出していた。

 飛び出す足、振りかぶる腕。

 強く下へと落ちていく雨雫の中で握り固めた拳の先で痛みを感じ、鈍い音と衝撃に笑顔だったシルドの顔が大きく右へと揺れた。


「……ハ、ハッ」


 振るった自分の腕。人を殴るなんて初めての事だった。

 恐らく殴られたシルド本人よりもずっと早い自分の鼓動、バクバクと鳴る心臓がうるさく響き。降り続ける雨の中で、ボソリと耳に聞こえた言葉にならない一言。

 緩慢とも言える動作でシルドは動き出し手にしたハルバードが横へと振るわれる。


「ッ」

 脇腹から入り込んで来る圧迫感。胸は詰まり浮き上がった身体はそのまま宙へと投げ出されて泥水の上を転がった。口端から入り込む泥に噛み合せた歯が不自然な音を立て、体勢を整えて立ち上がると目の前で悠然と武器を構えるシルドが待ち受ける。


「っ、ぐ」

「……」


 鋭く細められた目。

 一分の隙すら見えないような構えの奥で、敵対するモンスターを見るようにシルドは睨む。黒く尖った矛の先は今まで手加減されていた柄の部分とは異なり剣呑な光を顕にし、明確な『殺される』感覚が頭にこびり付く。

 手の中に未だ残る殴り付けた痛み、それだけが唯一の熱のようだった。


「く、グ」


 踏み出す勇気が出ない。勝手に泣きへと入る身体に裏切られた気分なのはこちらの方。

 先程のグリッジと、同じく声にならない呻き。今にも刃を振り下ろそうと構えるシルドに自分は反転して背を向け。


「ぐ、クッソ、くっそ!」


 ……そのまま脇目も振らずに雨の中を走り出した。



「くっそくっそくっそくっそ、クソ!」

 空から落ちる水滴が、風に乗って冷たく頬を切る。

 走って走って息が切れ。

 走って走って後を追ってくるような気配を確認し、悔しくなり。

 走って走って……最後は虚しさと肺の痛みだけを残して足は止まる。


「ハァ、ハァ、ハァッ、ハァ」


 ずっと胸の内側の様子がおかしい……正確に言うならば変わり果てたレックスの姿を目にしたその時から、グリッジに自分が悪いと言われたその時から、シルドに、レックスは死――と、言われて自分が殴ってから。


「ハァ、うっ、ハァハァ、く、グ」


 息が辛い。雨粒とは別の物が口へと入り込んでくる。足は止まっているはずなのに苦しさは終わらず、重苦しく背中に乗る物の正体が分からず戸惑っていると後ろから声を掛けられた。

「ッ」

 咄嗟にシルドか……もしかしたらグリッジかと身構えたが実際はそのどちらでもなく安堵する。現れた人物は自分の気持ちも事態も何も知らないような顔で気の抜けた挨拶をし、穏やかな言葉に自分の緊張の糸が解れて行くのを感じる。


「あら、小さい方の冒険者さん。こんな所で昨夜に続いて奇遇ですね」


 穏やかに微笑む女性は昨日も会ったイネス。

 昨夜と同じスタイルで空へと向けて傘を差し、変わらぬ様子で笑い掛けて来てくれている。




――――――――――――。




「……避けなかったのは貸しだ。悪かった」


 ボソリと呟いた俺の声は雨に煙り遠くなっていく小さな背には届かない。

 目深に被ったフードを更に下へと引き下げると、僅かに痛み頬の熱さを感じその上を強く指で触れる。

「……」

 指の先で痛む箇所を押し込めば感じる痛覚だけは倍増するが、感じる痛みに反して消えて行く胸のシコリは何も無い。

 無駄な事ばかりをしている気分に一瞬囚われ、目の前が余計に暗くなるようだった。


「シルド、くん?」

「……」


 遠慮がちに掛けてくるアールの言葉に頭を切り替える。

 今すべき事は目の前の事を一つ一つ片付けていく事だけ、そう意識し、余計なものを出来るだけ削っていく。

 アイツを考える事はなくなり、代わりに周りがよく見えるようになれば心配そうに声を掛けてくるのはアールのみ。当然と言えば当然だったが他は意味が分からないと呆然と見送るか、単なる仲間割れと呆れて見ているかの二つだけ。

 自分達に関係無いと思っているこいつら村人がこの後どう顔色を変えていくか、そう思うと暗くなる視界が少しだけ晴れるように感じる事が出来る。


「……状況が状況だ。犠牲者は出たからこのまま知らない顔で街に戻り、お前達の罪を報告するのは待ってやる。だから正直に話せ」

「……罪?」


 とぼけるアールに俺は今度こそ間違いのない嘲笑を浮かべ、目を細める。

 確認も既に終わった。間違いないという自信が出来上がった為躊躇する必要も無く口を開ける。


「この村にモンスターなんて居ない、クエストも偽装、分かっていてやったな……ギルドを騙してうまくやったつもりか?」

「……」

「……人を戻すどころじゃない、村ごと潰される事を覚悟しろ」


 明確に掛けたはずの俺の言葉に即座に応える声はなく。

 代わりにただフードを打つ雨音の低い音だけが耳に届いてくる。



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