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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
83/106

プロローグ兼01 八日目

ほぼ戦闘になると思われる3章後半。始まります。

――石工都市カヘル 宿場『泥船』内――



「ありがとうございました」


 明るくよく通るリズの声がロビーに響き、私は台帳へと記入を続けていた腕を一旦休めるとそちらへと向け顔を上げた。

 宿場入口扉が開かれ備え付けの鈴が軽やかな音を立てる中、今まさに外へと出ようとしているのは先程チェックアウトを終えたばかりの宿泊客。大荷物を背に負い歩くその後ろ姿を追ってリズ自身も宿場の外へと飛び出して行き、軽い『お見送り』をしているようだった。


「……」

 開かれた扉の向こう側、目に見える街の景色は暗い灰色……雨季も中盤へと差し掛かり晴天が激減したこの頃では憂鬱な雨振りがむしろ日常へと変わっている。

 今日のように空が暗く、それでも雨が降って来ない空の様子はまだ具合がいい方か。

 曇空の下へと出て行ったリズを目で見送り、そのままいくら待っても戻って来る気配がない事を確認すると私の顔には苦笑が浮かぶ。

 仕方のない子と勝手に片を付け、密かに開始されるのは心の中の秒数カウント。


「ふふ」


 ゆっくりと数え10秒。20秒。30秒。40秒。

 それだけ数えてもまだまだリズは戻らない……このままただ待ち続けるのも不毛である為、私は視線を台帳へと戻し途中であった記入を再開させる。手を動かす作業の傍ら、並行しつつ行う不規則なカウントだけは心の中で続け。待っている間にその数字もどんどん大きくなっていった。


 50秒、80秒、150秒、300秒……。



「……そろそろかしら」

 単なる『お見送り』にしては掛け過ぎな時間。

 チラリと視線を入口扉へと戻すとようやくリズが戻って来た所で、再び軽やかに鳴る鈴の下、若干肩を落とした様子でロビーの床を見つめながら歩いている。……ただの『お見送り』にそんな落胆するような理由はない。それどころか愛想良く何かと要領よく済まそうとするあの子にとって『お見送り』なんてサービスは普段はしていない事であり。それだけでも珍しい事だった。

 ――何となくでも予想の付いている私はリズを労って笑みを向ける。


「おつかれさま」

「……ん? 何が」

「なんとなくね。別に深い意味はないわー」

「そう、ならいいんだけど」


 少し含む所の混ざった私の視線に何か勘付いたのかリズは今まで下がっていた肩を上へと上げ突然背筋までピシャリと伸ばすと何事も無かったかのような綺麗な営業スマイルを顔に浮かべる。……そんな所は全く誰に似たのか、私しか見ていないはずなのに余裕で愛想のある風を装うその仕草に不意に私の中では悪戯心が芽生え、机の上の台帳を一旦閉じると素知らぬ方向へと顔を向け勝手な独り言を漏らす。


「そういえば。もう一週間かしらねー」

「…………何が?」

「えっ? いやコワードちゃん達が出て行ってからよ。さすがにクエスト自体はとっくに終わってると思うんだけど、さすがに心配になってくるわ~」

「……そうだっけ? 私はすっかり忘れてたよ」

「あら~」

「な、なに」

「そおかしら、ふ~ん。ふふふ~」

「……き、気持ちわる」

「……」

 少し傷付く。


 それでもよく分かる無理のある気のない素振り。

 浮かべた笑みを強める私にこれ以上突っ込まれる事を嫌ったのかリズは「忙しい忙しい」と聞いてもいないのに口で漏らしそのまま宿場の奥へと引っ込んで行ってしまう。


「あら」

 ちょっと直接過ぎたかなと反省するが、それでも酷く気にした訳でもないだろう。きっと私が軽いお使いでも頼めば喜んで外へと出掛けて行ってくれるはずだ……何でもいいから宿場の外へと出る理由、用件だけはテキパキと終えて、そのまま無い姿を探しに行ってなかなか戻ろうとしないだろう。


「なんだかんだでそれなりに仲良くなって、いい事よ~」


 一人笑みを漏らし、こういう所がもしかしたら気持ち悪いと思われるのかと少しだけ悩み眉根を寄せる。

 コワードちゃん達が出て行って五日程経った頃からリズの口から出て来るその関係の話題は極端に減り、今ではこちらから話しを振っても何か理由を付けて会話を切り上げてしまう始末。……心配をしているのか、そう思っているのを悟られるのが嫌なのか、いじらしいというか回りくどいというか……普段は見せない珍しいその態度に私も段々楽しくなって来てしまい本来教えるはずだった大事な事もリズには伝えられていない。


「……」

 カヘルからデセルテ村まで約三日、なるべく遅く行って欲しいと頼んだからそれくらいだろう。その後カヘルまで戻り更に数日空けてから迎えに行って欲しいと『無理に』お願いをしたから今頃はようやく出発する頃か、まだ出てない位か。

「……ふぅ」

 リズにも当事者であるコワードちゃんやシルドにも知らせてない事。

 それでもそれは私なりに目算があってやった事であり、かなり確信めいた強い気持ちであの二人はうまくいくと。私はそう思っていた。


「今頃どうしているかしら」


 恐らくは、シルドから折れるという事はない。だとすれば頑張らなくちゃいけないのはコワードちゃんの方。

 自信という言葉から最も縁遠い冒険者、近付く事も近付かせる事も極端に嫌う冒険者。初めての事だらけに混乱しきっと苦しい思いをしているのは特にあの子の方なんだろう。心苦しいと思いながらもそれでも見えない手で背中を押すのがマスターの仕事。


「……大丈夫よね」

 傍から見てたら簡単に分かる事でもいざ当事者になって見ると見えなくなる。お互いに結局求めているものは同じだと、そう気付く事が出来れば後は……


「がんばって」


 小さく漏らした私の声は遠方の相手には決して届かず宿場の中の空気だけで留まってしまう。それでも願わくば思いだけは通じるように、そう願わずにはいわれなかった。




―――――――――――。




「ッ」

 降りしきる雨の下。振りかぶられた大きな拳が目の前に映った。

 咄嗟に上げようとした腕は間に合わない。降りしきる雨の勢いだけでは人の力は止まらず、鈍い音が頬で弾け熱い痛みが身体を浮き上がらせる。

 冒険者の装備は今は無い、普段着の姿だけでは単純な力関係だけが物を言い。受ける自分と、殴り付ける『グリッジ』両者の違いは比べるまでもなく圧倒的だった。


「ぐ」


 僅かに身体が宙に浮き、ぬかるんだ泥の上へと落ちていく。仰向けに転んだ状況で息が詰まって、瞼の裏へと入り込もうとする雨と土砂の向こう側で。空いた腕でもう一度と腕を振りかぶるグリッジの姿が目に見えた。


「貴様はッ!」

 今までグリッジから聞いた事もないような荒々しい声。再び来る痛みに耐えようと歯を食いしばると大きく振りかぶるグリッジの背の後ろからその行動を止めようと伸びて来る腕があった。


「やめんか馬鹿者!」

 細い身体で身体ごと覆い被さるように止めに入るアールの腕。下ろされる事のなくなった腕を震わせ、強く睨み付けて来る視線を自分から背後へと変えると口喧しくグリッジは吠えた。


「離してくれ、コイツの! こんな、口だけの奴ら! 何が冒険者だ、何が救世主だ。いい気になって、貰った武器も防具も無けりゃこんな子供!」

「いい気になんてなってない落ち着けグリッジ、元はと言えばこちらが勝手に――」

「ふざけるなぁっ!」


「あ、ぁ……」

 地面に尻を付けた体勢で自分は止める事も抵抗する事もせずに呆然と二人の姿を見上げる。

 何が何だか分かっていない……分かろうと思っていても頭が追い付く事を拒否しているようで。

 急いで向かった村長の家から連れ出され、降りしきる強い雨の下で、泥の中。

 周りにはグリッジ達と自分とを遠巻きに見つめて固まる他の村人達の姿もあるが、止めに入ろうとするのはアール一人だけ。年老いたその細腕も体格のいいグリッジに対してどれくらい保つか分からず、大きな吠え声が走り、身体が震えている。


「違う! コイツらが、コイツらがちゃんとやっていればよかったんだ!」


 乱暴に腕が振られ、止めに入っていたアールの腕が払われる。弾かれた拍子にアールも自分と同じくぬかるむ土の上に倒れ込むが、グリッジはそれすらものともせず太い腕を自分の首まで伸ばし。襟元を強制的に掴まれ立ち上がらせる。


「何をしていた……その時、何をしていたんだお前達は」

「なにって、分から、ぐっ」


 体格の差から足は地面を離れ、締め上げる首の上、宙ぶらりになった頭目掛けてグリッジは再び腕を振り上げた。


「ぐッ」

「ぬ、このっ」

 今度は、辛うじて防御が間に合った。垂直に立てる左腕に正面から拳のぶつかる衝撃、唯一空から降る雨がこの時だけは功を為し雨粒によって滑った拳は後ろへと通り抜け……その事が気に食わなかったのか更にグリッジは口から唾を飛ばして激昂する。


「お前達なら倒せるだろうと!」

「グ」

「だから、わざわざクエストを依頼したんだ。なのに」

「っ」

「なんだ、このザマ! なんだっ!」


 連続して、腕が振り上げられ、落とされる。

 鈍い痛みの中でも自分がどうしてこんな目に合っているのかよく分からない。遠巻きに見つめる他の村人達もグリッジには同情に近い視線を向けているが反対に殴られている自分に対しては何も無い、むしろ溜まった鬱憤がようやく張れたかのような曲がった笑みに雨の冷たさとは別種の寒気が背中へと走る。


「く」

 熱い腕の痛み、時々通り抜けて頬を殴られる衝撃。冷たい雨の下で本当に防いでいいのかと自分の行動に疑問すら沸くようになった時、突如傍らで黒色の旋風が巻き起こり、雨を、掴みかかるグリッジの両腕を力尽くで跳ね上げる。


「ぐッ、く」

 痛みに溢れたくぐもった呻きは自分から出たものではなくグリッジの口から、弾き飛ばされた腕を手でさすり。立ち上がっていた両膝は続く一撃で地面まで落とされ、浮かび上がる泥水の上で闖入者の姿を強く睨み上げた。



「……」

 突然入り込んで来た人間からは声は無く、代わりに立ち上がろうとするグリッジの喉元へと向け何の躊躇いもなく『ハルバード』の矛先が突き付けられる。

 息を呑み、喉仏が少しでも動くようならそれだけで刃が突き刺さりそうな近距離。晒された凶刃にグリッジは一瞬顔を青ざめ、それでも強く目で睨む。



「何が」

 追い付かない頭、目の前で繰り広げられている事が分からない。

 グリッジの腕からは開放され自分は再び泥の上へと戻ってきた。

 久し振りに目にするシルドの姿。降る雨、豹変したようなグリッジ、冷たい村人。


 ……レックス。


 一夜にして、何もかもが変わってしまっていた八日目。それはまだ暗い朝の内、思いもよらない知らせを耳にした所から始まった。



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