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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
80/106

30 不和の始まり

 『変な顔』。

 冗談でそれくらいは言ったかも知れない、あくまで本気ではないけれど思い返してみれば少しふざけた言い方。

 年上相手になっていないなんて思われたかも知れないけれど『オレ』にとっても全部が手探りで全部が一杯一杯。気軽で口軽な言葉や態度はじーちゃんの真似事、村の中では使う相手の少ない楽な口調を駆使して自分なりに積極的に前に出ていたとは思う。


「っ」

 ――とにかく年の近い相手と話しがしたい。

 そんな風に思い出したのもつい最近。みんなみんないなくなった村の中でもう大人になるまでそんな機会はやってこないのかと諦めかけていた。


 そんな時に『コワード』が来た。

 対等になれる気がする、うまくすれば――に。

 小さな野望を胸にとにかく絡んで行くと段々と打ち解けるようになってくれた。初日からすごい技を見せてくれたし、すっかりその気になったオレが舞い上がって付きまとっても「しょうがないから」と付き合ってくれる。


 自分ってこんなに安上がりな人間だったのかとちょっとだけ驚いた。些細で大した事のないそんな事が途方も無く嬉しく思えてくる。


 だから、来た。

「……」

 今朝、じーちゃんには言われたんだ。『今は放っておいてあげた方がいい』『コワードくんには落ち着く時間が必要だ』と。

 ……じーちゃんの言う事にきっと間違いはない。今まではそうで、変わらないままだったオレも何にも考えずにそのまま真に受けていたかもしれないけど今回だけは違う。


「コワード? へいき?」

 待ち伏せをしていた物陰からそっと覗き目に見えたコワードの顔はいつもとは別人のようだ。下へと俯き、暗い影を作って、常時苦虫を噛み潰しているようなその顔に迷わず声を掛ける。


「……なんだよ」


 帰って来た言葉は不機嫌そうで辛辣なもの、憤りとは少し違うが低いその声音に昨日森で最後に会った事を思い出す。

 あの時は、明らかに怒っているようだったのに。

 『クッソあいつ』『クッソ』、そう言って走っていったのに。


 今は、すごく辛そうな顔に見えた。



「……」

 普段とは余りに違う様子に思わず下がりそうになった足を寸前で止める。

 なんでこんな顔をしているのか。昨日言っていた『アイツ』のせいなのか。聞いた言葉に思い浮かんで来るのはもう一人の冒険者。

 圧倒的な強さを見せて、まるで感情が無いかのようなあの人間を。もしかしたらアイツのせいでコワードはこんな顔をしているのかも知れない。


「は、はは」

 奥歯を噛み締めてコワードに笑って見せる。噛み締めるのはコワードの代わりとなって感じる悔しさ、笑顔を覗かせるのは単純にコワードの為。


 オレが、やらなきゃいけない。ここに来てそう強く感じた。そう思える相手が出来た事が少し嬉しい。


 だってオレ達は――――




―――――――――――。




「……なんだよ」

 開いた口に、自分で思っていたよりずっと低い声が飛び出てしまった事に驚く。嫌な感情にざわつく胸、行き場の無い思いがそのままレックスへと向かってしまったが自制をして押し留める。


 八つ当たりなんて何の意味もない。せめて繕おうと必死に笑顔を浮かべるとレックスも子供らしい笑みを覗かせる。

 早くどこかに行ってくれないか、もう自分は家に帰りたい。そんな本心は見せないように。


「は、はは…………聞いたよコワード、へいき? 昨日手長と戦ったんでしょ」

「あ、ああ」

「そっか……いや、気になっちゃって昨日森で別れてからどうなったのかなって?」

「ぇ」

「えって……昨日ほら森で会ったじゃない、コワードが倒れていてさ」

「……」


 言われて気付くすっかり失念していた。

 その後のシルド……の件で頭が一杯になってしまい、レックスと昨日森で会った事も忘れていた、むしろ会ったというより無様に気絶させられていた所を起こしてもらっただけだけど。思い浮かぶレックスに、昨日シルドに叩きのめされてしまった自分の事も思い出し視線を僅かに反らす。


「そ、そういえば昨日何でお前森の中に居たんだよ」

「え?」

「確かアールが一緒だったとか言ってたような、でも見送りの時には居なかったぞ」

「あ、あ~いや~……」

「ん? なんだよ」

「ちょっと探し物、それだけ!」

「ふぅん」


 会話に相槌を打つ振りをしてこっそりと胸を撫で下ろす。少し歪な部分もあったかも知れないが会話に変な所はない……探し物と言うレックスの言葉に思い当たる事は何もなかったけど今はとにかく早めに会話を打ち切ることが最優先だ。なるべく、昨日の事に触れないように……そう考えていたのに、先にレックスに問い掛けられる。


「それで、昨日あの後どうなったの?」

「ぅ」


 ……直球だ。会話を打ち切るどころか方向性も変える事は出来ずに真っ直ぐ、吐き出される言葉と一緒に下から見上げてくるレックスの視線が自分を射抜く。


「……」

 もしかして、昨日の事を全部知っていてそれでふざけているんじゃないか。そんな疑心暗鬼めいた暗い考えさえ顔を過ぎった……絶対に考えられない事じゃない、昨日森へと向かう途中でレックスには会ったのだからその後追い掛けて来て昨日の一部始終を見られていてもおかしくない。

 でも、アールもグリッジも、何も知らない様子だった。ならレックスは見たとしても誰にも言ってないのか、だとしたらなんで言わないのか。


「あ、昨日は……は、あはは」


 疑い、訝しんで、やがて馬鹿馬鹿しい考えだったと思い至り頭を振るう。

 変な思考を思い浮かべた事を恥ずかしみ努めて明るく無理な笑みを浮かるとレックスに笑い返す……気のせいか笑みだったはずのレックスの顔が一瞬、笑い掛けた瞬間に悔しそうに歪んで見えた気がしたけれど、一瞬過ぎてよく分からない。


「悪い。手長に負けたんだ昨日、それで逃げ帰って来た」

「ぁ」

「はは、笑えるだろう。冒険者としてクエストを受けたのにこんなザマ」

「……」

「あ、でも安心しろよ!? 疲れが取れて再戦したらきっと……今度こそきっと」

「うん」


 頷くレックスに重要な事を隠している自分は軽く罪悪感を感じる。

 それでも、ここまで軽口が言えるのは自分でも驚きだ。もう限界と思っていたがそれでもレックスが相手だからか、あるいは一度グリッジを前にして思い詰めた分耐性のようなものが出来たのか。

 ――どちらにしても都合がいい。このまま何も気付かれないように話しを切り上げ、その後すぐにでも家へと帰って休みたい。今よりも多少でもマシな気分になれば希望は見えるはずだった。レックスに言った事も全部が偽物ではなく本当に全て改善したらもう一度手長に挑む気持ちはある……そうする事でシルドにした事を取り返せる。そう思えば少し楽になる。



「大丈夫?」

「……え」

「コワード、へいきなの? すごく、全部ダメそうな顔してるよ?」

「…………」

「コワード……」

「え、ぁ……や」


 咄嗟の一言。それを返そうとして喉が動かない。

 ダメそうな顔。そう言われても何がいけないのか……昨日までは、正確には村に来てからずっと相手を『している』立場だったはずのレックスが今は全てを見透かさすように見つめてくる。


「大丈夫? 無理しなくていいからさ! オレになんでも言ってよ、なんかあったならオレ力になるからさ。自分一人で抱えてたってつらいだけでしょ、そんな事じーちゃんが前に言ってたよ」

「……」

「手長の討伐さ、一回失敗しちゃったからってなんだよ。全然問題ないからさ! 村の皆も。口では色々言ってる人はいるけど、最初の一回なんだ、仕方ない、うん仕方ない」

「……あ」


 温かい。バカみたいにそう思ってしまった自分に次の瞬間、冷たい氷のような言葉が突き付けられる。


「それに、オレも見たからさ」


 笑顔のレックス、無邪気そうな笑顔で見上げる顔と目は合い。僅かな口の動きの一つ一つが鮮明に目に映る。


「『あの』シルドが傷付いて帰ってさ、それでコワードは無傷ってすごいじゃない。手長を倒すまでは出来なかったのかも知れないけどやっぱりコワードすごいよ!」

「……」

「今は、尊敬してあげよう! うん」

「……は」


 レックスの言葉の流れは、先程グリッジに言われたものと全く同じだった。むしろ子供らしい全面的な信頼の笑みと共に言われ、余計に胸に突き刺さる。


 ……態度が悪く村人に手まで上げたシルドが落とされる、逆にそれをダシにしたかのように自分の評価が上がるのが分かった。

 無傷で帰ったから、アレとは違うから……なんで、そんなどうでもいい事で決め付けられるのか。自分はそんな……レックスだって知ってるはずだ。狼を倒したのはシルド。自分が、森で倒されたのもシルド。強いのはシルド……自分は。


「コワード、ね? そうでしょ、だから元気出してって、大丈夫さ!」

「……」

「だろう?」

「……っ」

「ね?」


 笑みを見せ、おだてて来るレックスにアールがグリッジの姿が重なった。

 三人に同時に無駄な褒め言葉を投げ付けられているようで……喜びなんてない、ただただ煩い。

「ぅ……」

 無理にでも会話を切れさせようと、欲する硬いベッドを求め足を進める。

「あ、コワードッ!」

 進む自分の後ろにまるで当然のように付いて来るレックスの姿。

 いつも以上に過剰なスキンシップで回り込み、袖を引かれ、しつこくコワードコワードと、名前を呼んで繰り返す。


「く」

 臆病者、臆病者と繰り返される名前だ。


 溢れる煩わしさにここに来てようやく悟る事が出来た、これは『本当の事』を言わない限りずっと付きまとってくるんだろう。

 グリッジに対して、言おうと思っても結局言えなかった事。言葉にすると自分の罪が浮き彫りにされるような苦痛な会話。今日に限ってどうしようもなく絡んで来る小柄な影に隠れた場所で歯を食いしばり目を背けてそう悟る。



「お前は……村の人間も思い違いをしてる」

「ウッ」


 進む足を急に立ち止まらせると勢いのまま背中にはつんのめるレックスがぶつかってくる。軽く柔らかな衝撃、もうどう言い繕いも出来ないだろうと我を決めて振り返る。ぶつかって来た反動か、鼻を抑えて数歩後ずさるレックスの小さな肩を手で押し込み、背を屈めると視線を合わせる。


「シルドは、負けてない」

「え」

「クエストも失敗した訳じゃないんだ、オレが」

「……コワード?」

「オレ、が」


 口を開き、乾く喉を懸命に揺らし言うべき事をまとめる。同時に浮かび上がってくるのは脳裏へのフラッシュバック、ゆっくりと緩慢とも言えるスピードで仲間に迫る放たれた矢と撃った自分。数瞬後、砕けた装備と一緒に宙へと跳ね上がる赤い血潮。


 ……言わないと。



「オレが、シルドを撃った」

「ぇ」

「あの傷はオレが付けたんだ」

「……」



 言ってやった。

 伝えた内容に、言った自分の胸にグサリと刺さるものがあったが仕方ない。それが本当の事であるのは間違いなく、これ以上自分のせいでシルドの評価を下げる訳にもいかないだろう。

 本当に憎たらしい程強い、自分が欲しいものを持っている。

 そんな……人間を撃った。モンスターじゃなくて人。下手したら……殺してしまっていたかも知れない事実を知らせないといけない。

 落胆される目で見られると分かったがそれも当然の事だから。……これでもう終わりだろう、多少いい風に思われていたかも知れないけれどレックスにはやされる事はもう二度とない、アールも、グリッジにもだ。話しが村中に伝わればシルドに付いていた悪評も自分のものへととって代わり……そうすれば次からはあの非難めいた目で見られるのは今度は自分なのか。そう考えると身勝手と思いながらも身震いが走った。


「…………そ」


 目の前のレックスは何を感じているのか。

 目を見開いた状態で固まってしまっている為表情では分からない。恐らくは信じていた分への失望か、味方を殺し掛けたと知って見る目も変わるかも……そう思っていたが、次に現れた反応は変わりない。



「すっ」



 そう、本当に変わりない、賞賛するような笑みだった。



「すっごいじゃないかコワード!」


「……」

 すごいと、言われる理由がまるで分からない。レックスは輝く笑みのまま続ける。

「それってあれだろっ、つまり男と男の決闘みたいなものでしょ」

「……は?」

「あー見たかった、コワードがアイツに勝つ所。前に狼の時に見てからアイツちょっと怖かったんだよね。だから敵を討ってくれてさ、うん、何も落ち込む事ないじゃない」

「はっ!? ちがう!」


 明らかに勘違いだ。決闘? そんな男らしい理由じゃない、偶然の誤射だ。故意じゃないとしてもそんなもの許されるはずがない、人を守る、そんな尊敬される冒険者がしていい事じゃ……。

 続けて否定をする自分の言葉、それを遮り最も聞きたくない。自分自身でも思い至っていなかった事をレックスの口から告げられる。



「だってコワード、あんなに怒ってたじゃん」

「……ぇ」


 ――怒って? 何に。

 笑顔だ、変わらない笑顔でレックスは自分を持ち上げる。


「森で会った時、言ってたじゃない『アイツ』って、あれシルドの事なんでしょう。うん、思った通りになったじゃない。コワードはシルドに勝ったんだ」

「ちっ!」

「うん、これで村に帰って来てからの不機嫌そうだったアイツの態度もよく分かったよ」

「ちが」

「本当に、八つ当たりだったのか」

「……」

「ひどいね、そう思わない?」

「……ち」

「ん?」


 小首を傾げるレックスに『違う』と正面から否定してやる事が出来なくなっていた。自分でも自信がないんだ、言われて初めて思った。昨日の誤射、あれは誤射なんかじゃなくて初めから。

 まさか



『アイツ』

 自分で、自分自身で言った言葉が頭を駆ける。


「そ」


『クッソあいつ!』


「ちがう……だろ」


『アイツばかにしやがって、アイツ!』


「ちが……」


 違わ……ない。確かに自分は憤っていた。

 裏切られたと、置いていかれた役立たずだ、前から不満も持っていた、いつか見返す、そんな言葉で隠して、必要ないと言われて。それで。



 ――撃ちたくて、撃ったのか



「コワード?」

 自分で、自分が分からない。

「……」

 違う、頭が朦朧としていた。

 違う、そんな事願っていなかった。

 違う、頑張って役に立ってちょっとでも認められたくて。

 それで撃った。


「……」

 冒険者の、武器は凶器だ。人に向けていいものじゃない、モンスターという名前の化け物のみに使うのが許される。

 頭が、痛い。

「なん」

 考えないでいた頭が今は非常によく回転している。

 頭が冴えると同時に耳も冴える。

 繰り返し聞こえる呼び掛け。


「コワード」「コワード?」「ねえコワード?」「え、コワード」「コワード」


 目の前で自分を見上げ、笑みを覗かせている小さな姿。手を伸ばしペタペタと身体に触れてくる。見透かしてそれでもすごいと称えてくるような奴が居る。

 お前が故意に撃ったんだよと、意図せずとも教えてくれた――


「う……い」

「コワードォ、え」


「うるっさい!」


 元から、キンキンと耳に響くその子供の呼び声が胸に来ていた。

 腕を強く振る、振った腕が空を切る……当てなかったのが最低限レベルの理性だった。


「何が、すごいって! うるさい、うるさいだろう」

「なっ、コワード?」

「何がやったね、だ、ぐ……っ、何がっ、見たかっただ。決闘……ざけるなっ、そんな、何がっ、何がっ」

「コワ――」



「お前なんかに何がっ!」

「えっ」

「く……くそ」



 それは、本当に最低な八つ当たりだった。

 口にした瞬間だけ感じる心の軽快さに、ただそれだけを求めて言葉を吐く。腕を振るう、睨む。

 最低だろう、最後の冷静な部分でそう自分を見下げ果てるが飛び出した言葉は戻らない。


 次々と溢れ出て来るモノを大方放出し終えた所で声は止まるがもう手遅れに近い。自分の失態に気付いて前を向くとレックスの目と視線が合った。


「……ぁ」


 嗚咽とも呟きとも取れない小さな言葉。レックスの頬を流れる透明な雫が見える。癇に障るはずだった笑みは今やくしゃくしゃと顔の後ろに隠れ、横に開いた小さな口の奥で噛み締められた白い歯が覗く。


「っ!」

 次の瞬間、止める間も無くレックスは反転し、そのまま走り出してしまう。いつもの活気に満ちた駆け足ではなくガムシャラな足取り数歩進むごとによろけてしまうような後ろ姿に追おうと思えば追えただろうが、地面に下ろした両足はまるで根が張ってしまったかのように前へは動かない。

 見送る小さな背が視界の奥へと消えたのを確認し、向かう足の矛先をようやく帰ると家へと向かいゆっくりとした足取りで歩き出す。





「……」

 空家の中へと帰り着き、真っ先に目指したのはシルドの閉じこもっている部屋。薄暗い廊下に、扉は今も固く閉ざされ中からの物音は何も聞こえない。

「シルド」

 僅かに腕を上げ、扉を手の甲で軽く叩きながら掛ける声……返事はない。


「……シルド」

 今度は少しだけ強めに、連続してコンコンコンと扉を叩くと小気味のよい音だけは流れるが返ってくる声は何も無い。


「シルド」

 再び手を、更に少しだけ強くして叩く。


「シルド」

 もう一度。


「シルド」

 再び。

「シルド……ッ」

 もう一回。



「ぐっ!」


 腕を振り上げ、思い切り扉を殴り付ける。握り締めた手の先から返ってくる鈍い反動、ゴンっと強く重い音色が廊下に響く。


「シルドッ、シルド! おい、何か言えよ! お前のせいとか言えばいいだろ、おい! お前が悪いって、そう言えば! オレはっ、オレをっ!」


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。返事はない。

「シルドオオオオ」

 殴る、殴る、殴る、殴る、ゴンゴンゴンゴンと連続して響く嫌な音。殴る。殴る。殴る。殴る――――――


「ガっ」


 やがて、殴り付けた手の皮が裂け、滲む血が飛び出す。鋭い痛み、指先から腕まで伝わる痛みに情けない事に殴る手を止めてしまい、その場で崩れるように座り込んだ。


「なんでだ、なにがいけないんだよ……」


 余計に、罪悪感ばかりが増えていく。

 あの時、別の事が出来てたら、それ以上に自分が余計な事なんて何もしなかったら……こんな事にならなかったかも知れないのに。

 黒い影に包まれた床を見下ろすと、高い声質のレックスの言葉が思い出される。


『オレになんでも言ってよ、なんかあったならオレ力になるからさ』

『すっごいじゃないかコワード!』


 言葉遣いも中身も何もかも違うがどこかで聞いたようなフレーズだ。その後ただの八つ当たりに自分がレックスに対して言った事も同じようなもの。


 『鬱陶しい』が『うるっさい!』になっただけだ。


「は、はは」


 合点が行き、喉の奥から磨り潰したような笑いが込み上げる。似ている、同じようなものだ。その類似がただただおかしくて低い笑い声が暗い廊下にこだまする。


「オレは、シルドか」


 指先から滴る赤い血に混じって、透明な水滴が床の上へとこぼれ落ちた。




―――――――――――――。




「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 ……どこをどう走ったか自分でもよく分からない。気付いた時には村の外れまで辿り着いていて、荒い呼吸を整えて後ろを振り返っても追い掛けてくるコワードの姿はどこにも見えなかった。



「あら? アナタ」

 代わりに、異邦人の姿。コワードやアイツとは違う、冒険者ではなくて普通の人。


「確かレックスくんって言ったかしら、こんな所でどうしたの」


 今日は暗めの空に合わせたグレーの衣装、イネスという名前だったはずの女武器商人はふわりと浮かべた笑みで笑い掛けて来た。



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