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08 『元』自分の部屋の外で

 

終わってみればあっけないものだった。

「……」

 …ガランとした室内を見つめてそう思う。…元から物を多く持つタイプじゃなかった。何か欲しいと思う前に事前に用意された支給品だけで十分に生活は出来たからだ。

 くたびれた色をした床の上に並ぶ水汲み用の桶、武具へと挿す挿し油の道具、ブラシ、汚れ乾いた布、小さな研磨の砂……細々とした物も少しかさばる大きなものもあった…しかし今はそれも全て別の場所に移されがらんどう。やけに広く感じる部屋を呆然として見つめている。

「…」

 唯一といっていい残されたベッドも薄いシーツを残すばかりで寝具としては頼りない。ただ単に重いからという理由で移されなかっただけだが、今はそのベッドの上にちょこんと座る皮袋がある。広げた手の平よりもやや小さい大きさの…触れてもいないはずなのに袋の中はジャラと崩れ甲高い擦れ音を上げさせた。

 …中身は見舞金だ。退職金といってもいいだろう。山ともいえない銅貨の群れは手に持った時に多少は重く感じても結局のところ指先を越える程の大きさは無い。…これが、この集まりが冒険者としての自分の価値だった。時間も苦しみもそれ以上の物を混ぜこぜにした色々な物も終わってみれば目に見える形として与えられ、その全てが袋の中身だけで事足りる。


 ―――空しい。


「…グっ!」


悔しかった。強く握りしめる手に力を込めれば銅貨の端が手の平に食い込み痛みを上げる。…なんでこうなってしまったんだろう。どうしてこんなことになったのか。

 考えても考えても答えは出ずにただいたずらに手の中は痛い。


「…なんでっ…こんな…っ」


 低い呟きは。



 コンコン コンコン



 控えめに響くノックの音により遮られた。




―――――――――――。




「よかった。まだ居たか」

 ホッと落ち着いたように息を吐き現れた来訪者は笑みを浮かべた。柔らかな微笑みと意思の強そうな目、見目で言えば整っているといえるその顔を見て急に自分の顔が気になり出した。自分自身の姿を見るのがいやになって鏡を見る事を避けていた事がこの時になって悔やまれる。

「ハ、ハ」

もうどうせ、それしか浮かべる事の出来ない引き攣る愛想笑いを浮かべて見せると来訪者は不思議な表情を見せた。


 彼。…彼といっても何も親しいわけじゃない、ただ単に覚えていたというだけで実際に言葉を交わしたことなんてつい先日の竜車の中でだけだ。…それをついと遠くの出来事に感じながら来訪者の着ていた白い鎧を思い出し。彼は口を開く。


「君にね、少し話しがあったんだ」

「え…話し?」

「ああ…少しいいかな?」

「あ…い、いや」


 ちらりと後ろを振り返り見る。扉の前に立ち部屋の中を隠す様に応対しているが中身はがらんどうだ。ほとんど物といえる物も残されていない冷え切った部屋の中身を見せる事が少し躊躇われた。…なんてことのない小さな見栄だ、ただちょっと…まるで自分自身まで中身がないように見えるのではと思い浮かべると扉の前から動く事も出来ない。


「いやいいんだ。ここでいいよ、ホント少しだけだからね」

「ハイ…すいません」



「………」

「……」



 そこから、少し時間が経つ…男は黙ったままだ。時折口を開き掛け…しかしそのまま何か思い悩む様に口を閉じてしまう。…不審げなその動きに何かあるのかと疑いもするがいい意見も浮かんでこない…そもそも自分に一体何の用があるのか、全く分からなかった。


 どれだけ経っただろう。


「ハハ…どうも、こういうのは苦手でね」

 そう言い小さく頬を掻くと男は背の後ろ手に隠していた何かの布包みを取り出した。長さは自分の片腕より少し短い程度、重ねられた布は幾重にも巻き付き中身を見せない。…意味が分からずにそのまま待っていると「おっと悪いね」と小さく呟き、男の手が包みを小さく解く。

柔らかな布地のいくらか重なった内側から中身が顔を見せた時解き…思わず息を呑み見つめた。


「なっ…」

「コレ、君のだろ?」


 言葉と共に静かに前に出された物は、一本の「矢筒」だった。

乾いた泥がそこかしこに付着して汚れたままになっているがソレが矢筒であるという事は誰よりも先に自分には分かる。

何せそれはつい先日まで自分で使っていた自分の物なのだから。


「あの日俺も森に居てね、倒れた君の近くにコレが落ちてたんだ…残念ながらクロスボウ本体までは落ちていなかったけどね」

 そこまで言われて気付く。ああ、確かにあの日竜車の上で男の見ている前で自分はそれを整備していた。だからだろう、クロスボウなんて言葉が出てきても特に驚きはしなかったが…次に続いた男の言葉には小さく驚かされる。


「…ギルドに返却しようと思ってたんだけどね、やめたんだ。やっぱり物は使い込んだ持ち主の元に返すのが一番かなって、そう思ってね」

「な、…え?」


 男の言葉は一瞬理解できなかった、同時にあの受付員の言葉を思い出す。

『―ギルドから追放だ…装備一式も返却しろ、もう貴様には必要ない―』


「…」

 基本的にモンスターを相手にする為に持つ冒険者の装備は特別だ。一般の兵士の持つ武具よりも強力である傾向があった。だからこそ、冒険者の装備はあくまでも冒険者のものだけでありそれ以外の人間が持つ事を一切認められていない。

 …それなのにこの男は一体何を言っているのか、下手をすればギルドへの裏切り、市井に勝手に装備を流出させたとして罪に問われてもおかしくない。だというのに、なんで…。


「…ク」


 見慣れた道具にあの日の事を思い出し反射的に腕が伸びかけたが慌てて止める。

 …一体何を今更。コレをどうしろというのか、もう冒険者でもなくなった自分には一切関係のない…それでいて厄介の種にしかなりそうにない危ないモノ。

何か信じ難いものでも見るように来訪者を見返すと、視線を反し顔は自然と少しだけ下がった。


「いらない、です…」

「うん?」

「もうオレに必要ないですから、関係ない、いらないです」

「…そう」


 短いその言葉を。そうやって口から出すのにすごく苦労して…そしてその事に自分自身が一番驚いた。

 関係ないと、そう言う一言に、まだ未練が強くある事を思い知らされて嫌になる。


 男は小さく笑い、そのまま困ったように指先で頬を掻いた。


「そうか、困ったな。もう出ないといけないからどうしようもないんだけど」

「…出る?」


 男の言葉に改めて冷静にその姿を見た。フルの装備とはいえないまでも衣服の上に着ている帷子は日常生活に合わず無骨で下半身には既に鎧の下半分が着られている。…このまま上半身、ついで背中に武器を背負い兜でもかぶればそれでもう完璧な冒険者としてのスタイルだ。…男の出るという言葉の行く先もそう考えると1つしかない。


「もうすぐ出発するんだモンスターの森にね。ここに寄ったのは少しだけ時間があったから、君がこの部屋だと聞いたからね。それだけなんだ」


 モンスター。


「……っ」

 その言葉が自然と耳に入った時顔をしかめてしまう込み上げるものに耐えるように床に目を落とし―――だからだろう、この時の…男の探るような目線には気付かなかった。

 唇を噛み、喉を鳴らせるのに苦労し。ようやく紡ぎ上げた言葉を漏らす。


「今は、やめた方が!モンスターがっ…あの…モンスターが…」


 言葉と共に思い浮かばれるのは黒い姿、赤い目。

緑と影が支配する森の中を縦横無尽に走り鋭利な爪と鋭い牙とで得物に襲い掛かる強襲者。…その躍り掛かる様に突き立てられる凶器を思い出し、心の奥底から冷え込むようにして震えた。腕に背中に、刻まれた傷跡と火傷の後が疼くような痛みを染みさせる。

「……っ」

 途端に震えてしまった自分を目の前の男は情けないと思うだろうか。

…そう思うだろう、そう思うに決まっている。冒険者のくせに情けないなと恥ずかしいと……そうして続けて笑うのだ。


「…モンスターか、そうか…」


 …そう思っていた…しかし違っていた。

 自身の言葉に男は言葉の中身を吟味するように頷き静かに見る。そして少しだけ浮かべた笑みを柔らかく。それでいて仕方ないなとでもいうように僅かに下がる。


「それは怖いな」

「っ!…ああ!だからっ」


 …分かってくれた。

 その事に嬉しくなり続けようとしたが、その前に男の声が静かに響く。


「でもな…やらなきゃならない。それが冒険者だからな、モンスターは倒す。それが仕事だ」

「っ……でもアイツは!」

「君は」


 …男は考えているようだった。指先を掲げ口元に触れると撫でるように指を動かす。少しだけ壁を見つめるようにして反らされた瞳はやはり思い悩む様で。やがて何か思い当たったのか浮かべた瞳で自身をまっすぐに見て捉える。


「君は…なんで冒険者になったんだい?」


 …咄嗟の質問だった。


「え…なん、で…そりゃ…」


 言おうとした…しかし、言葉は出なかった。

 …答えが思い浮かばなかった訳じゃない。それはいつも、よく考えていた事だ。なんで冒険者になった。

誰の『責任』で冒険者なんかになってしまったのか。それを考える度に自分の顔は熱くなり静かな圧力が込み上げる。


 まるで何もかもを見透かす様なそんな透明な目をした人物だった。…それは『なんで』の原因を作り出した恨むべき人物だ。

 いつも軽く微笑み、幼かった自分に対しては少し困った様な笑顔を見せていた…それでいて話す言葉はしっかりといつも自信に溢れていて。


『キミは――――る』


「……」


 突き付けたい悪態をこらえて冷静に、冷静に。

なんで…なんであんな無責任な事を言ったのか。それのせいで自分は分不相応な夢を見てしまって苦しみ続ける、文句も恨み言も、思い浮かぶ言葉は尽きない。



「…ふ」

 …やがて、答えられずにいる自身を見つめ、男はふっと息を吐いた。

 その顔がまだ笑みであったのが幸いだ。今のぐしゃぐしゃな自分ではとうに見放されて笑われていてもおかしくない。そういった変な方向への自信ばかりは大きくなり。


「俺はね、モンスターを倒せるから」

「…え?」

「…なんで、冒険者になったかだよ。…俺はモンスターを倒せた。…昔から特別でね、だいたいの事はなんでもうまくやれたんだ、だから冒険者になった。色んな人にも勧められたしね…だから、俺はここに居る」

「…」


 つらつらと出る言葉に、反論はない。それもそのはずだろう言い草は当然でただ『出来るからやっている』とそれだけだ。出来る実力と力も持ち合わせそれが自信に繋がっているのが分かる。他人に勧められたとは言ってもそれが出来る確信があったからに過ぎないんだろう。…半端な夢も厄介な希望も無くて自分の意思でしっかりと立っている…その事が非常に眩しくて。


「…っ」


 そして、とても悔しく感じた。

 なぜ自分はそっち側じゃなかったのか。なぜそうならなかったのか。なんでうまくやれなかった。


「…ク」

 胸を抑えた。まるでそこに答えがあるように。突き立てた爪は食い込みその奥にあるはずの鼓動は続いているが、それは何か明確なものを示してくれるような事はない。


「……」

 覗き込んだ視線を少しだけ見せた後来訪者は静かに振り返った。手にした包みは何も言わずそのまま廊下に落とし、踵を返すと歩き出す。…もうそれで話しは終わり、済んだ事だとでも言う様に。


「え…あ、待っ」

「…君は」


 伸ばした手は届かない。…数歩歩いた先、男は顔だけ振り返り見せると小さく笑った笑みを見せる。


「君はそうじゃないかも知れない…よく考えるといい」


 それだけ言うと去って行く。

 遠ざかる足音を自分はただ見ている事しかできないで。


「……」


 残されたのは自分と床に転がる『元』自分の矢筒だけだった。


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