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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
74/106

24 誓え、自分に

 また、重苦しい時間がやってきた。

「あむ」

 目の前にある乾燥パン、飽き、味気の無い、不毛な食感の塊。いつもは食事の時間の度に忌避するそれだが夕食の時だけは特別に出てくるメニューがある……メニューというか素材がある。赤茶けた赤銅のような色、噛みにくさと硬さもそれに匹敵するものがあり、噛めば噛む程味が染み出してくる塩気の救世主。デセルテ村へとやって来てから数少ない喜んで食べられる存在……干し肉だ。

 カヘルで宿屋暮らしをしていた頃には見向きもせずこちらに来てからも初めはその硬さばかりが目立ったが慣れてくるとこの限られた閉鎖空間の中では貴重な栄養分となってくる。何度も噛み締め何度も噛み締め、気付けば涙が溢れ出してくるまで噛み締め尽くせば幸せになる味なのだが……今日に限っては心に秘めたものがありまだ手を付けてはいない。

「……」

 チラリと盗み見る前方。

 何だかんだ言いながらも結局食事の時には必ず居る見慣れた悪人面……昼にあんな事があったというのにそんな事は露とも感じさせず無言で淡々と食事を進めている。目の前に並ぶのは自分と同じ乾燥パン一欠片に等分に切った干し肉が二切れ、元々の配分は一人一度に三切れのはずだが、全く手に付けていない自分とは違い、シルドは早々に一切れを食べ尽くしてしまっている。

「‥…」

 千切りつつ口に運ぶパンに目論見がバレないように気を付けて息を小さく吸い、細かく息を吐く。……先ずは呑まれない事が大切だ。今の自分には確かな指針がある、普段と違う燃えるような心意気に合わせ、正面からシルドを見ると口を開いた。


「シルド、今日……」

「黙って食え」

「………………」

「………………」

「いや、本当きょ――」

「うるさい」

「………………」

「………………」



 いつも以上に取り付く島が無い。

 伏せられた瞳は下ばかりを見てこちらに見向きもしようとせず、いそいそと動く指先はパンを千切る事だけに集中する……理由は分からないが酷く不機嫌そうな雰囲気を感じる、そのせいで言いたい事の二の句も繋げる事が出来ず、結局いつもと変わらない、重苦しい沈黙だけが居間を支配する。



 ……普段ならそれで終わりだっただろう。

「い」

 しかし、今日の自分はいつもとは違う。思い出すのは師匠……と出来れば思いたくない老人の言葉。にこやかな笑みから繰り出される割と裏が見えてきそうな会話に胃の下の部分が変な気分になるが今だけは我慢する。


STEP.1

『そうですか……では、いいですかコワードくん? そういう相手ならばとにかく主導権を握らせてはいけませんよ。口を開かせる隙すら与えないのが鉄則。押して押してひたすら押して行けば必ず血路は見い出せる事でしょう』


 押して、押して、押して。


「い、いやぁ本当に朝は驚いたよないきなりあんな車が現れてそれで物売りだっていうんだから本当に予想が付かなかったというかといえばそうというかぁ、そ、そういえばシルドも買わないかどうかって勧められていたな、結局どうし――」

「…………」

「た、あー、で、いきなり森の中にレックスが走り出すものだから仕方なく追い掛ける事になっちゃってアイツ足が早いんだよそれにホラ今日はオレも冒険者装備着ていたからすごく重く――」

「…………」

「かった、大変だ、そー、それで、あー、はー……それで、森に居たんだ、が」

「コワード」

「おっ、ああ!」

「黙って食え」

「…………はい」


 慣れないマシンガントークに舌が疲れただけだった。



STEP.2

『押して駄目なら引いて見るというのも一つの手です。不意に訪れる沈黙には自分だけでなく相手も緊張するものですから。会話を始める切っ掛け、それは貯めに溜め込んだ沈黙の間が生み出す底知れないパワーなのかも知れません』


「…………あむ」

「…………」

「……もぐもぐ」

「…………」

「…………あむ」

「…………」

「……もぐもぐ」

「…………あ」


 気付く。普段と全く変わらない時間を過ごしている事に。一行に押しても来ない相手に対してはどのように対処をすればいいのか聞いていない。



STEP.3

『目は口程に物を言うと聞いた事がありますか? 真剣な気持ちを相手を見れば百万の美辞麗句よりも伝わると言うものです……自慢じゃないですけど私はこれが大の得意でして、過去にはさるやんごとない身分のご令嬢と目と目を合わせただけでその瞬間カット


「…………」

「…………」

「…………」

「…………なんだ」

「おっ」

「……ゴミか」

「…………」


 こっち……見ないんですが。



STEP.4

『時には大胆な行動も必要です。語って駄目、目配せも駄目、考えあぐねた全ての手が通用しないというならば思い切って行動で示した方がいいでしょう。全ては切っ掛け、前へと踏み出す為に必要な物は特別なものではありません。それは、コワードくん貴方自身の勇気だけです……それと、これは余談なんですが昔私にもそれは綺麗な彼女が六人程カット


「はぁ」

 行動……行動ねぇ。

 パンを千切り、口へと運べばいつものモサモサ感が溢れてくる。既に飽きが始まっている味に何度噛み締めても喜びは感じない。

 ……全く、自分は何をやっているのか……目の前に座り食事を続けている人間は間違いなく自分にとって嫌いな相手で。始めから見下され、ろくにクエストも行えず、終いにはあの紙切れ……アレが決定的だった。本当か嘘かも分からない内容に自称で繋がれた仲間同士の関係に明確なヒビが入りシルドを見る目が変わった事は間違いない。


 『味方殺し』。

 昼間に野生の狼に対して行った過剰な行動やクエストの様子を間近で見れば本当にそうなんじゃないかと信じ始めてしまう自分がいた。あの敵を同じ生き物とも考えないような容赦無い攻撃、初対面から感じた相性の悪さがそれに拍車を掛け、こびり付いて離れない妄想が頭を占める。

 今は、自称仲間だとシルドは言った。つまり、次に『味方殺し』の標的として狙われるとすればそれは自分かも知れないという酷い妄想だ。


「……」

 そして、もしもそれが、妄想の域を出て現実となった場合……目の当たりにした実力の違いにきっと自分は成す術もない。

 食卓の時と一切変わらないような無感情な目、それで自分を睨み。手にした凶器は躊躇なく胸を刺す……。


「ぁ」

 昼間の光景と、目の前のシルドとを見比べて思い出す中で唐突に浮かび上がってきたものがあった……それはシルド本人ではなくその凶行に怯え明らかに気後れしていたようなレックスの顔。両目を大きく見開き口を開けるその呆然とした顔に、同じ表情を浮かべた自分の姿が重なり、嫌になる。


「くっ」


 嫌になる。そう。嫌に。


 怯えた自分が嫌だった。

『負けられない、こんな。ただの犬っ』


 昼間、狼相手に思った事が思い浮かぶ。それはもっともっと、シルドに会ってすぐの頃に感じていたものと同じ種類のもの。『負けられるか』『あんな嫌な奴』『バカにして』……そう、思ってたはずだった。

 レックスの怯え顔に自分が重なり、シルドを見る……それを嫌に感じた理由が明確になる。嫌な奴だ、気に食わない奴だ、自分を始めから見下して、それで『お前は居なくてもいい』って……冗談じゃないっ、そんな奴。

「っ」

 『コワード』と、そう呼ばれていたって許せない。臆病と指差されてもそれでも怯える相手を選ぶ価値くらいは……ある。


「っ!」


 視線の先でシルドの手が動いたのが見えた。千切っては口へと運んでいたパンから指を離し目の前の残された干し肉二切れの片側へと向かって指が伸びる。

 その手が触れるより先、身を乗り出して取ろうとしていた肉を前から掠め取ってやる。どうだよっ。



「……なんのつもりだ?」

「え」


 結構……無意識でやった事。自分の手の中にはシルドから奪い取った干し肉が一切れ、向けられる視線は鋭く不機嫌顔のままだが、その目の中には何処か困惑しているような色があった。……い、いや、もうやってしまった事だ。ここで『何となくです』とか言いながら干し肉を素直に返す羽目になってみろ。

 情けなさ過ぎて涙も出ない。



STEP.5

『後は、流れに身を任せれば大丈夫だよ。自信を持ってコワードくん、君の想いの丈は確かに伝わるから。これで目当ての彼女もイチコロ間違いなしさ』


 彼女じゃねえ!



「あ……ハッ」

 口元に浮かべる薄ら笑い、いつもだったら見下される所を逆に立ち上がりこちらから相手を見下ろしてやる。訳も分からなく目をパチクリとさせたシルドの顔が痛快に感じて気は大きくなり奪い取った干し肉を指で摘みながらぶらぶらと下げて見せる。


「ふん……なんだ。その程度かよシルド、ボケッとしていて隙だらけで取って下さいって言ってるみたいだったから! それで本当に優秀な冒険者って? ハッ。威勢のいいのはクエストの時だけかってそんなの自慢にもならないんだ」

「……はぁ?」

「いっ、あ、く、いや……」


 やばい……殺されるかも知れない。

 睨み付けられる視線が強くなり、その場で立ったままたじろぐ。後ろへと下がる足をグッと堪え、レックスとは違う、自分はレックスとは違うと言い聞かせる。怯えた目でなんかお前なんかを見てやる事はないし。自称仲間だとか言うんなら、それならそれで相応しいものがある。


「あぐっ!」

「あ」


 対等な、関係っていうやつだ。


 大きく開いた口で干し肉にかぶりつくと塩気が溢れる、乾燥パンに比べれば十分味わいがあるがそれでも硬い、剥ぎ取った木の皮を思わせる過剰な歯ごたえにそれでも途中で止めるような事は格好悪く、我慢して我慢して何度も噛み砕き喉の奥へと流し込む。


「ぐっ、ががががががが……ふぅ」

「お前……何のつもりだ」


 一切れ丸ごとを無事食べ終え、手に付いた塩の欠片すら楽しむようにひと舐めする。向けられるシルドの顔に怒りにも似たものが混ざり始めるが、まだ困惑の色の方が勝っている。

 言うとしたら今しかない。対等に、対等に……変に卑屈になったり強気に出るような事はせずに言いたい事を。


「シルドォオオオオ」

「あ、ああ?」

「今日はなっ…………今日は」

「ん」



「……ありがとう」



「…………は?」


 意外に間の抜けた声がシルドの口から漏れた。多分、初めてだろう。ディガーにチームを組まされ、それから初めて見る呆然としたその顔。笑ってやりたい気持ちもあるが、こちらとしても余り余裕がない、結構間抜け顔を自分だってしている可能性もある。堪えようとしても勝手に下へと下がっていく視線に、せめて突き付けるように人差し指で指差してやるが……出てきた声は自分で思ったよりも小さく、弱い。


「その、助かった。いや……ホント危なかったんだ……おかげでレックスも無事に」

「…………」

「シルドが居て本当に助かった、よかったよ」



「………………」



 返事が、返ってこない。

「……くっ」

 外したと心の中で思った。思い浮かんだのは朝の光景、女性商人が村人の前で武器を披露し一斉に引かれたあの様子。あれと全く同じようなものが今目の前で起きていると理解し頬が熱くなる。空回りだ、完全に空回りだ。バカみたいだ、間抜けだ。

 余程冷めた目で見ているだろうシルドの顔を想像し、下げた視線を上へと向かって上がることが出来ない。……長い沈黙、このまま最後まで無言かよと恨んだ所でようやくシルドの声が聞こえて来た。


「コワード」

「あっ、おお……いや! あのな、さっきの無し。シルド、ああっ」

「その背中の物はなんだ」

「いや違っ……背中?」


 必死に言い訳をしていたはずが思い掛け無かった問い掛けに首を回し自分の後ろを見る。自分の背中なんて鏡でもなければよく見えない、一体何があるのかと四苦八苦していると丁度前を向いた所でシルドの顔が見え……非常に、悪い笑みを浮かべた顔、見せつけるようにして差し出されたその手の中には干し肉が三切れある……三切れ?


「この程度だ」

「え?」

「隙だらけなのはお前の方だったな」

「へ、はあああああ!?」


 気付けば自分の所にあった干し肉が全て……無い。いや、無いというのは正しく無く行き先は分かってる、邪悪な微笑を浮かべたシルドのその手中の内。いやしかし、こっちは一切れで済ませたっていうのに一度に三切れなんてそんな横暴はあるはず。


「あぐ…………うまい」

「食うの早っ、って、いやそうじゃなくて、あああ、あああああ」


 ペロリと、そんな描写が似合う驚きの早さでシルドの手の中の干し肉はその口内へと消えて無くなり……悲しくもさもしい乾燥パン生活、その中で唯一の拠り所である塩分の塊干し肉が全て……全て奴の胃の中に収まってしまった事を理解する。

 悪魔か。


「何すんだよ! 唯一の食事の楽しみが、パン生活に差す一点の光がっ、一日の最後の締め括りを、全部なんて」

「お前が『この程度』とか言うからだ、自業自得だろう」

「こっちは、一切れだっ!」

「一回の報復は一回だ」

「そ、そんなバカな……」


 足に力が入らなくなりそのまま崩れ落ちる……これが絶望か。

 唯一食べる事に成功したシルドから取った一切れだって急いで食べ過ぎた為に味わいも何もなかった。残った乾燥パンの残りを水で流すしかないこの現実に予想は裏切られ心許ない塩分に胃の底は悲し気にきゅうきゅうと鳴き声を上げる。


「……ほら」

 床を見る自分の目の前に茶色い切れ端が差し出された。出されるままに思わず受け取ってしまうとそれはシルドの持っていた今日の分の干し肉の最後の一切れ、渡し終わるとシルドは立ち上がり。綺麗に片付いた自分の食卓部分を整理し、半ば以上に呆れたように一息吐くとこちらを見る。


「何をやってるんだお前は、一目見た時からバカと思ったが、才能が無い上に気構えすら無いのか……いいトコないな」

「あがっ」


 何故、むざむざ追い討ちを。

 痛む胸を抱えて蹲ると、シルドはそのままスタスタと自分用の部屋へと向かって歩いていく。


「はぁ」


 零れ出る溜息。やっぱり、失敗したか……そんな気はした。師匠……と呼びたくない相手の助言まで受けてコレか……余り、役に立った記憶もないが。頑張った分だけ降り掛かってくる虚脱感も半端ない。




「気にするな」


「え」

 とっくに通り過ぎたシルドは居間の外へ、呟き漏らす声が聞こえるギリギリの位置で、背を向けこちらを振り返る事無く一人漏らす。

「便宜上だ、だけど仲間だ……だから気にするな。俺が今度は全部守る……やるべき事を今回は出来ただけだ」

「は?」

 予想外、だった。

 いつもは平坦なその声も今だけは、慰めるように年長者らしい暖かみを持って耳に響き……。


「だからな、お前は居なくていい」

「え」

 響、き……そして凍り付く。


「はぁ、まぁ初めから分かってたことだ。弱いお前はずっと隠れていればいい」

「はぁ!?」

「ハハ……気にするなと言ったろう。無理をせず安全な所に居ろ、その方が俺も気が休まる」

「は、あ」

「お荷物だからな、お前」

「おおおいいいいいいいいい!」


 最後まで、嫌味を残し。そしてシルドは廊下へと消える……残ったのは自分と食べ残りのパン、後は手渡された干し肉の一切れだけ。


「な……なんだよアイツ! 何がっ、はあああクッソ、クッソクッソ、見てろよっ! 絶対、何が居なくていいだクッソーーー! お前なんか怖くも何ともねえ! あああああ、もう、うわあああああん!」


 荒ぶる声に合わせて腕を振り、思い付く限りの罵倒を口にする。ムカムカとしてやり場の無い怒りにこの気持ちは必ず見返してやると、目に物を見せてやると心の中で誓い、そして干し肉にかぶりつく。


「んがあっ……ぐっ!? ん? なんだ」

 一口齧り口の中に広がる丁度いい塩気、噛み切り辛いのは相変わらずだがそれもいつもより少しだけ。

「アイツ……自分の分だけ、特別なの用意しているんじゃないのか? チクショウ」


 今日の食事は本の少しだけ、いつもよりおいしく感じられた。



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