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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
71/106

21 ユジョノアカ

 ――なんでオレは勝手に走り出しちゃったんだろう……考えても答えが出ない。


「はっ、はぁっ」


 前へと踏み出す足が土を蹴る。

 走る事が得意なつもりだったけど息はとっくに上がっていた。飛び出す呼吸が後ろへと流れていく度に周りの景色は変わって、代わり映えのしない村は外の道に、道は次第に緑一色に染められていって……今じゃその道さえよく分からない。

 痛い胸、熱い喉、全力疾走に耐え切れなくなって足は勝手に止まろうとするけど意地でも先へと進んで行く。

 もやもやする気持ちに、込み上げてくるものは嫌なものばかりだった。


「くっそ、なんだよアレッ! なんだよクッソ!」

 荒れる心臓の奥で先ず『アイツ』の姿が思い浮かぶ。次にバカみたいに空回りする自分、更にバカみたいに一人ではしゃぐ自分……最後には、一人残る自分。

 言いたい事が、言ってやりたい事がどんどんと出てくる。なんだアレ、なんだアレ、クッソ、そんな事どうでもいいじゃない、モンスターとかクエストとかそんなの、そんなのはオレにッ……オレ達に。


「はぁ! クッ」


 言いたい事は次々出てくるのに、その先の言葉にはなってくれなかった。

 ……結局ダメ。変わらない。諦めに近いもやもやが胸を覆う。

 居なくなる――慣れっこだったつもりでいた。どんなに居なくなっても平気、いつか戻って来る、それが父さんの口癖で。それでも周りはどんどん減っていって、結局一人。

 肩が重くなる。疲れのせいだ。

 足が重くなる。痛いからだ。


 走っても走っても心の底の嫌な気持ちだけは置いてきぼりに出来なくて、それが嫌で、走って、走って、走って……


「ま、て」

「っ」


 走る途中で後ろから強引に肩が捕まえられ足が滑った。勢い余って蹴り上げる地面、バランスを崩す身体に、それ以上の驚きが……聞き覚えのある声の、アイツがすぐ傍に居る。


「コ、ワ」

 また居なくなる、アイツが。


「いや、ま、てって、ホンット、まって、ください。こっち、フル装備なんだよっ、これ以上、走ったら……うぉぇっ、さっき、食った朝飯……うっ」

「こ、コワード!?」


 半死半生、虚ろな目で口元を抑えているアイツがオレを捕まえに来た。




――――――――――――。




 全く、シャレにならない。どうせすぐ止まるだろうと思った小さな背中はいつまでも走り続け声を掛けても気付かないで……おかげでどんどん人里離れた道を進んで行くし、装備重いし、身体重いし、装備がとても重いし……最悪だ。


「はぁっ、はぁ。落ち、着いてきた。何度か見ちゃいけないモノが見えた気がする、うっ」

「……」

「はぁーはぁーはぁー、あーあつかれた」

「……」

「……何か言えよ」


 追い付いた……のはいいとしても足を止めたレックスはひどく不機嫌そうだった。目線はずっと下を向き丸められた背中はピクリとも動かない。僅かに見える横顔は子供らしく『怒っていますから』と言いたげにしかめっ面を続けていて、それでも何が悪くて機嫌を悪くしているのか全く分からない。

 シルドじゃないんだ、無言無反応はやめて欲しい……割と神経に堪えるんだソレは。


「あー、どー、どうかしたのか? 急に走って出てったりして」

「別に」

「……そうだな! 急に走りたくなる時ってあるよ、オレもあるからなー、うんうん」

「……別に」

「……いやぁ、訂正! 急に走り出したくなる時とか全くないな? そうだよな?」

「…………」

「……どうしろと言うんだ。はぁ」


 会話が、詰まる。

 昨日までは全くそんな事なかったはずだが。考えてみればいつも一方的に喋っているのはレックスの方で、その本人が黙ってしまった今は急に話題が失われてしまっている。……本当になんとなくで追い掛けて来てしまったのだがどうすればいいのか。ニコリとうまく出来ていない笑みで覗き込むと視線はすぐに反らされ会話のキャッチボールは地面へと向かってどんどん落ちていく……早くも詰んだ気配が漂ってきた。


「はーぁ、いー天気」

「……」

「いや、冗談なんだ」

「……」

 自分で冗談と打ち明けていれば訳ない。見上げた天気は勿論曇りで全くよくはなかった。

 空一面を覆う鉛の色に時間帯こそは朝であっても気持ちのいい朝日が降り注ぐ事はない。空の天気と目に入ってくる鬱蒼とした森の雰囲気は見ているだけでこちらの気分まで悪くし、何かないかと辺りを見回している時不意に一瞬、きらりと光る何かが目に入った気がしてそちらを振り返る。


「うん?」

「……?」


 小さく疑問形で上げた自分の声にレックスもそちらへと気付いたように顔を上げた。光の少ない森によくある、似たような間隔で立ち並ぶ木々の数々。その一角の茂った草むらの中で確かに何かが僅かな光を吸い込んで反射させている。

 反応が早かったのは先に気付いた自分よりレックスの方で突然走り出すと光へと向かい草むらにしゃがみ込むと腕を伸ばした。屈んだ背の低さに本人まで草で見えなくなったが、心配するよりも先に先程までの態度の方こそを疑う大きな歓声が草葉の隙間から漏れる。


「うおおおっ、コワード、これっ! これ見ろよぉ」

「……見えない」

「よく見てって! ホラ!」


 何を拾ったのか若干興奮気味に手を振るレックスに、集中して見ようとしても見えるはずがない。喜びに手を振る片腕に収拾物はその指の中にあり、左右に勢いを付けてブンブン回されれば見えるものも見えなくなる。

 微妙な態度の自分に業を煮やしたのか頬を膨らませるレックスは行きと同じ勢いで駆け足さながらの早さで戻って来て、拾い上げた物の入っている手を広げて見せ付けてくる。


「これっ!」


 ……大きさで言えば小石程度。実際当の物としても半分以上がそこらの石で出来ているようなものなので間違いでも何でもない。灰色の変哲もない石の部分から僅かに顔を出し飛び出しているように見えるのは半透明の白い何か、光を吸い込み見ようによっては七色に魅せるソレは石から顔を出している小さな結晶。こういう物が普通、道端に落ちているものかどうか知識が無いのでよく分からないがどこか自慢気に見えてくるレックスの姿には自分も覚えがあった。……そういえばこれくらいの時は道端に落ちている物をよく拾い集めては喜んでいたような、そんな物を拾ってくる度に父親が嫌な顔をしていた事も覚えているがもう随分と前だ。

 勿論ただの石である事に間違いない。


「いいなー、いいだろーこれーっ、なー?」

「あー、おう?」


 ただの石だけど……そう正直に言う前にここは空気を読む。どう見ても普通の石を見て心に浮かぶ物は何もないがとにかく凄そうに、羨ましそうに……なるべくレックスの機嫌が良くなる事を目的としてここははやし立てておくべきだろう。


「お……おおおおっ、いいなソレ、うん、すごくいいな」

「うん、そうだろう! 格好いい!」

「……どこが格好いいかイマイチ分からないけど。いやすごい! 凄すぎる、格好いい!」

「へっ、えへへへへ!」

「……」


 ここに来てようやく見せてくれたいつもの笑みに自分の心が少し柔らかくなったのを感じ、そして同時に思う……チョロい。

 こんなものでいいのかと思いつつ決してそんな気持ちを前に出さずあくまで嬉しそうに。きっと褒めれば褒める程レックスの機嫌もよくなる事だろう。多少無理矢理でも盛り上げる必要があった。


「いやっ、すごい、いいなーすごくいい。ウラヤマシイ」

「……」

「あ、いや、本当! 本当だ」

「……」 

「あー……またか、どうした?」


 いくら何でもわざとらしすぎたか、不意にレックスの喜んでいた顔が沈み下を向いてしまう。下手な演技がバレたのかと一瞬焦るが、どうやら違うようで。レックスは手にした(本人にとってはいいらしい)石をじっと見つめ、そして何か難しい顔をした後にすっと手が差し出してくる。


「ん?」

「……っ」


 石が握られた小さな手の平を見返し、次いでレックスの顔に、よく見ると何故かプルプルと震え出しているのが分かる。こちらを見上げる顔は瞬時に赤くなり真横に引き結んだ口は上下にムズムズと。こちらの視線と目が合っている事に気付くとすぐに横にやり手を突き出す。


「……あげる」

「へ?」

「その……コレッ」

「ああ、いや」


 別に……要りはしないんだが、そう正直な返事も返せず。顔が反らされてしまった為にレックスの表情も見えなくなる。しかし、頭から始まった震えは突き出された指の先まで伝わっていて、差し伸べられた指と指の間で僅かな輝きを漏らすただの石を本当に貰ってもいいのか少し迷う。


「それはお前が拾ったんだし、レックスが」

「いや! その……ゆっ」

「ゆ?」

「ゆ……ゆじょのあか……に」

「んっ?」

「……あげる」

「はぁ。まぁよく分からないけど、くれるなら」

「うん!」


 とりあえず、くれるならという気持ちで返事をするがレックスがどういうつもりなのか……しかもよく見ていない上に震えたまま差し出されている為、腕は明後日の方向を向き、それでもこちらを振り返らないレックスに半笑いになりながらその手を取ろうとし、

「っ!」

 その瞬間、音が聞こえた。

「わっ」

 咄嗟の事に掴もうとした手ではなく手首を引き自分よりずっと小柄な身体のレックスは突然の事にバランスを崩し、引かれるままに動き出すが構いはしない。乱暴に手を引き自分との立ち位置を入れ替えると前に一心に前を見て手を背中へと伸ばす。……確かに聞こえた、草むらを揺らす足音が……人のそれとは大分違う。

 完全に油断していた。

 その気持ちが音だけで簡単に引き締まると自分を叱咤する。鬱蒼とした森の風景に自分にはひどく記憶に引っ掛かる思いがある。前の事……それ程時間が経った訳じゃないがそれでも随分前に感じる事。自分はずっとこんな風な森の中であるモノに怯えてクエストをこなしていたはずだ。

 ――モンスターに怯えながら。


「下がってろレックスッ」


 荒れた声が出たのは自信の現れではなくむしろ逆。背中から引き抜くように構えたクロスボウ、ハンドル、グリップ、射出口の先とを順に見て、嫌でも自分の失敗を思い知る。クエストに来たはずだ、モンスターが居るって分かっていてなんで、矢も装填していない、気構えもしていない、こんな調子でなんでっ。

 慌てる指先が腰の矢筒に触れて滑る。先程よりもより大きく、聞こえて来る何かの足音。草むらが揺れ、その奥で黒い影が動くのが確かに見えた。

「っ」

 引き抜いた二本の矢。背後に隠すレックスを押し出すように下げ自分も同じく後ずさりする、音の出元に注意し矢を番え、固定した弦に連動したハンドルに手を掛ける。

 前方の茂みが大きく揺れ足音の主は姿を見せる。

 押し込むハンドルを力尽くで一回転させ、射る準備をすると『敵』をよく見る……それは、狼のように見えた。土に汚れた黒い体毛に背後で揺れるのは長細い尻尾、眉間を寄せるように鼻先には深い皺が走り、剥き出した牙が小さな唸り声に合わせて上下する。

 モンスターにしてはかなり小型。しかしサイズばかりでは計れないのがその強さだというのもよく分かっている。


「これが『手長』か」

 確証はないが、確信があった。そうに違いないと自分のカンが囁く。

 少ないながらも自分なりに積み重ねてきた冒険者としての実績が相手の正体を如実に伝え警戒を促す。

 確かにひしひしと感じた――コイツは、強い。




「レックス、下がって」

「こ、コワードっ、違うよ! 手長は、虎なんだっ」

「ああ、分かってる!」

 例えどんな相手だって躊躇する事無くよく……




「……え?」


 ……何か結構な予想外の事が聞こえた気がした。


「アレ、普通の狼だよ。あーまずい、そんなに奥まで踏み込んじゃったんだ」

「……」

「ど、どうするのコワード」

「……」

「……コワード?」



 ――回想しよう。


 『確信があった』『カンが囁く』『積み重ねてきた冒険者としての実績が』

 『コイツは、強い』


 確信……ハハ。

「っっっっっ」

 顔から、火が出そうだった。


「コワード?」

「……ふっ」


 自分の背後から覗き見るように顔を出すレックスになるべく普通の動作でクロスボウを降ろした……恥ずかしさ七割強、そんな頭の中でそれでも顔に出てしまうのは何とか堪え取り繕う。自分の背の後ろに居る守るべき小さな相手、それに大してなるべく駄目な自分を見せたくないという安いプライドが今だけは何とか勝っている。


「いいか……レックスよく聞いてくれ」

 語り掛ける振りをして深呼吸。冷静に、とにかく冷静に行くんだ。

「冒険者の武器はあくまで対モンスター用のものだ。それを無闇に人やそれ以外の動物に向ける事はよくない……確かにな、どうしようもない場合もあるかも知れないけど、たかが獣! 過剰な武器に頼るなんてさ、ふっ、二流のする事さ」

「お、おおー!」

 ……今日はやけに口が滑ってくれる。調子がいい。

 それにいくら狼と言ってもいわば野犬一匹、クロスボウに頼らなくても何とかする自信があった……何とか出来なくても今日は運のいい事に防具もフル装備。モンスターの攻撃に耐え得る装備が野生の犬一匹の攻撃に耐えるなんて造作も……


「……いっ!?」


 前へと顔を向けた瞬間目の前にあったのは唾液の塗りたくられた牙と大きく開く獣の口。呆然と見返してしまったのも寸での間、飛び掛ってくる犬歯の牙を首を大きく傾けて反らすと後ろへと後ずさり距離を置く。

 さっきまで頭のあった場所で牙と牙とが大きな音を立てて閉じられる。向こうも牽制のつもりだったのだろう飛び掛って来た体勢からすぐに下がると同程度の距離を保ちながらこちらを見上げて唸り声が走った。

「……」

 訂正しよう。装備はいい……いいけど、どんなに硬くたって剥き出しの顔や手に噛み付かれればさすがに。

 ――いや、いやいや弱気になるな。それでもたかが獣一匹。颯爽と倒してしまえば何の問題も。


「……」

 前方の草むらが揺れ、野犬がもう一匹姿を現した。ちょっとまずい。

「……」

 横の草むらが揺れ、野犬が更に一匹姿を現した。……ちょっとまずい。

「……」

 もういいのにという心の願いは天に届かず、更に奥の草むらが揺れ野犬がもう一匹、二匹、三匹。


 マズイ。


「レ、レックス?」


 冷静に、いや自分は冷静だ。

 背後に戦えない子供が居る手前、たかが獣といえど正面切って戦うのは余りによくない。……自分だけなら大丈夫なはずだ、かも知れない、という可能性がない事もないと思うが。とにかく今は無事に撤退する事を優先して考えるべきだろう。

 息を吸い、息を吐く、なるべく声が震えてしまわないように注意して背後へと向かって声を掛けた。


「い、いいかレックス? オレが時間を稼ぐからその間にここから逃げろ。お前の足ならきっと大丈夫だ! 心配するなよ! ……あれ?」


 すぐ背後から返ってくるはずの返事はなかった。


「レックスゥ?」

 前方への注意は忘れず、用心深く距離を計りながらそっと後ろを振り返る。

 守るべき小さな背中は確かに自分の後ろにあった……もう、大分彼方の方だったけど、確かにあった。


「コワードーーーー! 何してるんだ早く逃げようーー!」

 遠く、草木に反響し響く甲高い声。どれだけ離れてもそれだけはよく通るのだから考えようによっては便利な……


「って、早すぎだろう! なんでさっさと逃げてんだよお前! って、うわわっ」

 耳に触れた唸り声に身体が反応する。

 横から飛び込んで来る狼が一匹、身体を捻って避ける事に成功。

 飛び込んだ狼の影に重なるようにして更に一匹、風すら切る音に間一髪で足を上げると先程まで太ももがあった部分を牙が素通りする。

 更に一匹、更に一匹、更に一匹。

「ふ、ふふっ、ふっ」

 獣達の猛攻を避けに避け、鎧手で弾き、足で躱し、噛み付かれそうになった大事なクロスボウを上へと反らし胸へと抱える。


「い、いや逃げるのとは違うからっ!」


 捨て台詞もそのままに自分でも驚く早さで反転しレックスが逃げた方向と同じ向きに、背後で続く唸り声と地面を蹴る四足獣の足音が獲物を逃がす事無くそのまま追い掛けて来た。



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