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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
70/106

20 武器屋

「あ、ら、これは一体……こうすればドカンと盛り上がる事間違いなしと言ってたのに……もしかして、騙され……これだから全く嘘吐きのいう事は信じられないというのに――」


「……」


 ぶつぶつぶつとイネスと名乗った女性商人は地面を見つめて呟きを繰り返す、声に合わせて揺れる身体にかなり際どい格好である衣服からちらりはらりと肌色の部分が見え隠れするが……今となってはそちらを見ている人間は少なかった。

 人垣の村人の一身に集めるキラリとした輝き、剣呑な刃渡りを露にする凶器達を前に、どう反応していいか分からず人々は互いを見返し、たまに風に揺れて刃同士が鳴き声を上げる度に人垣は下がっていく。

 結構どうしようもなくなってしまった空気の中、自分も同じく固まってしまったが、そこで数度の咳払いが響き勇気ある人間が一人声を上げた。


「あー、金物屋、かな」


 ……グリッジだった。

 目の前のこのラインナップにただの金物屋であるはずもないが、年長者らしい助け舟に近い発言に呟きを繰り返していた女性は顔を上げ、しかしどこか憤った様子で胸を張った。


「金物屋ではありません武・器・屋、武器屋です。そう申し上げたでしょう」

「え、ああ、そうか……それで売り物は武器だけか?」

「ええ、その通り! 素晴らしき芸術品。人が長年を掛けて磨き上げてきた至高の一品。武器こそが私の売り物です」

「……あぁ」


 溜息とも、返事とも言えない僅かな声が上がりグリッジがその大きな遂に背中を少しだけ丸める……きっと女性からどことなく面倒くさそうなオーラを感じ取ったのだろう、現に離れた位置に居る自分すら面倒そうなものを感じる。しかし当の女性商人はそれを意に介さず着込んだドレスの裾をたくし上げてステージの上へと戻ると、すぐ近くにあった抜き身の刃を手に取って持ち上げる。

 その瞬間、周囲の村人からどよめきが走った……間違いなく不安感と恐怖からきたどよめきだ。


「ご覧下さい、例えばこの両刃の刃……今はまだふさわしい持ち手の部分が出来上がっていない為このような見苦しい姿ですがそれでも損なわれる事のない美麗! 左右均等に割り振られ計算し尽くされた設計から生まれるこの重量感に見事な反りの部分は言葉に出来ません」

 ブンっ。

「このように光にかざせば照り返してくれる純粋な煌き……一体この世にこれ以上の芸術品があるでしょうか。人を殺めるという悲しい宿命を負いながら衆目を惹きつけてやまないこの光、この中には人の歴史があるのです」

 ブンっ。ブンっ。

「さあさあよければ皆様、すぐ近くで是非その手に取って確認してくださいっ、この美しい作品を」


「…………」


「あら……?」


 手にした刃に負けず劣らず輝くような笑みで語る女性だったが、既にその周りに人垣の姿はない……というか語り口上の途中途中、ブンブンブン刃を振り回すせいで恐れる人達は更に距離を取り、かなり離れた所に立っていた自分達の傍まで人垣が下がっていた。そんな中、唯一踏ん張りその場に留まるグリッジを褒めるべきか、唯一の聞き手の存在に女性の視線は余計にグリッジへとクローズアップされるがその顔には困ったような苦い笑みしか宿っていない。


「まぁ、剣、はな。ほとんど私達は使う事がない、だがそうだな……木を切る斧などなら重宝しない事もないんだが……」

「斧!? 素晴らしいです!」


 明らかに苦し紛れの言葉だったが女性の目には輝きが灯る。

 普通に考えていきなり武器と言われても冒険者等の特殊な職業に携わっていなければ生涯関わる事がないかも知れない代物だ。普段の料理、野生動物の狩り、細々とした事に使用するナイフなどであれば話しも別だが……見た限り車上の陳列武器に小振りの刃の存在はほとんどなく明らかに殺傷目的とした長い刃や過剰な大きさに持って振る事の方が心配になってくる物がほとんど……この中で逆に質素な生活用のナイフでもあれば逆に目立ちそうなものだ。


「斧、ならっ、こちらは、いかがかしら」

「……」

「ふぅ、ふぅ……うふっ」


 いかがかしらと微笑みを浮かべて、女性が『引きずって』持って来た品物にさすがのグリッジも目を見開き口をあんぐりと開けながらそれを見る。


「丁度良かったです、こちらは試行作……本当は実験用に作った斧だったのですがお目が高い。普通の斧では物足りない、そんな殿方達ならば必ず満足するはずです」

「いや、木……」

「この刃の部分、見てください! 連結した二枚刃があるでしょう? これは互いの刃と刃が傷を広げる仕様で、それに細かく細工されたこの凹凸、それぞれの刃の起伏部分が別々の方向を向いていてこれに斬り掛かられてしまえばそれはもう――」


「うわぁ」


 何も語れぬグリッジの代わりに自分が言っておこう。『うわぁ』だ、これはもう『うわぁ』としか言えない。女性の引きずってきた斧は柄の部分、持ち手の部分にこそ異常はなかったが問題は巨大な刃の部分。イネス自身が言っていたように斧刃二本並べて固定したような奇妙な格好をしていて、二本の刃にそれぞれ山と谷の部分が不規則に彫られている。個々の山の部分の先端が鋭利な刃となっているがそれぞれが複雑に別の方向を向いていて横から見れば細かく枝葉を伸ばした鉄の木のようにしか見えない。あれで木を切ろうなどと思うか……思わない。人に向かって振り下ろせば間違いなく傷口をズタズタにして命まで奪いかねない代物だ。


「なんだあれ……なぁシルド」

「……」

「シルド?」


 半笑いの口で女性を指差しシルドを見上げるが、その顔は険しかった。力説して熱く語る女性の手の下の黒光りする凶器へと視線は固定されて他には動かない。

 あんな物に大して何か思う所がある訳もないと思うが、気になって問い正すよりも先に意識を吹き返したグリッジが自身のこめかみを指で揉みながら声を上げる。


「あー、分かった。分かったから普通のは? こういうのは私達に必要ないんだっ、もっと普通……何か、生活に役に立つものはないかね?」

「生活? ふふふ、面白い事をおっしゃいますね。古来より武器とは想定する敵を殺傷する為のものですよ、それを生活になんて……楽しい冗談です」

「いや、だから」

「私は武器屋です。武器以外のものなんて置いてあったらそれこそ武器屋でないですよ、そうは思いません?」

「……話しにならん」

「あら」


 困惑する女性にグリッジは背を向け歩き出す、その顔は少し疲れたように目に見え、進む足取りも駆け寄ってきた時に比べると大分重そうだった……周りの村人もやり取りを見て察したのだろう。無駄な時間を過ごしたとでも言いたげに肩を落として歩き始め。そんな彼らに向かって食い下がるように女性は後を追う。


「そんな……武器は必要です。いざという時誰が貴方を守ってくれますか。自分で自分を助けるのは当たり前ですが、そういう時に頼れる物が手元にない」

「必要ないと言っただろう私は」

「ですからそんなはず」

「はぁッ、いいからアレを見ろ」


 やや乱暴に態度も荒くなり始めたグリッジはこちら側へと向かって指を差す。向けられる視線の先に立っているのは自分とシルドで……多分本心では指差したかったのはシルドだけのはずだろうが、まとめて示されたせいもあり商人の瞳がこちらを見て見開く。驚いた、というのもあるだろうが何か余計に輝きを増したように見えるその瞳に一瞬嫌な予感が頭を通り過ぎていく。


「この村には彼らが居る、戦う人間が居るんだから私達が特別注意する事などない。分かったら変な物など売ろうとせず――」

「ええ、冒険者!?」

「え? ……あ、ああ」

「うっわ、なんでこんな辺鄙な村に冒険者なんているの、辺境都市でもギルドもないのに珍しい事っ」

「……」


 イネスの言葉にピクリとグリッジの頬が動きこちらを見るが、そんなに睨まないで欲しい、言ったのは自分じゃない。ゴトリと重い音がしたと思って目を向ければ女性商人が手にしていた斧を地面へと手放した音でありそのまま一目散、まるで獲物を見付けた野獣のように、ドレスの裾を地面で擦りながら走ってくる。血走るようなその目に若干恐怖を感じたが動く事は出来ず、数秒で距離を詰めてきた女性はシルドではなく自分を見つめ、両肩が伸ばされた腕によって上からがっしりとホールドされた。


「うっわこれモンスターのコートじゃない。この篭手の部分も一般鍛冶じゃ取り扱い禁止の禁制じゃない、うわぁうわぁいいなぁ。武器っ、その武器は!? 弓と射出機の混合……クロスボウ! それも結構手間を掛けられた造りで、ちょっと継ぎ接ぎ部分があるのは気になるけれどそれでも十分参考に――」

「おい」

「えっ」

「離れろ」


「あ」


 警告を発したのは自分の声じゃない。

 ぱちりと目を瞬かせた次の瞬間、警告を聞く間があったかも分からない早さで何かが目の前を通り過ぎる。衝撃の音は聞こえたが自分自身には害はなく、代わりに掴みかかっていたイネスの腕が身体ごと後ろに跳ね飛ばされた。数瞬の滞空時間にいい音を立ててそのまま尻餅を付き……心配はしたがそれでも手加減はあったのだろう。女性は「いたたたた」と口ずさみながらすぐに上半身を起こした。

「何をしてるんだシルドッ」

「……」

 通り過ぎた風切音に目を向ければ、何事もなかったかのようにシルドは見下ろし、しかしその腕には女性の売り物である武器に全く劣らない凶器が握り締められている。肉薄した自分と女性との間を針に糸を通すような正確さで、しかも目に止まらない程の早さでやってのけた事には驚くが、問題はそんな事じゃない。


「人に向けて振ってどうするんだよ、冒険者の武器はモンスター以外には使うなって」

「……」

「……おい」


 何も答えは返らず、その代わりしっかりと歩み出したシルドは自分と女性との間に割って入る。

 その頃にはしっかりと立ち上がったイネスに内心謝りたい気持ちで一杯だったがそんな事は気にしてないようにその顔には恥ずかしそうな笑みが浮かび、こちらを見てはにかむようにして頭を下げる。


「いいの、その、ごめんなさい? つい装備を見て興奮しちゃって。冒険者の武具なんてね、なかなか近くで見る機会ないんだから……もうしないから、ね?」

「そうか」

「ええ! だからもうちょっとよく見せてほし――」

「お前がさっき言っていた事を、一つ訂正しよう」

「い……うん?」


 会話をぶつ切りにされ、小さく首を傾げるイネスだが。シルドはそんな彼女を見て、そのまま視線をぐるりと一周、村人やグリッジを見渡した後に口を開いた。


「この村にはクエストで来ただけだ、常駐している訳じゃない」

「あら」

「クエストで、仕方なく来ているだけだ。モンスター……を倒したらさっさとこんな所から出て行く。そうだろう? コワード」

「うえ゛っ!?」


 急に話題を振られシルドの視線を追って村人を見る。主にシルドの『こんな所』発言のせいだろうが、こちらへと向けられる視線が極めて厳しく代わり、グリッジも今まで見た事のないような顔でこちらを見ているが……


「そうだ、ろう?」

「あ、ああ」


 ……なにより、すぐ近くに居るシルドの威圧感の方が大問題だ。シルドの背中越しにこちらを見ているイネスの視線もあるが、顔だけ振り返り睨みを利かせる仲間の視線には有無を言わせないものがあり、とりあえず口裏合わせだけでも頷いてみせる、別段間違っている事を言っている訳でもないので反論もなかった。


「まぁ、クエストで来た訳だから、それは……」

「その通りだ。つまり、モンスターさえいなくなれば、俺達がここに留まる理由は何もない、すぐにでも出て行って、二度と来る事もないだろうな」

「え」

「……コワード」

「あ……かも、知れないけど。まぁ」

「……」

「……」


 向けられるシルドの視線から目を離す。いつになく饒舌な口調に真意は分からなかったがとりあえずこれ以上の追求はないようだった。覗き見るように見ていたイネスも「そっかぁ」と口で呟くだけで特に感慨もなさそうで改造ドレスに付いた埃を手で叩いている……どうでもいいが切り込みが多いとはいえ、それなりに高そうな服装が今や土だらけになってしまっているがそれはいいんだろうか。


「まぁ、私には関係ないけれど。それにしても、こんな所で冒険者に会えるなんて思わなかったから驚いちゃって。よければどう? 冒険者装備には劣ると思うけど私の武器屋の品揃えもなかなか、そこの君も弓使ってるなら特別な矢だってあるのよ、興味ない?」

「ない」

「……あの、アナタには聞いてないんだけど、なぁ。なんて」

「……」

「……ごめんなさい」


 シルドのひと睨みですぐに謝る女性。

 周りの視線も二人に注がれ自分から反れた事にホッとし息を吐く。……しかし、見るからに絡み辛そうな客であるのに、果敢に売り込もうとする姿は商人の鑑か。既に村人に買う意思がないと分かったから矛先を変えただけかも知れないが。

 安息に肩を落としているとその時、僅かな力で着込んでいたコートが後ろから引かれた。


「レックス?」

「……」


 振り返り見れば目に入ってくる小柄な姿。

 自分へと伸ばした手に裾を引かれたと思ったが、よく見れば指と指で挟むように非常に頼りない持ち方で触れられただけだった。下を向いている顔に身長差もあり後頭部しか見えないが……最近のいつものパターンからしてこの先に来るものはひとつしかない。


「あのなぁ……また遊ぶとかさすがにないぞ。そんな毎日付き合う程オレも暇じゃないんだから今日はあのじーさんと……そういやアールが居ないなお前の家か?」

「……」

「……レックス?」


 普段ならギャーッと、喚くような声があるはずなのに今はない。

 不思議に思って顔を覗き込もうとすると唐突に動き出し自分の手が下から叩かれる……痛みもなにもない、些細な振動程度だったが。どういう事かを聞く前にその身体は回れ右をし、自分とは反対方向へと向かうとそのまま地面を蹴って走り出す。


「なんだ……てか早っ!」


 いやもうその走り去り方といったら、ちょっと駆け足どころじゃなく完全に全力疾走、見る間にレックスの姿が遠ざかって行くのが分かる。

 子供だから力が有り余ってるのか、それでも突然何もなく走り出すなんて野生の猪でもあるまいし。

「……なんだよ」

 少しだけ、本当に少しだけだが気になった。

 チラリとシルドに目をやる。


「ですから、刃の魅力は一刀両断。そういった長柄物の武器もいいでしょうがたまにはロングソードでもいかがかしら、敵を正面から叩き切るという感触は他ではなかなか味わえな――」

「いらん」

「……ぐすん」


 ……形勢不利で不毛な戦いが続いているがそれでも女性は諦めない。見るも無残な程落ち込んでいる気がするがそれでも諦めない。二人の馬鹿らしいやり取りを見、遠目に見ている村人達へと目をやって、最後に小さく、遠くなっていくレックスの背中を見た。


 疲れからか、小さく溜息が口を突いて外に出る。


「結局こうなるのか」

 遠く、余計に小さくなった背中を追って、ガシャリと大きく音の鳴る完全武装の装備がやたらと重かった。



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