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07 drop

「――ハっ」

 目を開く、勢いよく体を起こす視界に入り込むのは白いシーツに木目の天井。シーツ同様に白い包帯に巻かれた腕が動いた反動により痛みを訴える。

「っ、ク」

小さく呻き見てみれば体は包帯だらけだった、幾重にも巻かれた腕だけではなく簡素な見た目の衣服の下も足の回りも同様の布が巻かれ治療の後が見えている。

「…」

 訳も分からず混乱し、何があったか思い出そうと頭を回転させ始めた時、その言葉が耳に届く。…いや、正確に言えば気付いていなかっただけだろう。言葉の主はすぐ傍にいて、備え付けの椅子に腰を下ろし。

「起きたか」

「っ!?…あ、受付、の…」

 低い音、椅子に腰掛けた受付員は眉間に皺を寄せ重い溜息を吐き…それでも少しだけ嬉しそうに自分を見た。




 ―――――――。




「まず状況から教えてやろう」


 医務室から離れ近くにあった空き部屋へと場所を移す。ギルドの一室らしく細々とした物はよく目に入るが特別汚れているという訳でもない、扉近くの重なり合った椅子の中から1つだけ引っ張り出し軽く手で叩きながら座ると、初老の受付員は口を開く。

「モンスターの森で敵と遭遇し、戦闘。戦いは始まりはしたがその後逃走して…最後は追い付かれて後ろからばっさりとやられて…で、意識を失う……覚えているか?」

「…はい」

 冷静になれば思い描いて来るその光景…正確に言えば『その後の事』もしっかりと覚えている…。

 男の言葉に特に傷の酷そうな右腕と背中に目をやると包帯の上からでも痛々しいのが分かった。指を軽く動かしただけでも痛み背中はズキズキと痛みを訴える。引いては寄せるを繰り返す痛みはまるで波のように、小さく唸っていると受付員は目線だけで気付き包帯だらけの体を指差しながら一つ一つ説明をしてくれる。

「一番酷かったのは背中と腕だ、腕は火傷を負って放置した上にそこから傷まで受けて対処も遅かった…血が止まりはしたがもしかしたら骨にまで何かしら影響が出ているかもしれない、むやみに動かすな。背中の方は、こっちは幸いだったな傷自体は浅い。出血が多かったため貧血の類はあるかも知れないが致命的という事はない。総じて傷も多いが炭化や膿等の心配はいらん…良かったな」

 一息に言い一瞬受付員は表情を崩したがすぐに咳払いをし、見つめる視線に力を込める。

「運は、良かった…しかしお前に処置が必要であった為竜車を帰らせることになったのは変わらない。お前1人の為にモンスターの森で行われるはずだったクエストは全て中断…当然森で行われるはずだった未確認モンスターの討伐も一時中止だ。……その事でお前には非難が殺到している。他のクエストで参加した冒険者も、未確認のモンスター…暫定的な名称がついた、名はスケイルバード(鱗持つ鳥)だ…そのクエストに参加した人間もお前の責任を訴えている。…曰く、お前のせいでクエストは失敗した、お前が居なければ成功したはずだった、お前が……。いやまぁいい、色々だ…」

「……」

 静かに…しかし指先で作り上げた拳がギリリと締まる。爪は肌に食い込み噛み締めた歯は口の中でうるさく鳴ったが…それでも反論はしなかった。

「…討伐隊の方でも失態は聞いている。もう少し…なんて好きにいうヤツはいたが冷静だった一部の者に聞けばスケイルバードはまだまだ余裕があったらしい。どれくらいかは分からないが少なくとも劣勢を悟りすぐに後退出来る程度には余裕だ…必死に追いかけてへとへとになっている討伐隊と比べてもどっちに分があるかは考えなくても分かった」

 途中、言葉を区切ると受付員は懐を探り一本の短い煙草を取り出し「いいか?」と尋ねる。いいか?とは吸ってもいいかと言う事か、そのまま無言でいると、その態度を了承と受け取ったのか短く息を吐き慣れた様子で先端に火を灯すと口の端で加えて息を吸う。

「…だがな」

 たっぷりと息を吸い込み溜まった紫煙を空中に放ち、男は述べる言葉の聞こえを低く変えると先を続ける。

「ここはギルド(集団)だ。体裁を保つにはお前に罰を与えないといけない。そうでもしなきゃ納得しない奴が多いからな。…これはギルド長の下した判断だ、悪いが覆る事はない素直に受け入れろ」

「…罰」

 ビクリと震える自分に一目やり…再び煙を吸い込め始める男は零す。

「お前への罰は…」




「…二週間の謹慎。…その間あらゆるクエストの受領の禁止……以上だ」




「……え」

 告げられたその言葉に、そのまま答えられず聞き返す。…受付員は僅かに口を曲げ静かな笑みを浮かべた。

「は、助かったじゃないか、うまく生き残ったようだしお前は運がいい…下手をすればお前なんか一瞬で殺されてもおかしくはな…いや、これは前もそう言ったか。どっちにしろ逆さになったって敵わない相手だったんだ、生きている事に感謝して当分は部屋の中に引き籠れ……以上、さあ、帰れ帰れ!」

 言うだけ言い、満足したとでもいうように追い払う仕草を見せる男。

 既視感も浮かぶその光景に、先日もそんな態度をされ何も言わず引き下がった事を思い出した…しかし。

「…あのっ」

「ん?」

 …今度は違う。

 漏らした言葉に男が顔を上げる…てっきり面倒そうに見られるかとも思ったがその瞳は意外な事に微かに光を放ち何かを期待している風に自分を見た…その目の心情は分からずに、しかし自身の中でわだかまっていた気持ちをそのまま伝えるように言葉にする。


「あの…モンスターは…!」

「…モンスター?」

「スケイルバードはこれからどう…」

「……」


 告げた言葉に男の瞳は一瞬開き…すぐに曇った。

おかしい。期待も何も無い…これは必要な事だ。自分を殺……殺し掛けたモンスターが今どうなっているのか、それを聞くまでは帰るに帰れない…自身の胸の中を這うよく分からない粘着質な気持ちに押され、口はまるで別物のように回る。


「…ハ」

 男は、小さく溜息を吐いた。

「…どうも何もない、討伐に至らなかったとはいえ手傷は負わせてたと聞いている…それは倒せるという手応えと同時に手負いの危険な生物を生み出したことに同じだ。…このまま放置すればヤツは間違いなくギルドに対する不利益を行う…だからこそ早急に討伐隊を再編して駆除に向かわせないといけない」

「でも…でも、アイツはっ」

「…お前が気にする事じゃない。ギルド最低ランクのお前がな。討伐隊に編成されるのはいずれも精鋭揃いの強者だ、間違いはない。奴らは…『優秀な』冒険者だからな」

「…っ」


 …何故かその言葉は不機嫌そうに聞こえた。

 何が気に食わないというのか気に障ったのか分からない、でも、だからってこちらの方が。

 そう言われた『こちら』の方が尚更に気分が悪い。


「…終わりか?だったらさっさと出てけ、俺は忙し…」

「…んで…」

「……あ?」


一瞬、口を突いて出た言葉が室内に小さく響く…男も聞こえはしたが聞き取れはしなかったようで訝しむような視線でこちらを見ていた。


…微かな切欠は生まれてしまった、もう口をついて出て行った、その事で頭が熱くなり胸の中はぐるりと回る……さっきの言葉がジョークであればよかった。言葉の終わりに含み笑いでも浮かべて「なんてな」とでも軽く言ってくれればここまで苦しくなる事もなかったのに…出口を見つけてしまった胸のわだかまりは流れのように外へと出たがって暴れていた。



「…優秀って…何でっ」



 …身体は痛かった。

 自分の体であるはずなのに、思うように動けない部分が多い、少し動こうとすれば痛みが阻害するんだ。目に見える剥き出しの肌には数え切れないくらいの切り傷が刻まれ、芯まで染み込んだ痛みは断続的に悲鳴を上げる。

背中だって、足だって、胸だって、マトモな部分なんて残っていない。そんな自分に対して『最低のお前がな』…とは。それじゃ、なんで…。


「何が…!」


 押し留めきれない。押し留めるのに疲れていた。

「何が!優秀な冒険者だよ!罰ってなんなんだよ!!オレのせいで失敗した!?オレが居なければよかった!?ふざけんな!勝手に何言ってるんだ、責任をオレに押し付けるな、お前らのせいだろうが、オレはっ…オレは被害者じゃないか!」


 腕を振るう、振り切られた痛みにより更に体は痛む…悪循環だ。どこまでも痛くなりそうな体はズキズキと呻きうるさい……それに対して目の前の受付員は冷静だった。平気そうな顔で、煙草なんて口に咥え、て。


…分かっている、痛いのは自分だけであって目の前の受付員じゃない、他人の痛みなんて自分は痛くない。…失敗したのは自分、責任があるのが自分で、罰を受けなきゃいけないのは自分で最もいらないのが自分?……ふざけるな…ふざけるなよっ……涼しい顔をした無言のその目に、分からせてやりたかった。自分がどれだけ苦しみ、痛がってるのか、それを分からせてやりたくなった。


「こんな…こんな死ぬ思いまでしてこれかよ!何がなんだよ!なんでオレなんだ!弱いから情けないからって平気で人に押し付けて!それで分かったフリをしてお前じゃムリだったから運が良くて良かったなだなんて冗談じゃない!何を勝手に!」


 …発する自分の言葉…それによって自分自身が抉られるような気がした。溜め込んでいたものは噴水のように溢れやがて居場所がなくなり洪水として暴れ出す。その一言一言発するた度に自分自身の顔が歪んで行く。

 …きっと、もう限界が来ていたんだろう。繋ぎ止めておくための防波堤は簡単に壊されて突き崩した言葉の波は暴論となって溢れ出る。…泣きそうだ、とっくに泣いている。

ただ、ただ一言言われればいい、よくやったと、よくがんばったと褒められたかった。ただちょっとだけでいい、そう言ってくれさえすればそれで…なのに。


「やった!ちゃんとやってた!なのになんでオレじゃダメなんだ!…怖いっ…怖いけど毎日だってクエストをやった!情けない恥知らずだなんて笑う連中が平気で休んでいる時だってオレはやった、1人でっ!がんばって!……なのにっなんでだよ…なんで分からないんだ!弱虫だ臆病だって!ふざけるな!オレはちゃんと…!」



「……ちゃんと?」



 冷たい静かな一言が流れる。

 その静かな…しかし重い一言に見上げて見た男の顔は気付けば無感情に何の色も伺わせずに…物でも見ているかのような冷めた瞳でこちらを見ていた。

 背筋を冷たい汗が伝う。

「ちゃんと…?何がだ?…ちゃんと何をやった。お前は、何をやって」

 小さな言葉と共に吐き出された煙草が床に落ちて。

「それで、何をやらかした!」

 立ち上がった。

「っ」

無造作に伸ばされた男の腕が首を掴む。膂力に任せ込められた力は足先を床から離し体は壁へと叩き付けられる…大きな音と圧迫した空気は肺から押し出され、潰れた喉からは変な声が口を突いた。


「お前は何をやらかした…何をやったか理解できてないか?なら教えてやる。お前は逃げた、勝手に森の奥に入った、それでいいようにモンスターにやられて迷惑を掛けただけでなく口先だけで、それで自分はちゃんとやっただと!どの口が言う!!」

 叩き付けられ、頭が揺すられる。細めた男の瞳が眼前に写った。

「…それだけじゃないもっと大切な事だ」

 一息吐き、漏らす。

「お前は、なんで…なんでお前の『分身』を捨てた、そしてその事を何故一番に聞かない!お前が気にすべき事は逃げ出したモンスターでも後の事でもない!冒険者として自分を立たせた相棒の武器の事だろうが!お前が投げ捨てて逃げた片割れだろう!どうして、どうして最初に『オレの武器はどうなりましたか』と何故聞かない!聞いて来ない!」

「…っ!」

「お前は…お前はそれでちゃんとだと…?自分は!誰かが!とそんな事ばかり口にしやがってるお前のどこがしっかりしている!恥ずかしくないのか!それで冒険者のつもりだったのか!その程度で冒険者なんて口にするな!」

「っ…グ」


 必死に伸ばす腕で首を絞める手を掴む。

 頭の中、混乱した心の中で苦しさと痛みが…怒りが溢れた。

他の誰でもない目の前の受付員に対して。恥ずかしく…つもり?

…ざけるな…ふざけるな……こっちは死に掛けた。

 それで…!

「アア!」


『死んでくれりゃよかった』

 死ねばいいだなんて、そう言われたんだ!


「ざ、けんな!」

「ア!?」

「ざっけんな、ふざけるんじゃない!人の気持ち何も知らないくせに何を勝手なことを図々しく!分身だと恥ずかしいだと!ふざけるな、ふざけるなよ、そんな冒険者なんて…!」

「っ!」

「冒険者なんてクソくらえだ!」

「お前えええっ!」


 受付員の腕がぶれる。…そう見えた。

 次の瞬間右頬で痛みが爆発し一瞬にして熱くなる。殴られた衝撃により首を掴む腕は外れ解放された体を壁伝いを跳ね床へと転がった。


「ツ、くっ」

 …倒れた床から男を見上げる。見えるのは腕を振り抜いた姿、顔は落とし見えない表情は見えず…しかし握り締めた拳は微かに震えていた。


「…お前は……お前は何も分かっていない。どうしてこれだけの事をしてこの程度で処分で済んだのか…そんな謹慎なんて甘っちょろい事、どうして認められたのか…まるで」

「…え」


 痛みから上がる抗議の言葉よりも先に男の呟きが耳に届く。…その意味は理解できず頭の中を回る…言葉の次に持ち上がった男の顔はこちらを見据え見下し。固く強張った顔にはまるで睨み付けるような瞳があった。


「変更だ…お前の処分は、変わる」


 その言葉も、感情はこもらず平坦で。揺れ幅の見えない虚ろな言葉が部屋の中に静かに響く。


「現時点で『貴様』の冒険者としての資格を剥奪。ギルドから追放だ…装備一式も返却しろ、もう貴様には必要ない……手続きも何もこちらがやってやる……じゃあな。お前の『次の』未来に幸あれ」

「…え……なっ、待っ!」


 頭に上っていた血はその言葉に急速に冷えて行った。冷静に戻った頭は早く謝罪をしろと懸命に告げてくる。許しを請い願って。どうすればいいか頭を床に擦りつければそれで許してくれるか、言い過ぎでしたと殊勝にいえばそれで気が収まるのか。


「ハ…ハハ、ハ」

 …考えに考えを重ね…出てきた結論は愛想笑いだった。浮かべ慣れた乾いた笑みを張り付け肩は小さく竦め。…バカにされても流し、ふざけることで我慢できてきた笑顔だ。

 なんとかごまかそう、なんとかこの場をもたせよう…そういった甘い気持ちで頭は一杯だった。

「ハ、ハハ…今のは、冗談です…本当はオレ…いや、僕は…そんな」


「出て行け」


「い、や…待ってください、話し」

「出て行け」

「オレっ」

「出て行けえ!!」

「っ!」


 身体が、震えた。浮かべた笑みも簡単に砕ける…慟哭は胸を裂き、床に投げ出され握り拳は痙攣する。


くそ

 くそ…


 …くそっ


 明確な拒絶に頭は下がり…続きようやく出てきた自身の言葉も鏡返し…引くに引けない理不尽さと怒りがそのままに同じ様な拒絶の言葉となって現れる。


「いい、さ!やめてやる、やめてやるよ!ふざけんじゃないこんな物…!」

 言い、肩に手を掛け気付く。

普段…そこにあるはずの物はもうない。肩から背中にかけて重みはなく軽く…見捨てた…今も転がるであろう、その重しはモンスターの歩く森の中で……自分だけは逃げてきた。

「く!」

 伸ばされた腕の先は行方を掴めず空を切った後に壁へと突いて立ち上がる。

 空しく、悲しくて、悔しい。訳が分からなくなる感情が込み上げて視界は濁えう。



 立ち上がり、踵を返すと走り出す。

 乱暴に扉を開き廊下を駆け抜け、どうやって降りたかも分からない階段は跳ぶ様に跳ねて転がり落ちながら。

 また逃げた。






「…」

 人のいなくなった部屋の中、男は1人溜息を吐く。

 浮かべた瞳の先に見えるのは乱暴に開け放たれた木の扉。木目を継ぎ合わす金具はキィキィと音を上げ、衝撃にあおられ腰掛けていた椅子はもう倒れてしまっている。


「…終わったな」

 小さく吐き出されたその言葉は先程までの激昂が嘘のように疲れた…年相応にものへと変わっていた、眉根は下がり少しだけ屈んだ背中は小さい。

 ひどい結末だと、そう思う…しかしそう思う反面これでよかったのかもしれないとも思えた。…無理があったのだ…所詮無理だった。例え、少なからず自分だけは評価していたとしてもそれで簡単に当人が変わるはずもない。

 小さく息を吐く、くたびれた吐息が漏れる。



「…お前の、次の未来に幸あれ」



 男の小さな言葉。

 床の上では焼き切れ繊維の崩れた煙草がひとつ、最後のくすんだ紫煙を巻き上げて。…そして火が消えた。


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