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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
66/106

16 デセルテ村 4

「レックス・ヒューリング、ここの村の村長の息子だよ。アンタの主人が家にいるせいで部屋が酒臭くってたまらなくてさ」


 勝手に横へと腰掛けた一息でそう言い切ると肩を竦める。見た目年齢二桁いってるかどうかも怪しい子供だがその哀愁漂うポーズはやけに様になっていて、子供だてらにまるで仕事に疲れた大人を思わせる風格が……


「って、主人じゃねえ! 同じ冒険者だって言ってるだろ!」

「え、えぇぇええ!」

「……いや、もうそういう驚きいいからな? ホント」


 過剰に、わざとらしいオーバーリアクションで驚いてみせるレックスに、こんな子供にまで自分はバカにされるのかと気落ちし掛けるが、その顔にニヤニヤした笑みが浮かんでるのに気付き目を細める。


「おい、お前」

「うん? ひゅーひゅーぴゅー」

「知ってて、わざと言ってるだろ」

「……うん!」

「うんじゃねえ!」


 悪びれゼロで笑顔のまま告げる子供にガーッと大声を上げるが、腕が届くより先に身軽に飛び退られジャンプを繰り返すように距離を離すとニヤケ面で腰掛けたこちらを見下ろして笑う。……間違いない、これは悪ガキだ。

 人の傷にわざわざ塩を塗り込んで笑う子供が悪ガキでないはずがない。


「はは、悪かった悪かったよ。ちょっと話しをしてみたくって……村に着いてからずっと注目してたんだぜ」

「注目?」

「ああ、目が合ったじゃん」

「目……あ」


 謝罪とも言えない謝罪でさっさと済ませ再び自分の隣へと戻ってくる子供はこちらを見上げて覗き込んでくる……その目線に、確かに記憶に引っ掛かるものはあった。

 つい先程馬車で村に到着してすぐ、やたらとこちらを見ている子供が村の中に居た事を……最初は馬車に興味があるのかと思ったがその視線は自分に向けられていたはずで……。


「あー、居たかも」

「だろう!」

 ポツリと漏らした独白に「だろう、だろう」と得意げな笑みを浮かべる子供。

 笑いながらばたつかせる足が焚き火手前の砂を跳ね上げ、こちらへと若干振り掛けているけれど、いくらなんでもこの程度で怒っちゃいけない。

 理解ある大人を演じ余裕の笑みでニコリと微笑むと若輩者を優しく導くように声を掛ける。


「うんうん分かった分かった、だけどねレックス少年。子供はもう寝る時間だ、早く家に帰って横になりなさい」

 いつかは言ってみたい大人の親のセリフ。常套句の決まり文句でそのまま家へと追いやろうと画策するが、当の子供は顔を一瞬キョトンとさせたあとに、今度は真剣な顔へと表情をコロコロ変え、高めの声音を気取ったように低く落として口を開く。


「ふふん、いいかねコワードくん……えっとコワードだったよね確か? 変な名前」

「余計なお世話だよ」

「えっと、よしコワードくん! いいかい? そんな子供のいる家で勝手に酒盛りをしてはしゃぎ始めるなんて良識ある大人としてよくない、そうは思わないか」

「ん? まぁ、多少」

「そうだ、いずれ大人へと変わっていく子供の前ではいつでも将来を見据えた威厳ある行動をするのが先輩の努め。あんなダメダメな大きな子供の集団なんて目にしない方が絶対偉い人間になるし」

「……いや、その大きな子供の中に君の親も入っているからな?」

「あと、臭い! ビシ!」

「……口で効果音言うのはやめような」


 ビシ!付きの決めセリフを言って胸を張って人差し指を向けるコイツに何といってやるべきか……他人を指差してはいけませんと諭すか、絶対に親の前では臭いとか言ってやるなよと村長を思って警告するか。

 ……迷いはしても正直他人である村長の心中を思うより、今現在指で差されている状況が納得いかなかったのでそっと指を手で払ってどけさせる


「はぁ、いいか? 他人を指差すっていうのはやっちゃいけない事だから、これからはやめ――」

「……ふふん」

「おいコラ」


 手で払ったレックスの指先は宙をぐるんと一回転し、何事もなかったように元の位置へと戻ると再び指を差す。『空中大回転』とでも名称を付けたくなる見事な動きだったが、明らかに目の前のレックスの操作によって指が戻って来ている為言って聞かせなきゃ行かない。……いや、当たり前の事を言ってると自分でも思うけど。


「だからな? そういう事をしたらダメだとオレは」

「……ふふんっ!」

「おい」


 再び手で払い、もう一回転。今度は気持ち胸を張って堂々とした態度で元の位置に戻ってくる。


「だからやめろと」

「ふふん!」

「そういう事したら」

「どうだ!」

「いい加減にしておかないとこのオレだって」

「ふ、は、は、くやしいかね」

「テメエ!」


 指で払っては戻り、払っては戻り、払っては戻り、払っては戻り、払っては戻り、払っては戻り、払っては……。


「ぜっ、く、く、この!」

「それは残像だよ!」

「残像出てないからな、一応教えてやる!」


 何度やってもダメだ、相手は片指。フットワークが軽すぎる。

 鈍重な手の平だけでは完全に駆逐する事が出来ず何度やっても……いや……冷静になろう、自分は何をやってるのか。

 ふざける子供に自らの知的レベルまでどんどん下がっていってる気がして、やるせなさとむなしさばかりが胸に募っていく。


「はぁ、何してるんだオレ」

「とぅ、とぅ! どうした、かかってこいよ!」

「……ガキの相手する気分じゃないんだよ、はぁ」


 元気一杯に煽るレックスを無視して焚き火の炎へと目を向ける。煌々と燃える赤い火は暗い夜景に映えるゆらゆらと蠢く……触れても形のない流動体はまるで自分自身の今の姿にも重なって思えて、目の前の子供をガキ扱いしている自分も、周りから見れば所詮シルドのオマケ程度、そんな自分が……


「なーなーなーなー、コワードーコワードー?」

「……」


 ……自分が、見返そうと頑張ってみても本当にうまくいくのか。実際の実力でもシルドに大きく劣り、モンスターを目の前にして射撃すら叶わないこんな自分にここで出来る事は何かあるのか……


「なーなーなーなーなー、次は?次は?次は? ヒマなんだよオレ」

「っ、なーにーかー」


 ……き、きっと、それでもあるはずだ。【仲間殺し】が近くにいたって村人からよく見られなくったって、それでも自分にだけやれる事がきっと……


「な、な、なー」

 きっと


「見ろよ! コレコレ!」

 き、きっと


「おー、どう? すごくない?」

 き、き……


「なーなーなーーーー!」

「あああああ、きっとうるさいよオマ……え、スゴイなお前」


 余りのうるささに声へと目を向けると、先程まで近くでギャーギャー叫んでいたレックスは少し離れた位置で上下逆さまに立ち上がり腕一本で身体を支えている……世に言う片手逆立ちのポーズだが、絶妙なバランス感覚でぴょんぴょん跳ねて動く様は純粋に凄いと思える。


「ふふん、すごいだろう」


 逆立ちポーズのまま勝ち誇り、そのまま「もっと大技を見せてやる」と一声叫ぶと前へと勢いよく転がる……地面をクッションに前転し、そのまま地面の上へと立ち上がってみせる荒業。転がった瞬間に何か石にでも当たったのかコキリと響く骨の音と小さな悲鳴が聞こえた気がしたが。

 そんな微々たるものを全く気にしない、勇者の姿がそこにあった。


「ぐ、ぐすっ、そうだ、よ。ぼ、冒険者なんていっても大した事ないよな」

「……」


 訂正、結構効いていた。

 一応名誉の為に、涙声と目で立っている事はあえて突っ込まず、それでも軽口を言い続ける子供に頭を振るう。


「勝手に言ってろよ、気にしないから」

「ふ、ん! そうか?」

 そのまま無視をしていればいいのに強がって返してしまった事に子供は息を吹き返す、先程まで相手にしていなかった反動か鼻高々になってバカにして、仁王立ちに立つ様でこちらの事を下に見下ろす。


「冒険者って聞いて期待してたのに、もう一人の……シルド、だっけ? あっちはいいけどそれに比べたらすげー弱そうだよなー」

「っ」

「あーガッカリガッカリ。これで面白くなるかと思って待ってたのに、それがこんなのか……あーあー格好わるい」

「ッ……お前」


 オーバーで過剰なアクションはわざとらしくしか見えないとはいえ、ここまで完全に、自分より下の子供にバカにされれば頭にもくる。

 腰掛けていた石からスっと立ち上がり、仁王立ちするレックスの前に立ってみれば、低めの子供らしい身長は自分の胸程度の高さしかない。


「な、なんだよ」

「……」

 子供ながらに怒気は感じるのか、あるいは子供だから敏感なのか。

 立ち上がり目を細める自分にレックスは一瞬動揺し、一歩引く。怯える仕草は見せてもそのまま逃げないのは勇気があるのか、根性がないのか……自分自身頭に熱が行ったからといってさすがは子供に向かって手を上げようと思う気持ちは微塵もなくて。


「見せてやる」

 短く低く言い放つと背負ったクロスボウを腕に構えた。




………………………。




「……」

 思えば、マトモにクロスボウを使うのも久しぶりに感じる。

 怪我が治って訓練替わりに的を撃つ事はあっても肝心の実戦では常にシルドに邪魔をされ小さな戦果も挙げられない。

 ずしりと感じる指先の重さに、弧を描く弓へ垂直に交わるように矢を番え、巻き取り機から伸ばしたフックを引っ掛け弦をしならせる。


「何するんだよ」

 ぶっきらぼうなレックスの言葉はすぐ隣から

 前に立たせても危ないだけなので位置を横へとずらし、射線に何もない事を確認して深呼吸をして意識を落ち着かせる。

 握るハンドルは軽く、あくまで『試射』であるのでモンスターを相手にする時のように全力で引く事はせず、ある程度の所まで用意出来たら腕を止める。


「見せてやるって言ったろ」

「……おう」

 若干シルドに似てしまった短く低い言葉はこの時ばかりは効果的で、静かになったレックスを横目に見える範囲の中から標的を探す。既に夜の帳が落ちてしまっている村の外では何かを狙ったとしても当たったかどうか分からず、かといって村の中の適当な場所で運悪く人が飛び出したなんて事態になったら目も当てられない。

 そう今から冒険者の……正確には自分自身の実力じゃなくてクロスボウの力を見せてしつこいレックスを黙らせるつもりだった。

 狙いを定め始めてすぐに、近場の焚き火の炎に狙いを定め、人がいない事を確認すると矢先を向ける……


「あの焚き火を、撃つのか?」

「……」

 一応は狩猟村の子供で弓の事は理解しているのか、揺れる言葉で狙いを言い当てられた事に内心動揺し、すぐに他の場所へと照準を移す。

 余りにも近過ぎれば力を見せる事にならないし、どうせならとびっきりの、それこそ驚きで飛び上がるような成果が今は欲しい。


「……」

「え」

 黙って動かした矢先を目ざとく見届け、レックスの口からは小さな吐息が漏れる。目標にしたのは今の立ち位置から見て一番遠くに見える火の灯り。……それこそ小さな炎のゆらめき程度にしか分からない物に狙いを付けて、焚き火の周囲に人間がいない事を確認し余裕そうに唇を持ち上げる。


「見てろよ」

「ちょっと遠すぎるよ、ここからじゃ絶対当たらない」

「出来る」

「出来っこないだろう」

「だから、見てろって」

「……」

「平気だ」

「……本当に、いけるの?」


 疑問半分、期待半分といった視線で見つめて来るレックスに力強い頷きで答える。

「ああ」

 自分は当てられる……という自信は実際全然ない。


 普通の武器より余程性能がいい冒険者装備とはいえ、今回の狙いはちょっと見栄を張り過ぎた。目標が遠過ぎる、これはダメだろうと頭の中の冷静な部分が指摘するが、もう言ってしまったからには変えられない。

 見えない汗が背中に流れるのを感じ、外したらすごく格好悪いだろうなと嫌な予感に胸を過ぎる。


「大丈夫だ」

「……」

 レックスと、そして自分自身に言い聞かせるように言う言葉。

 吹き付ける谷間の風がタイミング悪く荒れ始め、悪条件の中であっても手の中の存在、自分ではなく相棒の力を信じて狙いを絞る。

 意識しても震える手の指に定まり始めた矢先は左右上下に細かく動き続け、ここという場所には納まり続けてはくれない。

 ここまで来れば後は技量と運、それと度胸。……全部が全部自分には足りてないんじゃと錯覚するが細かく吐き出す吐息に鼓動を鎮め。今だけ、この後どれだけだれてもいいからと心に願って集中する。


「出来る」

 出来る。

 昔、誰かに言われた言葉を今度は自分自身に向けて告げ。


「当てるのは、得意、なんだっ」


 一瞬の指のブレを読んでトリガーを、引き絞る。

 強い音と共に巻き取り機から起こる振動、留め置いた力を爆発させて弓座から放たれた矢は風を切って、空気を破って、前へ前へと消えて行く。


 短い空白に


 ……カランッとここまで聞こえてくる木の音が響き目標の焚き火の中から一本の薪が飛び跳ねる。

 深々と刺さった猛獣の矢に押され森の奥へと跳ね飛びながら進行し、地面を擦りて進む事十数メートル、摩擦と風により炎が鎮火した事により薪は見えなくなり無言の沈黙が辺りを支配した。


「……」

「……」


 矢の行方を見送り、驚きに目を見開いていたのは多分二人して同じ事。

 それでも比較的早目に回復した自分は狙いを付けていたクロスボウをゆっくりとした動きで構えを解き、フッと長い息を吐いた後に顔を上げる。


「ふ、ふ、ふ、それで? レックス少年、見たかね」


 本当は大きく叫びたい程、勿論自分の顔に宿った顔は笑顔だ。

 内心『よかった、やった、なんとかなった』と渦巻く感情はあるが、あえてそれを表に出さないのが大人の証拠。あくまでも余裕、あくまでも強気、この位当然ですがね、と生まれて最高の上から目線で少年を見下ろしてやる。


「っ、っ、っっ」

「ん? あ、あれ?」


 微細な違いを感じ取り、顔を下へと向けたままのレックスへと視線を向ける。

 どうかしたのかと心配に思った所で、やり過ぎたと今更になって心の良識が声を上げる。

 こんな子供に、それも自分の勝手で強さを見せ付けて恥ずかしくないのか、と。いや恥ずかしい。絶対に恥ずかしいだろう……下手をすれば怖がらせて傷付けてしまった可能性もある。


「お、落ち着け。怖くない、全然怖くないからな」

「かっ」

「ああ! もう撃たない、絶対撃たないから、な?」


 泣かれでもしやしないかと必死になだめているとレックスは勢いよく上げた顔でこちらを見上げ……



「かっこいいじゃないかーー!」

「……は?」



 ……そして高い声で雄叫びを上げる。


「すごい、すごいなコワード! 意外にすごい! やるじゃないかよ!」

「え……おっ! おう?」

「わああああ、オレ感動したからな! やっぱりすごいな冒険者!」

「……ああ」


 何か……うまくいったらしい。

 子供特有のキラキラした視線でこちらを見上げ、神様でも崇めるような褒め言葉が次々と飛び出してくる。……悪くない、悪くない気分だが……さっき『意外に』とか地味に傷付く単語が聞こえた気がしたような、しないような。


「よし、決めたコワード!」

「うん? ああ」

 ひとしきり絶賛した後レックスは握りコブシで両手を振り上げて夜空へと向かって宣誓でもするように言い放つ。


「お前をオレの友達にしてやろう!」

「……は?」

「やったなオイ」


 一人はしゃぎ、一人納得し、一人言い切るレックスは今日一番の笑みを浮かべて笑っているが、言われたこちらは理解が追い付かず目まぐるしく変わっていく状況によく分かっていないながらも、漠然と勧められるままに答えを漏らす。


「あ、ああ、よろしく……よろしく?」

「ああ!」


 ……討伐の遠征クエストで訪れたデセルテの村。

 その初日に思いがけない経緯の果てに小さな『友人』が生まれた瞬間だった。



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