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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
65/106

15 デセルテ村 3


『お前は来なくていい、邪魔だ』

『……』


 結果的、端的に、あった事だけを正直に話そう。

 シルドに……置いてかれた。




「くっそ、くっそ、クッソ!」


 夜の帳が落ちたデセルテ村を見つめ、沸き立つ腹の虫に任せて愚痴を零す。

 迫る夜の暗闇を嫌って村のあちこちでは焚き火が敷かれ、揺れる炎に立ち登る火の粉がチリチリと音を立てて消えていく。

 無念と後悔を残して手元を見ればご馳走の代わりに握られている保存食である乾燥させた丸パンと悪い色をした硬い干し肉。噛んでも噛んでも噛み切れない木の皮のような歯ごたえを満喫した上で無理矢理水で流し込み腹を満たして行く。



 ……事の発端はこうだ。木枠の寝袋で一休みを終えさあ疲れも取れた所で村長の元に行こうかとシルドに声を掛けると思いもよらない一言で返された。


『お前は来なくていい、邪魔だ』

『……』


 一方的で余りにもなその一言に一瞬考える事を忘れて頭はポカンとしてしまい、やがて意識を取り戻すと猛然とシルドに食って掛かった。


『何でだよ、モンスターの詳細を聞くなら行って当たり前だろう』

『同じチームで来たんだぞ、当然オレも行く』

『何勝手にオレの事を』

『それに……』


「……」


 最後の、言い切れなかった一言に続くのは『オレも行きたい』という純粋な気持ち。

 同じ冒険者なんだから当然という自負もあるが何よりもグリッジ村長の言っていた『酒盛り』という言葉が頭の隅で引っ掛かっている。酒そのもの自体は一度懲りている為興味もなかったが、『酒盛り』となれば定番に一緒に出てくるご馳走に食材。狩猟の村ともなれば何か肉が出るかも知れないと期待は高まり……しかし、それら全てを一蹴するようにシルドの低い恫喝が響いた。


『文句あるのか』


 別に……脅しに屈した訳でもなかったが不機嫌そうな表情の影に見え隠れする暴姿に、その時の自分は態度を180度変えてしまい、そんな自分が今はひたすら憎かった。



「くそ、あの時、あの時もう少し粘ったら……ぶっ、は、イッタっ」


 悔しさ混じりに勢いよく噛み付いた歯が、干し肉の凶悪な弾力に負け痛みが走る。涙ながらに感じる辛さを水でごまかし。さあ口直しに何か食べるぞと見直してみても乾いたパンと干し肉しかない事に絶望する。


「うっうっう、なんでオレだけこんな」


 せめて気分だけでもハイキング気取りで外で食べようとしたのが尚更まずかったのだろう、見上げる空に輝く一番星、吹き抜ける谷風が頬を縦横無尽に叩き付け、感じる肌寒さに気分よりも先に惨めさの方が際立って仕方ない。

 せめてもの救いは背中の上でカシャリと鳴ってくれる相棒の存在だけで。やたらと滲んでぼやけて見える風景に、遠くの家を見つめながら肩を落とす。


「今頃、うまいもの食ってるんだろうな……クッ」


 他の民家より頭一つ分高い村長宅。明るい光を漏らすその向こうから今にも酒席のドンチャン騒ぎが聞こえてきそうで、腹立たしさ紛れに丸パンを口に頬張り、もっしゃもっしゃと噛み締めながら水で無理矢理流し込んだ。




――――――――――――――。




「いやハハハ、本当に困っていた所でな。来てくれて嬉しいよ、ささ遠慮せず食べてくれ」


 調子良く言う村長の言葉と目の前に並んだ料理の列に俺は眉をひそめる。

 暖かな湯気を上げる豚か何かの丸焼きに周辺の小皿を彩る木の実と根菜による鮮やかなサラダ。パンなどの主食の代わりに火を通した芋料理が並び、なみなみと注がれた木のコップの中からは濃い酒精を漂わせる濁り酒が目に入る。

 十数人が座れる広いスペースの中でこれらの料理が並べられ、酒盛りに参加する人間も俺やグリッジの他に村の男衆が何人もいる……いずれも本来は精悍な身体付きをしている身体の大きな人間だが、今だけはその広い背を丸めて『ヨイショ』と食事に口が忙しなく動いているのは見ていてどこか滑稽だった。


「うーん、コワード君が来れないのは残念だが……しかし、シルド君ももしかしたら呑めない性質かな? さっきから全く減ってないように見える」

「別に」

「それに遠慮せず料理ももっと食べてくれ、みんな君達を歓迎する為に用意したものだ」

「……」


 村長宅を訪れると同時にいきなり連れ込まれた酒席の場。

 元よりそのつもりだったのか大いに騒ぎ飲み始める中にあって俺は料理も酒も一切手を付けていなかった。

 乾杯の音頭を聞こえないように無視し、懸命に料理を作ったという女を紹介されても料理に手は付けない、おべっかと浮付いた言葉の全てを聞き流し。ただ本題が進められるのを黙して待っている。……用意された食事に思う所はないが、何よりこの場にいない『片方』がうまくもない保存食で腹を満たしているだろうから、俺だけ食事を楽しむつもりも最初からなかった。


 全てに口を噤み、それでも尚はぐらかし続けるグリッジに俺は鋭い視線を一度向け、胸中を押し静めて口を開く。


「もう一度、モンスターの詳細を説明してほしい」

「……またかね」


 何度となく繰り返した問答に、浮かべた笑みの下から村長の本心が見え隠れしているようで気分が悪い。再び同じ様な話しを繰り返そうとするグリッジを遮って声を上げたのは、確かリュッセという名前だったはずの案内人。手にした酒の容物を陽気に傾け、指先を顎に当てた思案するポーズをしながら口を開く。


「討伐をお願いしたのは【手長】と呼ばれるモンスターです。大きな身体に鋭い牙、俊敏な行動も厄介ですが何より発達した二本の前足が異様に大きくて危険で……昔から何人もの狩人が止めようとしたのですが逆にアイツの手に掛かって命を」

「……」


 次々とどこかで交わされる杯に、空気の中に濃い酒精が混じっているが俺自身に酔いはない。一切の動きも見逃さないよう注意して男を見るが話す言葉に何かを装っているような様子は見受けられず……だから、尚の事おかしいと感じられた。それは最初から、それこそディガーにクエストの詳細を聞かされた時点から感じていた疑問だったが、のらりくらりと返される回答に、未だに明確な答えが得られないでいる。


「それなら何故今の今まで討伐の依頼を出さなかった。ここは、モンスターの出ない土地だと聞いていた。でもそんな昔から化け物がいたというならすぐに討伐依頼を出してもおかしくないだろう」

「……ですから、それも言っているでしょう。最近までそれ程大きな被害は出なかったですから俺達も放置してたんですが、最近急に手長が活発に」

「それ程の被害? 『何人もの狩人が命を落とした』、それなのにか?」

「い、いえ、それは……」


 言葉に詰まったリュッセに視線を向けるが、それは横合いから伸ばされるグリッジの腕により遮られる。減ってもいないコップに酒を注ごうとした行動だが、それよりも八の字に曲げた眉がどこか心外そうにこちらを見ていた。


「全く依頼を出していなかった訳じゃない、それよりもさっさと依頼を取り合わなかったのはカヘルのギルドの方じゃないか? ……いや、アンタ達を悪く言うつもりは無いんだ、来てくれた事に本当に感謝している。だがな、討伐依頼を正式に出してもう数ヶ月……今更になって来るのもどうかと思うが?」

「……」

「まぁ暗い話しはよそう、今は楽しんで友好を深めようじゃないか」

「ああ」


 『モンスター』の他にもう一つ、違和感を感じるのがコレだ。

 今までの会話の節々であえて『カヘルのギルド』と濁らせていたが、グリッジの話し口調の端々にギルドそのものを訝しんでいるような雰囲気があった。

 それも、その事を向こうにとって都合のいい材料とでも思ってるのか踏み込んだ質問でつつこうとすればする程態度は顕著になり『お前らの対応の方が悪いよな』と暗に仄めかして主導権を握ろうとしてくる。


 俺が、ギルド『マッドシップ』に所属してからはまだ日も浅い。その間の関係でギルドのトップであるディガーという男を心から信用した訳でもなかったが、それでもそんな重要なクエストを長期間放置するような人間には思えず、違和感がどうしても拭えない。


「ああ、ところで」


 注視してくる視線を避け、場の空気に乗るように固く閉じた口元へとコップを傾ける。飲みはせず唇だけを濡らした水滴にもう一歩踏み込んだ質問をしてみようかと目を細めた。


「依頼に、カヘルのギルドには行ったか? 立派なものだっただろう」

「ああそれは、行ったのはリュッセだからな……リュッセ!」

「はい、確かに立派なものだったよ。あれくらい規模で人も多ければ誇りに思うのも間違いないね。その場に居るだけで目が眩みそうだった」

「そうか……ウチの村も、いつかそれくらいにならないとな」

「……」


 もう一度唇だけを酒で濡らし改めて考えようとするが……いい加減じれったい会話に痺れを切らしたのだろう。一足分近付いて来るグリッジは俺の目を正面から覗き込み口元を下へと向けて捻じ曲げる。


「疑う訳じゃないがモンスターを倒してくれる……そうだろう? こちらも遊びで依頼をしたつもりじゃないんだ、掻き集めて用意した金の分はしっかりと倒して貰わないと困る」

「分かってる。モンスター『は』倒そう」

「……期待している。それと奴が出て来たら真っ先に知らせるからそれまで村で待機していてくれないか? いざって時に居てくれないと困るからな。アンタ達、街の人間にしてみればこんな寂れた村、面白くもないだろうが頼むよ」

「……依頼書にそんな事は書いてなかったが?」

「依頼主は、俺達だ。なら聞いてくれ、アンタがちゃんと村に居てくれた方が皆安心するのさ」

「……」


 暗に、勝手に歩き回るなと釘を刺される。

 思案に意識を飛ばしながらこれからの事を考えるが、実際にこの場にコワードを連れて来なくて正解だっただろう。下手な事をしてアレにやる気を出させられたなら困る、村にいなきゃいけないというなら丁度いい、モンスターと戦うのは……自分だけでいい。


「……」


 料理をつまむ振りをして、空気を口に運んで考える。

 当面はモンスターが出たという話しが本当なのかどうか知る事と、そして恐らく全部の事情を知っているだろう『ディガー』に依頼を出した、依頼主を探す事だ。

 俺は似合わない愛想笑みで誤魔化すとグリッジに向けて口ばかりの了承を口にした。




――――――――――――。




「何してるの?」

「ん?」

 さもしい食事も終えて休憩時間。誰もいない空家に戻る気にもならず放置された人気のない焚き火に目でぼんやりと考え事をしていると後ろから声を掛けられた。

 少し大き目の石を椅子代わりとした自分の目線から見て少し上、空の月夜と焚き火の赤い火をバックにして一人の子供がこちらを見て笑みを浮かべていた。


「アンタ、今日来た冒険者のオマケだろう? よかったら話し聞かせてくれよ」

「オマケじゃない!」

「いいからいいから」


 いきなり失礼な事を言うこのガキは勝手に横へと座り込み、いつの間にか手にした薪を炎にくべる。バチバチと燃え盛る火から、新たに生まれた小さな火の粉は空へと舞い上がり消えていった。




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