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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
63/106

13 デセルテ村


「よっと」

 勢いを付けて御者台から降りると擦れた地面に小さな砂煙が上がった。久しぶりに感じる地面の感触、何か嬉しくなってその場で足踏みをしていると突如として吹いた強い風に濃い緑の香りがさらわれ遠くに流れて行く。……追い掛けた視線の先に見える森の姿、そして森の姿……更に森の姿。

 視界のほぼ大半を埋め尽くす葉っぱと木の連合軍の中に埋もれるようにしてその『村』の姿はあった。

 ここが――。


「ここが、デセ――」

「デセルテ村だ! ようやく到着したな」

「――ル、テ……うん」

「ん? どうかしたか」

「いや、なんでも」


 ……言いたかったセリフの後半部分を掠め取られ、にこやかな笑みを浮かべる御者からそっと視線を外す。目的地であるデセルテ村は思っていたよりも小さく、人の腰程度の高さしかない柵でぐるりと囲まれ、その向こう側には十数棟の木造家屋が並び……以上で終わりだ。

 見ていて人通りがない事もなかったが村の景観の中には商店や食事処といった、いわゆる『お店』の雰囲気を持つような建物は一切なく、全てが住居によってのみ構成される。生活基盤が狩りによる狩猟の村らしく、家々の扉横には手製の弓や片手持ちの斧などが飾られ、唯一の水源らしき井戸を中心に各々の家が円周状に密集している。

 目に入る剥き出しの補整もされていない道、街灯の類がある訳もなく村の数箇所には点在する焚き火の後。……もしも口下手な人間が村の情報を伝えるならこう言えばいいだろう『デセルテ村は山奥とかにありそうなとっても田舎村』たったそれだけで大体の印象が伝わるような、そんな村だった。


「いや、分かってたけど……はは」


 ある程度は覚悟していたつもりでも、予想以上に何もない。

 宿屋くらいは、店くらいは、そんな風に『普通、これくらい』と思っていた物は軒並み見付からず、ただのんびりとした森の風景が広がっている。頭の片隅に勝手に浮かび上がる街としてのカヘルの町並み、それと重なるようにして見える目の前の村の姿に、ここでしばらくシルドと二人きりかと思うと暗い未来が更に急加速で黒くなっていくような気がして気も滅入る。


「はぁ、せめてもっと人がいて賑やかとかだったらな……ん?」


 諦め混じりに見た村の一角に、こちらをジッと見つめている子供の姿が見えて視線が止まる。やたらと真剣そうな目で見てくる子供にこんな馬車すら珍しいのかなと苦笑いを浮かぶが、どうやら子供の視線は物珍しい馬ではなく『自分』へと集中しているようで。

 何か用があるのかと注視しようとした所で背後から大きな『がなり声』が上がった。


「兄ちゃん!? 兄ちゃーんっ! おーい、もう着いたぞー」

「いッ」


 御者の声に背後を振り返ると、丁度台から降り馬車の扉を横から乱暴に叩こうとしているようで。

 あまりに反応のないシルドに寝ているとでも思ったのか、しきりに聞こえる「起きろ起きろよ」の大合唱に、一瞬にして顔から血の気が引くのを感じて御者を止める為に走り出す。


「ちょっと、じいさん待って! あんまり刺激をすると、シルドはっ」

「あー君、丁度いい手伝ってくれるか? しょうがないから馬車の扉、強引に外すから。えっと、金具金具……」

「やめてくれよっ」


 寸前で止めに入る事に成功すると、大丈夫だからと何度も説明して御者を押し留める。その間に馬車の扉は内側から開き、不機嫌そうな顔の(……いつも不機嫌そうだが)シルドが顔を出した。

 ホッと一息に振り返った村の中に、先程まで居たはずの子供は既にいなくなっていた。



…………………。



「いや怪力だね兄ちゃん、それだけ腕っ節があれば力仕事は困らないだろう?」

「……」

「うんうん、がんばれよ」


 カカカと愉快そうに漏れる御者の笑い声、対するシルドは無言を貫き馬車内から次々と荷物を放り出して行く。

 これでもかと出てくる大量の積荷は大体がシルドの持ち物であり、かさばる冒険者装備は仕方ないとしても他には数日間を裕に過ごせる大量の食料に水、野宿すら厭わないという姿勢を示す簡易の寝袋、焼き付けの種にもなる火の燃料……その他もろもろ雑貨。

 これでもかというこれら重装備の全てをシルドは『念の為にだ』と有無を言わせずに積み込み、内容物に関しては自分もその全容を知らされていない。そもそも最低限、村という環境がある事は分かっているのだからそこまで注意する必要があるのかとも思うが、自分にはシルドにどうこう言う権利もなし。


 思えばあれだけノロノロ走っていた道程もこの荷物の重さが原因かも知れない。そう思うと感じずにはいられない罪悪感から労いを込めて馬車を引いてくれていた馬達へと視線を向けると……そこには手綱を外されて自由気ままに草をもしゃもしゃとする栗毛色の動物の姿が。

 何だか主人他人間達を置いておき最もくつろいでいる風に見えるその姿にちょっとでも労おうと思った事すら馬鹿みたいに感じて来た。


「コワード」

「あ、ああ」


 余所見をしていた所で馬車の中からシルドに名前を呼ばれ、慌てて車に近寄ると奥から布包みが一つ差し出された。片手では余り、両手に抱えるようにして持つ白い布。その中には自分の愛器であるクロスボウが収められていて……恐る恐ると機嫌を損ねないように受け取り手で握る。


「馬車の疲れはないか?」

「え!? ああいや、全然」

「そうか」

「えと、ああ」

「……」

「……」


 渡された瞬間交わされた途切れ途切れの会話。

 言葉少ないそれもぶつ切りの無言によって終了するとシルドは再び馬車の奥へ引っ込み、荷物を引き出しては外へと放る作業に戻る。

 いまいち何が聞きたかったのか分からずその場で首を捻っていると入れ替わるように今度は御者が声を掛けて来て、既に山となり始めている荷物を見つめ感嘆の声を上げる。


「いやぁ大量の荷物だね。どれだけ大仕事をしにきたんだい君ら」

「ああ、まぁ色々」

「ふむ……まぁ詳しくは聞かないがな。あーそれと、兄ちゃんは忙しそうだから君に先に話しておくが君らを送り終わったから俺は一旦カヘルに戻るよ。……少し街で済まさないといけない野暮用があってね、迎えに来れるのはそれが終わってからだと思ってくれ」

「はぁ」

「はは、なぁに気にするな。さっさと終わらせてひとっ飛びで迎えに来てやるからよ」

「……はぁ」


 ――御者の有り得ない軽口に、視線は再び馬達へと戻る。

 野草の食事が終了し満足したのか膨れた腹を横に向け馬らしからず地面の上へとごろんと寝転ぶ姿……本当に馬なんだよな?

 あくび混じりのやる気のない嘶きに、尽きない疑問はとりあえず振り払い御者の言葉を考える。……ひとっ飛びはまぁ無いとしてもその言葉通りなら例えクエストが早々に終わったとしても迎えが来るまでは村に留まる事になる。

 ――何日とも知れず、シルドと、二人で、この村でだ。


「ハァアア」


 最早隠し切れない溜息に会話をしていた御者は目ざとく気付いてこちらに視線を送る。柔和な笑みは引っ込められてそのまま何かを考え込むようなポーズで数秒……突如としてその口元に「ニヤリ」という表現の合ういやらしい笑みが張り付き、これみよがしに手招きをして自分を呼ぶ。


「ちょっと、ちょっと少年こっち。こっち!」

「……いや、少年って言う程子供じゃ」

「いいからそんなの、ほら! いい事教えてやるから」

「……」


 多分、向かいの道中で気心が触れ過ぎたのが原因だろう。明らかに客に対する口調じゃない御者に嫌な予感を感じながら横を見る。盗み見たシルドの様子は馬車の外へは出ているがまだ荷物の確認中らしくこちらを見ていない。

 迷いながらも『いい事』という言葉に負けて一歩近付くと御者の笑顔は更に深まっていく。


「ふふ、いいかよく聞いてくれ」

「はぁ、まぁ何ですか」


 どうせロクなものじゃないと思っていたが、御者の教えてくれたいい事とは……本当にロクなものじゃなかった。


「いいか……この村の村長の爺さんはな、昔はかなりの『タラシ』だったと有名なんだ」

「……ハ?」

「いやな少年。実は来る途中ずっと思っていたんだが、どうも少年は肝心な所で気が利かなそうというか全くといって異性にモテる雰囲気がないというか。私もね、ちょっと老婆心から心配になって来て、是非この機会にその手練の賜物を教わってだな――」

「余計な! お世話だよっ! 何言ってるんだよ、そんなもの必要な――」

「……なんだ? 荷物の確認は終わったぞコワード」

「うおシルッ、ちがっ、そっちじゃなくて!」

「く、くはははは! 少年、どうした?」

「アアア!?」


 積荷だった物の山から顔を上げたシルドに、タイミングよく声が重なり、隣からは大きく漏れる御者の爆笑。笑う御者を静かにさせる為にキッと睨み付けるが大した効果はなく「わるいわるい」と口だけの謝罪を述べると今度はシルドへと向き直る。


「ハハ、いや問題なければそれはよかった、今からカヘルに戻って忘れ物を取ってくるなんて勘弁だからなー。それとさっきこっちの子には話したんだが俺が次に迎えに戻るまではしばらく掛かる、そのつもりでいてくれ」

「分かった」

「ああ……ところで、ぷっ……ううんいや、よく見ると兄ちゃんも結構悪人面だな、さぞ苦労してるだろう? だからいい事教えてやるけどここの村長はな――」

「……あ?」

「わーわーわー!」


 御者の暴挙とも言えるセリフに横槍を入れて妨げると、その皺の寄った口元に再び芽生えるニヤリとした笑み……分かってて言いやがったかこの野郎。

 せめてこれ以上の被害は生むまいと義務的な笑みをこちらも浮かべてやるが握り締めた手がぷるぷると震えてしまうのは仕方ない。

 ……考えてみればこの気難しいシルドと一緒という事は、こうした変なフォローまでいつも気を付けないといけないのか……今更ながらに感じる下腹部の痛みにもう今すぐにでもカヘルに帰りたい。


「はは、じゃあそれじゃあ俺は戻る用意をするから。またな少年、兄ちゃん!」

「ああ、道中は感謝する」

「あの……帰りの馬車チェンジは可能ですか」

「カカッ、行って帰るまでが馬車だぞ少年?」


 最早完全に仕事も忘れて素の様子が出てしまっている御者に帰りもこうなるかも知れないと頭痛は感じるが、とりあえず今現在の悩みの種にはいなくなって欲しいので余計な事は何も言わない。

 馬の世話と馬車の様子を確認する為に御者の背が離れ、荷物の山に取り残された自分とシルドは山の分配を始める。先程渡されたクロスボウの他に自分の荷物はこの中に2、3しかなく。それ以外は全てシルドの物だが……幸いこちらにまで持たせる気もないらしく、持てるだけの荷物を抱えると他の荷物は紐で一括りにして道端に置いておく。先ずは現状確認として依頼主であるデセルテ村の村長に伺って、どうするべきか分かった後に取りに来ようという話しだが、まぁわざわざこんな所で盗みを働くヤツもいないと思うし気にはしなくていいだろう。


「行くぞ」

 言葉少なに勝手に歩き出すシルドに、その背を慌てて追い掛けて追従して並ぶ。並ぶといっても互いの距離は数歩以上に離し、両手に持った荷物という壁の上にお互い無言である為自分達の間には会話すらない。


「……」

「……」


 村をぐるりと囲む柵の切れ目が目に入り、出入り口らしき場所を仕切るように柱だけの門がある。門の向こうにはまだ昼の間に着けたという事もあり田舎らしいのんびりとした村の雰囲気が漂い、珍しい客であろう自分達を興味深そうな目で見つめていた。



「……何もなさそうだけど、のんびりとしてていい村……かな?」



 チラリ。


「…………」

「……」


 必死に会話の糸口を掴もうと思い付いたセリフがこれだ。

 横目に伺うシルドの様子は、やはりというか当然の無反応……いきなりの出鼻を折られた事に『もう話しかけねえよ』と拗ねそうにもなったが、意外な事に数秒の間を置いてシルドからの返答があった。


「変だな」

「ん? ああー、確かに立地は少し変か」


 シルドの言葉に振り返り見る下ってきた長い坂。視線の先の森の向こう側には切り立った崖の岩肌が目に入る。

 『渓谷村デセルテ』とはディガーに伝え聞いた話しだが、情報の通り村自体が窪地となった低い土地の中にあり、普通の森ばかりに見えるこの景色もカヘルの街からみれば地下扱いになる低い場所になると考えると不思議な気持ちになってくる。



 ……だが、どうやらシルドの言いたい事はそうではないようでフードの下から覗く冷めた視線が自分を見て、次いで細く短く呆れた溜息が溢れた。


「そういう事じゃない、お前は気楽だな」

「は?」

「そうでなければ『のんびり』としてるなんて自分の表現が、そもそも変だと分かるだろ」

「はぁ、何だよソ――」

「来たぞ」

「ん?」


 会話の終わりに顔を上げると、自分達に気付いた村人の中の一人が足早にこちらへと近付いて来ている所だった。簡素な衣類と動物の毛皮で作った上着を身に付け、腰には刃の欠けたボロボロのナイフと獣避けか何かの小さな鈴。若者というには少し年季を過ぎた男の村人はこちらを訝しみ警戒するように声を掛けてくる。


「この村に何か? 見た所行商人という装いでもないが」

「ああ、オレたち――」

「俺達は『カヘルのギルド』でモンスターの討伐依頼を受けたものだ。クエストの詳細を知りたい村長は居るか」

「え、もしかして冒険者……」

「ああ」

「……ああ」


 いや、本当にどうでもいいんだが。『また』言いたかったセリフを他人に奪われた。

 自分が冒険者だと声を大きく宣伝したかった所だったが、シルドに文句を言うより先に警戒していたはずの村人が次第に笑みを浮かべていくのが分かった。まるで困っていた中で救い主を見付けたような視線、そう、ヒーローか何かでも見ているような視線で自分達の事を。


「そうか、よく来てくれた待っていたんだ! あー、すぐに村長を連れてくる。ここで待っていてくれ、本当にすぐだ!」


 慌てながらもその場で回れ右をする男は村の奥へと走っていく。自分達の会話が聞こえたのか、遠巻きにただ興味深そうなに伺っていた他の村人も笑みを覗かせ「よく来てくれました」と多大な歓迎ムードで迎えてくれた。


「……」

 こういう反応は少し新鮮だった。

 冒険者がありふれていたカヘルでは味わう事のなかった期待の眼差し、むず痒く感じるような信頼と嬉しさに『小さな村だ』なんてさっきまで失礼な事を思っていたのを恥じ来てよかったという気持ちが沸いてくる。

 辛いと思っていたクエストもこれはもしかしたら頑張れるような。



「コワード、余りこの村の人間の言う事を信じない方がいい」

「へ?」


 いい気分に浸っていた所をボソリと、自分だけに聞こえるように漏らされるシルドの呟きに、何を言っているのかと見返してみるがそれ以上に続く言葉はない。丁度村の奥から先程の村人が誰かを連れてきたようで、やけにガタイのいい人影に、村長かも知れないと第一印象をよくする為に表情を引き締めた。




 この時言ったシルドの『余り信じない方がいい』。

 その言葉の意味が分かるのは、もっともっとずっと後の事だった。


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