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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
59/106

09 溝

「――」

 踏み出す足に吐き出す息まで殺し前へと進む。

 先行するシルドの背を追って足を進めれば地面の上にまるでここを踏めとでも言うように模範的な跡が残され、釈然としない思いを感じながらも草葉のクッションを利用して音を消す。

 背の高い木々に囲まれた周囲の様子に大きな変化は見えないが、樹木して反射して聞こえてくる不鮮明な金属音は徐々に近付いて来ている。馴染みにくい鋼板と鋼板を無理矢理擦り合わせる耳触りの悪い音に、記憶の隅を引っ掻くような違和感を感じながらも意識まで殺して気配を少なくする事に努める。


「……すぐそこだ」

 限界までトーンを殺したシルドの声には抑揚がなく、至近にまで迫った『敵』の気配に手にしたクロスボウを強く握り締めた。

 先程装填を終えた台座には既に獲物を狙う矢が番えられており、『もしも』の事態に備えて次発の矢も左手で持っている……勿論欲を言えば二発目の出番なんて無い方が最も良く、冗談めかして一撃でなんて嘘でも言えない緊張した空気が続いている。

「……」

 視界を邪魔していた太めの木を一本抜け、頂点ではなく左斜めへと向かって伸びた捻くれ者の枝を避ける。生い茂った緑の絨毯に見え隠れする黒い影、敵の姿はその頃になってようやく見える位置まで来た。


「――」

 進む足取りを抑えるようにすっと横から伸びるシルドの腕、木々と腕の向こう側に見える姿は……確かにクエスト表で見たあの絵に近かった。

 頭と胴、それと尻のように見える各パーツが人の手で造った鎧の様な形をしており、兜と甲冑に位置する場所には所々で鋭利な棘が生えている。一目では無機質にも見えるその姿はそれでも絵とは異なりゆったりとした生物らしい動作と声のようにも聞こえる鈍い擦過音とが合わさり無害な置物のようには見せてくれなかった。

 全体的な大きさでいえば大の大人が前後に重なって二人分、地面へと這い蹲った姿は予想していたよりも小さかったが何よりも意識を引いたのは何処か見覚えのあるその姿だった。


「あれって」

「……そうだな」


 ……モンスターには基本的に『元』となった生物が必ず居る。モンスター化の際に外見を大きく変えてしまうものも少なくはないが、今回視線の先に居る相手は現生物の外見を多く残していた為察しがついた。

 シルドも同様だったのだろう。やや険しく変えたフードの下から覗く横顔に、視線は前へと固定しながら答えを呟いた。


「蟻か」

「……」


 シルドの言葉に無言で頷いた。


 黒色の兜のように見える頭と特徴的に分かれた胴体、3パーツに分けられる身体を連結させ中心部となる胴からは6本の剣にも似た脚が生えている。

 ……今はこちらに気付いてない為か木の根元へと頭を擦り付け必死に何かを漁っているような様もどことなく虫を感じさせる。現状の彼我の距離はそれなりに開いていて一息に飛び掛られる心配もないが、やはり何の情報もないモンスターに手は出しにくい……そもそもが自分達が受けクエストはあくまで調査クエストであって、討伐可とも記されてあったはずだが何とも言えない。

 このまま息を潜めて観察を続けるべきかとも悩んだが、そんな自身の迷いをシルドは小さな呟きでもって簡単に壊した。


「雑食、いや肉食も有り得る……今殺すべきだ」


 低く、感情を押し殺したような声はもう決定事項であるように聞こえ、慌ててフードの下へと目を向けると鋭く、獲物を狙うような横顔と目が合った。

「周りにモンスターの気配もない、単独の可能性が高い……鋭利なフォルムだ放置も容認するつもりはない」

「え、ちょ、ちょっと」

「……反対か?」

「ぁ……い、いや」

 獲物から外され、今度は自分を捉える鋭い視線。瞳の奥に込められた敵意のようなものに当てられ少しだけ息が詰まる。……そもそも『反対か?』と聞かれれば自分自身そうでもない。

 木々の影にうまい事隠れた今の状況に、こちらは二人で相手は一匹……それに想像していたよりずっと小型だ。

 思っていた相手よりも弱そうな相手だった事に気が抜け、何よりも今日は絶対に『活躍』をしなくちゃいけないという意地があった。


「……よし、やろう」

「……ああ」

「あっ、だ、だったらな、考えがあるんだ」

「ア?」


 濁音混じりの声に向けられた疑問の目へと息を整え向かい合い。そして元から用意していた言おうと思って考えていたセリフを口から吐く。


「先ずはオレが遠距離から攻撃するからシルドはその隙に射線に入らないように近付いて」

「……」

「遠くから先制したらいくらモンスターだって少しは怯んで動きにくくなるだろう? そこに接近したシルドが攻撃して、その間にオレは次の矢を番える。用意が終わったら声を掛けるからそれと同時に離れてくれ」

「……」

「それでトドメを……いや、トドメは一緒に。出来るはず、だろ?」

「……」


 必死に作った笑みを向けシルドに言うが返ってくるアクションはない。

 それでも絶対にここだけは譲る訳にはいかなかった。トドメだって自分で……そう言いたかったのを飲み込んだのもあくまでシルドを立てての事だ。

 ……本当は、シルドを快く思っていない部分がある。それでも折角出来た初めての仲間に一緒に頑張ってみたい気持ちもあった。

 だからこその『今日』。今日活躍して『お前もやれるんだ』と、そうでなくても『多少頑張った』と、少しでもそう思われればきっと……。


「……」


 慣れない主張に、反らしたい視線を我慢してシルドを見返すと……やがて小さな嘆息がフードの下から溢れた。次に自身の目の前で行動を制限するように伸ばされていた腕が引かれ、クロスボウを握る右腕を僅かに叩く。


「そうか」

「っ」

 聞こえた肯定のような言葉に、胸が熱くなっていく。

「あ、ああ大丈夫だって、きっと大丈夫、頑張ろう、な!」

 だからだろう……つい隠れていた事も忘れ大きな声が出て。慌てながらも引っ込める、僅かなミスに叱責されるかもと思いつつ、初めてちゃんとした仲間になれたように感じて口元には自然な笑みが浮かび上がり……。





「お前は要らない」

「……え」


 その時、唐突な痛みが腕を襲った。


「ツっ!」

 腕を捻り上げられた。そう気付いたのも遅く、死刑宣告のような漏らされた通知に反応する事さえ遅く。掴み上げられた右手の先で握り締めたクロスボウのトリガーが上から強引に押し込まれる。


 バンッと大きな音に、飛び出す風鳴り。

 射出の合図に連動された巻き取り機から力が解放され拘束されていた矢は飛び立った。空気を裂く一閃に僅かな空隙の後に響くのは大きな激突音と揺れた木々。

 狙いも定められず撃ち出された矢はモンスターを大きく外れ近くの木の幹を破壊しながら通過して行き。


 ギ ギ ギギギギ


 やがて視線の先でモンスターが動き出した。音か衝撃かによって気付いたんだ。蹲っていた身体は身を起こし、剣先の足が地面にめり込む。


 それでも、現状がよく分からなかった。ただ自分の腕を掴み、無表情な顔を向けているシルドへと顔を向けて……それ以上の事はただ口を開いて声を漏らすだけ。

「何……シルド」

「怪我をしたくないなら、そこに居ろ」

 やはり抑揚を感じさせない低い声。腕に掛かった力が強引に振られると、何時か感じた浮遊感が身体を襲い、次に現れたのは痛みと地面。掴み上げられていた腕に投げ飛ばされ、草と土とを擦る感触に手の中にあったクロスボウと矢とが両方零れ落ちる。


 ギ ギギ ギ


「うるさいんだ……化け物」


 ……短い宣告と共にシルドが駆け出す。黒色の装備に汚れたマントを纏った疾風が瞬きする間も惜しむようにモンスターへと迫り、手にした槍斧の矛先が邪魔する草葉を何も無かったように切り刻む。


「ッ、くっ」

 痛む右腕をさすって身体を起こす……何がどうなってるか分からず視線に映るのは転がるクロスボウと土に触れた矢。追い付かない意識の中でも身体は実に忠実で地面を蹴って前へと進むと、クロスボウ本体へと向けて腕を伸ばす。


 ギギ ギ


 響いた擦過音は雄叫びか、それとも悲鳴なのか。風を切る音に混じるのは激突し合う金属音。抱き寄せたクロスボウに同じく拾い上げた矢を乗せ弦を引く。巻き取り機から伸びるフックを指で絡め僅かに痛む右手を伸ばしてハンドルを掴み取ると前へと向き直る。


「クッソ、なにを、くっ!」


 何でもいいから悪態を吐きたかった口に、視線の先に見えたのは正に蹂躙するような光景。光を吸い込む斧刃が一定の距離を明けてモンスターへと振り下ろされ鈍い衝突音と余波に千切れた草が舞い青い鮮血が飛ぶ。

 金属の摩擦を思わせるモンスターの声は響くもののまるで一切の抵抗をしないように動かずただ虚ろな目で蹂躙者も見続けているだけだった。


「何で、クッソ! 抵抗しろよオイ! 何でだっ」


 ……まるでどちらの味方かも分からない、きっとディガー辺りでも聞けば怒り出すような言葉が口から出る。

 素早く荒々しく回し終えたハンドルに、新たな矢は射出可能状態まで引かれ、矢先の先端を交差する戦闘へと向ける。


「おい、シルド!」



 怒気すら混ぜた言葉に、反応はない。

 一方的に舞いでもしているかのような光景に一撃一撃、攻撃が降る度に蟻の甲殻は剥ぎ飛ばされ剥き出しとなった内部に亀裂が走る。更に大きくなる擦過音に、しかし抗おうとする動きも見せず、されるがままの青い血が絡まり合い糸のようになって伸びる……伸びた先にあるのは凶器たるハルバードと持ち主のシルド、三者の姿が射線の先で重なり、大きさで言えばシルドを凌駕するモンスターであっても激しく動き回る『仲間』のせいでその姿はよく見えない。


「準備出来た、どけっ」

「……」

 大きく声を上げる。

「どけ、どけったら! そこに立ってたら撃てない!」

「……」

「シルドッ、シルドーー!」


 一切の返答の無さに、声に任せて肺の中の空気を吐き出すと自分から射線をずらす為に横へと走る。喰らい合う……いや一方的に攻撃を続ける黒同士の影を横目にして走り終えた頃には。



 ギ   ギ  ギ



 響く断末魔に、今度こそ違いない掠れた声はモンスターの悲鳴。

 噴出する青い血を周囲に巻き上げ、黒い鎧は地面へと向けて崩れ落ちると二度と動き出すことはなかった。




―――――――――――。




「どういう……つもりだ」

「……」

「何で……聞こえてたんだろっ、なのに何で!」

「……」


 死骸へと成り果てたモンスターの傍で青い血に汚れたハルバードをシルドは払う。向けた声に視線すら合わせずただ向けられた背中は一切を拒んでいるように見えた……本当なら走り寄り胸ぐらを掴んででもやりたい気持ちだったが今は手にする血濡れた凶器と、そして一方的な惨殺を見せられた後になっては一歩を踏み出して近付く事が出来ない。


「……」

 ゆっくりとシルドが顔を向けたのは自分ではなく倒れたモンスターの方、剥ぎ取られ壊された内部に槍斧を突き刺し、中から何か小さな石の欠片を取り出すと腕で引き抜く。

「……駆除の確認にモンスターのコアは持ち帰る。だから問題は無いだろう」

「ハッ!? 違うそうじゃないだろ、オレは……」


 激昂のまま言い掛け……そして言い淀んで止まる。


「オレ、は……」


 何て、言ったらいい。


 もっと協力しろ?

 自分にも活躍をさせろ?

 仲間同士だろう、仲良くしよう。

 独りで、全部やるな?



「……くっ」


 思い付いたそのどれもが正しいように思え、だけどそのそれでも本当に言いたい事では無いように思えた。

 それに言ってしまえばきっと浮き彫りになるだろう。自分自身の『不要さ』を口にしているように感じて言葉の続きが出て来ない。



「心配するな」


 抑揚のない低い声ではなくやけに優しそうな声色。返り血か、フードの下まで付着した青い何かを指で剥がし。零れ落ちたゴミを足で踏み潰すとシルドは『笑み』を浮かべた。



「ディガーにはお前も大活躍をしたと伝えてやる……よかったな」

「なっ」


 言われた言葉を一瞬理解が追い付かず。

 やがて意味が分かると手を握り締める。食い込む爪の痛みが肌を傷付けそれ以上に後悔と、言い様のない腹立たしさが胸を占めていった。




「……帰ろう」


 何も言い出せない静かな空気を感じたのかシルドは背を向けると歩き出す。今まで歩いて来た道を逆方向にディガーやリザリアが待っているカヘルに向けて。


「……」

 自分はシルドの言葉に応える事も反論する事も出来ず。ただ無言で背中に睨み、後ろに付いて行く。


 行きと大して変わらない無言の帰り道に、しかし確実に互いの距離は離れた。



「クソ」

 見上げた空には確かに祝福と思えていたはずの晴天が広がり、眩しい程の陽光を延々と垂れ流し続けていた。


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