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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
58/106

08 unknown


 ――時間にしてみれば実に数十年。原因不明とされるモンスターとの戦いを強制された人々は終わりの見えないその戦いの中でいくつかの教訓を見出していた。

 相手を『侮らない』。

 自らの実力を『傲らない』。

 余裕があろうとも決して『無理をしない』。

 様々な教訓を得られたが、その中の1つに『分からないものには手を出さない』というものがあった。


 ……何を当たり前なと思うかも知れないがその教訓は見た目だけでは全容を把握しきれないモンスターを相手にして実に必要な約束事あり。何の情報も持たないまま見知らぬ相手と対するのは馬鹿のする事と決めつけられた……それはクエストを発行する側であるギルドからしても同じ事であり『よく分からない』モンスターを相手にし無駄な犠牲を抱えるよりもよく調べ上げた上で『分かるようにまでなった』モンスターを討伐するのが基本とされた。その為に調査クエストと称して手練の冒険者にモンスターを偵察させたり、専門の研究員と相談して攻撃性能を推察等が行われた。

 無論そこに至る過程であったとしても例えば人命が左右される場合であったり事態が急変した場合であればその例には含まれないのだが……それでも往々にして言える事は『正体不明のモンスター』に対しギルドが積極的な撃破依頼を出す事は滅多に無いと言う事だった。




「調査、ねぇ」

 ぽつりと独り言のように呟き視線を前へと向ける。隣というよりはやや前方、無言のまま獣道を進むシルドは常に静かであり、既に安全とされる山道を外れ木々の聳える林の中へと入ったというのに頑ななその反応には変化はない。

「ハァ」


 2人しかいないチームの中で……シルドがずっと無言という事はつまり会話ゼロと言う事で……勿論一種のプライドとしてこちらから積極的に話し掛けるなんて事は全くないのだが……それでも、内心ちょっと期待した独り言に全くのレスポンスが無いと言うのは地味に堪える。

 しかも会話どころかすっぽりと頭に被せたフードによってその表情すら覗えないとなれば尚更だ。


「……ハァ」


 結果として虚しい独り言が宙へと消えていく度に口から漏れる溜息の多さ……1つ溜息を吐く毎に幸せが1つ逃げて行くんだよ、なんてどこかで聞いたような話しが頭を掠めても絶賛不幸中である今の状況にこれ以上の悪化があるとすれば何かは分からない。むしろ重苦しく悲しいこの無言空間を抜けられるというなら多少のアクシデントならばあった方が有難いというものだ。


「……あ~ぁ」

 見上げる空は気持ちの良い晴れ。林の中の獣道と言っても生えている木々は少ない為足元は明るく……無益な独り言よりは多少はマシに思えるクエストの内容を思い出し、出発時にディガーに言われた言葉を記憶を掘り起こして漁り出す。




『もう話したとは思うけど今回のクエストはモンスターの調査依頼よ』

『調査依頼……』

『……』

 掛けられたディガーの言葉に対してオウム返しとにそのまま口にした自分とは違い無言のシルドは壁に寄り掛かったままにマトモな反応すら示さない。それ程広いとも言えないギルドの受付窓口に、すぐそばでこんな露骨な態度をされたら空気全体が悪くなるというものだ。現にディガーも曖昧な顔に笑みだけを浮かべ、コホンと小さく咳払いを挟むとそのまま話しを続けた。


『調査対象である新種のモンスターが発見されたのはつい最近ね。……だけど細かな目撃情報だけだったら随分と前からあったみたい。私が直接聞いた話しじゃないけれどクエストに向かう冒険者の中には何人も出会った人がいて。……場所は……カヘルの街から見て北西の方角、第三鉱山に至る山の中よ』


 目の前に置かれた机の上にお決まりのように広げられるカヘルの街の周辺地図。丸円で描かれた街本体を指差してから目視で辿って行けば左上の方角。何も書かれていない山中の一点を上から指で叩きディガーは目的地を示して笑みを浮かべる。


 以前、人探しとは言えクエストで訪れたのはカヘル南部の旧鉱区(第一鉱山)であった為に目的の場所に関しては大して知識もなく、漠然としたままに聞くだけは聞いていたが不意に妙な疑問が胸に過ぎった。


『うん……ん? ……うん』

『どうしたのコワードちゃん』


 ディガーに促されるまま広げられた地図を見て、唸りながら顔を上げると声を掛けられる。視線をそちらへと移して見えた顔の……何か思う所が在るなら言ってみなさいと目で言う、ディガーを見つめ、ちょっとだけ後ろを振り返る。


『……』


 壁に寄り掛かったシルドは相変わらず。それでも少しだけでも気になる要素があったのか、微妙に顔が上げられてる気がしないでもないが……正直微妙すぎてよく分からない。


『あの……』

 とりあえず、変な横槍がない事だけは確認できたのでそのまま軽く挙手をしながら口を開く。


『その、目撃情報は前からあった……んですよね?』

『ええ、そこは間違いないわ』

『それに、記憶が正しければ確かこの街の正規の冒険者の活動場所は北の鉱山付近が主で、何人もの冒険者が毎日通ってますよね』

『……その通りね』

『だったら……』


 開いた口を一拍だけ閉じ、自分の抱いた考えが変でおかしなものじゃないかをちょっとだけ自己確認した後に、歯切れ悪くしてディガーを見返す。


『その……だったらもうとっくに調査なんて行われているんじゃ? 実際出会った冒険者が居るのなら何かしら被害だってあるんでしょ?』

『……そうね』


 投げ掛けた質問にディガーは重い表情でしばらく俯く。沈黙の中に混じらせた考える素振りに何かを言おうとして口を開くが、明確な言葉が飛び出るよりも予期しなかった場所から質問の応えが返ってくる。


『どうせ調査クエストを任せられるマトモな冒険者がギルドには居なかったって事だろ……あいつらのひどい弱さはオレもよく知っている』

『シルド?』


 返答は思い掛けず壁に寄り掛かったままだったシルドから、少しフードの下から溢れて見えた表情は何かにウンザリするように暗く、言い切った言葉は吐き捨てるようなもの。

 『知っている』というその言葉が一体何を指すかは分からなかったが一方的なその物言いは聞いてるだけで少しだけムッとした。ギルドの冒険者なんて一纏めに言われても、その含みに入らないだろう人間を自分は知っている。


『なんだよその言い方』

 それは、亀裂の底で会ったシャラクゼル、同じ冒険者であるミリア。思い浮かぶ思い出は決して気分のいいものばかりじゃなかったが、その2人に関しては好意的な感情が確かに自分の中にある。むしろ嫌味ったらしい言い方ばかりのシルドより余程好みと言える相手だ。


『言い方なんてどうでもいいだろう。……ああ、お前よりは多少マシかも知れないな、なぁ【コワード】?』

『はぁあ!?』

『ま、まぁまぁ』


 口端に笑みを乗せた表情で平然と言い切るシルドに、怖くても食って掛かろうと思ったが、それよりも先に間に入ったディガーが収め丁寧に折り畳まれた何かの紙を取り出すと地図の上へと広げて見せる。


『確かに……モンスターの調査は多少の信頼も必要だからそういう面もあったかも知れないけど。だけどそれでも正規ギルドが全く調査をしなかったと言うのはおかしな事よ』

『……それが、何でなんです。モンスター相手なんだからちゃんと調べようと思って当たり前でしょう』

『……ハン、知ったようにどの口が』

『っ! だ、だから、いちいち茶々いれるんじゃないよ、この』

『だーかーらー! まぁ待って』


 少し強めの口調で言ったディガーは注意を促すように広げた紙を叩く。

 机の上に置かれたそれは以前なら……前のギルドに所属していた時なら毎日見ていたようなもので、最近リザリアの手書きによる簡易で適当な物ばかりを見ていた為感覚が薄れていたが。広げられたその紙は決して安い物ではなく本式のギルドに近い、形式ばったクエスト依頼の姿だった。

『……ふぅん?』

 【unknown調査】と題された紙の中には調査クエストと称しながらも『討伐も許可』と大きく記されており、依頼表下部には恐らく目撃証言でも元にしたのか目的のモンスターの絵が描かれている……パッと見の全身は濃い茶か黒色である、角ばったフォルムは無機質な鎧か何かの集合体であるように見える。生き物らしさと言えるかどうか分からないが胴体らしき部分からは針のように尖った足が伸び頭部の奥からは恐らく視線を示すように白い色が……


『あっ』

『……』

 そのまま依頼表をよく観察しようとしていた中で横合いから伸びた手により机の上の紙が攫われる。その行為に非難めいた視線を送るが、奪取を行ったシルド本人はどこ吹く風のように、手の中の紙に視線を送って多少確認した後勝手に懐の奥へとしまい込んで隠してしまう。


『何するんだよ!』

『お前が、確認する必要はない』

『はぁ!?』

『要件は分かった来るなら行くぞ……別に来なくてもいいけどな、お前はそのままここで座っていても構わない』

『はぁあああああっ!? 何だよソレは!』

『は、あはは……』


 愛想笑いを浮かべるディガーの乾いた声が響く中、シルドはさっさと踵を返し、もう言う事もないと外へと向けて歩き出す……あ、愛想も性格も悪いと思っていたけどマトモな連携すら取ろうと思えないのか!

 去り行く背中に何でもいいから文句を言ってやろうと駆け出し、走り出した自分の背中の後ろからディガーの独り言のように漏らすポツリと声が聞こえた。


『正規ギルドの方は、恐らく調査する気もないわ……そもそもこのクエストも、たまたま出くわした街の人から直接願われた依頼よ』


 声に振り向いた自分の顔と目が合い、そしてディガーは似合わない、真剣な目をしてこちらを見た。


『気を付けてね、多分間違いだと思うけどおかしな情報もあるの』

『おかしな?』

『このモンスター、人を襲わなかったそうよ』

『は?』

 少し俯きながらそう言ったディガーの言葉が分からず聞き返そうとして足を止め……




「……おい」

「っ」


 ……唐突に。前から掛けられたシルドの声によって意識が引き戻される。無意識の内でも勝手に進んでいたのか辺りの獣道はかなり足場が悪くなっており、周囲の木々の数も林の始まりから比べればかなり多い。

「な、なんだよ?」

 少し先を行っていたシルドがこちらを振り返り立ち止まっているのを確認し……いやそもそも何かしら声を返されたのすらギルドを出発して初めての事だったが……一瞬調査クエストとはいえ気を抜いた事がバレたのかと青くなる。この嫌味な相方に、何か心にグサリとくる嫌味でも言われるんだろうと身構えていると当のシルドは何か言い辛そうに向けた視線を周囲の別の場所へとやりながら口を開く。


「その……疲れたか?」

「ハ?」

「……何でもない」


 シルドの言い淀んで見せた姿も一瞬の事であり、すぐに体勢を前へと戻すと何事もなかったかのようにまた歩き始めた。


「……ぇ」


 予想外の事に、今度は自分が停止する。


 ……まさか……心配でもされた?


 そう言えば思考にどっぷりであった為にこちらから話し……いや、独り言を口ずさみはしていなかったけど。まさか、それで……まさかぁ。


「な、あー……なぁ?」


 次はこちらが。

 若干口ごもりながら先を行く背中に話し掛け。

「……なんだ?」

「え、あー……」

 シルドも顔だけとはいえ振り返るが……しかし話し掛けたはいいけど何の話題も考えてなかった事を思い出し、言葉に詰まる。

 な、何かを言わないとと思う度に頭の中身は真っ白になり掛け……



「い……んっ!」


 その時……山中の林道に鈍く駆け抜ける音が響いた。

 何か重い物を打つどこか乾いたような打撲音に近い音。向けた視線の先で木々の集まりが揺れ、振り落とされた木の葉が空中を舞い踊りヒラヒラと揺れて地面に落ちる。


「来たか!」

 その音をまるで予期でもしていたかのように素早い動きでシルドは武器を構え、鈍く光るハルバードの切っ先が地面を擦れる頃になってようやく自分も準備を開始する。追従して手にしたクロスボウを構え矢筒に伸ばした指先から取り出した短めの矢が二本、その内一本をクロスボウ本体に添えるようにして持ち。


 ギ ギギ


 その時、まるでどこかで聞いたような耳障りな擦過音が耳を掠めた。


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