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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
57/106

07 ハートブレイカー


「――ぅ」

 暗闇の中、瞼の裏にやけに眩しい光を感じて目を開く。

 薄目を開けて見えた周りの景色は照らし出される青い光に浮かび上がり……見知らぬ天井であり、見知らぬ部屋であり……


「……」


 ‥…いや、まだ少し頭が呆っとしていたらしい。


 霞掛かった思考と視界がクリアになって行くと目に映る部屋の姿が『見知らぬもの』どころかオレの『新しい部屋』なのだと思い出す。……家具が少なく空き地ばかりが目立つ木の床は塵一つ落ちて無いんじゃないかと思える綺麗で、反対にまだ手を付けられていない『荷物達』は邪魔者扱いされて部屋の隅で山のように積み重なっている。

 胸元まで掛かっていたシーツを手で押し退け、起こした上半身に目を細めて見れば睡眠妨害をしてくれた眩しい光の正体はすぐに理解する事が出来た。


「月か」


 ぼんやりと呟いて見たのは窓の先、真っ黒で塗り潰された空の上で白色の大きな月がぼんやりと浮かんでいた。……確か眠りに就く前までは曇り空だったはずだがいつの間に晴れたのか、月自身久しぶりの登場を喜ぶようにやけに明るくそして我が物顔で空を占有しており、その青白い光を見つめ苛立ち紛れに舌打ちをする。


「チ」


 考えてみてもオレが悪い。どうせ曇りだからとカーテンすら用意しなかったのが間違いだった。


 綺麗だが眩しい青に染められた部屋を見つめ、対照に前の閉め切られた暗い部屋を思い出す。

 居心地は悪くなく外の刺激など全く入って来なかったあの部屋に居たままであればこんな月明かりに邪魔される事も無かったはずだが……そう思うと途端に忌まわしく、腹立たしさを乱暴に髪を掻く事で誤魔化し……


「……ハ」


 ……口の端では……驚いた事に小さな笑みが浮かんでいた。


 以前の閉じこめらた部屋であれば見る事すら叶わなかった月明かりもそうだ。奇麗に整えられたこの床も、傷の無い手入れされた壁も、身体を包むこの柔らかなシーツですら……本当に前の場所ではあったかすら怪しかった。


「――――」


 考えを放棄する気持ちを遠い窓の外の夜空を見つめる事で慰め……そしてもしかしたらと……ここはもしかしたら『良い場所』なのではないかと誤解する。

 何もかもが取り揃えられたような、オレの事を知らない人間に囲まれたリスタート。新しい環境。新しい拠り所がここには在り……そして何より……新しい、人間関係がここには在る。



「――――ハ……ハは」


 口から、勝手に漏れ出た微笑。

 部屋に間延びした笑い声とは反対に浮かぶ笑みは先程までとは大きく違いとても歪で不自然なものであり……胸を圧迫する息苦しさに何でもいいからと指を伸ばし触れられるものを求めて、指先はベッドの端を握り締める。

 押し潰す力を跳ね返すような柔らかな手触りを逃がさぬように、零れ落とさぬように押さえ込み、込められた無駄な力の余波に手はワナワナと震え出す。指先から始まった振動はやがて腕に伝わり、次は肩に……やがて背中を通して身体全体へと行き渡ると起こした身体を屈めてベッドの上にうずくまる。


「ッ――ク、ソ」


 とても、人に見せられたものじゃない顔であるのは自覚している。

 周りに誰もいないとは言え恥ずべき表情を隠すように手で覆い、指と指の間から飛び出して来る抑え切れない言葉が胸を締め付ける。

 青白い月の待つ明日……いや、時間で言えば既に今日なのか。やがて落ちて行くはずの月の、その呑気な輝きを下から見上げ睨み付ける。



「今度は――オレは」



 久しぶりに訪れた高い空が示すように今日の晴れは恐らく約束されたようなものだろう。


「ち」


 もう一度安眠を、そう願いそのまま待ち続けたのだが……結局夜が明けて朝が来るまで再び夢の中へと戻る事は出来なかった。




――――――――――――。




「ハ、レ!」

 カシャリ

 

 目の前の階段を一段飛ばしに飛び降り駆け下りる。身体の重さと付き過ぎた勢いにやや体勢は崩されながらも何とか走り切り、宿場ロビーへと踊り出すと視線を右に、視線を左に……やがて1つの窓に狙いを定めてロックオンすると再び足を上げて走り出す。


「晴れ!」

 カシャリ


 飛び付く間だって惜しい。一歩足を踏み出す毎にガシャガシャと鳴る『装備品』の重さを煩わしく思い、手を掛けた窓を押し開くと新鮮な外の空気と共に暖かな陽の光がロビーの中へと入り込む。……何だか眠気すら誘うようなこの気持ちのいい陽光を何と例えればいいのか、そうっ……もうこの気持ちを一言で現すとするなら、それは……!


「よっしゃー!」

 カッシャリ!



 ……振り上げた腕に合わせて背中の上でクロスボウが大きく揺れた。金属部である巻き取り機が台座と噛み合うその音すら懐かしく、尚一層嬉しさを感じてロビーを振り返るとカウンターの奥から第二の陽光…………いや、陽光を反射させるパーツを持つディガーが現れ、こちらを見るとその強面の顔に緩い笑みを浮かべさせる。


「あらまぁ今日はコワードちゃん朝から元気ね」

「まぁな!」

「何かイイことあったの?」

「ふふん」


 ディガーの問いに鼻息1つ答えてやると背中の後ろの窓を指差し、それだけで納得がいったようにディガーはしきりに頷いて腕を組む。…………いや正直本当に分かるとは思っていなかったけれどさすがのディガーでも察せられるのか。光り輝く窓の外、そして『今日この日』こそ晴れやかな空が訪れてくれた幸運を嬉しく思わないはずがない……まるで今の自分を祝福してくれているかのような陽の光にディガーも眩しい歯茎をキラリと輝かせながら笑みを浮かべる。


「えぇ分かるわぁこんなにいい天気だからね……これで溜まっていた洗濯物がよく乾くわぁ、ホント困ってたの最近」

「うんうんそうだな、こんないい天気なんだから洗濯物だってよくかわ……って!」


 流され、そして言い掛けてしまった言葉を飲み込むと腕を上下に激しく振るって否定する……分かってくれたのかななんて思ったりもしたが、ダメだ、ちっとも分かってない。

 「ちがうわ、ちっがうわ!」と大きな声で否定してみせればディガーは反対に不思議そうな様子で首を傾げるだけだった。


「違う! 違うだろ! 今日が何の日か分かってるだろ!」

「えっ……あ、ごめんなさい誰かの誕生日だった? なら、急いで準備をしなく――」

「絶対分かってるだろうアンタ!」


 『私分かんないわぁ』とでも言いたげに頬をひとさし指でグリグリとやって見せているがニヤついた頬で言っても説得力はない……というかそのポーズは何なのか、見ていてだけで腹が立ってくるというか、気分が悪くなってくるというか……この朝の清い空気に全く似合っていないのですぐさまやめてほしいものだった。


「ほら、コレっ!」

「えぇん?」

「……気持ち悪い声出すなって……ほらこの格好、分かってんだろホントは!」


 冷静に……いや冷静に……全然キレたりしてないから。

 とぼけるディガーに示すように自身の格好を指差して上げる声に。背負ったクロスボウも跳ね上がる、武器だけではなく姿だって冒険者装備一式なのだ、分からないはずがないだろうに。

 必死に身振り手振りで示してやるとディガーも今更――わざとらしく――両手を叩き、「今気付いたわ」と声高く言って大きく頷く。


「そうね今日だったわ! ごめんなさいー、私勘違いしてたわ」

「……わざとらし」

「……コワードちゃんちょっと反抗期じゃない? 何か私に対する態度が最近冷たく感じるんだけれど」

「い、いや、そんな事……ないですよ?」

「……なんで目を逸らすの」

「いっ!」

「い?」

「い……その……装備の具合が、心配で」


 じっとりネットリと注ぎ込まれるディガーの視線を避け、来ている装備の点検をする振りを見せて自分の姿を見下ろす。


 ……まぁ実際に、気になってないと言えば嘘になる。今身に付けている冒険者用の防具は前に亀裂の底で大きなムカデと戦った時のもので大きく損傷していた、おぼろげな記憶の中では兎皮らしいレザーコートもたくさんの傷が走り、左腕の鎧部分は確か噛み砕かれた上に大きな穴が空いたはずが……今はその影すら残っていない。これもディガーがどこかで修理させたおかげらしいが、重なり合う鋼板同士に余計な軋みも無く、コートの傷まで以前通りに塞がっている……一体どれだけ腕のいい職人が知り合いに居るのか知らないがその点だけに関しては素直に感謝してもいいものだろう。


「まぁ、いいわ」

「……ほっ」


 慌ただしく点検の振りをしているとディガーも覗き込んでいた視線を緩め、代わりにギルドの代表らしく引き締まった顔に変えると改めてこちらを見下ろして確認する。


「着てみて何か違和感は? 実際にモンスターと会ってその時不調がありましたじゃ洒落にもならないわ……どこか不自然な所は?」

「あ、いや、大丈夫」

「本当に?」

「……多分」

「多分……ハァ」

「うっ」


 微妙にハッキリとしない自分の返答にディガーも息を吐いてみせるが、それも仕方ないだろう。第一、1発で不調が分かる程この防具を着込んだ覚えもないし、フル装備なんて実際のモンスター討伐に行かない限りは着ることもない……つい最近別の全身鎧で強制的な全力疾走も経験したが、アレに至っては全く参考にならないだろう。



「分かったわ。じゃあ、いざとなったらシルドを頼りなさい」

「え」

「コワードちゃんよりもずっと経験豊かなのよ彼、だから何かあればちゃんと言う事を聞くこと……そもそもシルドが居るからコワードちゃんのクエストも許可出来たんだから」

「…………ああ」

「ん?」


 ……反応の遅れた自分にディガーが首を傾げて覗き込むが……助かった、丁度その時ロビーへと降りて来た人物がありディガーの注意はそちらの方へと向かう。……咄嗟に出て来なかった何の言い訳を言わなくて済んだ事にはホッとしたが。



「用意終わったぞ」

「……」

「あらシルド」


 

 現れたその人物が、一番問題のある相手であった為余り面白くない。

「……」

 チラリと見たシルドの姿は自分同様に冒険者の装備で身を固めた見覚えのないもの。上半身を覆う黒色の帷子に半身を守るように左肩部分にだけ小型の盾が固定されている……【ショルダーシールド】と言ったか確か……余り見る機会のない装備だったが数枚の長い装甲を重ね合わせたような盾はいかにも頑丈に見え、反対に動きやすさを重視した右手と下半身は革鎧の補強がされているだけでそれ程までに目立つものはない……問題なのはその背に背負った武器の方だ。


「……デカ」

 武器の形状は槍に近い……が、装飾過多であり穂先はそこまで長くはなかった。やや高めであるシルドの身長よりも尚長い全長に矛の反対側は尖った石突きがあるだけの一般的なものだが逆に刃の部分は複雑な形となっている、真っ直ぐに伸びる槍だけでなく片側から斧のような刃が生え刃先はノコギリ状の凹凸が刻まれている、刃の反対には三日月を半ばで折ったような鉤爪が取り付けられ……遠目に見ればそのまま槍のように見えるし、刃の付いた部分だけを注視すれば長柄の斧のようにも、逆に反対を見れば丈の長いピックのようにも見える。


「ハルバードよ」

「えっ」

「ふふ」


 自分の耳元まで近付き囁いたディガーはウインクひとつを残して離れて行き、シルドへと向かった。囁かれた名前は武器の名前なのか……この際名称なんてどうでもいいけれど朝陽を吸っても照り返しの少ないツヤ消しをなされた黒い武器はどこか禍々しく、特にノコギリのような刃の部分などこちらを睨んでいるような気がして気持ちが休まらない。


「準備出来たみたいねー」

「……ああ」

「あらシルド……アナタ少し顔色が悪く」

「……」

「あ」


 ……何事か話し掛けたディガーの言葉を無視するようにシルドは抱えていたマントを肩から被り、備え付けのフードを目深まで下ろすと表情を隠した。…………あ、いやまさかそのマント被ったまま行くつもりなのか。雨の心配もなさそうな天気にそれじゃなくても仰々しい装備の上にマントまで羽織るなんて……凶悪そうな顔は見えなくなってもこれじゃ重大犯罪者に間違えられても仕方のない見た目だ……。


「あ」

「…………ふん」

「ムっ」


 向けた瞳にフードの下に隠されたシルドの目と一瞬合った気がしたが……すぐに視線は逸らされ代わりに鼻で笑われる。何か言われた訳じゃなくても言い返したい気持ちが募ったが、それよりも先にシルドは何も言わずに歩き出しカウンター横の通路へ……ギルド側の受付へと通じる道を目指すとそのまま歩き出す。


「あ、シルド!?」


「……」

 そして、そんなヤツの後を追ってディガーも駆け出して行き……二人共ロビーの奥へと消えて見えなくなった。


「……なんだよ」


 ディガーとシルド、二人の行った方向を見つめ……1人残され小さく呟く。誤魔化しに掻いた頬に……この際シルドの愛想の悪さはいいとしても、ディガーまで『あっち側』かと思うと楽しくはない。



『いざとなったらシルドを頼りなさい』『コワードちゃんよりもずっと』



「っ、見てろよ」


 つい先程、ディガーに言われた言葉が頭の中でリフレインされ、その言葉に反発するように顔をしかめ……



「何が?」

「うっ、おおっ!?」


 ――突然、横合いから聞こえた声に、重い冒険者装備である事も忘れて大きく飛び退いた。一瞬でバクバクうるさくなった胸を抑えて振り返れば……一体いつから居たのか、そこには微笑を浮かべるリザリアの姿があった。


「い、あ、とぅっ、いつ!?」

「え? 父さんとコワードくんが熱く見つめ合ってた時からだけど」

「見つめ合ってないっ!」


 何故だか感じる壮大な誤解に必死になって否定すると、リザリアは微笑を崩さず笑い続け――しかし瞳だけは愉快そうに細めて「大丈夫だから」と何度も繰り返す……その響きに全く大丈夫らしさを欠片すら感じられないのは言うまでもない。



「……私も……あのシルドって人ちょっと信用できないな」

「え?」

「なんでも! さ、行きましょう」


 軽い声で言ったリザリアはそのままスキップでもするかのような足取りでカウンター横へと歩いて行き。

 いやリザリアは冒険者でも何でもないんだから関係ないんじゃ、と進み行くその背中を見つめたが……途中で振り返られこちらを促すように手招きされたので口を噤んだ。


「はぁ」


 漏れ出た吐息に引かれて視線は外へと向ける。

 降り注ぐ朝の陽光は白色のカーテンのように降り注ぎ、暖かな光に誘われるように一匹の小さな蝶が空を飛んで消えて行く。

 久しぶりに訪れたこの晴れが、自分にとって追い風だと信じて強く頷いた。


「大丈夫、やってやるさ、分からせてやるんだ! …………それで」



 もし、認められでもしたら本当に。



「……」

 今日。初めて仲間と一緒に、モンスターの討伐へと向かう。未確認という事で調査クエストと変わらないがそれでもモンスターと相対する可能性があった。


 朝焼けの空に似合わないうるさいくらいに早鐘の心臓、身体の内でドクドクと鳴る音を無視して一歩ロビーの奥へと向かって歩き出した。




個人的二大イケメン武器であるクロスボウとハルバードが合わさり最強に見える。相手は死ぬ。

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