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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドリィファイア
55/106

05 引越し

「よし」

 若干迷い、やがて手に握っていた筆を勢いよく走らせると『題名』を刻み込む。

 ディガーに断りを入れて(密かに)ロビーカウンターから掠め取ってきた紙の束、若干汚れた階級の低い紙に細い紐で固めただけの簡易な冊子には今しがた記したばかりである『敵!観察記』の堂々たる題名が踊っている。

 ここで書かれた『敵!』というのは他でもない今度新しくチームを組む事になったシルドという冒険者……だが実際にチームを組んだ今でも本当に仲間だとは思っていない。

 顔を合わせた初めから相手を見下しているような癇に障る態度、顔は凶悪な悪人面、しかも平気で暴力を振るってくるようなこんな『敵』は、仲間と言わずに暴漢と言った方が相応しい。……そんな奴に対していつかギャフンと言わせる為に今日から弱点を探して行動を開始しようと思う。

「ふ、ふふふ、見てろ」

 1人きりの自分の部屋にこぼした忍び笑いがこだまする。

 今すぐにどうこう出来るとはさすがに思っていない。出会い頭に倒された事でいくらかは実力の隔たりがある事は感じていたし、何よりこういう逆転劇というのはいざという時になってから行うというのが非常に格好いいと思える。

 いつか来るだろう報復の時に、きっとこの記録帳が役に立つに違いないんだ。



………………。



「引越し、ですか?」

「ええ」

 宿場『泥船』のロビー、昼間だというのにやや薄暗く感じる広間に降りて来たと同時に笑顔のディガーによって話し掛けられた。

 壁付きの窓から見える外の景色は暗い曇り空、悪天候の続く雨季に入ったらしいという事で昼間の割には暗いのだが、余りパッとしない天気ばかりでは見ているこちらまでまるで気分が落ちてくるように感じるので好きにはなれなかった。

 笑顔のディガーの会話は続く。


「ほら、コワードちゃんとシルドでチームを組むんでしょう」

「ぅ」

「それならね、いっその事ウチに泊まらないかしらって。シルドは今別の場所で宿を取ってるのよ、それだと何かと不便でしょう?」

「えぇと、まぁ」

「だ・か・ら、引越し。コワードちゃんはどう思う? 余り乗り気じゃない?」

「いや、いいんじゃないですか」

「そう~? よかった!」

「……」


 ――嫌です。

 正直にそう返したいのが本心だったが、素直に言い出すことが出来なくて視線を横へとずらす事で抑える。

 ディガーの言っている事もあながち間違ってはいない。本来同じギルドであり、しかもこれから一緒に行動しようという仲間なら泊まる場所も近場にした方が都合のいい事も分かっている。さすがに同じ部屋とかは勘弁であるがその行動が自然に感じられる事は出来るのだが……。

 

「……」

 ただ1つ、問題がある。それは『これから頑張ろう!』という仲間のはずの相手が非常に嫌な奴だったと言う事で――いや本当はすごく大問題な気もするが――しかし、一度は正式に組むと決めてしまった手前強く反対するのも何だかバツが悪いような気がして言い出せない。


「っ、っ!」


 ……最大限の反抗として視線に精一杯の意識を込め『察して!』とディガーを見上げるけれど……筋肉ダルマのこの男にそんな繊細な願いが通じるはずもなく清々しいまでの笑みを浮かべると何度も何度も頷いて見せる。


「うんうんうんうん、これから一緒に頑張っていくんですもの、いいわねー。実はシルドが入る部屋ももう決まっていて宿泊の手筈も終わっているのよ。後は本人の荷物運びだけど、まぁそれも今日中には終わるでしょう」

「……は?」

「あ、そうだ! ついでにコワードちゃんも荷物運びの手伝いに行ってあげなさいシルドもきっと喜ぶわ……ハイこれ、今住んでるらしい宿屋の地図だから」

「え、は? 今日!?」

「ええ! あっお客さんだわ、いらっしゃいませー」

「ハァ……ってディッガ、あぁ」


 会話の途中、実にタイミングに実によく扉が開き旅人らしい格好の二人組みの男性客が宿場へと入ってくる。一歩足を踏み入れて入室した瞬間、ディガーの瞳はまるで獲物を捉えるかのように鋭く細まりその巨体に似合わない機敏な動きで二人組へと迫って行く。……見送った視界の先で異変を察した二人組が急速旋回して入って来た扉から出ようとするのだが一歩遅く、捕食者によって首根っこを掴まれて正面から向き合うように捕らえられてしまった。


「……可哀想に」

 目の前で起こった出来事に他人事のようにそう呟くと、そう言えば他人事ばかりでないのは自分も同じだと言う事を思い出して口から溜め息が漏れる。

「はぁ」

 ゆっくりと手の平の上を見下ろしてみればディガーによって(強引に)掴まされた小さな紙切れ。折り畳まれていた用紙を解き開いて見ると白地の紙に直線を組み合わせような簡素な町並みが描かれており絵の中心部には目的地である場所を示すように赤色の丸が書かれている……ついでに丸の横には大きくそしてやたらと達筆な字で『ココよ(ハート)』と書かれているが、一時の躊躇も挟まず人差し指を突き立てると『(ハート)』の部分を爪で削り落として処理を施した。


「行かなきゃ、ダメか」

 宿場の窓から見えるのは暗い曇り空、空模様よりも尚重く感じる気持ちに今すぐ断ろうかとも悩むが押し留める。考え方を変えてみれば出来たばかりの宿敵認定済みの相手、それも今まで住んでいた場所を堂々と覗く事が出来るならあるいはシルドの弱点を見つける事も出来るかもしれない。

 作ったばかりの記録帳に早速の記述の出番かと思えば心まで踊ってくるようだった。



「アラもしかして旅の疲れがあるんじゃない? 肩なんてこんなに張っちゃって、もうー」

「ぎゅ、ぎゅああああああ」

「やめたげてよぉ!」



「……」

 ……決意を心に宿場を後にする!

 何か出て行く直前に先程の二人組の絶叫が聞こえたような気もしたが、開けた扉を音も立てずにそっと閉めると前を向き、後ろは振り向かず歩き出す。

「許せ」

 どうか、弱い自分を許して欲しい。

 今の自分に出来る事といえば彼らの精神の無事を祈りつつ、それといち早くリザリアが察してやって来る事を願うばかりだった。




……………………。




「ここか」

 簡易地図の示す通りに路地を進んでいくと目的地である宿は『泥船』から意外と近い場所にあった。街の主幹道を通り抜けて曲がり角を曲がれば見えてくる建物。ちょっと気取ってみたんですよと緑色に染めた屋根が愛らしく、ありふれた普通の木枠にはめこまれたちょっとくすんだ色の窓、ややくたびれた感じこそいなめないもののしっかりと手入れをされた庭も好印象であり全く特筆すべき点がない普通の入口扉も実に……あれ。


「すごく、見覚えがあるような」


 ――なんだろうか、記憶の底に確かに触れるものがあるはずなのに身体自体が思い起こす事を拒否しているような既視感。沸き立ってくる意味の分からない感情は喪失感とかやるせなさとかマイナス方向のものばかりであり……あとなんだか悲しい気持ちまで膨らんでくる。


「き、気のせいだよ、な? ははは」


 浮かんだ微妙な気持ちごと飲み込むように息を吸い『カヘル都市通用指定宿屋』という木作りの看板を抜けて前に進む、目的の宿屋の入口は押戸となっておりそっと奥へと向かって開くと、顔だけを入れて中を覗き込む。

 最初に感じた印象は『広いな』というもの。すっかり慣れてきてしまった『泥船』のロビーの狭さもあるがアレは裏にはギルド受付もある為仕方なく、広々と宿場の一階部分丸ごと近くをロビーとしたこちらはやたらに大きく感じられた。ロビー内にいくつか机が並んでいるがそのどれにも既に人が座り込んでおり昼間だというのに小気味のいい音を鳴らし合い大きなグラスを口元まで運んで笑みを浮かべている。広さだけでなく活気にしても『泥船』完敗であり今この場にディガーが居なかった事がせめてもの救いに感じられる。……居たらきっとかなり落ち込んでいた事だろう。


「あら、お客さんですか?」


 宿屋の中へと入り込みキョロキョロと周りを見渡していると給仕片手の忙しそうにしていた女性店員と目が合った。……何だかその女性店員の声すらも聞き覚えがあるような気がするのだが……頭を左右に大きく振って、些細な邪念を振り払うとなるべく明るい笑顔を浮かべて向き直った。


「いえ客じゃなくってここに泊まってる冒険……いや、知り合いを訪ねて来たんですけど」

「あら、どなたですか? お名前が分かればお取り次ぎします」

「ええと『シルド』って名前です」

「シルド? あの……いえ、ちょっと待ってください」


 問われたままに名前を告げると女性店員は一瞬だけ笑顔を硬くさせ、そしてすぐにまた愛想よく微笑むと周囲の客に声を掛けながら宿の奥へと走っていった。

 呆っとしてそのまま見送ってしまうと、ロビーの中央辺りでポツンと取り残された自分と、折角の綺麗どころの給仕を奪われたせいか何だか機嫌を悪くした泊まり客達の鋭い視線、物言わぬ圧迫感に「はははー」と口だけの半笑いを浮かべて誤魔化すとなるべく直に見返さないように注意する。


「ひゅ、ひゅひゅーひゅー、ひゅーひゅー」

 ダメだ、口笛すら出ない。元から出来ないけれど。


 そのまま変な緊張感で待ち続けいい加減受け流すにも限度があると思い始めた所で女性店員はパタパタと足音を立てて戻って来て……それに合わせて周囲から殺到していたプレッシャーが弱まっていった。。


「ごめんなさいお待たせしてしまって」

「イ、イえ、ぜんぜん」

「うん? どうかしました」

「何でもないです……それで、シルドは?」

「あ、それなのですがすみません、当宿にシルドというお名前の方……」



「何をしてる」



 営業っぽい笑みを浮かべて言う女性の会話をぶつ切りにするように低い声が周囲に溢れた。そしてその声に合わせ周りの喧騒がシンと静まったかのように静かになり、顔を上げればロビー横にあった階段の途中で目的の相手であるシルドがこちらを見下ろしていた。

 今日も変わららない黒一色の上下の衣服に肩から掛けたマントが膝先までを隠している。室内故かフードは被せていない為暗い髪色もあらわにされ遮るもが無くなった悪人面の顔が直接こちらを見下ろしているのは何というか心臓に悪い。


「何をしてるんだ……『コワード』」

「あっ、いや」

 静まった周りの空気に呑まれ、そのまま蛇に睨めつけられたカエルのように固まっていると聴き慣れた名前が呼ばれ身体の硬直が抜ける。それでも勝手に萎縮しようとしまう心を奮い立たせ見下ろすシルドに対してこちらも睨むようにして見上げてやった。


「今日、引越しだろう。だから手伝いに」

「ハ?」

「べ、別に本心じゃないから! ディガーに言われたから! 本当は来たくなかったけど仕方なく」

「……あぁそうか」


 必死に上げた自分の言葉にシルドはその場で肩を竦め、降りる途中らしかった階段を反転し上へと向かって数歩登って行くと振り返る。


「手伝うんなら来い、忙しいんだ」

「あ、はい……じゃないっ、ああ!」

「ふん」

「むっ、ク」


 今、鼻で笑ったな! また笑ったな! くそう。

 若干目を伏せシルドはもう一度肩を竦めると今度は振り返る事なく歩き始める。去り行くその背中に眉を潜め「挨拶もないのかよ」と口の中だけで呟くと自分も走り出す。


 ザワ 

  ヒソヒソ


「……うん?」

 駆け出し際、背後から聞こえてきたロビーの中の妙なざわめきがやけに強い印象となりいつまでも耳の中に残り続けていた。



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