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05 死神の待つ森

「ッ」

 吐き出した吐息に体は揺れる。差し込まれた痛みは強い衝撃、胃の底深くから込み上げる苦痛に視界は揺れ瞬間体は舞う。

「グ!」

…その踏ん張りは奇跡といってよかっただろう。飛ばされ掛けた体から足を踏み下ろし杭の様に地面を打ち付ける、跳ねた泥、腐葉土になり掛けの溶けた葉が飛び上がり、何かに対して腕を伸ばした。手にしたのは剣の柄、鞘走りの音もそのままに感覚だけを頼りに剣を振り下ろす。

虚空を引き裂く一筋の鈍い光は、しかし何の感触もないままに振り下ろされて足と同様に土を跳ね上げる。

…見えた。

一瞬目に写ったのは黒い姿。薄闇の森に影を落とす様に黒色の姿は素早く疾駆する。

…鋭利な鉤爪の端が木の皮を傷付けて弾き飛ばす。振り下ろされる腕に体をずらし数歩跳ねる様に飛ぶ。

噛み合う牙の音、闇に白い刃は細く長く先程まで自身の身体のあった空間を噛み砕き飛ばした唾液の飛翔が視界を掠めて地面に落ちる。


「ニルセイ!」

「!」

 振る。

片手に掴む剣の柄を両手に持ち替え黒の影へと一閃。空気を裂き残光が森の中を駆け抜け牙に刺さる。

衝撃。咆哮。

手元に返る硬い感触も一瞬の事で黒い影は高い跳躍で一息に後方へ下がると木の幹を踏み台に飛び上がる。空を舞う巨躯は木の葉の影に紛れ混ざり合い、足音の残滓を残して駆け回る。

…天も地もない。時折混じる羽ばたきの音も目を向けるとそこに敵の姿はない。

蹴り砕かれた木の音は横で鳴り、葉擦れの音は背後に。


「ク……っ!、上!?」

――――!

 咄嗟に掲げた剣に咆哮が重なり、牙と刃。命を奪い合う凶器は真っ向から合わさり火花を散らし。 

「っ」

重さに負けた体はぬかるむ土にめり込み泥土が跳ねる。





――――――――――。




「おかしい」

 そう口にしたのは森に入って随分と時間が経った時だった。空を見上げれば濃い緑の葉に隠された陽光は天頂を過ぎ下降を開始…午前の内に到着した事を考えれば優に2時間以上、このモンスターの住む森の中で『無意味』に時間を過ごしていた。


…注意深く、辺りを見回し次の目標ポイントへと辿り着くとすぐにしゃがみこむ。邪魔な葉に茎、散雑とした障害物を乱暴に腕で払い除けると黒色の土が。

何も生えていないただの地面が目に写った。

「ここも…っ、なんで」

 歯噛みし小さく悪態が漏れるがゆっくりと構えている時間もない、頭の中で森の中の地形を思い出し次の群生地の場所へと当たりを点けると獣道を走り駆け出して行った。



 今日は先日のクエストの続きだ。死人……の発生により中断を余儀なくされたがポーチの中には既に採取を終えた森傷草が入っているそれも規定数10本の内の6本もだ。

気楽なものだなと思い挑むと同時に胸の中に少しだけ、ほんの軽い見栄が疼きと共に顔を出した。

…クエストは途中で終わってしまったが既に自分がこれだけの数を採取した事は確認されていない。せいぜい1、2本はあるんじゃないかと思われているかもしれないが既に半分以上の数が納められていた。

『…まぁ、お前に話しても仕方ないか』

 …まるで何も期待の無い、あの乾いた言葉が胸によぎった。…お前じゃ、お前程度じゃ、お前なんて…そう言外に続きそうな言葉を思い既に森の中に入る前に決めていたことがあった。

――今日のクエストはすぐに終わらせよう、終わらせて見せて、そして帰ってやったら見せ付けてやりたい――。

 …それは本当に子供じみた底の浅い見栄だったと思えた。でも、それでも見せてやりたい。自分がダメだと分かっていても、どうせ実のないクエストだったとしても。それをこんなに早く終わらせた、これはすごい事なんじゃないか………少しでもそう思わせることが出来ればそれで満足だと、そう思っていた。なのに……



「なんでっ、どうしてだよ!なんでどこにもない!!」

…あるはずの群生地を回っても薬草の影はどこにもなかった。あっても食い荒らされたり採取された後なのか傷だらけであったり掘り返された穴があるだけであったり……結局ポーチの中身は昨日と変わらず6本のままであり、時間だけがどんどんと過ぎて行く。


「なんで…ッ!」


 ―焦燥が募る。

 このまま行けば見直されるどころじゃない、へたをすれば普段以上に時間が掛かったと見下ろされるだけ…やはりこんなものかとあの低い声で落胆の溜息と共に漏らされる……それはいやだ!それだけはいやだっ。

 形を伴わない焦りは息を荒くさせ…そしてふと見た森の一点で吸い込まれる様に止められる。

「…」

 そこに見えたのは道ともいえない獣道。周囲を厚い草が覆い、モンスターの往来も多いのか多くの足跡がそのままに残されている。…この先に続いているのは森の奥地。ただ薬草を採取するだけだったなら決して近寄ろうともしない危険なモンスター達の本格的な住処といっても問題はない。


…受付員の静かに言った言葉が頭を過ぎる。


『…くれぐれも森の奥には行こうとするなよ?』


「…」

 …迷いは数秒だった。普段ならば絶対に答えはNOのはず…それなのに今は湧き上がる焦りが判断を鈍らせて、踏み出す足は矛先を変え、周囲を確認しつつ歩き出す。

「構うか…すぐに、すぐに終わらせれば…」


 短く言い残した言葉だけをそこに置き去りに、歩き出す体は獣道を踏み、森の奥地へと向かって行った。





―――――――――。




「大丈夫?」

 やや不安気な言葉と共に差しのべられる腕。

「っ」

触れられた感触に一瞬傷が悲鳴を上げるが、ひやりとした緑色をした傷薬を当てられるとまるで麻痺したかの様に引いて行く。痛みは和らぎ、代わりに独特の刺激臭が鼻を突いたが怪我で動けなくなるよ何倍もマシである。


「平気っ、痛……ラコーダ、そっちは?」

「…ひでぇもんだ」

 一旦傷の手当てをしてくれている彼女から目を反らすと近くに立つ青色の鎧を着た青年に声を掛ける…対応に返ってくるその言葉は低く不満気である。それもそのはずでは豪華な装飾の目立っていた彼の鎧からはほとんどの飾りが脱落し、ぶらりと垂れ下げた二本の手で掴む剣は片方が刃こぼれし、もう片方は中心から見事に折れている。…戦闘中に少しだけ見た彼の動きは平常心が欠けていた為か無茶苦茶であり疾駆する影に当てようと何度も力任せに振るわれたがその全てが空を切り、ひどい場合は周囲の木に突き立ち動かなくなっていた…あれでは彼の体より先に武器の方にガタが来ても不思議はないだろう。


「これも…ジンクスかよ」

「…ジンクス?」

 低く呟いた彼は見るからに不機嫌そうな態度でそう吐き捨てる。乱暴に掻き上げた髪が撫で付けられ開いた目は嫌々そうに細まる。


「昨日見ただろ、あの疫病神!…昨日の調査クエが保留となったと思えば次がコレか!全くツイてねえっ!なんなんだよ!」

「……」

 今にも足踏みをしそうな…現に地面を乱暴に踏みつけて見せた彼だが、その漏らした言葉と自分の気持ちとは実の所全く一致していなかった。

…確かに奇襲を受けた、何の準備も出来ていなかった所で不意に襲われた所は大きい。相手も相手で相当に知恵の回るヤツだったのだろう。息を殺した暗がりからの一撃は防ぐことが出来ずまず自分が吹き飛び、次いで一番近くに居た彼も巻き添えとなった。


…そこは認める…しかしそれもあくまで最初の一撃だけであり。一度姿が目に入ってしまえばそこからは奇襲では無く戦闘だ……そして自分達はその戦闘においても完全に後手に回っていた。

素早い跳躍、縦横無尽に駆ける疾駆、森の影に最適応したとしか思えないその姿。


苦戦を強いられた、勿論やられてばかりではなく相応の反撃も与えている。…しかし、それでも自分自身の実力不足が否めない。不甲斐ない事にようやく慣れてきた時には敵は撤退しており、自分達はその後に追い縋る事も出来なかった


「…ッ」

 …恥だ。

調子に乗って天狗になっていた自分への不甲斐なさが胸から込み上げる。とてもではないがラコーダのように、彼の様にツイていなかったと言葉で片付けられる程簡単ではない。


「傷は負った、でも傷も負わせた。奴は一体どこに…」


 言葉と共に顔を上げ…その瞬間に森が大きく揺れた。

 緑の葉に隠れた視線の先に、遠くから見える一筋の白煙が空に立ち昇る。モンスターが生息するとはいえ森の中を住処とする野生の鳥達が一斉に飛び立ち出ち、渦中の中心から逃れる様に必死に空へと逃げて行く。

「あそこか!」

 鋭く言うと立ち上がる。鈍い痛みはまだある、しかし我慢出来ない程度ではない。

既に仲間達も同じ気持ちなのか表情を引き締めるこちらを見ると一度頷く。

「行こう」

それぞれの顔を見渡ししっかりと頷き返すと森の中を走り出す。

 モクモクと上る白煙は未だ消える事は無かった。




―――――――――。




「…あった」

 地面の上に生えた一本の薬草を手に取り、熱い気持ちで漏れた言葉が口からこぼれた。…長かった、本当に長かったと、思う。

森の奥へと足を踏み入れてみても森傷草の数は少なくいくつもの群生地を何度も巡ってようやく最後の一本を見付けた。緑色のこの薬草がこの時ばかりは何故か輝く様に見え手にした瞬間はもう頬ずりをしてしまいたい程に感動する。

「これでなんとか揃った…これで…」


 …バカにはされない。


 …そう口にしようとしたその時にその音が耳に入った。

「ん?」

 それは、例えるならば張り詰めた風船に穴を開けた様な音、満杯状態の中身から空気が勢いよく漏れる風の音。

実際に風が起きているのだろう揺れる木の葉を激しく動き、地面の上を転がっていた短い枝が風に煽られ空に舞う。


 …何?


 胸の奥に疑問が。音の出元を確かめようと顔を向けたその瞬間に。

 ―――――!

「っ!」


赤色の暴風が視界全体を埋め尽くしていた。




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