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幕間 ある研究員の記録 2

アルフレッド・カークス


△の月。□○。

 今日も私は日々の記録を残す為に筆を取る。初めの内は毎日書く内容にすら困っていたものだったが今ではすっかり慣れてしまい、毎日の日課の1つになっている。人は変わるものだ。

 脱線してしまったのを戻し今日の事を書こうと思う、今日一日を振り返って考えてみればそれはまさに厄日とすら言える一日だっただろう。

 昼の間に私は父を訪ねて王城へ向かっていた。私自身が何か用があるという訳ではなくたまには顔を見せろ再三に渡って父の要求があったからだ。久しぶりに訪れた王城はやはり私には少し居心地が悪く、まるで不審者でも見るように向けられる衛兵達の視線のせいで息をする事すら煩わしい。

 何とか我慢をして執務室へと向かうと私を待ち受けていたのは父と、そして確か上級貴族の一人であるアズルク様だった。父とは旧知の仲らしいのだが何故か私を見つめて私を見つめて微笑むその顔が印象的だった。

 結果的に結論を書こう。私はその場でアズルク様の屋敷で行われるご息女の誕生パーティーに招かれる事になった。今年で9歳になる記念の催しらしいそうなのだが、ハッキリと言って気乗りはしない。

 私はあくまで研究者であって、そういった社交の場というのはどうしても苦手なのだ。

 本来ならば行きたくないと断る所だが父の手前、無碍に断る訳にも行かず。結局誘われるままに行く事になった。時間は明後日という事だが、何、準備はいらないだろう、幸いにして壁の虫など慣れている。

 当日はなるべく息を殺そう。


△の月。□△。

 どこから聞き付けたのか私がパーティーに出席するということを友人知人が知っているようだった。私の気質を知っている大抵の者は笑いながらもどこか心配な眼差しで言ってくれるのだが、中には付き合いの浅い表面上だけの知人も少なくない。

 そういった人物達に限って羨ましいだの、自分も行きたかったなどとネチネチネチネチ文句を言ってくる。

 代わりたいか、喜んで代わってやるぞ。私はそんな瑣末事に興味は一切持たない。

 これだから馬鹿は嫌いだ。

 明日のパーティーが今から気が重い。


△の月。□×。

 騙された。何が誕生パーティーだ。騙された。

 確かに名目上こそはご息女の誕生パーティーに違いがなかった。しかし集まった人間達はどいつも浮かれたような派手な服で着飾った若い貴族ばかり、聞く者の気すら知らずに飛び交う歯の浮いたようなセリフに気持ちの悪い愛想笑いの合唱、その場にいるだけで気分が悪くなるようだった。

 そこでようやく私は察した。ひどく来たがっていた愚かな知人達のその羨ましがっていた意味を、まるで引き合わすように父の部屋に居たアズルク様の事を。

 要は誕生パーティーなどと都合もよく用意されただけのただの舞台に過ぎず、本質は盛った若い貴族達の出会いの場所。

 父か、それともアズルク様の根回しなのか、無言でいる私にしつこく話し掛けてこようとする女性達も後を絶たない。

 そんな彼女達を睨みを効かせて追い返し憤慨した。

 最悪だ、最悪の気分だ。


△の月。□◇。

 パーティーの翌日。それなりに多忙であるはずのアズルク様が自ら私を尋ねて来た。父はいない。

 何か言われるかと身構えもしたが尋ねた内容は昨日のパーティーに関して。それも浅慮だったと素直に謝罪をしてくれる。

 話しを聞けばやはり父の差し金もらしい。いつまでも浮いた話し1つ出ない不出来な息子を見かねて旧知のアズルク様を餌に使い引きずり込んだのだ。アズルク様本人も苦い笑みを浮かべながら私も心配だったのだよと零す。

 言いたい文句は色々あったが真摯なその態度に私の溜飲は少しだけ下がる。

 元々心配する事など何もないのだ。カークス家の家督を継がせるなら親戚筋を探せば適当な人間などいくらでもいるだろう。どうしても嫡男である私でなくてはいけないという事も無い。

 それに既に私にはこの身を世の為に投げ出す覚悟も出来ている。私はどうやら他人よりも幾分か頭の出来がいいらしく、それならば私自身の全てを差し出してでも為し遂げるべき事がこの世の中にはきっとあるはずなのだ。

 なのに所帯だ恋人だなどとうつつを抜かしている時間は私にはない。

 私の覚悟を話したアズルク様も不承不承ながらも納得はしてくれたようだ。

 去り際、ならば私の娘はどうだねと冗談を言っていたが本気ではないだろう。何せご息女はまだ子供で、昨年生まれたらしい次女もいるらしいがそっちに至っては完全に赤ん坊だ。

 どうも貴族社会の冗談というのものは笑うに笑えない。


△の月。□▽。

 この日早馬の使いが私の元に届いたのは昼を少し過ぎてからの事だった。古い書物に没頭していた私はその報せを聞き息を飲み、そして手にしていた本を取り落とし掛ける。

=====

 いやまだだ。この事を日記に記すのは少し待とう、確信が欲しい。

 王城からの正確な報せが来るのを待とう。それまでのほんの少しだけの辛抱だ。


△の月。□□。

 報せはまだ来ない。待ち遠しい。早く正しい情報として私に伝えてくれ。

 息が詰まり食事すら喉を通らない。


△の月。□◎。

 。


△の月。□●。

 来た、遂に来た、報せが来たのだ。私は飛び上がって喜ぶ。さあ書こう、何があったか書き残さなくては。

 遂に完成した。研究施設が完成したんだ。国の研究者達の頂きを集める研究施設。それに合わせて正式な名称も発表された『対急性異常個体研究所』というものだ。少し野暮ったい名前付けな気はしたがそんな事は些細な問題だ。

 ガートルドの悲劇から数十年、人間はようやく奴らに対して明確な反抗を始める。その喜びを何と記そうか、誉れ高い最高の場に自身の名前を連ねる事が出来た事を何と記そう。

 やってやろう。やってやる。私が人々を救うのだ。

 カークスの家名ではない、アルフレッドのこの私が。



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