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幕間 それぞれの一日 3

【追加EP】(本当は予定してなかった部分ですが、こっちの方が楽しくなりそうな感想を頂いたのでそのまま採用した結果出来たものです)



「ふう」

 一度自分の部屋へと帰り外出する準備を終えるとロビーへと戻る。

 手の先に触れる固い木目の階段の手すりに、ロビーの中を見下ろすようにそっと覗き込めばまるで仁王立ちの彫像を思わせる力強い存在感で待ち受けるリザリアの姿。……「うわぁ」と漏れる吐息に視線に気付かれたのか見上げる視線が自分と合うとニコリとした微笑みに変わる。カシャリ


「準備はもういいのコワードくん?」

「……まぁ」

「じゃ早く早く、行きましょう!」

「……はぁ」


 少しはしゃいででもいるようなリザリアの明るい言葉とそれに見合う軽やかな態度、ゆっくりと階段を下り切れば、目の前まで迫るように立ち準備万端と帽子も目深に被る……視線を奥にやって見れば早く出掛けろよと言わんばかりに開口済みの宿場の入口が控えており、眩い外の光が細い糸のようになって室内へと入り込んでいる。


「ハ、は」

 ……やはりどう足掻いても逃げ場も無いのか。最後の頼みに盗み見た帽子の下では不動の姿勢を体現する微笑しか映っておらず、最早何を言っても聞いてもらえそうにない。


「……仕方ないな」


 冷めやらない悪い予感に、今でもすぐに部屋に取って返したい気持ちは一杯だったが、さすがにここまで来れば自分でも覚悟のようなものは決めてある。予感の警鐘には真っ向から反発するように一度扉の外をキッと睨み、その後は恐れる事も無なく一歩を踏み出した。カシャリ

 例えこの先にどんな苦難があろうとも、それを乗り越えて頑張ろうという気持ちは自分にある……そう、例えるならば逃げる事が許されないモンスターと対峙しているような今の気持ち。怯えも隠れもしても今の自分には相応の覚悟と迎撃の準備は整っている……何も、怖い事はない。

 


「ちょっと待って」

「え?」

 勢い込んで数歩歩いた所、後ろから強く呼び止めるようなリザリアの声によって足は停止する。ようやく溜まってきた人のやる気を削いで何なのか?

 振り返り見てみれば細めた瞳のリザリアの顔と正面から合い、静かな二つの目がジッと自分を見つめている。カシャリ


「あの、何か?」

「何かって、何かな?」

「……は?」

「ジー」


 ……口に出して『ジー』と言う言葉にリザリアの視線を追って自分の体を上から見下ろして見る。


「……」


 別におかしな所は無いと思う。カシャリ

 オーソドックスな白い色のシャツに厚手のズボン……いやお出掛けなのに格好が普通過ぎると言われればそれまでだが、目立っておかしいという所も特にない。カシャリ

 ズボンに穴のようなものは開いていないし、シャツに食べ物をこぼしたような染みもなし。カシャリ

 ……『まさか!』と思い、体の下の方も確認してみるが……うん大丈夫、開いてしまっているという事も何もなかった。カシャリ


「ええと何なんでしょう?」

「何って、ハァ…………コワードくん、手を上げて~」

「え? はぁ」


 言われた意味も分からないがとりあえず素直に腕を上げた。

 左腕が絶賛怪我中である為に上げられるのは右手だけ……試してみて分かるがこの恰好意外とバランスが悪い。下手をすると背後の重みに肩掛けの『紐』が落ちてきてしようとする為に始末に悪く、何とか細心の注意を払って重心を保っている自分に対してスッとリザリアの腕が伸びる。……本業は何ですかと疑いかねない素早さとしなやかで迫る指先、何とか肩から担いでいた物はその手に難無く絡め取られて、腕から引き抜かれると取り上げられてしまっていた。


カシャリ

「没収」

「え、ちょっと!」


 自分の手から離れた瞬間カシャリと響く『相棒』の悲鳴。

 素早く奪い取ったクロスボウを手の中で振ろうとして、リザリアが少しこけた。

 「ちょ、重いっ!」と普段は聞かないような甲高い声で一度叫ぶのだが、すぐに体勢を立て直し、コホンと息を吐いて取り繕うとクロスボウを近くの机の上へと放り出す。

 勢い込んでずれてしまった帽子を位置を直すようにして被り直し、一見優雅といえる仕草で振り向くと……『荒い息』でにこやかな微笑を浮かべて見せた。


「なんでっ!? ハァ……なんで、ただ出掛けるだけなのに武器を持ってく必要があるのかな」

「いや、その。もしもの備え……いざっていう時はこれで迎撃をすれば!」

「迎撃? 何に?」

「……モンスタァ?」

「へぇ」

「……へえ」

「……行きます」

「え、ちょっと待って」

 短く、しかしきっぱりと言い切ったリザリアは言葉の終わりも待たずに自分の腕をムンズと掴んで歩き出す。握り締める予想外の力の強さに怪我で踏ん張りの効かない体はそのままなされるがまま宿場の出口へ……ああいや待って、冷静にそう言う前に掴んでるそっちの腕は怪我してる腕っ、包帯!包帯の上からそんな力強く握り締めるのはいろいろとマズッ。


「いや、その、本当に! クロスボウがないと、もしも、もしもの時っ! 相棒っ、あいぼーーーーっ」

 カシャリーー!


「はいはい」


 無慈悲な言葉に腕は引かれ、離ればなれになる1人と1丁……両者の悲しい(一方的に1人の)叫び声が朝のロビーにこだましていった。



 ――私の作戦は完璧だ……と、思う。


「ハイ、ここがカヘルの街の工区街だよ」


 にこやかな微笑みで私は振り返り、周囲の赤い煉瓦造りの建物達を指で指し示すように大きく振りながら空を見上げる。

 遠く青一面のキャンバスの中、天へと向かい真っすぐに飛び立つ白い靄は雲ではない、目の前の建物の群れにいくつもの数が立ち並ぶ煙突達。終始絶える事の無いモクモクとした白煙は空高く舞い上がり、風に混じってトンテンカントンテンカンと調子外れの楽器を思わせる槌の音が響き渡る。


 『石工都市』の名が示すように周囲の鉱山とそこから取れる潤沢の鉱石を主財源としているカヘルとってこの周辺一帯の『工区街』は正しく心臓部分と言っても間違いはなく、風間に混じる少し据えたような匂いもこの周囲の特徴の1つとしてなじみ深い物となっている。


「あの奥に見える大きな建物が分かる? あそこに採取した鉱石から製錬してそれぞれのインゴットに加工する大きな高炉があるの、周囲の少し小さめの建物は出来上がった金属板から更に加工を施す為の職人達のお店ね。ただ売り物にするだけだったら本当に出来たばかりの延べ棒でいいらしいけれど、やっぱり『石工都市』だしね、専門の職人もたくさん居るんだよ」

 にこやかに浮かべた笑みのまま、私の心の裏側ではコワードくんに対する策謀が続けていた。



 昨夜寝る前に考えた、私の従業員確保計画は間違いなく完璧であったと思える。……始めの小さな誤算としていきなり「行かない」と宣言したコワードくんには出鼻を挫かれた思いも感じたけど……『真摯なお願い』によってその問題も解決している。

 一歩街へと出ても何かを確認しつつ進むようなコワードくんをここまで追い立て続け、遂に到着した工区通り。ここまで来ればもう私の策略も成功したようなものだった。


 ……コワードくんには少しだけ悪いと思うけれど、私の中に純粋に街を案内しようという気はこれっぽっちもない。もう驚く程ない。

 いつか一段落したら改めて案内をするからと心に誓い、何とかここまで来たのにもやはり理由があった。ここはカヘルの街の中でも金属の加工職人達が多く店を構える場所、そこで私のオススメの店をそれぞれ順番に回る事が私の狙いだった。

 いかに冒険者然とした――冒険者らしくは全く見えないけれど――コワードくんであってもその感性を唸らせる宝の山がこの奥にはある……そしてその中を巡りながらこう言わせるのだ……


『ワァスゴイナァ、冒険者以外ニモコンナニ素晴ラシイ道ガアルンダァ』


 ……と。


「ふふふ」


 そこまで来ればもう堕ちた様なもの。

 後はどこか落ち着ける場所でゆっくりと食事をして、宿場業務の良い所を延々延々延々延々延々延々と話し続ける……理解が得られなければ得られるまで話し続ける……例え強引であろうとも一度自らの意思で首を縦に振らせればそれを言質としてゆすりたか…………そして、このまま順調に進んで、夕方前には立派な宿場従業員の完成。そうなる事が私の勧誘計画だった。


「コワードくんの使ってるような冒険者の装備も一部はここで製作されているんだよ、冒険者用の装備は規制が厳しいからそんなに数は無いけど……あ、今日は行かないよ? それよりもコワードくんも絶対に気に入ると思う、私のお気に入りのお店を教えてあげるから」


 内心から滲み出る含み笑いは押し殺し、あくまで表面上は清楚な微笑み、少し後ろを歩いているコワードくんに対してなるべく興味を引き立てるように、明るい声で説明を続けていた。


「……ところでコワードくん、何しているの?」

「え、い、いや!」

「いや?」

「……なんでも」

「ふーん」


 コワードくんはそう言って、愛想笑いのような顔でごまかし切れていないながらも何とか頑張っているけれど、その挙動は明らかにおかしかった。

 案内として先を進む私に続く彼は三歩進んでは振り返り、五歩歩くごとには頭上を注意する。左右に関しては歩調に合わせて常に右左を行ったり来たりしていて……その姿に何故か小さい頃に遊んでいた鳥の玩具を思い出させた。

 何とか急がせて進ませようとしているけれど気を許す限りは警戒をし続けていたいようで……すれ違った見も知らない人達が何事かとその場で立ち止まって視線を送ってくるので一緒に居る私も恥ずかしい事この上ない。


「あの、コワードくん? なにをそんなに怯えてるの? 街の中なんだから何かあるはずが」

「べ、別に怯えてないですけど!?」

「そ、そう? なら、うん」

「……ええ」


 ……本当に大丈夫なんだろうか。

 私が別の意味で心配しそうになると次の瞬間、通りの裏路地から何か黒くて小さいものが走り出したように見え、私とコワードくんの丁度中間を抜けるように横切った。


「わっ」

 突然の事に驚いた私はその場で一歩引いてしまい。


「わ、あああああ!」


 ……それ以上に驚いた様子のコワードくんが私に走り寄る。怪我をした左腕を目の前にかざし大きく慌てている様子に逆に私の方が冷静になってしまった。


「コワードくん……」

「えっ、あ、いや、ぁー」

「ハァ」


 私の目の前に立ち塞がった彼に肩越しに奥を見るとどうやら黒い何かは野良の動物だったようで、人混みの奥の方へと混ざり込むようにして消えていく。

 驚くまでもなかったその小さな背中を遠くに見つめ、今だ私の目の前でかざしていたコワードくんの腕を小さく振り払うと何事も無かった様に前を向く。


「よし、じゃあ急ぎましょう。なるべくたくさん回りたいから」

「……ハァ」


 落ち着きを取り戻し、大きく肩を落とした様子の彼から、零れ落ちた溜息の音が1つ。

「……」

 ゆっくりと歩き出せば後ろから付いてくる足音に私は改めて思う。やっぱり彼には冒険者みたいな仕事は向いてない。……ちょっとでも違う所があるのなら考え直そうかとも思ったけれど、そんな風に思える様子はどこにも無い。

 結局彼には宿場のような危ない心配もせずに安心して働ける仕事が似合ってるんだろう。


「……とりあえず、何とか庇える……でも、やだなぁ」


 何だかよく分からない呟きを後ろで聞いて、私は目的の店の場所を思い出しながら通りを歩いて行った。



――――――――――。



「……疲れる」

 小さ目の入口をくぐり抜け中に入った小さな建物。枠を固められた備え付けの窓から外の様子を眺めて少しだけ肩を落とした。

 出掛けた時はまだ朝の内だったはずが、外に見えた太陽は黄色い輝きの光線を強め既に頂点手前まで辺りには昇っている。

 『街案内』と称されたはずのリザリアに付き合いながら、ここまで来ればさすがにリザリアが本気で街案内をする気はない事が嫌でも分かっていた。『工区街』と教えられた建物群に連れられて来てからそれからずっと、まだ他にも街中には見て回るべき場所もあるはずなのに自分達は未だにずっとここに居る。


『コワードくんも絶対に気に入ると思う』

 確かにリザリアはそう言っていた。……いやまぁ、その言葉があくまで主観的なものであるなら仕方がない。リザリア自身がそう思っているんだったら自分からはどういう事も言えなかった。


『私のお気に入りのお店を教えてあげる』

 また、リザリアはそうも言っていた。……これは確かにそうなのかも知れないが、本人がお気に入りであるというのは疑いようもない、嬉々とした様子で見て回っているし、それでいいなら勝手にしていて欲しい。



「うぅ」

 だけど、とにかくマズイのがそんなリザリアと一緒に自分も連れられているという事で……



『きゃー、かわいい』

『これなんて部屋に飾るといいんじゃない?』

『あ、この細工綺麗』



「空、青い」

 店の隅でなるべく目立たないようにあたかも無機物であるかのように立ち、勝手に耳に入ってくる黄色い声を受け流す。青い空に浮かぶ白い雲、その中を悠然と泳ぐ鳥の群れを目で追いながら、彼らの自由な翼を非常に恨めしく思いながら息を吐いた。


 ――リザリアが最初に連れて行ってくれたのは工区通りの中で『陶器』の店だった。……金属関係ないじゃないかと大きく声にした自分だったが。『これも専門の職人によるものだからいいよね』とよく分からない理論の展開に押し切られる。


 二店目に訪れたのは『銀細工』の店だった。……鉄はまだですかと抗議したい自分を差し置いて勝手に奥へと進み品物を物色していくリザリア。何かオススメの品を見付ける度に大きな声で自分を呼ぶのだが、正直興味はないんです。


 三店目に訪れたのは原石からの研磨をした希少金属の『アクセサリー』店。……本当に『石工』都市なんですよね?若干泣きそうになりながら聞いた自分に対して、『綺麗だよね』と夢心地に呟いたリザリアの姿をきっと自分は忘れない。……どうしようもない空しさという意味で。


 四店目に訪れた店は金属の加工店。……『鉄』来た、遂に『鉄』来た!……そう喜んだのも束の間にリザリアに引っ張られていったのは店の奥の特設スペースで展示されている『白石の彫像』の群れ。鑑賞という名前の強要を断れず、結局包丁の一本すら見る事も許されなかった。


 そして五店目に訪れたのが今居る店。『結晶石』を利用したインテリアの品を並べる店だった。もう何が来ても驚かないと思っていた自分だったがさすがに驚く事になった。感嘆モノの見事な造りの作品達にではない……店に溢れ返っている女性客の多さにである。



「あ、胃痛い……何かすごい胃が痛い」

 店に入るや否や自分を置き去りに女性の波へと勇ましく突進していったリザリア……そして一人残されたのは場違いな自分。……今自分は肩身の狭い思いをしながら店の隅で小さくなっている。

 ここまで来れば――もう二店目辺りで疑っていてもよかった気もするが――さすがに分かる!リザリアは街の案内をするつもりではなく『自分の買い物』をしたかっただけだ。

 そしてきっと何かを購入すればもれなく荷物持ちを押し付けられるであろう未来の姿を思うと涙が止まらない。こんな怪我人も重労働に駆り立てるなんて、さすがはあのディガーの子なのか。


「……」

 そしてもう1つ。思い当った嫌な事がある。

 今まで巡ってきた店でのパターンを考えると恐らくもうすぐに……


「コワードくんー、これ見てー」

「っ!」


 店内に流れる朗らかとしたリザリアの明るい声。幅の広い帽子を振り上げて自分の姿を見つめている目と向かい合い……ついでに声に釣られた周囲の女性客の視線も漏れなく殺到する。

 周囲から溢れる小さな囁き声と好奇心の塊であるような視線の雨あられ……その中に立つのが腕の包帯を巻かれた男の姿で。


 ああもう、胃が痛いです。キリキリとして痛いんです。

 受傷の痛みとは全く別物の内面的な痛さにさいなまれながらもうどうにでもなれとやけくそ気味に声を上げる。


「ハイー、ハイー」


 こぼれそうになった涙を必死で飲み込んで歩き出して……しかしどうにでもなれなんて思った自分の気持ちを、やめてくれればいいのにこんな時に限って神様というものは拾ってくれて。

 ……それが後で余計に胃を痛めさせる事態の引き金になるなんてさすがに気付ける訳がない。



「コワードさん?」



「へ?」


 何か聞き覚えのある声が聞こえた気がして振り返る。

 やや高めの舌足らずな言葉に巡らした視線に映ったのは小柄な姿。動きやすいように袖の短い服に、先程まで見上げていた空の青色を思わせる淡い水色をしたズボンが目に入った。


「コワードくん、こっちに……ん?」


 人込みの中から顔を出したリザリアが一歩立ち止まって自分を見つめ。次の瞬間パサリという小気味のよい音が床から響く。


 それはアンナ・ミリアの手にしていた紙袋が指からこぼれ地面へと接した音だった。

 


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