25 エピローグ 探し人はもう来ない(前編)
「入れ」
木製の扉の奥から響く声に、私はドアを開けて部屋の中へと入ると一礼する。
「失礼します、ギルド長」
礼から顔を上げた私の目に映るのは室内の至る所にある数え切れない程の武器の山。両刃の長剣に戦斧や槍などのオーソドックスなものから、長柄の大槌、少し変わった形状をした鎌までありとあらゆる種類の武器が部屋中に敷き詰められているように目に入る。しかもその1つ1つが特別に大事にされている様子もなく無造作に床に転がっているのだから違和感を感じずにはいられない。……本来相当広いはずの部屋が狭く感じてられる凶器の道の先で唯一ある調度品である長机に腰を掛けた女性の姿が見えた。
「こっちに来な、話しを聞こうか」
「はい」
軽い言葉にいつもの赤色の線が入った制服を揺らすギルド長は穏やかさを全く感じさせない鋭い目で私を見つめ。猛禽類を思わせるその瞳をしっかりと見返すと、部屋の中を進む。
少しずつ早くなっていく鼓動の音を意識し、口を開けば漏れる吐息が私自身の緊張を知らせる。
「報告させていただきます」
……話す言葉に、余計な水増しまでするつもりはなかった。
しかし、何としても気に掛けて貰わないといけないという思いはあって、一言一言を心情を込めて口にする。
静かに耳を傾けるギルド長は時折、眉を動かすだけで相槌に頷く事すらも無かった。
――旧坑区での出来事から既に一週間の時間が経過した。
大した外傷を負った記憶のない私も毒素の検査という名目で治療を受ける事になり、それが終われば繰り返し行われる事情聴取を味わった。ミリアも同様であるらしく一通りの治療が終わると質問攻めにあったらしい。……最も彼女は私と異なり同じ冒険者による興味本位の質問ばかりであったらしいが私はそうはいかず、ほぼ軟禁に近い状態からギルド職員に根掘り葉掘りと質問をされ続けた。
「――と、いう事です」
「ふん、そうか」
ようやく職員への対応も終わり、ギルド長に対しての直々の説明が許可されたが……実際に話して見ても余り興味のありそうな態度は示さない。職員の質問の中でも何度も話した為に事の急用性は理解されていると思ったが……改めて求められたのは何度も行った職員とやり取りと大して変わらない内容。聞いた言葉に溜息混じりのギルド長は机の上に置いてある書類を手に取り細めた目で見つめた。
「事情は分かった。報告書通りだね。ご苦労、下がっていいよ」
「……え?」
余りに軽い調子で言われた言葉に一瞬理解出来ずに私は固まり、紙面から視線を上げたギルド長はどこか訝しいものでも見るように眉根を寄せた表情で私を見る。
「ご苦労と、私は言ったよ?……まぁよかったねシャラクゼル、アンタの功績は大したものだ。『1人で』謎のモンスターを討伐し、『たまたま』居合わせた暴漢まで追い払ったな。その働きは賞賛に値する……活躍に相応しい報酬は後で渡すから今はゆっくり休んでくれて構わない、下がりな」
「っ、何を言っているんです!」
――興味のない所じゃない。まるで見当違いに過ぎるギルド長の言葉に私は大きく一歩を踏み出し、長机の木面を両手で叩き付けると抗議の声を上げる。
バンっと響いた物音にギルド長の私を見つめる目は一層細くなり、私自身、自身に似合わない荒々しい態度を取っている事は分かっていたが口を突いて外に出た言葉は止まらなかった。
「モンスターを倒したのは『コワード君』です、そう説明をしたはずでしょう!報告書にもそうあるはずです、それ以外の紛らわしい言い方なんて私は一度だってしていない。……『たまたま』?暴漢の男が、たまたまその場に居合わせたとでも?報告したはずです、裏で糸を引いたのは間違いなくあの男だと!ラド・オルイアと名乗った人間が事の発端です、早急に捜索と捕縛を。……あの男をこのまま野放しにするなんて危険です」
「ハァ」
猛りに任せて言葉を連ねる私に対し、ギルド長は呆れたように息を吐いて見せただけ、コンコンと机の上を叩く彼女の指先は苛立ち紛れでもあるのか乱暴に続き、見つめる私の瞳と目が合うと真っ直ぐに睨み付ける。
「シャラクゼル、お前の本分はなんだ?いつから衛兵ごっこまで手を出すようになったんだい。私達はね、冒険者なんだよ。危険なモンスターをこの世から葬り去る、ただそれだけが仕事だ。いつから増長をするようになった」
「何をっ、そんな事今関係が!」
「……これを見な」
短い言葉と共に私に向かい差し出される一枚の紙。手に取るべきかどうか紙とギルド長とを交互に見比べると、更に強い口調で言葉が漏れる。
「見な」
「……はい」
何か論点をすり替えでもしそうな雰囲気を感じたが、物言わせぬ口調と態度に断りきる事も出来ず、結局は不承不承とした態度で差し出された紙を受け取る。
「……」
手の中で広げて見る用紙はかなり立派な様式らしく真っ白な紙面の上には格式ばった言葉の列が並んでいる。四隅に踊る金箔と鮮烈な赤インクで描かれているのは見覚えのある『国家』の刻印。……文面の最後に記された文字は『ラド・オルイア』という人間の名前であった。
「これは?」
意味が分からず聞き返すとギルド長は私の手の中の紙をサッと抜き取り自身の目の前で改めてかざすと半目で開いた横睨みを送る。
「これは『依頼表』だ。……お前の報告にあった『危険な人物』というのが差し出した物だ。……確かに『正式な』王立発行の依頼書だった。そうでもなきゃあんな見ず知らずがいきなり冒険者指定でクエストまで発行出来るもんかい。……つまりね、これが本物で間違いがない限り、お前の言う『危険な人物』ってのは『危険な国の人物』になる、そう言ってるんだ」
「な……そんな馬鹿な」
「馬鹿じゃない、本当の事さ、それとも何かい?」
立派な依頼書から視線を外すギルド長は私を鋭く見る。
「お前は『一身上の都合で』、国を糾弾するのかい?」
「……それは」
思ってもいなかった言葉に私は息が詰まり、言うべきはずの言葉が喉まで出かかっているのにその先で口から向こうまで出て来る事は無い。
しかし、嘘は何もついているつもりはないと見つめる瞳を決して反らすことは無かったが、そんな私にギルド長は僅かに肩を竦めて息を吐いた。
「まぁいいんだよ。今回は『たまたま』この正式な依頼書が盗まれて悪用されただけだ、次は無い。……だけどね、それを表立って非難する事は私達には出来ないんだ。……『ラド・オルイア』なんていう人間は初めから居なかった。『偶然』名も分からない暴漢がたまたまその場に居合わせた。それが最も妥当な結果なんだよ。お前も、私からの直接的な依頼を受けて旧坑区に調査に向かっただけだ」
「そんな、それじゃ!……っ」
再び詰め寄り掲げた腕で机を叩こうとして、ギリギリで押し留まる。
強く、反論をしたかった。
言いたい言葉は先へと出たがっているのに決して緩める事の出来ない何かが強固な堰となって邪魔をする。
――それは、おかしい。あの男はミリアも少年も傷を付け、必死に戦ってモンスターを倒したのは彼だ――そう、言ってやりたかったのに声が出ない。
「それにね」
微かな呻き声しか漏らせない私を見つめギルド長は……彼女にしては非常に珍しいともいえる優しさを含ませた口調で口を開く。
「コワードなんて冒険者。ウチには存在しないんだよ」
『失礼します』。
「ふぅ」
同じ言葉で……しかし入ってきた時とは明らかに違う音程で言う言葉を冒険者は部屋から出て行った。彼女の後姿を見送り終え、ギルド長の女は腰掛けた椅子のまま溜息を吐く。
部屋一面に敷き詰められた凶器の数々は窓から差し込む陽光を受けて鈍い光を放ち、女は手元にある豪勢な紙を拾い上げると上から下へと向けてゆっくりと目を通す。形式だけは大層な書面に踊る文字は人の言葉にしては整い過ぎた並びをしており、無機質な文章からは見た目の華やかさに比べて何の暖かみすらも感じられなかった。
「バカらしい、ね」
手の中の紙を机の上に落とし、ヒラリと宙で舞った用紙は裏返しとなって机に接した。
「すまない」
小さく漏れたその言葉が一体誰に向けたものなのか……それは女自身にもよく分からなかった。
………………………。
「シャラさーん!こっちですー」
「……」
ギルド一階に下り、何か既視感を感じる言葉に振り返る。人込みで溢れるロビーの中で小柄な少女が腕を振っているのが見え、浮かべる華やかな笑みに精一杯に伸ばした手の先から私自身の笑みも誘われた。
「大丈夫でしたか!ギルド長に何か変な事されなかったですか、私シャラさんが心配で心配でもう!いざとなったら私」
「……大丈夫に決まっているでしょ、何を言っているの」
手が届く位置まで近寄れば一目散に述べられるミリアの言葉。……一体彼女にとってギルド長とはどんな存在だというのか……一度じっくりと聞いてみなければいけない必要性を感じたが、それ以上に今は言及をする気すら起きずに繕った笑みを浮かべると微笑み掛ける。
すっかり傷の手当も終わったミリアの指先には最早包帯は見られない。細い傷の跡だけはまだ残っているが今すぐにでも口を開かせるものとは程遠く、少女らしい活発な笑顔にも大きな傷跡が無かった事に、とりあえず胸を撫で下ろした。
「あれ?シャラさんどうかしたんですか?」
「うん」
「何か、変な顔です」
「……」
何もかもが戻れたような気はするが、確かな変化があったとすれば私の先輩然とした笑みを彼女が敏感に気付いてしまう様になった事か。何か言葉に出来ない部分で解り合えたようなむず痒さを感じる反面、まるで彼女自身が私の手のひらの中から離れて行ったように感じ少なからずの寂しさは湧く。勿論比べて見れば嬉しさの方が数倍上なのだが、その事を口に出して伝える事は恐らくこの先にだってないだろう。
「ハッ、まさか!……やっぱりギルド長に何か、あんな事かそんな事を……シャラさんがっ、そんな!」
「……一体どんな事なのかしらね……はぁ」
漏れる溜息でミリアと並び立つように横に立つと彼女は体を真っ直ぐに前へと向けているようで、その視線の先にはギルドの出入口である扉がある。
規模だけは大きいカヘル冒険者ギルドに正面入り口は特にごった返す人が多く、意志ある流れそのもののような人込みを見つめ、まるで何かを見付け出そうとしているようなミリアの顔は忙しなく動き続けていた。
「……何か探しているの?」
「え!?いやっ、は、ははは、別に」
明確な言葉では答えようとしないミリアは照れ隠しする笑みを浮かべて目を細める。
「……」
言葉にしなくても分かっていた。きっと彼女が探しているのは『何か』ではなく『誰か』なのだろう。横に立ち彼女と同じように視線を向ければミリアの気持ちも私には理解でき……見付けたいと思う心は一緒のはずなのだが、私はどうしても探し出そうという気は起きない。
私はもう、知ってしまっていたから。
『コワードなんて、冒険者。ウチには存在しないんだよ』
……ギルド長の言葉が胸の中で思い出され、ミリアに対し、何と説明をすればいいか私は迷った。
もしかしたら伝えない方がいいのではないのか。
彼が結局誰だったのか。どうしてあの場所に居たのかは私には分からない。
最初の勘違いであったように本当にオルイアの仲間でもあったのか……そんなはずもない、ならそれ以外なのか。……どれだけ考えていても埒の明かない問題に、ただ1つだけ、今でもしっかり分かる事はあった。
「……ねえミリア」
多分、彼はここで現れる事はないのだろう。
「はい?」
私の掛けた声にこちらを見上げてくるミリアの視線。……目と目が合いどう説明をすればいいのだろうか考えあぐねていると、ミリアの手首に何か巻き付けられている布地に気付き声を上げる。
「ミリア、その手どうかしたの?」
「え?ああ、これですか?」
思い起こして見ても旧坑区での出来事で、ミリアの手首まで傷が入った事は無かったように思える。しかしそれでも仰々しく手に巻き付けているのは何かしら私に見落としている部分でもあったのだろうか。
心配をする私の気持ちは余所に当のミリアは何でもないという仕草で手を上げ、軽い動作で手首に巻き付けていた布を外す。
「ちょっと、お守りみたいなものですよ。……コワードさんに手当てをしてもらった時貰ったものなんです。何だか身に着けてると元気が出るような気がして……ちゃんと洗い直しましたよ!?だから、ちょっとだけ、今も着けていようかなと」
心なしか嬉しそうな口調で言うミリアの言葉。
「そ、れ」
しかし、私はその言葉に何かを返す事は出来ず見開く目でミリアの手の中の布を見た。
豪華に金糸をあしらった布地。表面に描かれた雄々しい鷹を背に一本の剣を口に咥えた金の獅子がこちらを見ている。……見ようによっては成金趣味と言われても仕方のない造形に何か気恥ずかしさが走ったが、それ以上に胸の奥で強く渦巻く思いがあった。
それは……本来布ではなく『袋』であったはずだ。
特別な恩賞として施す報酬の袋には、私は強く見覚えがあり、明滅する思考に頭が追い付くと急に腹の底から湧いてくるような笑いが込み上げる。
「は、そう、か、彼。くっ、ははっは」
「……シャラさん?」
「ははっ、あはははは」
ついに、我慢しきれず私の口を突いて外へと出る笑い声。隣に立つミリアは慌て出し、近くを通り過ぎる他の冒険者が不審げな瞳で私を見た。……それに何を構う必要があるか、私は堪え切れないおかしさと、胸一杯に広がる暖かみのある嬉しさを噛み締めながら彼女を見る。
「ふ、ふふ、ミリア」
「ハ……ハイ」
少し落ち着きを取り戻した私に何を思ったのかミリアは手にした布地をそっと背の後ろへと隠す。……別に奪い取りったりなどしないから安心して欲しい。
どうせ欲しいと言えば――快く譲ってくれるとは思わないが――確実に手渡してくれる子に私は心当たりがあるのだ。
「……コワード君、今どうしているのかな?」
「え」
横に立つミリアと同じく私もギルドの入口扉へと向かって目を向ける。
人の多さのせいで狭くすら見える扉に、ドアを潜る冒険者の数は数知れない。……しかし、その中に一体どれだけ真剣に、本当の意味で『冒険者』をしようとしている人間がいるだろうか。
「そうだな」
ギルド長は冒険者をモンスターを葬るだけの存在と言った。しかし、私はそうは思わない。私の中には確かに理想があり、それを目指そうと歩き続ける覚悟も出来た。今はその事に迷いを挟む事も無い。
「無事に、元気にしているといいわね」
人の熱に暑さすら感じる人込みの中。
開かれた扉の向こうから吹き込んだのか一陣の風が流れて私の頬を触れた。自由に通り過ぎる風はそのまま留めて置く事は出来ず、また別の場所へと向かって駆けて行くのだろう。
「また」
私は私なりにやれる事を続けよう。遠い何処かで同じ空の下に居るのだろう、私が認めた冒険者の姿を想い、そう心に強く願った。
――――――――――。
「ぶ、ぶわ」
……
「ぶふわっくしょー……が、うがあああっ」
むずむずとした鼻の感触に、口から大きなくしゃみが外へと飛び出た。跳ねるように動いた体の反動に全身へと鈍い痛みが走り、その場で身悶えするように机の上を引っ掻いた。
「……何面白いことしてるのコワードちゃん?」
「お、面白くなんてなっ!が、あああ」
「あらー」
のんびりとした様子で見下ろしてくるディガーに猛抗議をしたい気持ちは一杯にあるが、体の痛みの方が苛立ちよりも先に立ってうまい具合に言い返すことが出来なかった。
巨大ムカデに白服の男に襲われてから、早くも一週間が経過した。結果的に言えば助かったんだろうと……思う。
『思う』というのも後半に関して記憶が残っておらず、モンスターに対し精一杯の抵抗をしてみた事だけは覚えているのだが、その後どうやって助かったのかがうまく思い出せない。
気が付いた時には宿舎のベッドの上で横になっており、体全体を覆う行き過ぎた程のぐるぐる巻きの包帯に、ちょっと動こうとすればイジメのようにいびってくる痛みに悩まされる。――ついでに目が覚めた瞬間、すぐそばに居たディガーの厚い胸板が目の前へと迫ってき…………いや、これ以上はよそう、何か思い出すだけで精神衛生上非常によろしくない気がした。
「くしゃみなんてねー、きっとコワードちゃんの事を誰か噂してるのよ」
「噂って、誰がです」
「……モンスターが、とか?」
「っ、なんで最初の候補がいきなり人外でっ!が、うがががが」
「本当、面白い動きねー」
ウルサイッ。
心の中だけの反論は述べるが、直接的に動かなくても大きな声を上げただけでこれだ。特に左腕なんて鈍器ですかと疑いたくなるような治療の跡があり、腕に張り付けた固定板と包帯で作り上げた何かのアートは丸太程の太さまで膨れ上がり肌も見えない。……これはちょっと腕が痒くなったりした時には一体どうすればいいのか……『我慢』という強固な二文字しか目の前に浮かんでこないのが余計に辛かった。
「やっぱりまだ、横になっていた方がいいんじゃない?」
「……」
……先程までの少し茶化したような雰囲気から一転し、ディガーの強い視線が自分を見つめる。
「……いや」
――半分以上意識がない状態で行われた治療であったようだが、相当にまずい状態ではあったらしかった。特に左腕に関して穿たれた傷から運び込まれた時には既に化膿が始まっており、最悪の場合切り落とす事さえ視野に入れないといけないと脅されたらしい。
……意識のある今となっては身震いする提案だったが、それを必死に否定してくれたのもディガー本人であるらしかった。
腕を切ろうと提案した人物に対して強く反発し、事後経過を見守って欲しいと頭まで下げたらしい。……無事に済んだ今となってはその言葉には感謝をしないといけない。
『べ、別に!友人が腕を切り落とす場面を見た事あるから、それで嫌だったの!それだけ!』と、そっぽを向き頬を赤くして言う禿げ頭の大男は全く可愛らしげの欠片もなくそれどころかおぞましさすら感じて今にも夢に見るレベルであったが……それでも、感謝をしないといけない。
「大丈夫ですよ」
酷い有様だと自分でも思うが、それでも今日だけは我慢をしてでも立ち会わなければいけない、そう心に決めていた。
その時、コンコンと部屋の扉を叩くノックの音が響く。
「……時間ね」
ディガーの顔は無言で引き締まり、自分もまた腰かけた椅子に深く座り直す。
「いいわよ、入って来てー」
よく通るディガーの言葉が開き、部屋の扉が外から開かれると向こう側からは1人の糸目の青年が顔を出した。
「失礼します」
部屋に入ってきたコリノに、自分の頬を流れる一筋の汗を感じる。
元々の依頼者である彼に、伝えないといけない事と……そして、『確認をしなければいけない事』があった。
無理をしてでもこの場に居させて欲しいと願い、その甲斐あって自分は今ここに居る。
勝手に鼓動を早くする心臓の音は、きっと体の痛みからだけではないはずだった。