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24 扉の向こう

 傷口を水で流す。……清潔な水が足りなかった。

 止血薬に傷薬もあるだけ使用した。……しかし目に見えた効果は現れない。

 出来るだけ砂を落とした綺麗な布で少年の腕を縛った。

「――」

 それでも、少年から返って来る反応は何も無かった。



「くっ」

 掴んだ小さな肩に、つい乱暴に揺すりたくなるのを堪える。隣に座るミリアの不安げな瞳が見上げ、目が合う度に私は「大丈夫だから」と頷いて見せる。

 ……本心を言えば大丈夫と思える要素なんて何もない。少年の腕に浮き出た青黒い血管は私の中の不吉な予感を加速させ、触れても揺らしても目覚める様子を見せない少年に焦りばかりが大きくなる。

 それでも、私は毅然とした態度を続けなければいけなかった。

 今この場に居るのは意識のない少年を除けば私とミリアだけであり、見せ掛けだけであっても強い態度を示し続けるしかない。反応のない少年の顔へと目を落とせば多くの細かい傷跡が目に入り非常に痛々しかった。

「……」


 出来る事はしたつもりだった。

「……このまま、ここに居たらダメね」

 それでも、どうしても足りない薬に野外という条件では上手くいっているのかどうかも分からない。

 胸の上に手を置いた小さな自問にだらりとした少年の腕を手に取ると担ぎ上げる。比較的に傷の少ない彼の右腕に、身に着けた防具の重さを含めても予想以上に軽い少年の重さに荷重よりも重い重責を感じ、慎重に彼の腕を肩へと掛けた。


 肩を貸す形で立ち上がれば地面を引き摺る格好となった少年の足が砂を擦り、砂煙にもならない小さな埃が辺りに舞う。


「コワード君をしっかりと治療するにはカヘルへ戻らないと……ミリア、立てる?」

「あ、はいっ」


 私の言葉にまだ少し擦れた声を上げるミリアも立ち上がる。

 ……少年程でないにしろミリアの両手にも細かい傷跡が走っていた。傷口を覆う布地からは鈍い赤色が滲み、毒の影響も残っているのだろうふらついた動きで歩き出す彼女は少し離れた場所まで進むと地面へと向け腕を伸ばした。


「これもっ、一緒に、持っていかないと」


 身を屈め、小さく呟く声でミリアが拾い上げたのは少年の武器である異形の弓。重量のある金属部分はやや砂に沈み、すくい上げるように手にしたミリアの指先にもいくらかの砂がこびり付く。

 片手でやや余る大きさの弓を胸の前で抱きかかえたミリアは、強がりと一目で分かる硬い笑みを浮かべ私を見ると振り返る。


「さあ、行きましょう!」

「……」



 ……明るい彼女の言葉とは裏腹に、冷静で隠した裏側で私は微かに迷っていた。

 人一倍責任ある行動を取りたいとは思っている。しかしそんな自分の気持ちに対して今の行いが正しいのかどうか自分では判断が出来ない。


 ――ミリアは無理をせずにこのままここで待っていて貰った方がいいのかも知れない。見渡す限りの砂だらけの通路の先でオルイアが待ち伏せをしているとも限らなかった。傷があるとはいえ切り傷ばかりである彼女を急がせる必要はあるのか。そもそも見た目で容態の分からない少年が本当に急を要するのかも分からず……もしかしたら全て手遅れかも知れない。

 私には一体何が出来るのか、どうすれば全員が助かるのか、何もかもを分かっている優秀な『冒険者』でもいれば今すぐにでも教えて欲しかった。



「ええ、行きましょう」

 分からなく、判断が付け切れない中、私はミリアに応えると地面の砂の上へと一歩踏み出した。肩を貸した少年の体重も合わせ二人分の重さに砂は凹み、亀裂の底を浚う横風は肌に触れる。

 逃げ出した振りを見せたオルイアのおかげか出口の方向だけには見当が付いており。進むか戻るかしかない通路の片方は、何の因果か最初にコワード君に帰って欲しいと願った方向だった。本来であれば、無傷で済んだかもしれない彼が今はこうして意識もなく私に担がれ、囮になろうと走った自分が平然として歩いている。……もしかしたら入れ替わっていたかも知れない立ち位置に、何か性質の悪い冗談に思え、行き場のない怒りで私は唇を噛んだ。


「……」

 決して表には出さないように気を付けて、私は少年と共に担いだ迷いと罪悪感も合わせて運び歩き出す。



……………………。



「……ッ」


 オルイアの毒剣の影響が残っているのか体は重い。

 意識とは別に勝手に荒れようとする息を飲み込み肩の上の少年を振り落さないように注意しながら進む。少し遅れがちに続くミリアの息遣いを後方に感じ、焦る事を封印する私はただ前方だけを睨むようにして歩く。

 周囲の景色は次第に変化を始め、進むにつれ両側の壁は段々と狭くなっていく。足元の土には砂の中に小石の欠片が多く含まれるようになり、ふと見上げた空の色は透き通る青から薄い紫へと変化していた。

 遠くから滲むぼんやりとした赤色は陽の沈む色なのか……いつの間にか近付いて来た夜の気配に流れる風まで冷たくなったように感じ振り返る。

「……」

 ……微かな希望を抱いて振り返る肩の上で少年に目覚めるような気配はまだなかった。



…………………。



「ハ……ハッ」


 更に歩き続け時間が経つと周囲は完全に影に覆われる。それは夜の訪れというよりも迫る岩壁に空が隠されてしまった事が大きく、砂の道はいつしか硬い岩盤に、周囲の景観は道というよりも洞窟に近くなった。一歩踏み出す度に響き渡るカツンという音色は岩壁へと吸い込まれて消えていき、余り期待も出来ないが小さなランタンを取り出すと薄汚れた容器内で火を灯す。


 手のひらサイズの容器は元々が地質調査という名目であった為用意したものだったが、微か程度に過ぎない火の光は炎の持つ暖かみを感じさせるよりも先に今すぐにでも消えてしまいそうな心細さを引き立てる。

 

 ――こんな事ならばもっと大型のしっかりとしたものを用意してくれば良かった。

 ランタンの火ばかりではない、薬も、装備も、もしもの時への備えも……もっとしっかりと準備をしてくればこうはならなかったのかも知れない。


「ハ……ッ」


 所詮は全て、過ぎた事。

 ただ思うだけで悔しさを増長させる思考を振り払い、主役を変えた硬い岩肌の上を歩き続ける。

 後方から続くミリアの足音はテンポは乱れがちだがしっかりと付いて来ていて。噴き出す汗に手のひらで額を拭う。

 少しだけ見た少年に動き出す様子もない。



……………。



「ハ……?」


 岩だらけの景色に明確な変化が見えたのはかなりの距離を歩き続けてからだった。手の中で揺れる炎に前方から反射する光があり、暗がりの中に注視するように目を向ける。


「あ」


 岩陰に混じるソレに気付いた時、私は思わず声を漏らす。

 暗色の岩石群の中にそこだけ現れた異彩、黒色をした人工的な金属の扉が火の光を受けて反射光を漏らしていた。洞窟自体もそろそろ終わりなのか、少し進んだ先でうず高く積もった岩の堆積物が道を塞ぎ、大小様々な硬質の欠片が周囲の床に散らばっている。


「ミリア!」


 私は、大きく声を上げる。

 探していた出口の発見に気は大きくなり障害物に気を付けながら走ると扉へと張り付く。手にしたランタンを床に置けば揺れる火に浮かび上がるのは確かに出口のようであり、意気揚々と私は取手に腕を伸ばすと横へと回した。


「……は?」


 込めた指先の力に、ドアノブはその場で空回りをし、しばらくすると地面の上へと向け転がり落ちた。




――――――――――――。




「はぁ」

 息を吐いて、歩く。

 手の中の彼の弓は腕の中で重く、それでも遅れないようにと気をしっかりさせて歩いた。



 ――私は、とても『運』がよかった。

 ……それは道端でお金を拾ったり、お店の人が商品の値段をまけてくれるような運のよさじゃなかったけれど、それでも確かに私は運がよかった。



「ハ、ッ」

 頑張ろうと、そう思っても体が重い。

 まるで全身が自分のものじゃなくなり鉛にでも変わったように感じ、必死に力を入れれば体の動きに合わせて痛みが溢れ、情けない声だけは上げてしまわないように歯を噛み込んで飲み込む。



 ――私は、運がいい。

 それは……シャラさんに出会えた事でもあった。

 実力も、ランクも掛け離れた私に、何故あの人が一緒にいてくれるかは分からなかったけれど、私は運がよかった。私よりも何倍も強くしっかりとしたシャラさんと同じチームを組ませてはもらっても、そこにあるのは同じ目線に立つ仲間というよりも一歩後ろに下がって見るような憧れの思い。

 ……いつかああなりたいと、そんなおぼろげな事ばかりを心の中で思っていた。



「はぁ、はぁ」

 前方を行くシャラさんの背がまた少しだけ遠くなる。

 私の遅い足ではその背中に追い付こうとしても距離が広がる一方で、肩を貸して歩いている彼の重さもあるはずなのになんで早いのか。

 それで自分はなんでこんなに遅いのか。

 痛みとは別の部分で強く抱きかかえた腕の中で弓が小さく軋む音を立てる。



 ――もうダメだ、そう思った。

 ラド・オルイアと名乗ったあの人がなんで襲い掛かって来るのか分からなく、大した抵抗も出来ずに私はやられる。突き刺さった短剣に肩は痛く、とても怖かった事は覚えている。……諦めかけるのは初めてではないけれど、それでもやっぱり私は運がよかった。そういう時に限り誰かが助けに現れた。



「っ、あッ!」

 踏み出した足が何かに躓き、体が傾く。咄嗟に突き立てた足で何とか倒れる事は防げたが、その拍子に擦り上げた手のひらから塞ぎかかっていた傷口が開く。

 痛みと共に徐々に滲み出す赤が布地の上に現れ、何だか気分の悪さまで感じるのは『毒』のせいなのか。緑色をした短剣を思い出せば怖さと共にジクリと肩が痛み出したが、傷口へと向けて指を伸ばすと不思議と痛みは和らいだ。

 肩の傷を覆う包帯代わりの綺麗な袋は、未だシャラさんにだって見せてはいなかった。



 ――私は運がいい……よかった。

 大きなモンスターが現れた。とても勝てないと思った私だったけど彼によって守られた。

 逃げてと伝えたはずなのに逃げなかったその後姿が妙に眩しくて、何とかシャラさんと合流出来た後も私達の為に街に戻って助けを呼ぶ事を承諾してくれた。

 少しだけ感じる寂しさにその背中を送り出せば、次にシャラさんが囮となって走り出す。

 取り残された私だけがどうすればいいか分からなく……そして、悩む私の前に彼は戻って来る。



「ミリア!」

 シャラさんの凛とした声が響いた。

 いつの間に下げていたのか、地面を見つめていた顔を上げると進行方向の先に岩と岩とに挟まれた黒色の扉が目に入る。微かな火の光を浴びて浮かび上がるアレが『出口』なのか。飾り気の全くない無骨な扉は金属らしい冷たさを持っていて、まるで進行を阻む門番でもあるように私には見えた。

 扉へと一目散に近付きドアノブを回すシャラさんの背に、ビクリと一瞬肩が跳ねるとその体は固まった。


「……は?」


 その後、何度も続くガシャガシャと乱暴に揺する音。鈍い殴打の音が周りに響き

……出口であるはずだった扉は、その瞬間から私達を押し止める大きな壁へと変わっていた。



 ――『私は』運がいい。

 大きなモンスターをコワードさんが倒してくれた。……どうやって倒したのかは私はしっかりと見ていない。

 巨大な顎に捕まった彼を助け出そうと私は駆け出し、そして呆気なくモンスターに弾き飛ばされた。背中から砂に落ち、立ち上る砂煙に詰まる呼吸。口の中へと入り込むざらざらとした砂はとても惨めな味をして、無力さに歯を噛み締め口の中身を吐き出すと1人その場で顔を歪ませた。

 何とか立ち上げれば次に見えたのは倒れていくモンスターの巨体と、地面に落ちる彼。

 大きく上がった砂煙。私の口からは漏れる悲鳴。


 ――運がいいのは、私『だけ』だった。

 ……私には、運がいいという事『だけ』しかなく、目の前が真っ暗になっていくような気持ちを感じた。



「彼をお願い」

 遅れてようやく追い付けばシャラさんはそう言ってコワードさんを床に寝かせる。

 ずっと背中だけしか見えていなかったシャラさんの横顔が一瞬だけ目に映り……汗ばみ唇を噛み締める表情に私は少なからず驚いた。

 1人で立ち上がるシャラさんは、1人で鉄の扉へと向かう。腰に差した剣を鞘に納めたまま手の中で構え、切っ先を扉の横側へ。揺れる炎に浮かび上がる金属の壁はそこだけ少しひしゃげて見え、不用意に曲がった部分が強い引っ掛かりとなって扉は開かないようだった。

 剣の先端を向け、腰を低く構えたシャラさんはその場から走り出し、勢いのままに扉に突きを入れる。金属同士の噛み合う甲高い音が流れ、耳を塞ぎたくなるようなガチンという音の後にシャラさんは数歩後ずさって身を屈めた。手の中で柄を握った指先は震え、吐き出す息を歯を食いしばって飲み込んでいる。


 扉に、変化はない。

 呼吸を整える息の音。再び立ち上がるシャラさんは先ほどと変わらずに剣を構え、変わらずに扉を見た。そのまま駆け出し再び扉のひしゃげた部分を打てば響き渡る接触音。

 衝突の後、反動に体をくの字に曲げたシャラさんはそのまま数歩引き下がる。



 ――私は、守ってもらっていた。

 それはとても運がいい事だ。『冒険者』という立場も忘れて私は素直に嬉しく思った。……本当に少しだけだけど、まるで騎士に守られるお姫様のような気分を味わい、そうした気持ちは実に気分が良くて居心地のいいものだった。



「コワード、さん」

 手の中の弓を横に置き、彼の肩へと手を置き揺する。まるで命の入っていない人形のようにされるがままに揺れる肩に、力のない首が床の上で動く。

「ひ……うっ」



 ――私は、運がいい。



 ガチリとなった耳障りな音にシャラさんが崩れる。

 手の中に返る反動に指先は震え漏れる声すら抑えた。時折振り返る瞳に目が合えば、小さく笑みを浮かべ「少しだけ待っていて」と軽い調子で言う。

 笑顔に続くのは甲高い音。

 地面に添える指先を強く閉じれば硬い岩肌を爪が引っ掻くだけで握り込む砂すらも今は無い。



 ――運がよかった『だけ』だった。それは偶然探し物が見つかり、高価なプレゼントをもらえるような運の良さではなかったけど、確かに私は運がいい。

 シャラさんに助けられ、コワードさんに守られて、今も私は生きていた。

 強くて凛々しいシャラさんは私の憧れで。

 私を守ってくれた彼に、素直に『ありがとう』と伝えたかった。




「ミリア?」

「……」


 戸惑いを含んだ声はすぐ『横』で聞こえる。

 地面へと剣を立て何とか体勢を保っているシャラさんは真っ直ぐな瞳で私を見た。

 大きく息を吸って、息を止め、そして深く吐く。


「私の言葉で、ちゃんと伝えるんです」



 ……次の瞬間、爆発したような痛みが肩で溢れた。痛みに思わず声を上げてしまう自分の情けなさに顔をしかめる。『自分でやった事』なのに。漏れそうになる涙を必死に飲み込んで立ち上がった。


「イ……くッ」

 少しだけ右肩を抑え息を整えるともう一度、鉄の扉へと向かい私は『体当たり』をする。

 体当たりだ。……言葉に変えると思った以上な直情的な行動で恥ずかしく、軋む痛みと共に顔が歪む。ビキビキと伝わる衝撃は酷いものなのにシャラさんの突きと比べ響く音は弱々しい。

 ……音を聞くだけで分かる。私は『憧れ』に比べてずっと弱くて。本当に、ただの『お荷物』かも知れない。



「ッ、もう、一回っ」


 荒く漏れる息で床を蹴り金属の扉に正面からぶつかる。

 お姫様とか自分で酔っていたくせにこの格好の悪さがなんなのか、肩から伝わる衝撃と痛みに……絶対に漏らさないと決めた涙は早くも流れ落ちる。情けなさと弱さを噛み締め一歩下がると少し揺れただけの扉に大した変化は見られない。


「ヒ、うッ、もう、一回」


 私は弱くて、変わらない。 

 運がよくシャラさんに助けられただけ、コワードさんのように強くない。ただ運がよかったという、何の実にもならないものしか残っていなかった。


「つ」


 そう、分かってた筈なのに。


「う、うぅっ」


 いざ動き出し、それでも変わらない現実に。どうせと予防策はしいていたはずの心は悲しみで一杯になっていく。

 

 それでも。



「……どいて」


 隣で、呟かれる小さな言葉。

 視線を向けると顔を下に向けたシャラさんが私の肩を後ろから掴み動きを止めている。


「……」


 怒って、いるのだろうか。

 荒れる息に人には見せられない顔をした私はされるがままに一歩下がりシャラさんに扉の前を譲った。

 ジンジンと痛む肩に頭を下げると湧き上がってくる無力感。

「っ、う」

 ……やはり私じゃ荷物程度なのか。

 そう思って向けた視線の先に、シャラさんの手に構えられているはずの剣は無かった。



「ありがとう」



「え?」

 調子外れに漏れた私の声に、シャラさんは勢いを付け地を蹴るとそのまま扉へと向かい正面からぶつかる。

 響く衝撃音にぱらぱらと細かい石の欠片が宙へと舞った。


「っ、ミリアが」

「シャラさん!」

「……頑張って、それで私が」


 衝突に数歩足を下げたシャラさんに近寄りその肩を上から抑える。

 やや俯きがちで見えた横顔は苦しそうなものだったのに、視線を上げ再び私と目が合うとその顔には笑みを浮かんだ。


「ここから出ましょう。コワード君を連れていくの、二人で、ね?」

「シャラさん」



 ――――1つの事だけを信じ続けるというのは難しい。

 例えどれだけ信じた気になっていても綻びは必ず生まれ。信頼と信頼の間に生まれるちょっとした疑惑で人は信じ切れなくなる。



『あの女が貴方程度を仲間と思っているとは思わないですけど』


 今更ながらに白いコートの人物に言われた言葉を思い出す。

 それは本当に戯れで、私を見下して言った些細な一言だったかも知れない。ただ運がいいだけの私に、凛々しくて格好のいい憧れは遠く、目の前で浮かんだ笑みは私の全然知らないものだった。


「っ、く」

 きっと、変な顔をしているかも知れない、流れる涙を拭い私も笑顔を浮かべてシャラさんを見る。

「はい、出ましょう」

 自分ではと、見下げたおかしな嘘がどこかへと消えて行く。




 岩壁の中に何度も何度も鈍い接触音が響いた。

 隠す事もなくなった痛みと吐き出す息に、言葉。消え掛けの弱々しい炎が映し出す二人の冒険者は無機質な扉に向かい続け。……やがて、ひしゃげた鉄の壁は音を立て折れる。


 隙間から吹き込んだ外の風。夜気に冷やされ遠くから運ばれる風に野太い大きな声が乗り辺りへと響き渡った。



『コワードちゃんっ、コワードちゃん!居るのおお!?』



「は」

「あはは」


 声に続き近付いてくる複数の足音に、その場でペタリと座り込む。

 嘘のない単純な笑い声はしばらくの間辺りに響き続けた。



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