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04 ギルド二階

 木目の床、茶色く光沢を放つフローリングをゆっくりと進むと進むと次第に目印となる扉が近付いてきた。左右に並ぶ部屋の扉は段々と少なくなりそれに合わせて人影も減って行く。


「…はぁ」

 帰りたい。


 口にしてしまえば即実行してしまいそうで、思いのたけを喉の下に封じ込めると腕を伸ばし分厚い扉に手を当てる。


 トントン トントントン


 立派な材木と飾り細工にふさわしい重低音。しばらくした待ち、もう一度ノックをしようかと迷い始めた時に中から響く「入れ」という低い言葉が耳に響く。…気は引き締め指先でドアのノブを掴むと一気に回し扉を開く。




「遅かったな」

「…え」

 そこ居たのは初老の人物、退屈そうな目を更に細めるとこちらも見ずにそう呟く。扉の外では『ギルド長室』と銘打たれた立派な木の札が微かに揺れていた。





「背中からの一突き…いやこの一噛みか?鋭利な傷は背中から入り胸の上まで見事に貫通している体内にあった臓器はおろか骨まで粉々にされミックスされた中身は盛大に辺りに飛び散っていたそうだ、辛うじて見える咀嚼の後は傷の内側に見受けられるが……味が合わなかったか?肉体の損傷は思いの外少ない、食事にされるどころか実質ほとんど放置されていたようだな」

「……」

 初めて訪れたギルド長室。そこは思ったよりも簡素なもので、小さなランプが炎を宿し揺れている。明かり取り用の窓に左右を固める長い本棚、唯一といえる恐らくは執務用の机は造りこそ立派であるが余計な装飾はほとんどない。…いや、そもそもその机の主すらこの場に居なかった。唯一居たのは今も向かい合っている目の前の人物、部屋の隅に陣取り簡単な椅子に腰を掛けると書類の束をめくっている。

 随分と堂々とした態度だがこの人物がギルド長であるはずがない。


「ふん、これはすごいな…男は序列135位…所詮グループの力で伸し上がった中の上程度の実力者だが腰から下げたヤツの武器に敵の血の一滴も付いていなかったらしい。一切の反撃を許さず、あるいは奇襲による一撃か…獣に毛が生えた程度の分際で随分と知恵もついたようだな」

「…あの」

 饒舌に流れる口調を止める様に声を上げる。目の前の初老の男性もその言葉に動きを止めて顔を見上げるが…どうやら怒ってはいないようだ。眉間に寄った皺は深く多少機嫌は悪そうに見えるがその矛先は自分へは向かっていない。

深い色合いをしたその瞳を見つめちょっとだけ安堵した気持ちで息を吐くと質問を投げ掛けた。


「なんで、受付さんがここに?」


 …言葉の通りだ。

 呼び出され訪れたはずのギルド長室には肝心のギルド長の姿は無く代わりに居座っていたのがこの人物。人を寄せ付けない不愉快そうな目はそのままに不人気絶頂のあの受付員の人物が何故かこの場に居てそれで冒険者の詳細を事細かに説明をしてくれる。

 …仔細なその情報から森の中で見た出来事を思い出し多少気分が悪くなったように思うがそれも仕方ない。


「ふん」

 質問された受付員は息を吐き小さく肩を竦めると目を細めた…多少荒い彼の言葉はいつも受付で対応してくれる人物とはまるで違う様に目に写る。

「ギルド長様はな、とてもご多忙の様でこんな事に構っている時間もないから代わりにやって欲しいとのことだ…どうせオレの受付に訪れる人間なんて大していないだろうからなと…フン」

「…な、なるほど」


 なるほどと言うも初老の受付員が何故ここにいるのかというよりやけに饒舌なその言葉に向かう。…恐らく本人としても乗り気でなかったのだろう、それでもここに呼び出されたのは断り切れなかったっか…あるいは呼び出されたのが自分だからという配慮か不機嫌そうに歪むその顔からはどちらであるかも判別つけづらい。


「ハァ…御託はいいな単刀直入に聞くぞ」

「ああ、はい」

「お前、何を見た?」


 その目が細まり自分を見る、少しキツイ視線はまるで睨む様だ。

「……」

 …正直に言えばギルド長室まで呼び出された事からこの問題であろうと当たりはついていた。…むしろこの場で「お前が『殺し』たのか」などとあらぬ疑いを掛けられなかっただけ良かっただろう…最も自身の唯一といる武器は射撃武器であるクロスボウであり、例えバネ仕掛けの力をチ要するとはいえ矢を撃つだけの武器があのような……酷い有様を造り出す事など出来る訳がない。


「…何も」

 …だから、正直に答える。

「何も、見なかったです。着いた時にはもうあの冒険者が……死体が転がっていて、他には、何も…」

「…そうか」


 …心にやましい部分など何もない。そう思い胸を張ったつもりだが…受付員の鋭い視線と向かい合い反らしてしまう…声も後半に掛け尻すぼみになり最後の方はとても小さくなり、これではその言葉を信じろというのも難しい気もするが当の受付員の方は静かであり、小さく呟き頷くと、手元の資料の束から1枚の紙を取り出し差し出した。


「?」

 意味もわからずそのまま受け取ると渡された紙はクエスト依頼書であり、金粉を散りばめたやけに豪華な紙にデカデカと文字が刻まれている。


『依頼書 未確認生物の調査及び撃退 対応クエストランク:特殊A

森の中に潜む謎の敵対生物を調査し発見した場合にはこれを速やかに討伐、排斥する事。高い危険性を保有する可能性がありまた未発見である新種のモンスターである可能性が高い為に討伐には細心の注意を配る事。尚対象モンスターは研究材料として施設への引き渡しが既に決定しており、モンスターのコア等一切の持ち帰りを固く禁止する。鋭意励みギルドへの貢献を示せ。 クエスト達成報酬 調査結果報告で金貨5枚、撃破成功時に金貨80枚』



「…こ、これは?」

 まず目に入るのがバカらしいクエストランク「特殊A」という文字。

普通に受けられる冒険者のクエストとは最上級のSSから最低基準(ランク外は除く)であるHまでの10段階評価で分けられ相応の人間以外の受注を禁止している。…このクエストは特殊の例外的な二文字が付くとはいえ全難易度の実に3番目に属する高難易度。…具体的に言えば300人超が所属するこのギルド内においてもクエスト受注可能者だけで上位10名…そこから達成可能者まで考るとさらに絞られる事になる。…とてもではないが毎日ランク外のクエストを粛々とこなすだけの自分では目にすることすらおこがましいレベルの最上位クエストだ。

 …若干の動揺から尋ねた質問に受付員は小さく息を吐き、未だ手の中にあったクエスト依頼書を取り返すと半目で見つめて声を上げる。


「これが明日から緊急に発行されるクエストだ。…ここ数週間前から…といってもろくな確証はなく影を見た、痕跡を見つけたとかいう嘘か本当かも分からない目撃例が続いてな。ギルドとしての予防策からまずはクエストランクFとして森の中の調査依頼が発行された……今回の冒険者もこの調査依頼を引き受けた冒険者の1人…だった」

「……」


 『だった』と語る三文字の言葉が重い。

 受付員の言葉をそのまま信じるならばこの冒険者の受けたクエストは非常に「危うい」クエストだったと分かる。…現に被害者はろくな反撃も出来ないまま一方的に殺されており、恐らくは森の中の気楽な調査程度としか思っていなかったのだろう、クエストランクもFと低い。上から数えて10段階の7番目に位置する難易度だ…が、結果はこれだ。

 依頼受注者の死亡、それも完膚なきまで。

……先程見たクエストの特殊Aという高ランクもここの部分が影響しているのかもしれない、ギルド側としてはいい失態だ。高い危険性を隠すクエストをわざわざ低難易度で発行してしまったのだから。…だからこその高ランク、1分1秒でも早く何もかもなかった事として「ケリ」をつけたいと…そういう所だろうか。


「…まぁ、お前に話しても仕方ないか」


 …自分から語っておいて興味を無くしたように冷めた目でそう言うと受付員は肩を竦めた。その視線に一瞬心がざわつくがそれが形になるよりも先に言葉が漏れる。


「このクエストが発注されれば高いランクの冒険者が赴きモンスターを排除する、お前が気にする事でもない…元からな、お前から何か情報が聞けるとは思っていなかった、もし何か見たとしてお前は死ぬだけ、今ここで生きている可能性はないからな」

「…なっ!」

「…助かってよかったな」

「……」


 細めた瞳と目が合った。



 そのまま簡単な、本当に簡単な質疑応答だけ繰り返され、後は用は無いと言う様に手を払い部屋の退出を促される。



「…そういえばクエストが途中だったな、残り明日採取すればいい、…くれぐれも森の奥には行こうとするなよ?」

「…はい」


 部屋を後にし扉を閉める間際、そう声を掛けられる。

 最早扉を閉める動作も開始しておりバタリと響く大きな音。室内と廊下とを仕切りする厚いドアは再び閉じ込み、後は小さな喧騒だけが耳をくすぐる廊下に取り残された。



「分かってる、…分かって、る」


 小さく呟き自分を納得させて歩き出す。

 未確認の敵対生物?未知のモンスター……ああ、なるほど、恐い。そんなものに自分から近付きたいなんて露とも思わない。それが当然だ、それが自分にとっていい事だ。

…しかし。



『…元からな、お前から何か情報が聞けるとは思っていなかった、もし何か見たとしてお前は死ぬだけ、今ここで生きている可能性はないからな』



「…なんだよ…それ」

 …分かっている。

何も期待はないんだろう、実際そうだ自分なんかが出会ったとしてすぐに殺されるだけでしかない。…受付員の存外の言葉が耳に響く、お前は何もするなと、どうせ何も役に立たないからと。

…変な妄想かも知れない、そう思うが胸の中の気持ち悪さは次第に強くなった。


 ――ああそうだろう、そうだろうとも!間違ってない!

 自分への期待なんて元からしていない、そんな事他ならぬ自分自身が一番分かっている、何も言わなくてもいいだろう…。



「く、そ」

 周囲を歩く人間に、今口から出た悪態がちょっとした本音が聞こえてしまうかも知れない…そう思うと言葉は次第に小さくなっていった。



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