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22 Liars footsteps

「ガ」

 一瞬で、周囲が暗くなる。押し寄せる砂の圧力に目と口とを必死に瞑れば肌の上を切り裂く様な流砂が包み込み身体は奥へ奥へと追いやられる。……鋭い痛みに声を上げたかった。しかし口を開けばそこから入り込もうとするだろう大量の土砂に我慢は強いられ、鈍い音が支配する暗闇の中でひたすら耐え続ける。

 唐突に瞼の裏に写った明るい陽の光。身体を押し包む圧迫感から解放されると地面の外に流れる風が頬に触れた。

「ッ」

 助かったなんて安堵感は微塵も無い。棺桶の如き砂の檻から押し出されたら次に襲ってくるのは左腕から走る強い痛み、余りの痛さに我慢は効かず開いた口から漏れる吐息に声にもならない声が続いた。


「ツっ、ギ」

 キチ キチキチキチ

 耳障りなモンスターの擦過音が響く。


 砂中から反転し空を目指したムカデの頭は左腕の先に噛み付き捕えたまま空中へと高く伸びた……足を乗せるものもない宙ぶらりに揺れされる身体の重みは腕の傷へと一点に集中する、少し動けば焼けるような痛みに顔は歪み続けた。


 幸いか、防具の鎧腕によりモンスターの顎自体は止まり腕そのものが千切れ飛ぶという事にはなっていない。しかし、重ねた鋼板を貫いた牙だけは肌の下まで達し、肌も破りもっと下まで食い込んでいた。……他ならない自分の体重によって押し広げられる傷の痛みは浮かべる視界を白く明滅される。


「ガッ」


 それでも……未だに右腕の中で握り続けているクロスボウは最後の抵抗で、砂中と空中とを交互に晒される状況にそれだけが唯一の拠り所だった。


 震える腕にクロスボウの腹を使ってモンスターの頭を叩く。

「離、せ」

 ……テラテラと光る黒い甲殻に、触れた殴打はその打撃音すらも響かせない。ただ触れただけの軽い接触はモンスターには動じた様子すらなく、懇願にも近い絞り出す細い声に応えてくれる人は誰もいなかった。

「離し、て……っ」

 ギキ


 ……閉じ込められたモンスターの口奥から腕を伝わって響く咆哮。釣り上げられた身体は重力に従いムカデの頭部に連れられて地面の上へ風鳴りが耳の傍を過ぎ、砂地の地面はすぐ後ろまで接近した。


「はッ」


 一瞬の空白に次の瞬間、背中から爆発する叩き付けられる痛み。潰れた肺から押し出された空気は口から外に漏れ、我慢出来ずに開いてしまった口内に周囲を充満する暗闇から大量の土砂が流れ込む。

 ゴツゴツにザラザラ。感じたくもない土の味が鼻腔を突いて溢れ、喉奥に張り付いた食感は非常に気持ちが悪く、喉の奥から吐き気は込み上げた。


 蔓延する土の殺到に何とかこれ以上の進入を防ぎ歯を食いしばって口を閉じるが既に入り込んだ土は口内の唾液と混ざり合い気道を塞ぐどろどろとした泥へと変貌する。土の中であるはずなのにまるで水中を潜らされた息苦しさに空気の欠乏から頭の奥はズキズキと痛み出す。強い吐き気に苦しみ、その全てを外へと押し出してしまいたい衝動を抑え込み背中を震わせて耐え続ける。


「――ッ」


 瞼の裏に再び光が満ちた。

 長く、重く感じた暗い世界は終わりを迎え砂地を突き破って身体を上げるモンスターの動きに引かれてまた宙吊りの空へと戻ってくる。吐き出しと新たな空気の吸引に口から漏れた嗚咽には、汚い土砂と一緒に血を示す赤い斑点が混じる。


「ガ、ハッ!おえ、うおえええっ」


 ――口内は切れていた。喉の奥まで傷付いたんじゃないだろうか、胃の底から込み上げる吐き気もひどい。

「う、ァ」

 土汚れた顔に前方の景色もよく見えず。それでも強引に引き上げられた左腕から間断の無い痛みだけは続いている。……身体を押し潰す砂の圧迫が終われば次に訪れる引き上げる腕の痛み。広げられる傷の痛みと息もつけない苦しさの連続が際限なく続き、砂を含んだ身体はどんどんと重くなる。


「ハッ、ァッ、ァ、ツ!」


 ……悪循環だ。


 逃げられる方法は見付からない。

 対抗する手段が分からない。……そもそもどうにかなるものなのか、どれだけ頑張って耐えようと思っても限界があった……既に飛び越えてしまっているんじゃないかという諦めもあった。まだ残る左腕はモンスターの口内の滑る感触を伝わらさせ、何とか引き抜こうともがいてみても固く閉じた牙と顎は些細な力程度ではびくともしなかった


「ハ、ガッ」

 それでもまだ、右手はクロスボウを持っている。

 武器の荷重分だけ左腕の痛みを強くする重石。周囲に満ちる音はモンスターの口を通し伝わってくる咆哮に満たされて。他に聞こえてくるものは驚く程に小さい。

 これでもまだ持ち続けなきゃいけない抵抗と希望は今の自分には非常に重い。


 ギキ


 『また』風が震える。『もう一度』身体は砂に叩き付けられる。

 響き渡るのは加虐者の咆哮。

 逃れられない現状にせめてと目と口を強く閉じれば周囲から押し寄せる重圧に黒い世界が帰ってきた




「――」


『お前はなんで逃げた』


「―」

 長い暗闇に、霞み出す頭から懐かしい言葉が過った。


『お前が気にすべきは逃げ出したモンスターの事なんかじゃない、冒険者として相棒の自分の武器の事だろうが!お前が投げ捨てて逃げた片割れだろう!どうして「オレの武器はどうなりましたか」と聞かない!』


 ……浮かぶ言葉は実際にはそれ程前の事じゃない。暗い森を近くで睨むギルドの中で突き付けられた言葉は今でも容易に胸の押し潰す。……怒りに満ちた『受付』のその言葉は、恐怖そのものだ。


「―」

 だが、今それを思い出すのは筋違いにも程がある。満ちる痛みに押し出されるまま身体は直進し、抱き抱えるようにした腕の中に確かにクロスボウは持っている。


『お前が!』

 ……だから、そんな怒られる必要は何もない……頑張って、頑張っていたじゃないか。逃げ出したい思いも必死に抑え付けて戻って来た。全ては次はそうはさせない……見放さる言葉なんて二度と聞きたくなくて自分を奮い立てて来たのに。


『それで冒険者のつもりだってか!』

「ハ」

 それなのに……何が……『冒険者』




 暗い世界が途切れた。


ギ ギキキキ

「……」


 腕が釣り上げられ身体は浮かぶ。

 なんでまだ、肘から先なんて残っているのか、それが不思議でならなかった。むしろ今すぐにでも噛み千切ってくれたら楽かも知れないのに。余計に残っていてしまうから痛みは続き、繰り返される苦しさも終わらないなら……いっそ全部『閉じて』しまえば。


「ァ……ハッ」

 痛みが、頭の中身を乳白色で押し潰していった。……これで『 』ぬと、そんなごく自然の思考に容認するように身体中から力が抜けて行く。


 ――自分でもよく、頑張ったと思うよ。


 頬を風が撫で、地面の砂が迫ってくる。今度は意識的でなく自然にゆっくりと、目も口も閉じられれば接触の瞬間を待った。

 もう我慢もいいと、おかしな安堵の中に背中で砂が爆ぜ身体は地中に……周囲を包み込んだ暗い世界に、目は何も見えなくなった。




…………………。



ザ ザザ 『ワ』 ザ


 ――

 砂。


ザザ 『さ』 ザ


 ――

 砂の中にいる。


 ……現実感の薄い光景に、しかしそれを本当の事だと思い知らせるのは全身を襲う鈍い痛み。

 視界を覆う砂色に時折混じった黒色の砂鉄が嵐のように混ざり合いながら飛び交った。視線の先に見える全ては影に覆われ一寸先すらも定かじゃない。


『 』


 目も開けていられないはずの砂の中、ふと白い線が浮かび上がった。白色の細い棒を集めたような頼りない輪郭は砂嵐の中を翻弄されながらもしっかりと伸びて来る。黒い景色の中のそこだけの白さに動く『指先』はまるでこちらに向かって手招きをしているようで。


『コ』


「―」

 ……それが人の手だと分かったのはほんの偶然に過ぎない。細くて頼りなくて砂嵐に簡単に折れてしまうんじゃないか心配になる線。見ようによっては骨か何かと間違えそうな手招きに、しかし不思議と怖さは感じずに、むしろその手に向かって指を伸ばしたいと感じてしまった。


「……」


 だけどもう、身体に力は残っていない。我慢はもう限界だと、そう『思った』はずだ。腕は上がらないし、足も動かないし、身体中は痛すぎて何も出来る気がしない。

 内心では触れたいと思っても何も動こうとしない自分に代わって伸ばされる指は砂の壁を突き破りながら伸びてくる。荒い防壁に触れ何度も跳ね上げられ、その度に肌の上を走る線に赤色の雫が空に飛んだ。……無理はしない方がいい、そんなに頑張ってみても。


『コ』

 ギ ギギ

「ハ……」



「コワードさんっ!」



 砂嵐の中で、目が開かれた。



「――ぁ」

 薄く見えた光景に先ずは信じられないと感じ、細かい砂塵が跳ねる目に痛い中で瞳を開けた。……まるでコマ送りのようにゆっくりと流れる世界に『自分』の名を呼んで伸ばされる腕に少女の姿。何故ここに居るのか分からなかった、この子は確かに動けないはずでこんな場所に居るはずがない。


 ギ


 擦過音が震えた。モンスターの咆哮が響いたのは地上か地中か煙る砂塵に今自分がどちらにいるのかが分からない。荒れる砂に、ミリアの指先を削り飛ばしながら空に飛んで行くいくつもの破片、傷付けられた赤色に細い線が付けられて行く。


「ミ」

 止める事は出来ない。


 ギ


 全てコマ送りの世界の中。


「ア」


 伸ばされる指に自身の代わりに触れたのは黒い塊。長く節くれだった鋭い脚が地面を切り上げて走って少女の眼前まで達すると……何の躊躇もなくその身体を跳ね飛ばした。


「   」


 悲鳴のような甲高い声が響く。小柄な姿は砂のベールを切り裂いて向こう側へと飛んで行き。宙を滑る長い滑空の跡に離れた地面の上へと落ちる、落下の証拠を残す小さな砂煙だけが周囲に上がった。


「  」


 ……今、自分が引き摺られているのは地上だった。砂地を擦り上げる揺れるモンスターの首が空へと向かって長く伸び釣られた自分も空に上がる。


 重量に引き裂かれる腕の痛み、噛み付かれた左腕は変わず。右手に今でもまだ握られているクロスボウの姿も変わらない。


 ギ キキギギ


 限界だ。

 身体は痛い。込み上げる吐き気は止まらなかった。寒気がする。もう無理だ。もうダメだ。どうする事も出来なかった。痛くて。怖い。勝てない。助けてもらいたいと心から思ってるのになんで誰も来てくれないのか。…もう戦えず、もう頑張れないから。……だから、抵抗も出来ない。



「  ア」

 モンスターの頭は天頂まで昇り、地面へと向け首を振ると頭から下へと落ちた。再び地面に叩き付けようとする行動に吹きすさぶ風が肌に触れる。


『貴方は臆病者です、嘘吐きの卑怯者です。そんな貴方が無謀な夢を見る資格なんて、そんな価値あるはずがないじゃないですかっ!』


 身体は砂へと落ち。高い砂煙は反動に空へと舞い上がった。





「……ハ」


 それでも。暗く圧迫する世界はやって来ず、代わりに『足』がひどく痛い。


 限界だ。

  ――白い男の言う通りだった

 身体は痛い。

  ――自分は、嘘吐きだ


「ざ、け……」


 砂地に振り下ろした足が突き刺さった。巨大な荷重に削り取られ地面に穴が開き、押し込められる重圧に身体は負け身体は大きくよろけるが、それでも砂の中には埋まらない。……ムリで、ムダな事に反動からふくらはぎからブチブチと何かが切れる音が鳴り、込み上げて来た痛さは今までの比じゃない。身体は痙攣を始める。


 全身に寒気がする。

  ――卑怯者だった

 もう無理だ。

  ――臆病者だ


「ふざ……っ!」

 ギ ギギギギ


 ……モンスターの擦り上げる咆哮が響く。地面へと足を突いた状態から横へと強引に振り回される動作に身体は抵抗も出来ない。ビクビクと痙攣した足はされるがままに砂地の上を跳ね、吹き飛ぶ砂塵の欠片が肌に触れる。


 ダメだ。

  ――かも知れない

 どうする事も出来ない。

  ――それでも、まだ



 どれだけ力尽くで引こうとしても腕は抜けないが、だけど感覚はまだあった。

「ふ……ざけ……!」

 モンスターの顎へと向かって肩を押し当て抜けない左腕を『奥』へと向かって突き入れる。

 ギ

 腕は、伸ばした。杭打たれた牙から切り裂かれる肌に血は捲れ……泣き出したい程の痛みが伝わる、叫びたい怖さに思う存分泣けばいい、我慢は効果を成さず顔は最大限に歪み。冷たい感触のムカデの口内に、伸ばした指を突き立てる。


 痛い。

  ――くても

 怖い。

  ――くても


「――アアアア!ふざ、けんなぁっ!」

 ギ キッ


 ……自分が、何を言っているのか分からない。

 学は足りない。モンスターの生態なんて知らない。しかし奥へと突き出した指に砕けた鎧腕の先から柔らかな部分が触れ、強く爪を掻き立てる。突如モンスターの口内から溢れた叫び、振り回す頭は速度を強め自分の身体は簡単に何度何度も地面に叩き付けられた。



 勝てはしない

  ――なら、『耐える』しかない


 壊れた砂に吹き飛ばされた鋭い石がこめかみに当たり血が吹き出す。痛みも苦しさも歯を食いしばって我慢する。……都合よく逆転するような勝ち筋も見えなくて、物語の英雄の様な必殺技も何もない。


 『嘘吐き』の自分が訴えかける痛みも苦しさも全て『嘘』だと押し流し。……どれだけだって泣き叫んでやる、瞳から次々と零れる涙は止まらず、口から外へ飛び出した悲鳴なんて情けない事この上ない。


 ギ ガアアアアアア


 腕を噛み付かれてから初めて、モンスターが大きく声を張り上げ閉じ込められた牙は上下に開く。しかし素直に解放される訳じゃなく振り上げる首に投げ出された身体は高い空へと向かって飛び出していった。

 ……ほら、これだ。頑張ってしがみ付いてやろうと決めたのにこうも簡単に振り上げられる。


「――」

 下方で響くムカデの摩擦音。頭の後方の甲殻が割れ、影に覆われた内部から緑色の光点が顔を出す。



 投げ出された亀裂の頂上付近で見上げた空はやけに近い。……いつだったか見た青空と時間も場所も全く違うが、それでも未だに届かない指の先は変わらない。血塗れと粘液の腕を空にかざせばすっかり壊れて見栄えを失ってしまった防具に、もっと頼りない細い腕が目に写った。


「ぁ」


 助けてもらいたかった。自分を、救ってほしい。

 ……だけど、助けてもらいたいだけじゃ。してほしいだけだともう、間に合わない。


「ァ」


 空中から見下ろせば下から伸びるモンスターの牙が見える。今度は頭でも噛み砕こうというのか黒い顎は上下に開かれた。……ムカデの巨体の向こうに見えるのは砂色の土……そしてきっとそこに居るだろう倒れた少女に女剣士の姿。


 やらないと『 』ぬのは自分だけでなく、【 】されるのをそのままなんて……そんな、の。


「グッ」

 折り曲げられた腕を強引に伸ばした、空気の抵抗に尚一層に身体が痛い。

 『余計』な言葉達が頭の中で溢れた。



『ぁり、が…と……恩人……だ、ね』

『貴方には感謝しているわ。ミリアを守ってくれていたんでしょ?』

『わたしは、いいから、にげ』

『逃げて欲しい』

『コワード、さん』

『コワード君』



「ァ」

 間違えている……オレは本当は、『臆病者』なんて名前じゃ……



 ギキキキキキキキ

 擦過音に隠れるモンスターの叫び声。身体は必死に前を向いて腕は伸ばした。


 どれだけ頑張っても、きっとまだ全然、空の高みには届かない。


 上下に分かれた牙の内側で濡れる口内が光を反射する。

 痛む腕、痛む足、痛む身体、先端まで汚れた指を、それでも掴みたいと必死に伸ばした。


 点滅する緑の光点。


 チクショウ

  ――戦えない、頑張れない、叶えられない、抗えない、出来ない。そんな


 伸ばした指先が


「ああああああああ!」


 ムカデの上顎を掴んだ。





 ギ

「―」


 モンスターの牙と口を『越え』、その先に身体は転がった。甲殻を滑りながら辿り着いたのは暗くジメジメとした狭い空間。足元から響くトクトクという定期的な周囲に満ちた。

 薄目に見えるのは目の前にぼんやりと光る緑色の球体、頭上に開く横に長い穴。太く絡ま合うような黒い管が緑の球体へと向かって収束し、暗闇にそこだけ光る一点に空間全体を揺らす振動が重なる。


「――」

 ……まだ、動ける。ボロボロの痺れる足を一歩踏み込めば足元から伝わるのは水溜りを踏むような感触、周囲で揺れる振動が加速度的に増して行き。どこから聞こえてくるのかモンスターの咆哮が反響する。

 腕の中へと目を落とせばまだその中に相棒は居た。……随分と汚れてしまい土に塗れた姿は自分同様に汚いが、それでも頼りがいのある姿は微塵も変わらない。……今は音も響かないような土の中なんかじゃないんだから……だから、今度はちゃんと聞かせてほしい。


 ギ


 一歩踏み込み、光球に向かいクロスボウの先端を押し当てる。


 ギ

「―」

 ギ

「―ハ」

 ギ!


 カシャリ



「……どいてくれ」



 トリガーを引く。砂の混じる壊れた駆動音。音の先に番えられた半分まで折れた矢が留め金から解放された。至近距離から響く風鳴り、緑の光球へと迫った矢は穴を開けるどころか膨れた風船を貫く様に球を破裂させる。そのままの勢いで貫通していき黒壁の反対側まで突き刺されば溜め込んだ緑の粘液と青い液体とが噴水となって膨れ上がり頭上に向けて飛び跳ねる。


「――」

 青と緑に汚れ壊れた水門のように制御を失い流し出される水流に身体はグラリとして傾いた。……支えようと思って壁に手を付こうと思っても触れるモノのない何もない空間、幅の狭い入れ物は終わりその向こうに広がる広い場所へと向けて転がり出す。


「……あ」

 下から吹きつける風に眼下の砂、受け身を取ろうともがこうと思ったが体は全く動かない。……もうダメだ、もう限界だと散々デタラメを言い続けた上で本当に限界が来たのか、無性に湧いてくるおかしさに口の端は上へと釣り上がった。


「……」

 もう「よくやった」なんて褒めてくれる人間はいないだろう、本当は聞きたいけど仕方ない。

 自分でなければもっとスマートに、もっとうまく出来ていたのかも知れないけれど……それでもこれが自分なりの精一杯で……頑張……

「ハ」


 

 地面に、接触する。痛みと共に高い砂煙が上がり、遠くから響く擦れる咆哮。

 倒れ動けない身体に空から落ちる幾重もの土が降り掛かり全身を隠していった。



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