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21 ソード

「ふぅ」

 ――昼時から続いていた長い喧騒も収まりディガー・ベルツは1人宿場のカウンターで息を吐いた。手元の白いカップに揺れる黒色の液体、気を利かせてリザリアの用意してくれたものを口元まで運び、横に傾ければ口内一杯に広がる程よい苦みに酸味。雑務に追われ疲れていた体に適度な刺激は逆に心地良く、深く糸を引く余韻を楽しみながらしばらくの間目を瞑る。

 外を飛ぶ鳥のさえずりまで聞こえてきそうな、のんびりと静かな時間だった。


「はぁ……まったり」


 コンコンコン

「……ん?」


 言葉通りにまったりとしていると不意に宿場内に扉を叩く軽いノックの音が響き渡る。新しい来客かとカウンター席から見える正面入口に目を向けるが人影は無く……ならば『裏』の受付かあるいは勝手口からだろうと当たりは付けるのだが、動き出す事に少しだけ悩んだ。

「う、ううん……」

 本来であればすぐにでも立ち上がって対応に出るべきだが……手元のカップにゆったりとした時間を少しだけ名残惜しく思い――髪はないが――後ろ髪を引かれる思いでディガーは躊躇をした。

 出来る事ならこのままもっと満喫していたい、そう思うのが人情だが……しかし、そういう訳にもいかないだろう、世は非常なのである。

「はぁ」

 漏れる小さな溜息にディガーは立ち上がり掛けるが……その時実に都合よく立ち上がる彼に代わり宿場の奥からリザリアの『はーい』という元気な声が響いた。音に重なる軽やかな駆け出す音に少しだけ頬を緩めるとカウンターへと向かって再び腰を下ろし休息の時間をもう一度楽しむ。


「まぁ大丈夫でしょう」

 持ち上げたカップに口を付ければやはり心地良い深みが全身に渡って染み込んで行く。

 ……急ぎ出向こうとしない理由は実の所もう1つある。扉を叩き訪れる来訪者に対しディガーは思い当たる節があったのである。朝方からクエストにと鉱山に出掛けた若い冒険者、コワードと名を改めた彼の事を思い近くの窓から宿場の外の景色に目を移す。


(戻ってきたかしら)


 窓枠の外の青い空、鮮烈な陽の輝きは少しだけ力を弱め傾斜に作り上げられた建物の長い影が黒く道路に横たわっている……後数時間も待てばやってくるだろう夜の気配を感じ、少年と交わした『約束』をディガーは思い出した。


『それじゃ!がんばってらっしゃい、お夕飯までには帰ってきなさいよ?』


「……ズズ」



 ……無理はするなと伝えた。何も無くても時間までには帰って来なさいと言い含めもした。……だからきっと大丈夫だったのだろう。所詮ただの口約束には過ぎないが思い浮かべる少年が約束を違えるような人間には思えず、全くの疑いも挟まずにディガーはゆったりとした心持ちで待った。

 きっと急ぎ足で戻って来るであろうリザリア、その背に続き顔を出す少年は果たしてどんな表情を浮かべているのか。……折よくパタパタと走る音が近付き柱の影からリザリアが顔を出す。


「あの、お父さん?」

「はいはい……あら?」


 ここまで予想通りだった。

 しかし、現れたリザリアの顔は困惑気であり、その背に引き連れてきた人物は確かにいたのだが、期待していた少年よりも縦にも横にも大分大きい。

「いや……あははは、突然すまんね」

 目に入った恰幅のよい男性は曖昧な顔で笑みを浮かべた。




「どうぞ」

「ああっ、どうもありがとう」

 言葉と共に差し出されるカップを見つめ、恐縮した様子の男は受け取りつつ席に着く。


 来訪者は通り向こうで料理店を営んでいる店主だった。恰幅のよい姿に顔見知りかと聞かれればそれ以上だと答えるだろう。味も良く値段も手ごろと人気の男の店はディガー自身もたまに利用し、なによりも宿屋という肩書きの裏で受けている『クエスト』の依頼人の1人でもあった。最もこの店主から受けるクエストとは完全に名ばかりのただの食材配達に過ぎず、肉体労働だと言う事はあるがどちらかというとお手伝いの意味が強い。


「ふうむ」

 そんな知らない仲でもない男だったがそんな彼が何故わざわざ尋ねてきたのか分からず、ディガーは背も高い禿頭の頭を捻るばかりだった。


「それで、今日は何か?」

「お、おお!ああ、えっと……な」


 応える声は何とも歯切れの悪い店主の言葉。尋ねたはずのディガーではなく何故か宿屋全体へと向け視線を巡らせ、忙しなくて動かす首も何かを探しているように見える……やがて目を向ける事にも疲れたのか諦めたのか、小さく息を吐き出すとそっぽを向いて鼻先を指で掻いた。


「いや、大した用じゃないのがな……その……来なかった、な?」

「来なかった?確か食材はちゃんと届けたはずだけど」


 店主の言葉に頭を巡らせてみるディガーだったが今日に限って特別に配達を怠らせたという覚えもない……しかし来なかったと言われてもそれ以外に思い当たる部分は無く訝しげに見つめるディガーに店主は慌てて腕を振るうと言葉を付けたす。


「いや違う、食材は確かに来た……その、あの子だよ。今日だけ来なかったからな、どうしたのかと……」

「ああ」

「ああああ、違うんだ!うちの若いのが、だ。『どうしたんですかね』ってしきりにうるさくてな……だからつい、な。オレも気になって」

「あらー」


 『つい』と言う言葉の割に店主の頬は赤い。上下に大きな体が縮こまり居心地を悪そうにする様子はディガーの笑みを誘い横目にはリザリアも同様に手で口元を隠しながら上品ぶって笑みを浮かべているのが見える。

 つまり、そういう事か。確かにここ最近食材配達はずっと少年の仕事だった。それもまだ一週間程度の期間のはずだったが、それでもフレッシュに若い少年が大荷物を届けてくれてくれるというのは印象に残ったのか嬉しかったのか……まるで自分の見ていない所でがんばった子供の活躍を聞く親の心境に、心配そうな店主に悪いと思いながらディガーは浮かべる笑みを消す事が出来なかった。


「申し訳ないけど今日はコワードちゃんは休みなの。ちょっと用事で外に出ていてね。もう少しだと思うけどまだ帰って来ていないのよ」

「あ!おお、そうなのか!?……いやてっきりオレは病気か何かって……いやいい!いいんだ!何もないならそれで。まったくなんだ『今日は不気味ですし』とこれみよがしに脅しやがって。心配して損したよハハハ」

「ふふーん?」


 これもある種のごまかしだろうか、窺うようなディガーの視線に目を合わせず大口で笑う男。浮かべる笑みの裏側で少年が戻って来た時に面白く茶化すネタが増えたとディガーは内心で喜び、宿場の中に2人の男の笑い声がしばらく響き渡った。


「あーそれじゃ邪魔したな、それだけだったんだ」

「ふふ、それだけねぇ?」

「うるさいな……それじゃあコワードくんが帰ってきたらよろしく伝えてくれ、また明日ってな。それとあの子にも言ったけどそのうち店にも食べに来てくれ、サービスはするからな」

「あらいいの?私こう見えて結構たくさん食べちゃうわよ」

「……アンタは見掛けからして大食漢だ」


 苦笑を浮かべる店主はそのまま席を立ち今の時間を確認すると少し慌て出す。

気のよさそうな様子を見せても仮にも1つの店をそのまま背負う男だ、本来ならこんな所でゆっくりしている暇も無いのだろう。

 昼の片付けを終え夜の仕込みも終えてようやく作った空き時間か。男の意外なマメさを思うとディガーの浮かべる笑みは更に深くなり……そこでふと、何故そんなことまでしてわざわざ訪ねて来たのかが気になり男の背中に向けて尋ねた。


「ん?ああいや今日は空が変だろう?こういう日は嫌な事が起こりやすいから不安に……ってラッセルの奴が、なっ、オレじゃない!……昨日までは元気に来てたのに今日になったら別の奴だ。そりゃ気にしない方が難しい」


 うんうんと繰り返し自分を弁護する男に、その姿を揶揄するより先に言葉の一文が引っ掛かりディガーは少しだけ首を傾げる。


「空?」

 窓から見える外は問題なく晴れている。『変』どころか間違いなく快晴であり雨を予感させる黒い雲さえも見受けられない。

店主の言葉は続く。


「ああ、天気じゃなくて空だ、南の。ほら見えるだろう『旧鉱区』の空にたくさん。何か薄気味悪くてな……ゲンを担ぐわけじゃないがこういう日は気を付けた方がいい。商売する人間のカンだな。まぁオレもアイツに言われるまで分からなかったんだが」

「……南?」


 ディガーは席を立ち窓際へと駆ける……嫌な胸騒ぎがした。

 取り付いた窓枠から見える向こう側。三方を鉱脈に囲まれたカヘルの街からは遠くを見渡せば必ず山は見え。その中の一方、南の方角を目で探し、今は使われていないはずの鉱山の空を見上げる。……それ程遠くない山の上、頂きを囲むように空にぐるりと小さな姿がたくさん飛んでいる。繰り返し羽ばたく様子に空中を旋回し遠くに飛び立つ様子も山に下りる様子も見せない。……宿場からでは小さな玩具程度にしか見えなかったが空を舞う全ての姿は鳥の物だった。


「やけに飛び回ってるだろ、昼くらいからずっとだ。住処が山なんだろうからな時機外れの大移動でもなけりゃあんなに飛ぶとは思わないんだが……どうも薄気味悪いな。よくあるだろ悪い事の前触れってな、ああほらまた」

「っ!」


 ……それは店主の言葉通りだった。大量の鳥達は旋回を続けているが山からは離れようとしない、恐らく巣でもあるのだろう。空中を飛ぶ何羽かがその時意を決した様に山へと降り立ち、また少しの時間も挟まずに空へと飛び上がる。まるでそこだけ局部的な『地震』でも起こっているような様子にディガーの頬を流れ出る汗が1つ零れ落ちた。



 ――何かあればすぐに戻れと言った……だから問題はない。少年も頷いたはずだ……しかし、まだ戻って来てはいない。

「……」

 まさかなと思う杞憂、しかしそれでも食い下がった嫌な予感。

 短い逡巡の繰り返しに、絞り出された低い声が口から飛び出すのに長い時間は掛からなかった。


「リズ……今すぐ動ける冒険者に声を掛けて」

「え?」

「早く!」

「う、うん!」


 振り返ったディガーの少し青ざめた顔に押されリザリアは宿場の扉へと駆け寄ると外へ向かって走って行く。遠ざかる後ろ姿にディガー自身もカウンターの中へと入り手近な紙を机に叩くと殴り書きに文字を走らせる。


 ――初めから乗り気な依頼じゃなかった。……そんな事を今言っても何の言い訳にもならない。夕暮れの迫る弱い空に、何の事か状況も分からず呆然とする店主の男。吐き出したディガーの声だけが低く、か細く零れる。


「コワード、ちゃん」


 ……その言葉に応えるべき人間は今この場には居なかった。



――――――――。



「コワード君!」

 大きく上がった自分の声に横合いをモンスターの影が走る。求めた冒険者の少年の姿は閉じ込められたモンスターの口の先に捕えられそのまま黒い頭部と共に地の底へと没した。足下から響く鼓動、息を飲みモンスターの後を追おうと走り掛けた視界の中に鋭く迫る緑の光が躍る。


「くっ!」

 咄嗟に掲げた腕に引き上げられた手の中の剣が上がり至近距離からの接触の音に指の中へと衝撃が跳ね返る。

「チッ」

 極至近で聞こえた舌打ちに、踊り掛かった白色の姿を力任せに弾き飛ばす。膂力の均衡は今だけは私の勝利。元から奇襲と決めていたのか身長の高い男を跳ね返し無理矢理に振るった刃に距離を置いて離れる。

 デタラメな剣筋にやはり男に触れた様子は無く。数歩離れた所で男の歪んだ、憎悪すら感じさせる暗い瞳が私を睨む。


「しぶとい、しぶといんですよ!さっさとこの世から退場してくれればいいものを、いつまでもいつまでもダラダラダラダラ……癇に障ります」

 唾吐くオルイアは自分の事すら棚に上げ、手の中のナイフを逆手に持ち返る。……空いた左腕が抑えているのはコートの横、白い色合いに滲み出す濃い赤がコートを汚している。……私と相対した時にあんな傷はなかったはずだ。だとすれば傷付けたのは少年なのか……内心でよくやった褒めたい心と同時に何故だか胸に苦しい思いがあり懸念を吹き飛ばす様に声を上げる。


「オルイア!貴様いい加減に!」

「ハッいい加減?今更、なにを」


 ずっと慇懃無礼だったはずのオルイアの態度もどこかがおかしい。血走る瞳に斬りかかりたい衝動は感じるが同時に後方から聞こえる砂の跳ねる音と声も無視出来ず私は注意を二分する事を迫られる。

 地中に潜っていたモンスターの頭が突き上げられ、噛み付く少年の身体が引き上げられて跳ねる。鉄色の鎧の光る左腕は二の腕から先で牙の中に閉じ込められ……その『中身』が今一体どうなっているのか離れたこの場所からは分からない。

「クッ」

 息を吐く、駆け出したい、助けに行きたい。

 しかし武器を構えるオルイアを捨て置く事も出来ず響き渡る哄笑が私の動きの邪魔をする。


「く、ハハハ!終わりです、終わりですよ貴方達は!ここで全員『センティス』に食されて死ぬのです。……愉快ですねぇ。よくも今までこの私をコケにしてくれました。身の程をわきまえて諦めなさい」


 髪を振り乱し手振りも交える男の言葉に……『嘘吐き』の言葉に私は笑みを持って応える。

「……不思議ね。貴様がそう言うと、全然大丈夫だってそんな気がしてくるわ」

「っ!野の獣が、よくも人間に吠えました!」


 血走る瞳を熱く駆け出すオルイアは地を蹴った。短剣の刃を前に上へと掲げた腕から降り下ろす刃は右側から。短剣を握るそのオルイアの腕ごと斬り飛ばすように剣の先で出迎える。

 響く金属の触れ合い甲高い接触音、振り上げる剣筋は緑の光と正面から重なり短剣と剣とがせめぎ合う。傷はあっても純粋な正面からの力比べは男が上か……毒の影響もある根強い痺れに引かれ、その場で互いに弾かせ合いながら砂を滑る。

「ハァア!」

 一歩下がった足を軸足に、跳ね返る剣の先は身体の周りを一回転し遠心力を加えると唸り声を上げて空気を食らい伸びる。

 目指す先は男の首。迫る斬撃に反応するオルイアは上半身を落とし地を這う様な体勢に瞬時に変えると頭上を通り抜ける豪剣の過ぎ行くのを待った。

風に刃が駆け抜けると一転して攻勢に。私の足元まで迫り飛び上がる動作から緑の凶刃は胸を狙って迫る。

 刃は短剣で早さもありまた毒剣でもある。……しかし背の高い男の膂力を持ってしても武器としての威力は短剣の枠をはみ出ずに。伸びる刺突に合わせて迎え入れる手甲の肘、装備に覆われた肘打ちから刃の切っ先を力尽くで横へとずれさせると驚愕に目を開く男の顔。……ここで余裕さえあれば侮蔑に笑い返してやりたい所だが私にも余裕はない、男の腕をかいくぐり脇の下の傷口を狙って体を滑らせる。

身長の差が災いした、肩から入り私の体当たりをする先は丁度赤色の傷口に上から入り。短い悲鳴に歪む顔、身体を押しやって間合いを開けば両腕で剣の柄を握り直し一閃。空気中の塵すらも両断する勢いの刃に空気は震え。……しかし触れる物はない。

 危険を察知して後ろに下がったオルイアに私も食い下がる事が出来ず、その場で構えを維持したまま睨み付けた。


「ハ、ハァ!アァ!貴様っ」

 荒く漏れ出た呼吸は男の口から片手で抑える脇腹に歯を食いしばる。一方の私とて平気ではない振り回した身体の動きに追い付けずに地面に突き立てた片足にどうにかバランスを保っていられるに過ぎなかった。

 額を流れる汗。苦痛に顔を歪めていたオルイアは無理矢理表情を変え、見慣れた嫌らしい嘲笑へ、見下ろす瞳で口端を曲げる。


「く、ふ……ふふっ、どうしたんですか?余りに動きがよくない、まだ毒が抜け切っていないんでしょう、無理はいけません」

「ッ、貴様こそ、『痛い』のか?男のくせに、情けない」

「……全く、口の減らない」


 浮かべる嘲笑でもカバーをし切れないのか言葉の合間合間に歪めた表情が顔を出す。意識をオルイアに向ける一方で私は後方を目で追いコワード君とモンスターの姿を探した。

 ……途切れ途切れに響き渡る声はか細い悲鳴か、砂煙に揺れる黒い影はすぐに見つかるのに捕らわれた彼の姿は見えない。……うまく、何とか逃げ出せたのかそれともまだ苦しんでいるのか……汗ばむ肌に触れる鬱陶しい砂からは状況が読み取れなかった。


「……ハ」

 私の視線を察し、オルイアは下卑た笑みを浮かべさせると目を細める。


「無理、無駄ですよ、気に掛けた所で彼はもう助からない。……ガキの断末魔の悲鳴を堪能した後に次は貴方、まだまだ『呼び餌』はたくさんあるんです。命乞いをして無様に地面を這うなら今ですよ?」

「……命乞いをするのはお前の方だ」


 刃先で足元の砂を擦り上げて見上げる瞳で強く睨む、見つめ合う目に一瞬動じたように男は目を泳がせ、すぐに歯を噛み締める怒りの表情に変えるとわなわなと肩を震わせる。


「だから!だから、気持ち悪いんです!こんな場合でも自分は特別だって、その態度が!」

 オルイアが砂を駆け。

「はああ!」

 接敵する。



 緑の刃と剣がそのどちらもが何度も交錯をする。間合いの狭い短剣は男の腕の長さにリーチを広め、私の剣の振り遅れからも斬り合いは均衡した。懐へと潜り迫る刃、機を制し男の鼻先を掠める剣。

 近付き、離れ、狙い、受けられる。

 一撃の応酬を何度も繰り返し互いの息も上がっていく。忍び寄る砂煙に流れる風が熱くなった身体を冷やして戦闘を続けさせる。



 響き合う甲高い金属音の繰り返しに……互いの均衡が崩れたのは一瞬の事だった。

「ハ」

 傷を負った脇腹を抑えていた男の片腕が揺れ、その瞬間指先から離れた細かい砂の粒が私の目を襲う。いつの間に握り込んでいたのか目潰しの細かい砂塵が入り込み片目は閉じ、勢いとバランスを崩した所で白いコートが揺れて飛び掛かる。


「くっ」

 辛うじて片目だけで見た状態に繰り出した剣はオルイアの短剣を正面から捉え、そして弾いた。

 ……それが必殺の一撃のつもりだったのか動きを止また男に私は握る剣の刃を寝かせ迫る刃が男の首を狙う。



 一度は騙され男に追い詰められた、しかし今度は逆に正面から。危険な男の命を切り裂くチャンスに腕が震え……その瞬間通路を大きな声がこだました。


『あああああああ!』


「……はっ」



 こだましたその声は少年のものだった。ただならない言葉に響いた声に続く言葉はない。……私は自分の失策に身体を固める。なぜ少年の元へと早く向かわなかったのか、助けるべきだと分かっていたのに、この……響く声は、まるで。


「ヒ」


 そんな私の隙をオルイアが見逃すはずがなかった。


 伸びる腕が剣を掴む私の腕を横から掴み上げ関節を逆から回す、本来腕の回らない方向に無理矢理曲げられた手首が鈍い痛みを訴え、同時に蹴り上げる男の足が私の腹部の下の装備の隙間に突き刺さる。


「ふ、ふふふふ、聞きましたか?今の、聞きましたよね?あの『断末魔』実に笑いを誘う面白い声でした」

「ガ」


 ……握る剣の柄が指先から離れ、私はその場で膝を突く。

 息が、止まるようだった。地面に落ち刃を埋没させた後に倒れる剣。頭上のオルイアは手の中の短剣を握り直し高く振りかぶり笑う。


 顔だけ上げた目に写る景色。笑う男の顔、男の向こうで揺れる砂、高く亀裂の頂上近くまで首を伸ばしたモンスターの影。

「ぁ」

 視界を覆うそれらの情報に更にもう1つ……新しく生まれた『飛沫』が、私をそしてオルイアも動きすらも止め、空気が固まった。

 私の頬を空から落ちる液が打ち、男の顔に飛んだ雫が伝う。


「え……は?」

 震える男の片手が自身の頬を拭い、そして離れる。触れた指先に見えるのは青黒くどろどろとした粘性の高い液体。次々と降り掛かる新しい飛沫に小刻みに揺れる男の首がゆっくりと空を見上げ、信じられない表情で上を見た。


 ギ  キ   ギ


 まるで今の男の動きをそのまま現したような音。鈍く噛み合う摩擦音が、見上げた空に立つモンスターの姿を目の当たりにしオルイアの目は大きく開かれる。


「バカ……な」


 呆然と漏れた呟きを追い、壁を擦る巨大が砂煙を巻き起こす。

 黒い巨影が、ゆっくりと倒れ地面に沈んで行った。



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