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03 モンスターの森

 立ち並ぶ木の一本に背中を預ける。息はなるべく殺し左右に動く首が右を見て左を見て。

「っ」

 …背後から音がした。

咄嗟に振り向きゴツゴツとした厚い木の皮に指を置きながら音の方向を凝視する。不規則に揺れる葉の動きは低く、腰ほどの高さから顔を出した緑の群れは大きく揺れ動きながら。

「ハァ…ハァ」

 バクバクと早まる鼓動に合わせて息が荒くなる。体は硬直し固まってしまったが、なんとか後ろへと向き、そのまま走り出すべきかと悩みながら震え。


「ハっ!………はぁ」


 …そして、深く呼吸が漏れた。


 キュ?


草葉の奥から顔を出したのは白い塊、長い耳を左右に動かしもごもごと動く口元を見せながら首を傾げている。


「はぁーーぁ……」


 どっと漏れた深い溜息で肩を落とすと現れた白兎から視線を外し背中を預けていた木の根元へとしゃがみ込むと指を伸ばした。

「っしょ」

とげとげしい草。硬い枝。

水気を含んだ土を丁寧に払い除けて地面を注視するとその中から一本のよく目立つ赤い草が目に入る。中心の茎を中心に絡まる蔦、緑の腕は地面に根を生やし奥深くまで突き刺さる。……慎重に、気を付けて周りの地面を掘り返すと草の下には太い白色の根が続いており注意深く引き抜くと余分な泥を払い落とした。

「よし」

頷き、笑みを浮かべ小さく微笑むと腰回りのポーチを開き手にした草をしまいこむ。

…草の名は森傷草といった。深く茂った森奥に自生し高い薬用効果から傷薬の原料として重宝される。

開かれたポーチの中には既に数本同種の草が顔を出しており、その数を一つ一つ指を差して数えながら小さく溜息をつく。

「成草が…これで6本…10本はまだ長いな」

 浮かぶ苦笑いで軽く愚痴を零すと未だこちらを見上げてくる兎に小さく手を振り、次の群生地を目指すと歩き出す。



 ――モンスターの森。

実際の名前を思い出せば確か地区の領主の名を冠した森であったはずだがそう呼ばれる事は今は無い。鬱蒼とした緑はとても深く、乱雑に並ぶ木に統合性は無く無作為に近かった。街から程近いという立地、ここまでの道路も舗装されており交通の便もあるというのにこの森の中に人の手が入った形跡はほとんど見られない。

 …理由は名前の通りだ。かつての領主の森も今ではモンスターの巣窟の1つとなっており、空の青さえ見えない緑のカーテンに荒々しく聞こえてくる生き物の息吹はこの地に人を寄せ付けない。…正直言ってここに居て生きた心地すらも感じないのだがクエスト完了まではまだ数が足りない。



「ッ」

 次の目標と定めた木を目指し脇目も振らず走る。舗装どころか歩く道も何かの獣道、薄暗い森の雰囲気に飲まれれば立ち止まってしまいたくなる誘惑に駆られるが、こんな所でぼっと立っていればそれは死を待つようなもの。

目印とした木に到着すると背中を押し当て荒れる息を整える。視線は忙しなく右に左にちょっとした何かの息遣いでも感じたものならいつだって全力で来た道を引き返す気構えがある。


「ッ、ハァ…ハァ…ハァ」


 緊張が絶えない。

 自分でやっていて本当になんて危険なやり方かと思うが。万が一でもモンスターに出会う危険を考えればどれだけ警戒をしても過ぎた事はない。

仮に出会ったとすれば即座に殺され、生きたままに食されてしまう自信がある。



「…っ」

 木に到着した。息を整えながらも必死に周囲に気を配る。



 ――本当に、なんで自分なんかが冒険者をやっているのだろう。よく思う、似合わない事も重々に承知だ。

 …昔は憧れた。誰かの為に戦える、人々を守る、英雄になってもてはやされる。そんな冒険者をかっこよく純粋に憧れて自分もいつかはああなりたいと心から思っていた。…そう唆されていた部分もあったと思う。

 …だが、実際の結果はこの通りだ。

ヒーローの様に戦うどころか道すがらにモンスターに出会う事すら恐れてびくびくとしている。臆病風に吹かれて正面から戦う事も出来ず、いつも自分は指をくわえているだけ。…小さい時に思い描いていた姿はこんなものじゃなかったはず、そう思う。バカげた有り得ない、こんなはずじゃなかったといつだって考える。

「ツっ」

…だが実際はこんなものだ。こんな臆病に震えている自分を差し置いて戦える人間は悠々とモンスターを倒し凱旋をする。彼らの話す武勇伝は昔聞いた英雄の話しと同じでありながら今の自分の胸にはとても痛い。…彼らは所詮特別であり。自分はそんな彼らとは全く違う…ただそれだけの事に納得するのに随分と時間が掛かった。


「く」

 吐き出したい悪態は飲み込み先を目指す、乾いた喉が悲鳴を上げ、軟弱な足が休憩を求め度に自分が嫌いになっていく。

額を流れる汗を拭い、新しい木の裏に背中を預け次の目標までと先の方を見渡した所で…「ソレ」に気付いた。



「…ぇ」



一瞬固まった…次の目標地点、そこに転がる別の姿があった。


「ッ」

 予想外の事に慌てて木の裏に隠れ背中を当てる。バクバクと脈打つ心臓は早鐘を鳴らし頭の中をうるさい程の警鐘が鳴り響く。


「い…い…今、の…」


 狼狽えながらも呟き動く瞳で足元の地面を見る。見開かれた目に写るのは相変わらず木の緑と土の黒であり、数回瞬きした後に顔をもう一度前方へと戻す。


「…っ」


 確かに…居る。

 それは木の緑に似合わない無骨な鉛の色、玩具の様にちぐはぐな鎧から力なく伸びた指が地面を掴み固まっている。

 警鐘は更に早く、暴れる心臓は胸に痛い。


「ハッ…ハッ!」

 顔を上げ周囲を見る。

…深い森の中に音はなかった、何かの気配すら感じない。

一瞬の逡巡が駆け抜け、逃げ出す事を勧める部分もあったが、意を決してゆっくりと木の裏から出ると歩き出す。


「…っ」

 …徐々に、転がる物の輪郭がはっきりと見え出した。

かなり大きな姿。投げ出された腕は背の低い自分のふともも位はあるんじゃないかと疑う程に太く厚く。自然の放つ草木の匂いとはまた別の、据えた鉄の臭いが鼻をくすぐり出し、溢れる嫌な予感に汗ばみながらもゆっくりと近付いた。



 …見えた。


「ぐ……オ、うっ」


 途端にむせる。

 込み上げる吐き気を抑え口元を手で覆った。緑と黒の世界にそぐわない汚れた色がそこかしこに飛び散り濡れた赤黒い中身が近くに立った木の幹にこびり付きゆっくりと地面へと帰る。肩から腰に掛けてのラインは大きく穴が開きうつぶせに倒れたソレの腹の下からは滲み出した汚れた水たまりが波紋を起こしながら広がっている。…気の早い蛾虫が飛んだ、細い手足を外傷の上へと下ろすと何も感じないのかその下に口を付ける。


「ぐ…ごぇ…なんっなん…なんっ……はッ!」


 …その時、音が聞こえた。

 敏感過ぎたのだろう虫の羽音すら聞こえてきそうな耳の中に葉の擦れる音が響く…先程の兎なんかとは比べ物にならない大きな音。雑音は遠くから…しかし確実にこちらを定めて近付いて来る。


「ハ…っ!」

 音の方を見、背後の赤い塊を振り向き、その両方を右往左往と行き来しながら慌ただしく瞳が揺れる。

「くッ!」


 …気が付けば背負っていたクロスボウを引き抜いていた。

 既に番え固定してあった矢の先端を向け、巻き取り機のハンドルを素早く回しながら引き攣った顔で見る。きゅりきゅりきゅりと耳障りな機械の音は耳に届き、擦れる葉の音もそれに合わせて次第に大きくなっていった。



 動揺をしている。武器の重みにクロスボウを取りこぼしそうになりながら震える指先で必死に支えて前を見る。


逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


 頭の中の冷静な部分がそう訴えかけるのだが体は言う事を聞かない。…怯え竦んでしまったという事もあるのだろう、真っ赤な姿を見て両足は制御が効かず勝手にガクガク震え出す、何故立っていられるのかも分からない。荒れる息は強く、心臓はバクバクとうるさかったが動く事は出来なかった。


「ハ、ハ…ハッ…ハっ!」


 音が近付き、ギリギリで装填を終えたクロスボウが構えられる…震える照準はまともに撃っても恐らく当たらないだろう…それどころか自分は一体何をしたいのかカチカチと噛み合わない歯の音に答えは湧き上がらず、ただ恐怖に怯えながら前を向き。


 葉の擦れる音が。



「君は……っ!」



 …到着した。

 揺れる草むらから飛び出た顔は人の物であった…そして見覚えがあった。2つのマトモな瞳がまず自分を見、次いで傍らにあった物を見つめ瞳が開かれる。


 …弁明を。この状況の説明を。そうした理性的な考えが浮かび口を動かすよりももっと先に。


「は…ああァ…あ」


 弛緩した体は崩れ落ち、柔らかい地面の上で膝を付いた。



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