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11 Liar

「ッ」

 痛みに息が漏れ視界は上げる。目に写る視線に浮かぶ陽光を吸い込み煌めく緑色の刃、振り抜かれた体勢のまま刃は反転し糸引く赤の線を追いそのまま振り下ろされる。

「ク」

 残光を避け、身をよじり、距離を離して私は大きく後ずさる。数瞬の後に切り裂かれる風に目の前を過ぎる凶刃。


「おや」


 空気にそぐわぬ間の抜けた呟きが聞こえる中私は跳ねる様に大きく後退し、距離を取るとそのままゆっくりと視界が歪む。

「…ッ、う」

 歪む視界に曲がった世界に傾いたのは私の体の方、足踏む着地と同時に平衡感覚が薄れ地面に膝を付く、ドクンと一瞬大きく高く跳ね上がった鼓動に口から漏れる息が熱くなった。…体の底を這いずるような冷たい悪寒に反射的に腕を腰の鞘へと伸ばすと柄を握り抜き放つ。

 短い鞘走りに現れた鋭利な刃物の漏らす銀の光。…しかし頼れる冷たい輝きと違い私の体の方は鈍く弛緩する、勢いに揺らされながらも手に取る剣の柄を握り…頼れるのは僅かな自分の直感のみ。

「ヅ!」

 刃の先をまだ赤い滴を滴らせる生まれたばかりの傷口へと当てがい、寒気を催す覚悟と共に中へと突き入れる。

 手甲と装備との僅かな隙間を縫って付けられた傷口に刃渡りの過ぎる剣が刺し込まれ、新たな血潮が跳ねる。込み上げる痛みに止められず口から零れる呻き。

 斬り込まれた傷口をそのまま抉り取りながら小さく回し歯を食いしばり強く引き抜く。放射状に飛び出す赤は一際大きくなり流れ出た血潮の後が地面に赤い花弁を刻み込んだ。


「ハ、ッ、ア!ハァ」


「ふふ、ふふふふ…」


 …自身の自傷行為をどう受け取ったのか、目の前の男は手にした緑刃のナイフを赤い滴を這わせたままに振るい実に愉快そうな微笑みを浮かべると肩を上下に震わせる。

 不出来な仕草で繰り出される出来損ないの拍手、ナイフを持つ手と空いた手で鳴らされるぎこちない手拍子の上で頬を歪ませて哂う。


「いや驚きました、実に反応の早い。…まだ完全に効果が出てないと思うんですが、なんで分かるんです?何か秘密でもあれば是非ご教授を…」

「ラド・オル、イア…ッ!」

「…その獣じみた目、実に薄気味悪いですよ」


 私は男の名を呼び叫ぶ。…しかし当の男は自前の白色のコートを揺らしカヘル冒険者ギルドの中で見掛けた時と同じ、いやそれ以上の笑みをもってくつくつと忍び笑いを漏らす。

「貴様…なにをっ」

 傷付けられた右腕の…しかし剣を左手に手にしたままで抑える事も出来ずにブラリと垂れ下げたままに睨む。


 ラド・オルイア。そう名乗ったはずの研究職であるはずの男はにべも無く肩を竦めるだけに留めてゆっくりとした動作で歩み寄る。

「クっ」

 異常だ。奇襲に受けた傷はただの傷でないように右腕に痺れが走り、次第に全身へと回って行くのを感じる。

 歩み出す男の動きに合わせ数歩下がり何とか距離を取ろうとするのだが歩速は鈍く私が一歩後退する間に白衣のオルイアは三歩歩み寄る。

「チ」

 距離を離す事を諦め私は腕の中の剣を構える。正しくは両手で握るべき構えを片手で行い支え切れない切っ先は強く男を睨み付けながらも揺れる。より一層流す出す血に右腕の使用は断念し、間合いも計らずに踏み込んでくるオルイアに私は鈍る腕で一閃の剣を振るった。


「――ッ!」

 逆袈裟に切り上げる軌道は砂地を滑り駆け上がり…男はその剣先を笑みを浮かべたまま上体を反らすだけで躱し、振り切った状態で動きを止めた私に伸ばされた男の腕が襲い掛かる、手の甲を強打し捻り上げられる手首に私の指先から力が抜け剣は零れ落ちる。


「はぁ…そう怖い顔をしないでください」


 ガシャン…と剣の転がる音を背に視界一杯に迫る男の歪んだ笑み、歯を剥き悦を漏らす笑顔が見えたと思った瞬間に腹部の下から込み上げてくる衝撃が体を襲う。

「ッッ」

 揺れる痛みに落ちる視界。腹部の上にナイフが見えるが、刺された訳ではなかった。

 男はナイフの柄が握り締め拳と共に腹部に突き入れる、胸当てと胴回りの守りを見事に躱し、剥き出しのただの衣服を上から押し込み衝撃に叩かれる。

 胃の下を押し潰す感覚に込み上げてくる圧迫感…姿勢は猫背に曲がり俯き掛けとなる状態で男の体は翻る…まるでコマ回しのワンシーンを見るようにその場で一周したかと思うと視界の端に迫る白いコートの肘部分。

 殴打が走る。打ち込まれたこめかみに、再び歪み崩れ落ちていく視線…目の向こうでは男の笑い顔が写り込む。

「―――ッ」

 一瞬白み掛けた意識は体が地面を強く打つ衝撃により起こされる、その場でうつ伏せに倒れ込む体に叱咤を掛け何とか立ち上がろうと拒むが生まれ出た新たな衝撃が私を地に縫い付けた。


「ふふふふ」


 青色の空をバックに写り込む男の茶褐色のブーツの色。

 震えながらも立ち上がろうとした私の体を容赦なく踏み、背の上から掛かる重圧。振り上げる足、振り下ろす衝撃。

背中から圧し掛かる痛みに肺の中から空気が押し出されくぐもった呻きだけが口元から漏れる。

 身に着けた装備の硬さなど関係ない。圧迫される衝撃は男の圧し掛ける重圧の分、背甲の重みと硬い胸当てとの間に挟まれて私はただ壊れた風船のように無様に空気を押し出すしかなかった。

「ガッ…ツ…クッ」

 そのまま何度も。足は振り上げては踏み潰し、振り上げては振り下ろし…何度も襲う衝撃の中で微かに動く指先は無意味に地面に突き立てられカリカリと砂地を削る。痺れが全身に回ったのか言う事を聞かない体で呻き続け、されるがままにされていた途中に男はハッと何かに気付いたかのように目を開き、大げさなポーズで肩を竦めた。


「おっとスミマセン!ついついやりすぎて…痛かったです?」

「ぐ、ツッ」

「…ふふ、それはよかった、丈夫ですね」


 開かれた口からハハと漏れる笑い声に嘘くさい演技。

 面と向かえば殴り飛ばしたくなる表情にしばし笑みを瞬かせながら肩を震わせると男はその場で少し屈み伸ばす指で私の頭を掴み取る、髪を引かれそのままズリズリと地面を擦りながら引き摺られる体。

 頬に肌、硬い地面で擦れ上がる剥き出しの皮膚の下からは僅かな血が滲み出し、方向をずらされた反動からか体に当たった手離した剣が足に触れ音を立てて転がった。


 光を吸い込み銀に輝く刀身に男は微妙に興味を引かれたのか掴み取っていた私の頭を地面の縁に叩き付けながら指先を伸ばすと拾い上げた。

 細かい細工で紋章を施した曇りのない剣に、男は緑刃のナイフをコートの裏にしまうと手首を回しながら掲げ持ち照らす陽光の下で「ほうほうほう」と訳知り顔に頷いて見せる。

「なかなかの名剣のようですね、溜息が出そうな程に美しい…もしや何か大切な品ですか?」

「…ッ」

 答えずに、睨む。

 男の手にした剣は父より送られた名のある一本…もうひとつ腰から下げた別の剣と対になる様に銀色の光は陰る事無く煌めいていた。


「それは、大切にしないといけません」

 男はそう言いつつ小さく笑い。


「おっと…」

 …そのまま、実にわざとらしい仕草で手にした剣を放り投げる。

「な!」

 僅かな光に冷たい風を起こす亀裂の上を剣は飛び一瞬だけ甲高く壁を叩き付ける金属音が響き刃はそのまま重力に逆らわずに穴の底へと落ちて行く。

「キサマッ!!」

 残された力を込める様に腕を伸ばし残された剣を抜き放とうと走るがそれよりも早く男の踏み下ろす足先が私の指先を捉え、そのままグリグリと砂の上に抑え付ける。


「ッ、グ!」

 込み上げる痛みに怒りに、男を強く睨み付けるが男にとってはどこ吹く風か柔和な笑みを浮かべサラリと受け流す。


「そう睨まないでください、ほんの冗談でしょう?」

「何が、冗談か!」

「…怖いですよ、その目」


 静かに男の目は細まり伸ばされる腕で私の後頭部を掴み持ち上げる。身長的にも私よりも幾分も高い男の体に掲げられる腕の先から私の体はぶらりと持ち上げられ、風吹く黒い穴の上へと晒される。

 引き摺られるままに近付かれたのか断裂の口はすぐ目の前にあり、視界の下には黒色の影と地の底で揺れる砂の海だけが目に入った。


「何の…つもり、だ」

「…何の?」


 後頭部を掴まれている為男の顔は見えない…しかし私はそれでも喉を震わせ声を上げる。

「ギルドに対してこんな事っ…ただで済むと…!」

「ああ」


 背後から漏れる笑い声。見る事が叶わなくてもその嫌味でにやついた顔が容易に頭に思い浮かんだ。


「ふふ、ご心配ありがとうございます。もしかして、私の事が好きにでもなりました?」

「何を!バカな!」

「…そう怒らずに…そうです…眼下の下を見てください。いかがですか?すごいでしょう?」

 男の押し込む力に下方修正が加わり無理矢理私の視線の中に穴の底を覗き込ませた。

「作るのに結構苦労したんですコレ。…ハァ……だというのになかなか他人に自慢をする機会がなかなかなくて、よければご感想などお聞きかせ願えませんか?」

「……作、った?…ッ」


 後頭部を掴む男の力が跳ね上がり、頭の中でゴキゴキと漏れる嫌な音が鳴る。

痺れに痛み、縛られた視界の中に覗き込まれる穴の底は、男の言葉もあってか少しだけ…微かに何かが蠢いているようにも…そう、感じられた。



『  シャーーラさーーんーー  』


「っ!」


 その時に、遠くから響く間延びした少女の声。

…ミリアだ。

 穴の底から吹き上がる冷たい風を全身に受け、私は聞こえたその声に懸命に体を振るう、持ち上げられたまま中空に晒され、支点も得られない力不足な悪あがきが男の体を蹴り付けるが微動だにする事は無かった。


「そういえば、もう1人いましたね」


 何でもない…そうとでも言いたげな男の言葉に私の中で戦慄が走る。心の中に生まれる焦り、力は通じなくても声だけは、懸命に痺れる喉を張り声を上げて声を上げる。

「オルイア!キサマ!ミリアには!」

「ふふ、分かっています分かっていますよ。貴方の大切な者に手を掛けるはずがありません」


『  シャーーラーー 』


「ミリ…ッ」


 私の上げる言葉を遮る様に頬を衝撃が伝い冷たい感触が跳ねる。バシャリと水音を立てて跳ねる水滴は顔中に飛び散り、こめかみを、頬を伝って流れ落ちる。顎から先に生まれた雫は玉となって穴の下へと落ちて行き…視界に映る液体は目にも痛いピンク色をしており、どことなく甘い匂いが漂う。


「…な、んだコレ」

「ふふふ…ああ、そうそう」


 明確に答える言葉の代わり握り込まれる腕は更に長く突き出され私の体は中空に踊る。ちぐはぐに痛む体、眼下に広がる黒色の大口に。


「さっきの言葉は『嘘』です。あちらの子もすぐにでも送って差し上げますから、どうぞお先に」

 首を絞めつけていた強い力が離れ、訪れる浮遊感。

「食べられていてください」

 振り向く視線の先に笑みを浮かべる男の顔があり。その見下した笑顔に一矢も報いることが出来ず私の体はそのまま重力に引かれ地の底へと落ちて行った。




――――――――――。




「迷った」

 正しくは…見失った。

「はぁ」

 漏れ出る溜息に右に左にと視界を忙しなく動かして探るが山中の木々の中に人らしき姿を見掛ける事は出来ず、目標を失った失望感に肩を落とした。

 …いや、むしろ悪いのはどちらかというと自分ではなく目標の人影の方だ。足場の悪いはずの山中の中を有り得ない早さでスイスイと進んでいく姿なんて誰も追い付けるはずがない…無論自分だって追い付けるはずもない。

「メイスン…すっごく、元気じゃないかクソッ」


 名前を呟き毒づき、肩越しに少し振り返れば木々に邪魔された視界の奥に小さく見えるカヘルの街。角度か障害物の影響かよくは見えなかったがそれでももう大分登ってきた事だけは分かる。ズキズキと痛む足の裏に膨れたふくらはぎは疲労を漏らし、座り込みたい欲求でさっきからずっと誘っている。


「追い付くのは無理…か?なんだよ」


 漏れる悪態に木の幹を掴み強く足を踏み込む、枯草の山の中に生まれた自分の足跡は背後から延々と続いており、もはやマトモには立っていられない程坂は急になっていた。


 体の重さに斜面を滑り掛け、慌てながら急いで登る…そういった工程を繰り返し何とか進んでいるとやがて視界に入る木々の本数が次第に少なくなり出し…開けた視界は急に目の前に広がった。


「お!?」


 その場所は山道の中とは思えない程開けており、並ぶ樹木は嘘のように少ない、影もなくよく見える空の青が山の高度を示すように近く感じられ。…だだっ広い空間の中に一つだけ視界にそぐわない黒色が地面に走っていた。


「なんだこれ…」


 思わず、呟く。目に写ったのは長く走る亀裂。見渡す視界の端まで連なっていそうな黒色の断裂は山の景色を切り裂き、風穴を通り抜ける風の唸りは獣の咆哮にも似て低い呻きを辺りに垂れ流している。

「…」

 見ているだけで吸い込まれそうになる穴の縁へと近付き、ゆっくりと慎重に…転がり落ちなどがしないように地面へと這いつくばりながらも中の状態を覗き込む。


 深い。

 ……深いが、どうやら地の底までという事はないらしい。差しこむ光の関係上暗い影が全体を覆い、それと分かる地面の底には一面にサラサラと揺れ動く砂の姿が目に入る。

「あ」

 ふいに手を滑らせて触れ、近くにあった石ころが指先に当たるとそのまま転がり出し穴の底へと落ちて行く。落下する石の後を追い首を伸ばして覗き込んでみれば小さな飛来物が風に滑空し砂の海に埋没していったのが微かに見えた。


「………」


 一瞬身震い無言で身を引く。そのまま穴から距離を離し十分に安全な場所まで下がった後に後に立ち上がり革鎧の端にこびり付いた砂を手で落とす。


「なんだこの穴、穴?…穴、か?」

 自分で言って自分で首を傾げ、最後には微妙な半笑いで肩を竦めた。

 坑道時代の名残か、これも普通にあるものなのかも知れない。…それにしては今度は採掘道具が転がっている訳でもなく、目に付く看板がある訳でもない。


「……」


 ほんのついさっきまでの自分であれば「まさか!」などと声を張り上げていたかも知れないが、さすがに学習をしており頭を左右に振るだけに留めた。


「いや、ないな、そんなバカな話しあるわけない」


 …まさか、本当はこの亀裂に巻き込まれて…


 そんな思いが数瞬でも浮かんでしまった自分の妄想はきっととても逞しい。ついさっき似た様な傾向で勘違いをしたばかりなのに何を考えているのか。先程も坑道の入り口を目にし、閉じ込められたのかなどと1人で動揺して結局ただの勘違いである、傍から見れば恥ずかしい事この上ない姿だ。


「はぁ…」

 長く息を吐き、片手を腰にやり身体を伸ばす。登山に凝り固まった足腰が変な音を立て、浮かび上がった表情には濃い苦笑いの影が混じった。


「こんな方法じゃダメ、なのか」


 目標を見失っていた。

 空を見上げて見ればいつのまにか眩しい太陽は頂点も少し過ぎている時間であり。目に痛い黄色い光線が自分のダメさ部分を浮き彫りにさせているように感じられた。

「…」

 恐らく少し焦っていた部分があったんだろう。よくよく思い起こせば自分の行動がどれだけ場当たり的なものに過ぎなかったのかと苦い気持ちが湧いてくる。…きっと、だからこそディガーもクエストの話しを聞いた時に渋い顔をして見せたのか。きっと自分では見付ける事など出来ないと分かっていたのかもしれない。


「……」


『期待しているよ』


「はぁ」


 胸の底に重い浮かぶ依頼者である細目の青年の姿に、ひどく心配した様子だった彼の態度。冒険者になってからそうそう聞いた事のない『期待』という二文字を変に勘違いしてしまっていた自分が痛い。それなりに探してみたんだよ…と、失敗した時どう言い訳しようかなどと思い浮かべている自分の頭が殊更に嫌らしい。もしかしたら見掛けた様な気がした人影もただの見当違いに過ぎなかったのかも知れない…。


「…」


 息を吐き、拳を握る。

 例えディガーの言うように…もしも手遅れだった人だったとしても何かしらの手がかりを見付けたい。それを持って帰ってダウンゼンの気が晴れる様を見てみたい…そう思ったのも徒労だったか……せめて何かをと、その場で半ば諦めたように周囲を見回し。


「ん?」


 その時見渡して見た一点で、視界は止まった。

 微かに、やや離れた位置で木々の間に何かが動いた様に見えたからだ。…どうせお得意の勘違いかと訝しく視線を細めて見つめると、やがて揺れ動く影は木々の間を抜け姿を現した。



「は…!」


 現れたそれは白いコートを着た長身の人の姿だった。

 膝先まで覆う長いコートに手を包む同色の白手袋、遠目に見ても分かるかなりの高身。幽霊などではない、しっかりと自身の足で踏み締め歩いていた。


「っ、あ!」

 息を呑んだ、唾を飲み込み。咄嗟に大きく腕を振り上げ走り出す。口から出て来るのは探し人の名前を叫び…見つかった、見つけられたと湧き上がる感慨が胸を占める。

「メイスンさ…っ!」


 そのまま……何の躊躇もなく呼びかけようと思い、身体が固まった。恐らく探し人であろう人物の、その後ろ手で引かれた『モノ』も木々の中から顔を出したのだ。手袋に包まれた白い指先に引かれ力無く垂れ下がり抵抗も見せない運搬物は地面を擦り進む。


「ッ!」


 思わず、駆け出していた。それは半ば反射的な行動だった、ちっちゃな正義感とか倫理問題とかではなく純粋にただ何かの間違いかと思い走り出したのだ。…かなりのぞんざいに運ばれるソレは仰向けの状態であり流れる髪は砂に塗れ、手の甲が細やかな石で擦り切れる。


 重い装備も忘れて駆け寄る自分の姿に気付いたのか、白色の人物はこちらを見据え顔を上げ。その瞳をやや大きく開かせたかと思えば次の瞬間に口元を大きく曲げて微笑む。


「アンタ!何を!」

「…おやおや」


 声が普通に届く距離まで近付き叫ぶと、白コートの男は肩を震わせてくぐもった笑い声を響かせる。


「貴方はどちら様でしょう?何故ここにいるのでしょうか?」


 くつくつと笑う男の後ろでは。灰色の皮鎧を着込んだ何か滲み出す自身の血で赤く染めあがり、その肩には緑色をしたナイフが深々と突き刺さっていた。



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