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10 クロスフェーズ

「ハァ」

 段々と熱を帯びて行く肺から息を吐き出し流れるに任せ視界を上へと上げてみせると人工的に続く土色の道が緑の山を切り裂いて一直線に走っているのが見えた。鈍り出す一歩を踏み込む毎に荒れる呼吸は空気を大きく吸い、鼻先をくすぐる草木の香りが漂う。未だ記憶に新しい嗅ぎ慣れた森の鬱蒼とした香りとは異なり爽やかに、立ち並ぶ木は背が高く光を遮られた地面に伸びる草葉はそれ程背が高くはなかった。



 カヘルの街を出発してどれ位経ったろうか。時計も持たずに足の裏から伝わる疲労と空に浮かぶ太陽とを元にした簡単な目算でも結構な時間を過ぎているのは感じられ、最初はなだらかで平坦だったはずの道も次第に傾斜を高めていき。今では一歩を踏み込むのにも力が必要な程だった。少しばかり後ろを振り向き遠くに見えるカヘルの街並みも今では目線より大分低くなったように感じられた。


「シッ」

 肩に掛かる相棒の重さと全身を覆う装備の重さと、歩きながらずれ落ちて行く重心に肩へと担ぎ直しながら進んで行く。

 話しに聞いた既に寂れた廃坑だという事はどうやら間違いないようで、どれだけ歩いてみても他の誰かと擦れ違ったりするような事は無かった。かつての盛況を残す名残か道の上には硬く掘られた溝が延々と続く…恐らくは何度となく積荷を背負った車の通り抜けた跡か車輪の軸に合わせた低い溝は、長い山道同様にずっと先まで伸びている様だった。

「ハァ」

 掲げた視界に遠くに見えるポッカリと空いた黒い穴。自身の目的地であるゴール地点は緑多い視界をくり抜いたように穴を穿ち。近寄らずとも感じる少し薄ら寒い雰囲気は遠く離れたここですら漂って来るように感じられた。


「アレが、旧抗か」

 荒く吐き出す息に足も止めず、やや煩わしい息苦しさも合わせて大きく襟元を開くと懐から一枚の紙を取り出した。四方状の折り畳んだ厚手の古い紙を片手で伸ばす様に広げて行けば目に入る白地の面にざっと並んだ箇条書きの文字の群れ。順序も何も関係なしに雑多に書き込まれた内容を端から目で追って行き、弾む息に合わせ小さく中身を読み上げた。


「ゴート・メイスン」


『ゴート・メイスン 24歳 男

赤褐色の髪 日に焼けた肌 身長高 体格大 カヘル冒険者ギルド所属

強面な見た目に性格は内向的 武器に短剣を使用 綺麗な装飾の施された一本を必ず身に着けており クエストランクはE 割と小物が好き 料理がうまい 大酒飲み』


「…」

 若干。余り役に立たない情報も目に入ってくるがざっくりとして読み終え再び紙を小さく折り畳むと懐へ戻した。

「とりあえず特徴は背が高い、か」

 色々と他にもあったかも知れないが中でも特に簡単な項目だけを頭に焼き付け微かな期待から周囲を見回しきょろきょろと視線を巡らせる。

 緑の葉っぱに紛れる茶色の木々が立ち並ぶ風景…当然ながらその中に人影らしき姿は見えては来ず、ただ落胆と共に溜息が重なるだけだった。…そもそも目的の人間がボーっと突っ立っているようならまだしも横なりに倒れでもしていればいくら草葉の背が低いとはいえそう簡単に見付けられるものでもない。口の中で「まぁ期待してなかったけど」とやや負け惜しみ気味に呟けば進行方向を見上げ遠くに見えるゴールを睨むと進む足の速度を気持ちだけ早めていった。


「探すとしたら、やっぱ坑道の中かっ…居るといいけど、さ!」


 見通し自体は悪くないとはいえそもそも広大すぎる山の中をただ漠然と探そうとも思っていなかった、第一人数だって1人しかいないんだ無理にも程がある。…だからこそ初めから探すのならば坑道の中だなと当たりを付けていて。何よりも、分かりやすい目的地が目に見える先にあるというのは気分的に言ってもとても楽なものだった。

「よし!がんばるか」

 楽観視に近い予測でも荒れる息をなんとか拾い上げ再びズルリと落ち掛けたクロスボウを背負い直すと長い山道をひたすらに進んで行く。




 …そうやってどれだけ登り続けた後か、少しずつ広がりを見せる道幅に見える景色の中に目新しいオブジェが増えて行く。四角い車輪付きの箱をそのまま横倒しに倒したような打ち捨てられた姿。錆付く鉄面を見せるトロッコがいくつも転がっている姿が目に入る様になり、それと同時に長く続いていた地面の溝も少しずつ消え去ると代わりに細かい鉄板を張り合わせた細いレールが道の上に現れた。…いよいよ坑道が近くなって来たのを感じ息を飲み込み走り出す。


「わぁ」

 …遠くから見えていただけあって身近に迫った坑道の入り口は見上げるまでに大きかった。黒墨を零したような内側へ他方へと散っていた鉄のレールも隊列と連なり影の奥へと進んで行き。込み上げる疲労も限界に伝い落ちる汗に額をぬぐえばしっとりとした質感が指へと返った…いよいよもう少し…最後の力を振り絞るように足を踏み出し前へと進んでいく。

 暗き穴を開く旧坑の入口は影の冷たさを示すようにひんやりとした風が吹き、内側をよく覗き込もうと入口の端から首を伸ばす。



「ウソ…だろ」

 開かれた口から呟きが漏れた。



 …確かに坑道への入り口はあった。

 恐らくは採掘品の運搬用でもあるレールも間違いなく坑道の奥まで続き中へと伸びているのだが…それもほんの数十メートル、覗き込める最大ぐらいの位置まで進み止まってしまっている。…何もレールが途切れて終着点がある訳ではなく、単純に『埋め尽くされてしまっていた』。暗い奥行の先に見えるはずの坑道はその全容の代わりに大小様々な雑多な岩が組み重なり。高く積み上がった岩石群として床の端から天井の上まで覆っていた。


「う、ぁ」


 漏らす言葉に動揺からその場で数歩後退り口元を手で抑えると僅かに震えた。

 まさか、落石か…事故?

 完全に崩れ落ちてしまった坑道を前にし絶望感にも似た感情と、それと同時に嫌な予感が頭の中を駆け抜ける。もしかしたらメイスンという冒険者も、もう、既に生き埋めに。

「っ」

 人がぺしゃんこに潰される嫌な想像に頭を左右に振り払いとにかく急いで知らせなくてはと思い踵を返す、登って来たばかりの山道を駆け下りてなるべく早く増員なら捜索隊の要望を…!そう思って進み掛け……。


「…ん?」

 坑道入口のすぐ脇に、わざとらしく飾られた看板が目に入った。

 …急ぎ戻らなくてはと思う反面、いかにも目立つようにと目を引く看板に気は引かれて、若干の迷いを抱きつつも静かに歩み寄り字面を読む。長く風雨に晒されたのかやや変色の目立つ文字であったがそれでも内容だけはしっかりと読み取ることが出来た。


『第一坑区廃坑に伴い入り組んだ内部は非常に危険である為坑道入り口を封鎖いたしました。何かご用のある方は連絡をお願います。カヘル行政組合』


「…」

 一字一句しっかりと読み取るように…やや頭痛めいた痛みを感じた気がし一度遠くの緑へと目をやるように心を落ち着けると目頭を揉み解す。

…少し、疲れているのかもしれない。幾度かの深呼吸を繰り返し「まさかね」と自分で笑みを浮かべるともう一度看板に視線を戻した。


『第一坑区廃坑に伴い入り組んだ内部は非常に危険である為坑道入り口を封鎖いたしました。何かご用のある方は連絡をお願います。カヘル行政組合』


「…」


 …少し。疲れているのかもしれない。

「ふぅ」

 もう一度だけ。そう言い聞かせ。数回目を瞬かせた後に息を吐き看板に…


『第一坑区廃坑に伴い入り組んだ内部は非常に危険で…』



「入れないじゃないかぁ!」

 数秒のタイムラグを挟み心から漏れ出た叫び声はしかし重なる疲労と喉の渇きというダブルパンチのせいもありあまり大きな音とはならずに。むしろ余計に叫んでしまった事により消費してしまったカロリーに果てなく感じる徒労感。へなへなと折れる膝にそのまま崩れ落ちると母なる大地を両手でしっかりと掴み肩は大きく上下に揺れる。


 今まで何ともなかったはずの装備の重さは今になってズシリと圧し掛かり。…唯一の目的地だったはずの場所が実はスタート地点ですらなかった新事実。込み上げてくる言葉にならない『やっちゃった感』にどうしようもない疲労だけはしっかりと自己主張を繰り返し。……一気に弱気に走り出す心が禁断の言葉を吐き出そうとして口を動かす、『もう…帰ろうかな…』…余りにもな一言は喉の先から出掛かり言葉になろうとするが、それよりも少しだけ先、遠く微かに見える山の上で…緑の山間を揺れ動く影が目に入り一瞬、呼吸が止まり掛けた。

「っ!」

 半ば反射的に立ち上がる体は背負っていたクロスボウを手に取り持ち手に指を掛けると構えを取る。今までの習慣上にすぐに撃ち出せるようにと射出手前まで絞られていたハンドルを急いで回し切り、漏れ出す息を意識的に細めると照準の奥を覗き込む。

「…なんだよ!」


 …モンスターの発生は確認されてない。

 そう言われてはいたが、それだけで安心仕切れる程立派な根性はしていない。元からの臆病さで行われる咄嗟の行為の中、照準の先を小刻みに振りながら見つめ…やがて目にした影を捉えるとピクリと腕は動いた。


 そのまま数瞬。


「はぁ…」

 目に飛び込んで来た影の正体に気付くと長い息を吐き出しながらクロスボウを下ろした。…溢れた溜息は徒労というよりも安心から、凶暴なモンスターかと思い身振るいしかけた視線の先で捉えた影の姿は、遠目でしかなかったが間違いなく人影だと分かる。…分かってしまえば何をビクついたのか、半笑いの表情を浮かべると胸を撫で下ろして息を吐いた。


「ん?」

 そのまま無駄に構えてしまったクロスボウをしまおうかと思い…ふと頭を過った閃きにもう一度だけ構えると、先程見えた人影を探し視線を合わせる。

 …緑と茶色が渦巻く景色の中に動き回る影は割とすぐに捉える事が出来、遠いながらも歩いて行く人影がどうやらかなりの高身長の人物である事が分かった。

本来歩きにくいであろう山道をスイスイと進んでいく姿は少し不気味であったが。それでも頂きへ向け進む人影に大きく頷いてみせる。


「やっぱり、アレ!」


 心の中、輝くように浮かび上がったのはクエスト目的である冒険者の名前。クロスボウを構えたままに口の両端がニンマリと曲がっていくのを感じ、急いで引き絞った矢を緩めるとクロスボウを背負い直し山道を駆け出していく。

「ハハ!やっぱ間違ってなかった!」


 徒労かと思った目的地が、しかし案外間違っていなかった事に笑みは浮かび、相棒に装備の重さもどこ吹く風。山間を進むその白色の後ろ姿を追い駆けて木々の合間を進む獣道へと踏み入った。




―――――――――――――。




「シャ、ラ、さんー」

「ハァ」

 背後から響く舌足らずな呼び声に私は息を僅かに吐くと振り返る。

 木々の緑に幹と土の茶が目立つ山道の中、すぐ後ろを進んでいたはずの少女はいつの間にか遠く離れ、やや太めの木に手を掛ける様に置くと肩を上下させながら私を見上げている。…元よりやや背の低い少女であるから離れてしまった立ち位置の関係上いつも以上に見上げてくる感じが強く私は肩を竦めた。

「まって…ちょっと、まって」

「はいはい」

 余りに情けない感じの声に私はその場で近くの木に背中を預けて立ち止まる。先を行く私が止まったのを確認したのか少女、ミリアも若干フラフラながらも何とか這う様に進み出す。

「もう少しよ、がんばって」

「は、はい!…でもぉ」

「…先に行くわ」

「えぇーー」

 ミリアの若干悲痛めいた叫びが耳に響く中、私は木から背を離すと再び前進を再開する。


 …やや急ぎ過ぎている、そういう実感はあった。ミリア自身も私より体力は低めといってもそれは年相応のものであるし本来であれば同じチームだ、息を合わせて目標へとしっかりと進む事が大切なんだろう。…しかし今の私には余り余裕を感じられずに、何よりもクエストの完了を急ぐように先を目指した。


 嫌な予感があったのだ。…胸底に渦巻く感じは間違いなく依頼者であるあの男が原因のもの。

「っ」

 口の中をカリと噛み込み、歯の合わさる音を感じながら思い出す。




『貴方にお願いしたいクエストは第一坑区の地質調査ですよ』

『地質調査?』

 いぶかしげに問い返した私に向かい男は緩い微笑みを浮かべて返す。

『ええ。第一坑区、ご存じでしょう?知らないはずはありませんよね、カヘル所属の冒険者なんですから』

『…』

『ふふ…現在カヘルの採掘活動は全て北部の第二坑区以降の鉱山に集中しています。…そしてそれと同時に、大変悲しい事ですが何故かその周囲一帯はモンスターの多発地帯となっており作業への影響が相次いでしまっているんですよ。…そうそう、そのモンスターを追い払うはずの冒険者の皆様もご活躍のようで。…本当に感謝しておりますよ。ねェ?』

 ニンマリと微笑む瞳は私を通り越し背後のミリアを見つめ、その視線を遮り私は更に一歩を踏み込み強く睨む。

『…だが、第一坑区はもう廃坑だ、そんなとこを調べて何がある』

『く、ふふふふ』

 投げ返した私の問いに男は待ってましたと言わんばかりに肩を震わせ口角を釣り上げた。

『それがね、あるんですよ。まだ貴方の知らない鉱山が』




「…」

 歩を進め、道の邪魔をする木々を通り抜けると視界は急に開かれて広がった。山頂にかなり近づいた為にか空の青さは尚一層に大きく感じられ吹き抜ける風も心なしか肌触りも冷たい。

 視界の開けた目の前に輝く太陽に照らされ浮かび上がるのは木々と山の姿。…そしてそんな中にあり一際異彩を放つ長い影が地面を切り裂き遠く先まで波打ちながら続いている。

 黒い影に見えたのは切り立った崖、地表を割り込む様な切り裂かれた地割れは流れる風を音を乗せて吐き出し、まるで何かの生物の遠吠えのように周囲に反射して響き渡っていた。

「…こんな場所が」

 私は小さく口の中だけで呟くと腰部のポーチを探り依頼書の写しである紙を取り出し視線を落とした。


『依頼書 大断裂の調査 

第一坑区近辺で発見された地表断裂を調査し可能な限りの資料を持ち帰る事。尚、このクエストは王国発行の正式な依頼でありクエストの詳細に関する一切の発言、情報の流出を固く禁止する。 クエスト達成報酬 採取資料鑑定後に金貨200枚 発行 王立地質研究所』


「…」

 それなりに長くカヘルで冒険者として生活していた実感はあったがそれでも全く見た事のない景色に…若干の悔しさにも似た感情が沸き、私の表情を少しだけ曇らせた。


「ハァー、ハァー、ハァー、うぅひぃ」

 そうこうしている間に必死な様子で追い付いて来たミリアは私のすぐ傍まで寄ると膝を曲げ荒々しく息を吐き出しながらうずくまる。一応は女の子としてその声はどうなんだと一瞬質問したくもなったが、私自身も余り人の事を言えた身分でもなく黙っておくことにして胸の中にしまう。

「ミリア、疲れた?」

「は、い、すっごく」

 まだ息も戻らない様子かずっとゼハゼハハァハァと呻く彼女を横目にし紙の写しを再びポーチの中へと戻した。

「少し休んでていいわ」

「は、い、シャラさん、は?」

「私は…」

 首を巡らせ影を落とす断裂へと目を向ける。

「少し様子を見て来るわ」




 遠慮を無くし駆け出すスピードを速めると大きく口を開いた長い穴はすぐに迫って来た。場所の関係上下手に近寄ると崩れ落ちそのまま飲み込まれてしまう危険があった為に…ミリアとの距離が離れてしまう事には若干の懸念は感じたがそれでも頑丈そうな縁を探して駆け回り、やがて丁度良さそうな場所を見付けると慎重に歩み寄り穴の中を覗き込む。


「…」

 深く沈み込んだ穴の下には目に写る茶色一色の集まり。どうやら見た目の大きさに比べ高さ自体はそれ程でもないようで落ちた先に見えるのは一面に広がる砂の山だけだった。

「砂?」

 …少し浮かぶ疑問に剥き出しに切り取られた岩肌へも目を向けるが所々に光る欠片がいくらか混じっているのは観察出来たが特別に目を引くという感じは見受けられない。

 何よりも不自然だと見えるのは自然の断裂だというのに下に貯まっているのが岩壁の欠片ではなく砂ばかりで。

 これは自然の産物というより、むしろまるで…。




「いかがです?」

「っ!」

 不意に背後から聞こえてきた声に咄嗟に振り向き、目に入る眩しい光。緑色の輝きを放つ鋭い刃は宙を翻り。

 鋭い痛みと共に赤色の線が宙へと舞った。



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