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09 服毒

 チチチ チチ


 僅かに聞こえる鳥のさえずりの中、差し込む淡い陽の光に鈍色の姿が浮かび上がる。幾重にも絡めた長いベルトに冷たい鉄の輝きはまるで物語の中に出て来る騎士の姿のように。左腕だけを覆う鎧姿を引き摺るようにして歩き姿見の鏡の前へと足を向ける。

「うわぁ」

 やや曇りがちな安物の鏡面に見えた自分自身の姿に思わず呻きが漏れた。

 光を吸い込む鈍色の輝きはまるで剣士を思わせる左腕、鋼板に鋼板を重ね合わせた姿に軽量化として刻まれた複数の切れ込みは目立つがそれでも重厚さに変わりは無い、腕の内側は全体像をごまかすように鋼板は行き届かずにベルトだけが走っているのだが関節を素早く曲げるにはこの方が都合がいい。横から見てしまえばまるで亀の甲羅が被ってる様な鎧姿だが、それも指先から肩の部分までで終わっており、その他全身を覆っているのは深い色合いをした茶色だった。なめされた獣の革を何度も重ね合わせた丈の短いコート姿に同色のズボンは継総じて分厚く硬い。試しに、と指先を伸ばし軽く弾いてみれば鈍い音と共に叩いた指先の方が痛み小さく蹲る。

「ツウゥ、ウ、フ、ふふふふふ」


 曲げた腰に染み込む痛さの中で隠しようのない喜びが段々と膨らんで行き背を伸ばして見てみれば同様に鏡の中の自分も複雑な笑みを浮かべて笑っていた。…いや別に痛いのが嬉しいとかそういう訳じゃない、ただこの目の前の…その、なんとも『らしい』姿を見て自然と笑みが浮かんで来ていた。


「まるで冒険者みたいだよ」


 …ついついと漏れてしまった自分自身の呟きが、なんだか見当外れな言い分に思えて、尚の事笑えてくる。我慢がしきれずにそのまま室内を急ぎ足で横切ると窓横に立て掛けておいたクロスボウと矢筒とを手に取り再び急いで鏡の前へと戻る。

「よっ、と、っと!」

 全身を覆う慣れない重みに、少し倒れ掛けながら何とかバランスを保ち鏡の前へと戻ると、鏡に背を見せて用意をする。

 矢筒から伸びる支えを腰へとしっかりと巻き付けクロスボウのトリガーへは指先を添える、最も重く伸ばすのに一番苦労する左腕は何とか弓座の下を支える事に成功し、僅かに息を整える。


「ふぅ、はぁ」


 何もしていないそばからバクバクと暴れる胸の高鳴りに少ない理性の総動員で抑え込むと意を決し踵から反転して鏡へと向かい振り返る。

「…っ」

 カシャリと鳴り出す相棒に両足は肩幅まで開きやや腰は落とす、トリガーへと指を掛けた右手の甲を鼻先に持っていくように、狙い定める弓の先端から見て先に、視線に写り込む自分自身の姿を見て一瞬ドクリと心臓が高鳴った。渡る事の出来ない鏡面の向こう側にはクロスボウを構え全身を冒険者装備で着込んだ誰かの姿…雰囲気を出して鋭く睨もうと思っても勝手ににやけだしてしまう締まりのない顔にだいなし感は感じてしまうけど、それ以上に胸の底から込み上げる熱い憧憬が感情を揺らしていた。


「か、かっこいい…っ」


 『形から入る人間』

 『所詮見た目だけ』

 頭の中にいるちょっと冷静な自分が冷めたフリしてそんな事を言っているのは聞こえたが、冷静な自分だって今この時は隠し切れない心の躍り出しで思いで叫びだしたい気持ちでいるに違いない。…現に自分がそうなんだから。

「っ、っ!」

 まるで夢の中を覗き込んでいるかのような浮遊感にその場で大きく飛び上がり掛けたが、それよりも先に数度扉を叩くノック音が部屋に響き渡り、僅かな抵抗を見せてノブが回った。


「コワードくん、終わった?」


 開かれた扉の先からやや遠慮がちに顔だけ覗き込んだ目の前は何故か手で覆っていて、ゆっくりと部屋の中を見回しす様子を見せるリザリアと不意に目が合う。今日は明るめな色合いの上着に白色のフリルを揺らしている少女はそのやや大き目の瞳を尚一層大きく開かせて花開くような笑顔をパッと浮かばせる。

「わぁ!コワードくん似合ってる!」

「え、あ、どうも」

「恰好いいよ!」

 …何か非常に晴れやいだ明るい笑みにこちらも釣られて一瞬笑顔を浮かべかけるが、それでも顔の筋肉を総動員して必死に顔をしかめさせた。何となく笑い返してみせる自分が恥ずかしく思えて、その結果半端に頑張った表情筋が何とも微妙な表情を浮かべさせるのだがリザリアはその事に気付いた様子も見せずコロコロとよく回る笑みを浮かべた後に小さく肩を落とした。


「あーあ、もしも着方が分からなかったら手伝ってあげようと思ったけど、そんな必要無かったね」

「ああ…えっ!ハ?」

「ふふ」

 妙に意味深な言い方に装備の防御力を無視して背筋がざわつき、リザリアはそこまで話し言葉を区切る様にして小さく手を打つと再び晴れやいだ笑みを浮かべ扉に手を掛ける。

「もう父さんも下で待ってるからね、用意が出来たら早く来て」

「あ、ああっ、分かっ…ました」

「ふふ」

 最後に見せ付けるように可憐な微笑みを見せるとその姿は扉の奥へ消えていき、

「いいよ、なんか冒険者っぽい」

 僅かな呟きを残し扉は閉まる。


「……」

 バタリとなった音に合わせ、部屋の中には静寂が、朝日に混じって声を上げる鳥のささやかな歌声だけが響いた。


「冒険者、か」

 小さく息を吐き出し、視界を鏡の中へと戻せばそこには変わらずに全身装備にクロスボウを下げた自分自身の姿があった。

 冒険者と言っても少しぎこちない。鈍る重さを感じる左手を少しだけ掲げ鏡の内側の自身の顔へと指を添える…あまり自分の顔なんてじろじろ見たいと思わない、その程度には嫌いである。…少し情けなく下がった眉根に強く指を当て、その奥に燻る気持ちの奥底までを鉄の指先で削ぎ落とすように何度も行き来して払う。


「次は大丈夫だ」

 深く息を吸って、深く吐いた。




 そのままどれくらいそうして居たのか、気を緩めると震え出そうとする心臓の納まりを待っていると廊下の外から壁など無視したように大きく響き渡る声が室内に飛び込む。


『コワーードちゃんーー?どうしたのーー!?』

「っ、やば!」

 響く声に身じろぎし慌てて周囲を見渡すが時計何て高尚なものを用意してない殺風景な部屋の中では正確な時間も分からず、開かれた窓の風の流れを感じながら細々な荷物を詰め込んだリュックを手に取り走り出す。

「ん!?」

 ガシャガシャと騒がしく音色を引きいざ出ようとドアノブへと指を伸ばすと、ふと室内に輝く小さな明かりが目に付いた。今は自分の左腕、鈍く輝く冷たい鉄色とは正反対の淡い暖かみを感じさせる黄色。机の端から顔を覗かせる光に近付いて見れば無造作に置かれた金糸の袋と表面に描かれた空舞う鳥と獅子の姿が目に入る。

「……」

 暗い森での、スケイルバードとの戦闘。その恩賞として受け取った細工を刻まれた袋を目にし、幾分迷いながらも指先を伸ばし手に取る。金貨などと恐れ多くなかなか減らない中身は今なお指先には重い。

 そのまま少し考え、やがて小さく頷くとコートの襟元を開き胸の底へと袋をしまいこむ。

「記念だし、気休めくらいにはなるか」


『コワードちゃんーー』

「はいーー!」

 なんでそんなに声がデカいんだと、そうツッコミたくなる大きな響きに小さく息を吐き出すと走り出す。




―――――――――。




 結果として言えば一応自分はまだディガーには見放されていないらしい。

 半ば自分勝手に引き受けたクエストに、その夜ディガーは苦言と小言を漏らしたものの大きな反対はせずに冒険者装備の借用も問題なく許可された。貸し出された装備の茶色の革鎧の名を『ラビッドアーマー』と呼び軽鎧の一種だが、モンスター化をし硬化した兎のなめし革をふんだんに使用した防具は弾力性と防寒性に富み。ディガーの勝手なカスタム要素として無理矢理取り付けた金属鎧の左腕は重さはあるがかなり頑丈なようだった。

 クエスト内容に対して少し高尚に過ぎる装備だとは感じたが、逆にそれだけの期待はされていると思い直せば胸の底も幾らかは軽くなる。



「やっと降りて来た。あら本当!似合ってるわ!」

「でしょー?」

「はぁ」

 長い階段を下り建物の宿屋側に、カウンター前で互いに並び笑い合う2人の姿が目に入る。片方は最早見慣れた禿頭の大男で、もう片方はそんなディガーの半分にも満たないリザリア……相変わらず対照的なシルエットの2人の姿に微かな苦笑いを浮かんだ。


「本当ピッタリよ。はぁ、私の若い時を思い出すわ」

「え…やだな」

「…ナニ?」

「やっ!いや、ははははは」

 少し細まったディガーの瞳に笑い声を上げてごまかすと傍に寄る。既に片付け済み掃除まで終わっている机の上には何も残ってはおらず、カウンター傍で満足そうに微笑むディガーは自分の姿を見つめ何度も何度も頷いてみせる。


「うんうん、バッチリね…何か違和感とかない?」

「違和感…」

 言葉に少し左肩を動かしてみる…ガシャリと重い音に鈍い動きやはり、少し重い。

 これが本当に全く動けない重さかといえばそんな事はなく、通常の鎧装備に比べて大分軽量化は施されているようだがそれでも少し重かった。…しかし、見栄は張りたい。さっき見た少しだけカッコよく思えた自分の姿を思い浮かべ、なんでもないかのように口を開く。


「少しは重いけど、大丈夫です。どうせクエスト自体だって人探しですしね、下手に頑丈すぎて重すぎるより断然こっちが、それに多分不意打ちにモンスターと戦いにでもならない限りきっと問題ないですよ」

「………そうね」


 自分の言葉にして告げて見れば何だか気持ちが軽くなった気がしてくる。

 元々は怖いながらも冒険者としてモンスター討伐を願っていた自分だが、案外と予想外に受けるクエストの形となったがこれはこれで自分の始まりとしては悪くない依頼だと思えた。…何せモンスターと戦わなくていいのである。

 少し情けないとも思うがその分気は軽い、明確な討伐対象もなければモンスター発生自体も少ない地域だというお墨付き…捜索の対象者にやけに心配気なディガーを思えば少しだけ心苦しくも感じられるがあまり重くなり過ぎない肩の荷は丁度いい。

 やや眉根の下がっているディガーの表情に安心させる意味も込めてハハと笑ってみせるのだが、余り気分が晴れた様子は見受けられずに小さく息を吐き出すと一歩近づいて来る。


「少し出る前に約束をしてもらえる?」

「約束、です?」

「ええ…簡単な事よ、無理な事は言わないし求めないから安心して」

言葉と共に目の前で突き付けられたひとさし指が一本上へと立てられ踊る。


「ひとつ、何があっても夜までには一度戻りなさい」

「あ…まぁ、はい」


 …言葉に若干首を傾いたがおとなしく頷いて見せた。

 元々人命捜索の依頼である、二重災害を恐れ暗くなるまでは探して見て何の手がかりもなければ早々に引き上げるとは事前に話し合った通りだった。そもそもディガーにしてみれば探し人の存命はほぼ絶望的と考えている部分があるらしくとにかく早く帰る様にとは勧めてくる。…確かに何がしかの出来事があってそのまま一週間も取り残されたと考えれば。本人の姿よりも遺品の1つでも探した方がマシかも知れない。

「…」

 しかし自分では、そんな事を考えていなかった。出来ればしっかりと救い出しダウンゼンに会わせてあげて。


 そして…それで自分はしっかりとここでやれると、そう証明出来る証拠になってほしいと小さな打算も胸の中で渦巻いていた。



「次に。ほらこっち向いて」

 やや反れ掛けていた自分の瞳に目伸ばされた太い指が首を軌道修正し…少しゴキリとなった……無理矢理視線を合わせると続いて中指を立てディガーは口を開く。


「次に、もし何かあったとしても何があっても無事に帰る事を最優先にしなさい。他の事はいいわ」

「ハ?」

「…仮にクエストの失敗でもなんでもいいわ、貴方だけはきっと無事に帰って来なさい。ここには貴方の無事を願ってる人が居て、貴方の帰る場所がある。その事を忘れないで」

「…」

「いいわね?」

「は、ハイ」


 やけに真剣そうなディガーの様子に反射的に首を縦に振る。…何かあったらと言っても恐らく何もないというのが可能性が一番大であり、そんな事無いよと言いたいのはやまやまだったが、そうとは反論し切れない頑なな硬さが表情の中にはあり思わず何も言えずに黙り込んでしまう。

「ふぅ」

 小さく息が漏れいつの間にかしまい込んでいた笑みを再び浮かべディガーは今度は穏やかに口元を曲げる。

「でももしも絶対に大丈夫って確信を得たなら、そうしたら頑張っていいわ。よく考え、必死に考えて、また考える、そういう事が出来るっていうのはいい冒険者の証よ」

「…何かの冗談ですか?」

「ふふ、さあね」

「はぁ」

 少し過剰に過ぎるなと思っていたら今度は一転し片目を瞑るウインクに微笑むディガーの姿。なんだか全身から力が抜けるような思いで漏れ出る溜息が口を突いて外へ出る。

 小さな含み笑いを残すディガーはそのまま身体を引きながら数歩離れ代わりに水平に寝かした指先で中空を払う様に、目元を細め口を開いた。


「それじゃ!がんばってらっしゃい、お夕飯までには帰ってきなさいよ」

「どこの子供ですかソレは!」

「コワードくん気を付けてね!」


 感じる脱力感に徒労感、結局いいように担がれただけの無駄な時間を過ごした気がして踵を返す、ディガーにリザリア共々そんな自分を大きく腕を振って見送り。…誰かに笑顔で送られるという経験のない事に内心むず痒さを感じながら宿場の扉を開く。


「行ってきますよ」

 変にこそばゆい気持ちは感じるが不思議と悪い気持ちは沸かなかった。




 宿場泥船を後にし歩き出せば裏通りに面して建っていた建物はすぐに見えなくなり、歩を進めて行くと大勢の商店が首を並べる大通りへと差し掛かる。

 まだ朝も早い段階であるせいか主要通路といっても人の姿はまばらであり、開いてる商店は少ないが、それでも同業者である冒険者の姿は比較的多い。元々の人数の多さゆえか先に手をつけてしまおうという輩がほとんどか…少し目立つ数人の塊と擦れ違った後、彼らの向かった方向へ目を向ければ冒険者の流れはカヘル北門出口へと向かっているらしい事が分かる。


「オレに関係ないけど」


 小声で漏らした強がりにほんのちょっとだけ、集団行動に対して羨望の目を向けていた視線を前へと戻すと、かなり離れた通りの向こう側に自身と同じ方向へ向けて歩いて行く冒険者の姿が目に入った。

「お」

 他の冒険者とは違い向かい行く先は同じ南門の方向か。しかも1人だけ道を歩いて行く後ろ姿に何だか同じ気持ちを共有できているような嬉しさが込み上げ、ちょっと声でも駆けてみようかと思い立つが……すぐに裏切られた。1人だけだと思っていたがすぐに誰か別の冒険者と合流し2人組になったのだ。


「ハァ…」


 なんだか、勝負も何もしてない前から負けてしまった気分がし静かに空を見上げる。…青い空は今日も快晴、見えない先の天井はとても遠く千切れた白い雲がまばらに浮かび風に流されて行く。

「…」

 変な所でかち合い嫌な思いをするのも嬉しくなくなるべくゆっくりと牛のような速度で歩くスピードを鈍らせた。



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