07 昼下がりのギルド、内と外
「シャラさーん!こっちですー」
カヘル冒険者ギルド内、人混み雑多な物音の中に一際甲高い声が響き私は目を向ける。入口扉から進み直線上の長いカウンター、切り取られた窓口の1つの前で大きく手を振る少女の姿が目に入る。若干幼げな見た目に全身を覆う灰鼠色の皮鎧、小柄な彼女の動きに合わせ背の上では丸盾と中サイズの剣がガシャガシャと音を立てその表情は目に見えて笑顔。何かこちらまで嬉しくなってきそうな自然な笑みに静かに微笑み返すと雑多な人混みの中を進み出す。人垣を抜け、やがて手を伸ばせば届きそうな距離まで近付けば少女は笑みの中でも一転、やや膨らませた頬で見上げるように私を見る。
「もう!一体どこにいってたんですか!約束の時間もうすぐですよ!?」
「ふふ、ごめんなさい」
恐らく怒ってるつもりであろう。その見た目は細やかな仕草も合わせどことなく小動物を思わせ、怒ると言うよりも若干拗ねているといった感じを受けた。
「何をしてたんです?」
上目使いの言葉にどう答えるべきか一瞬迷い振り返った。目に見える人の群れ、その向こうにあるはずの出入り口はここからでは見る事が出来ずに若干枠が見える程度…その先にあるであろう道路の姿もその向こう側に見える景色もここからでは見る事は出来ない。
「…ちょっと、ね」
「ちょっと?」
「ええ」
多少…いや自分でもよく分からない感傷に後ろ髪を引かれる思いを浮かべるがその正体までは見えずに、少し頭を左右に揺らす程度で振り切ると極近のカウンターへと向け声を掛ける。
「ごめんなさい、言伝はあるかしら?」
受付窓口に立つのは丁度良く馴染みの顔の女性職員であり、彼女はさっと視線を送り今対応している冒険者とのやりとりを二言三言交え切り上げると窓口から乗り出す様に顔を出し小さく折り畳んだ紙片を差し出してくる。
「…シャラっ、遅刻って訳でもないけど先方はもう来てるわ、急いで」
「分かった」
「それとギルド長が部屋に向かったわ」
「…そう」
まるで耳打つ様に漏らされた小さな言葉に頷くと紙切れを受け取り…ついでに小声で礼を言えば女性職員は僅かな悪戯笑みを浮かべて窓口に戻る、居並ぶ他の冒険者へと向けすぐさま営業的笑みを浮かべる辺り余程たくましい。
「…」
少し見渡して見ればカウンター付近の人混みはいよいよ混雑を増し、入れ替わり立ち代わり行き来する人の群れを僅かに目に収め小さく息を吐くと歩き出す。
「行きましょ」
「あ、はいっ」
進み行く中で明るい声と同じく後ろからひょこひょこと付いて来る姿に視線を送り、手に取った紙片へと目を落とせば短い走り書きで『12番応接 ラド・オルイア』とだけ記されている。
「…」
無言で用紙を折り曲げ丹念に畳み懐へ、群れる人垣に再び視線を戻すと歩みを再開する。
…昔はこうでなかった。溢れる人の群れを見ながらそう思う。
確かにかつてから人の多さはかなりのものであったがそれでもここまで有象無象ではなかった…形はどうあれ命の削り合いをする冒険者、全員が全員足並みを揃えて「せいの」と踏み出すなどと節度ある行為など無縁の集まりでしかなかったがそれでも何か…誇りのようなものがあったはずだった。若輩に過ぎない私もその中に微かな憧れを見出し心惹かれていた事を今でも覚えているがそれが…今はどうだろうか。
「…」
笑みを浮かべ走り合う2人組をやり過ごし息を吐く…何もこの二人がという事ではないギルド全体の雰囲気というものか、ホームの中だというのに止まない歓声、耳痛い黄色い声、時折混じる幼くタガの外れた笑い…全体的に見てどんどん下って行く年齢層のせいもあるがまるで命のやり取りを感じさせず、さながら託児所かとでもいった空気に私は馴染めない。…この余りの軽薄な感じは正直な所不快であり、冒険者という存在そのものすらも馬鹿にしているように、私にはそう感じられた。
「…ッ」
…少し思い描いてしまった嫌な思いに私は振り切ると雑多なホールをなるべく早足に通り過ぎる。大階段の横に抜け少し進めば次第に人の数は減って行き代わりに目に入ってくる長い通路。長く奥へと続いていく道の両端に通路を挟み等間隔に扉が並び、その流れは見渡す限り先まで続いている、右手側最初のドアには上部に掛けられた札で『1』の数字、左手開始は扉の上方で『201』。…受け取った用紙の中身の番号を今一度思い出し静かに歩き出す。
「…」
横長の部屋の『2』が目に入り、次に『3』、『3』を過ぎれば次に『4』と、道を進む毎に位上がる表札へと目をやりながら人の待つとされた『12』番へ…長い道のりを進みながら目的の扉へと近付き、ようやく目の前まで来たと思えばドアは伸ばした腕を受け入れるより先、自動的に開かれ中から人が顔を出した。
「おや」
…開かれた扉の先から現れたのは背の高い女性。左肩から右腰までを貫く様な赤線をあしらった制服を着込み、襟まで立てた上に見える顔は妙齢を感じさせる皺と真っ赤な朱の乗る赤い唇…その上で覗き込む瞳は鷹のように鋭く目に写る全てのものを威嚇しながら鈍い光を湛えている。
一歩を後ろへ、身体を引き空けた隙間へと向け小さく頭を下げると口を開く。
「これはギルド長」
「っ、あ、ギッ、ギルド長」
咄嗟の私の行動にどうやら隣の少女も追従は出来たようでやや遅れ気味ながら漏れる言葉を確認し目線を上げる。…ここからではどれだけがんばっても女性の胸元程度までしか見えないが行った礼の向こう側で小さく息を吐く音が聞こえ、片腕が腰に当てられると僅かに反る胸が微かに上下を繰り返している。
「シャラクゼルにミリアか…少し遅かったんじゃないかい?」
「…すみません」
「まぁいい、顔を上げろ」
「はい」
女性の言葉に視線を戻せば赤く染まった唇を曲げて微かに揺らした笑み。…しかし瞳自体は変わる事無くまるで身体の芯まで見透かすような視線が交錯する。
「客は中さ、急いで行きな」
「はい」
「…粗相はないように、分かるね?」
「…」
高身の女性はそれだけ言う微かに目を細め通路の片側を空ける様に歩き出す。
……
すれ違い様一瞬だけ見えた瞳は三日月のように細く口元だけの笑みを浮かべ…そのまま結局何も言う事は無く去り行く…通路の手前へ、次第に遠ざかって行く背中に感じていた威圧感が少しずつ消え出し、私は身に安堵を感じながら胸を撫で下ろした。
「…ふぅ」
「ふっ!うっ!」
「…ん?」
「ツっ、ツっ」
「あの…ミリア?」
「っ!は!はいっ、はいい!」
「…ギルド長なら行ったわ」
未だ腰を曲げ続け頭を下げていた少女はバッと顔を上げ、注意深く警戒するように首を前後左右に…周囲を確認しようやく納得出来たのか吐き出す一息と共に胸の上に手を置くと大きく肩を落とす。
「はぁ…もうダメかと思いました、ここのギルド長っ怖すぎて!…もう何か会う度に寿命が一年単位で縮んでいくような…はあぁぁ」
「何その死神みたいな人は、あれでも一応は普通の人よ?」
「えええええっ!いや絶対に違います!断じてあんなの普通じゃないです!もう人を百人単位で殺っている、あれはそんな目ですからっ」
「…後でギルド長にそう言っておくわ」
瞬間青ざめる少女を尻目にドアへと向かい腕を伸ばす、すぐ隣から響く「やめてください!やめてください!」と叫ぶ抗議に多少の頭痛を感じながらも…それ以上に胸に迫る底嫌な予感に晒されながら私は扉を開いた。
「失礼します」
「お」
一言断り部屋の中に。
だだっ広い待合室の中には壮年に差し掛かった程の男性が1人いるだけで、入室に気付くと同時に腰掛けていた椅子から立ち上り非常に整った作法で礼を行うと頭を垂らす。
「これはこれはどうもお待ちしておりました。…私王立地質研究所所属研究員ラド・オルイアと申します、お見知りおきを」
「…」
「失礼ですが…お名前を伺っても?」
ゆっくりとした動きで下げた頭が上がれば目に見えるにこやかな笑み。待ち人たるその人物は全身を隠す白いコートに同色の手袋に覆われた指先を伸ばすと先を促す様にこちらへと向け手を広げる。
…一応は礼を取った名乗りに無視をしておくわけにもいかず若干嫌々ながらも首筋を下げ頭を揺らすと私も口を開く。
「…私はカヘル冒険者ギルド所属、対応クエストランクD…シャラクゼル、です…こちらは今チームを組んでいるミリアです」
「カ、カヘル冒険者ギルド所属、クエストランクF、ミッミリア…」
「おー、貴方がそうでしたか、シャラクゼル様のお話しはかねがね」
「……アンナ・ミリア…です」
「…」
隣に立つ少女の紹介を切り裂くよう声を上げるラドという男。何を嬉しいのか両手を叩き楽しそうに笑うと前へと向け一歩。…逆に恐縮してしまった様に小さくなった少女を庇うように前へと進み出ると、にこやかな笑みを浮かべる男の顔を睨み付ける。
「…」
「おや、何か?」
「…名乗りを求めたのはそちらでしょう?それを途中で一方的に割り込んで何のつもりです?」
「ん?え?…ああ、ああ、そちらの小さな少女の方ですか?まぁそちらは完全にただのオマケですからね、聞くまでもありませんが?」
「ッ」
あっけらかんと言い切る男はさもそれが当然だというように仰々に頷き、これまた整った所作の元部屋の奥へと指し示す様に腕を広げる。
「さ、こんな入り口で話しもなんですからどうぞこちらに…と、言っても私の部屋でもないんですけどね、ふふふ。こちらで正式なクエストの説明をさせて頂きます」
「…クエスト?」
男の言葉に訝し気に聞き返し広げた先を見てみれば部屋の中央に位置する机。応接室と銘打たれた部屋の中は色彩豊かな調度品が並び見た目も張る豪華な横長の机には付属品であるらしき同色の皮張りの椅子が2つずつ、深い茶褐色の色合い木目の上には白い用紙が一枚広げられており、入口の位置からでも読み取れる太い文字には『依頼書』と読み取れた。
「…はぁ」
小さく息を吐いた。言いたい事も色々と思い浮かぶが少なくとも胸の内で感じていた嫌な予感は的中していたようではっきりと分かるように頭を振ると低めの声を意識して口を開く。
「クエスト、ですか…それが『用件』というものでしょうか?」
「はい、ご安心ください、貴方にとってもとても良い内容で…」
「いえ」
穏やかに微笑む男の、その緩んだ笑みを強く睨む。
「クエストの依頼という話しであるならご期待には添えません、受けるつもりはありませんので」
「え?」
「…どうぞ、他の冒険者を」
「う?ううん…そうですか困りましたね」
言う言葉とは反対に男の浮かべる笑みに変わりはなく…それでも一瞬ピクリと頬が動いた様に見えたがすぐに笑顔へと戻った。
…そもそも客人があるという話しを聞いた時から嫌な予感はしていたのだ。
普通、ギルドへのクエストの依頼となればそれは冒険者単位に対して行うものではなくあくまでも仲介役であるギルドに対するもの……それでも著名な冒険者ともなれば名指しで指名される事もない事もないが、それはあくまでも確かな実力に裏打ちされた知名度があるからだけでそこに単なる『有名』の文字は含まない。…だというのにわざわざの名指しの依頼にギルド長の登場…オマケに『王立』の二文字。そこから来る依頼となれば話しを聞くまでもなくきな臭い匂いしかしてこない。
「ふむ…どうでしょう?一応は話しを聞いてもらえませんか?報酬額も折り紙つきですし何と言っても公式の依頼ですよ?今後の活躍にも箔も付きますし貴方にとっては悪い話ではないのですが」
「…それでは、何故その『大層』なご依頼をこんな半端者の私に?」
「いや…それは、アハハ…」
「何か、私でないといけない訳が?」
「ああ、いや…」
ラドと名乗る男は言葉に小さく頬を掻き、盗み見るような視線で私の姿を全体を眺める様に見つめ、やがて口を開く。
「それはですね『名前の力』というやつです。これは公式の依頼ですよ?そんな重要な役割をまさかまさか野蛮な一冒険者に委ねるとでも?全く笑い話にもなりませんが」
「…ミリア、行こう」
男の言葉を最後まで聞かずに背後の少女を促すと背を向けて歩き出す。庇っていた少女も右往左往するように男を見るが、やがて意を決したように小さく舌を突き出すと無言で追従し…そのまま数歩、ドアを開き去ろうと腕を伸ばせば横合いから急に伸ばされた別の腕によってその動きは止められる。
「っ!」
「あっと、すみません」
「っ、放せ!」
伸ばされた腕の、手首を掴んで来た男の腕を振り払うように腕を回すと男はそのまま勢いに煽られる様に数歩後退し半端な笑みを浮かべて腕を抑えた……柔和であるが内心の見えない笑みに、そして気が抜けていたとはいえ全く反応出来なかったその動きに私の中の男に対する警鐘は跳ね上がり、扉を背に居住まいを正すといつでも動き出せるように体を身構える。スラリと伸ばした腕は腰の剣を掴み取りいつでも抜き出せるように柄を開く。
「おっと、そう怖い目で見ないでください。私も小心者でして」
「…ふざけた事を」
「…いやはや聞きしに勝るお転婆ぶりですね、お父様のお気も知れます…しかし、ですね。この依頼、もうそもそも決まってしまった事なのです、今更そう怖気づかれてはこちらとしても」
「…決まった事?」
「見ますか?」
オウム返しに言葉を返せば男の浮かべる笑みはその弧をますます深め後ずさる様に数歩歩くと机の傍に歩み寄る。
木目の上に残された紙面を掴み取るとよく見える位置まで掲げ指先で叩く様に示す。
質のよい白紙に走る依頼書の文字の横には流れる書体で書かれた第一坑区の文字…そして、視線を下へと落としていけば目に入ってくる受領の署名欄。
「なっ」
…そこにある。既に押されたギルドの了承印に紋章。紙の向こう側、顔だけを覗かせた男はホッと息を吐く様に安堵の笑みを浮かべるとこちらを見つめる。
「つい先程ギルド長自ら承認をして頂けまして、いや間一髪…本当に頭が上がらない思いですね」
「クっ」
署名欄の上には小さく代理執筆と書かれカヘルギルド長の名が記されていた。
―――――――――――――。
「君、冒険者だったの?」
隣を歩く糸目の青年は覗き込みながらそう尋ねる。まだ陽も高く中ごろをいくらか過ぎた程度の街並みは活気があり、道路に並ぶ露天商の敷居からは張り上げた客引きの声が響き合う。
通路の反対側、進んでくる数人の人影を避けやり過ごした所で顔を上げると小さく呟く。
「ええまぁ…一応?」
口からは曖昧な返事しか出なかった。……まぁ一応冒険者といって間違いはない、『裏』とは言えギルド所属の身である事は変わらないし、大きく声を張り上げ冒険者だと宣伝してもいい気も若干するが…それでも何となく自信が湧いてこないのだから仕方ない。
「ああ、そう…なのか」
微妙な返事をした自分も自分だが糸目の青年も相当微妙な雰囲気で口先だけで言いながら半笑いに開かれて口元。その妙な態度があまり気持ちよくなく視線を半目で開き、流す瞳で目を送る。
「なんですか?」
「ん?あ、いやはははは…うん、なんというかね、全然そうは見えなくて」
「見えない、冒険者に?」
「うん」
「…じゃあ代わりに何だって?」
「そうだね、実は絶対君旅芸人か何かだと思ってたんだけど」
「旅っ!?」
青年の言葉に半目どころか大きく目を見開き見返して見れば目に入る青年の僅かに震えた肩…何故か神妙な態度だと思っていたのにそんな事は無く少し猫背となった背中はぷるぷるし、折れ曲がった口元が盛大に曲がる。
「ぷ、いや、ハハ、悪いと思ってるんだけどアレ、『リスタートォ!』のくだり。あれがもう何か印象に残り過ぎて、あの…ちょっと恰好つけて見せた君の姿がもう…もうっ…ぷっぷふふっ、いやっ、ごめんっ、ハハハハハッ」
「はぁ!?いや何言って、いや!いやいやいや!今すぐ忘れ、ってか往来でそんな事を!」
青年の言葉を掻き消す様に大きく手を振り声も上げて邪魔すれば道行き擦れ違う数人が何事かとこちらを振り返り視線を送り、その度に更に「何でもないですから!」と重ねてまた大きく手を振る…そうしていけば隣から聞こえてくる忍び笑いも大きくなる訳で…正に悪循環に過ぎない。
「…ム、くっ」
「ぷ、ふ、ふふ、いやごめん!ホント悪かったってそう睨まずにさ」
ジト目も通り越し完全に睨みつければ青年もようやく…半笑いであるが…謝罪を口にしながら忍び笑いを納め、お詫びにと手に持った赤い果実を手渡してくる。…先程通りすがりにあった露店で買ってみた代物だが見事な赤色の表面は陽を受けて尚みずみずしく光り、ほんのりと香る甘い匂いはでしゃばり過ぎずに鼻先を掠める。
「……」
渡されるまま一応は受け取った果実だがさすがにこのままがぶりと噛み付くのも何だか負けたような気がする…。迷った結果に結局自身の上着のポケットに無理矢理捻じ込ますという事で片を付け僅かに肩を落とすと歩き出す。
「…」
胸に湧くのはちょっとした情けなさに疑問……そんなに冒険者に見えないだろうか?…まぁ確か、それなりにとも威圧感の足りていない自覚もあるがそれでも気構えだけならば冒険者らしく…一歩下がっている感じはあるがそれでも冒険者らしく。それに何より少しだけ跡の残っている頬の傷が見ようによっては何だか歴戦の猛者の傷跡に見えない事も無くきっと何かしらの近寄り難いオーラを発揮しているのには違いない。
「…」
再び少し睨む様に視線を送る。
「ん?」
青年は視線を見返し少しだけ首を傾げ…しかしすぐに何かを悟る様に笑みを浮かべるとにこやかに口を開く。
「うん、全然見えないからね安心していいよ」
…的確に悟り過ぎだった。
「……」
そのままガクリと落ちる様に立てるように更に肩を大きく沈み込むと青年の明るい笑い声が響く。
「いやハハハ、君って分かり易いね」
「余計な…お世話ですが…?」
「いやいやそう怒らずに、落ち着いて落ち着いて」
口にし音頭を付けるように連続して肩を叩かれ…多少の痛さに尚更顔がしかむのだが、不意な呟きと共に動きが止まる。
「ふむ」
「ん?」
…通り過ぎ、気付いて見れば青年の歩みは止まっており往来の真ん中で制止すると僅かに考え込む様に口元へと手を当てる。道行く流れも多くただ単に出会ったからというだけの行きずりで歩いた程度だが、それでもさっきまで話していた相手が止まってしまったのだ、仕方なくと足がこちらも足を止め。通り過ぎていく人波に逆らう様にして隣に立つ。横合いから覗き込んだ表情は相変わらず曖昧なもので細い目の内側で何を考えているかは察し切れない。
「そうだな…うん…さっきは断られてしまったんだけど君なら…」
「はい?」
青年の細い目は尚一層に細まり、やがて口端を持ち上げ笑みを浮かべると腰に手をやり言う。
「君は冒険者なんだろう?少し、頼みたい依頼をあるんだけどやってみないかい?」