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02 竜車の上で

「むぅ」

 カチャリと素体同士をはめ込むと微かな軋みは指に伝わった。よく視れば弓と木台の繋ぎ目部分には小さな錆が見え、これのせいで若干噛み合いが悪くなっているようだ。

「もう古いからなぁ」

 点検はマメにしていたはずなのに…小さなぼやきは声に成らず、無言で危機の間に挟まっていた砂埃を払い腕を上げ完成した先端を外へと向けて構える。色落ちした年代物の弓は空を睨み下部では取り付けられた木製の台座が全体を支えている。弓の後方には大きな手回し付きの巻き取り機、連動したトリガーは構えた指に少しだけ大きいがそれでも持てない程ではない。

 快晴の雲一つない大空を輪っかだけのスコープ越しに見つめ、やがて下ろした。


「ふぅ」


 …とりあえずはいい。及第点を心の中だけで加えると整備を終えた愛武器・クロスボウを床へと下ろし軽く息を吐いた。柔らかな風は頬を撫で広々とした竜車の荷台は野ざらしの格好になっている為こういった日には気持ちが良い。

 荷台を引く大型のトカゲは巨躯ながらもかなり大人しい性格なのだろう。時折揺れる振動こそはあるが肌に触れる空気は急ぎ過ぎず遅過ぎず柔らかい。……まるで今から死地に向かっているなんて露とも思わせない程に。




 『モンスター』。

 そう呼ばれる存在が確認され数十年が経った。

それは自然発生上ではありえない、突発的な進化を果たした強力な個体の名称。初めは散発的程度にしか見えなかった数は数年と経たずに爆発的に個体を増やし、今では元からの自然動物を脅かす程までに増えている…人同士の戦争にもようやく区切りが付き、後はこれから平和な日々が訪れると思っていた人間に突如として現れたこの存在は大きな脅威となった。

 …脅威と言うのもおかしいか。何も特別にこのモンスターという存在が人だけを襲うという事ではない。ただ奪い取るべき相手を無くした人々の搾取の対象は自然へと移り、その恩恵を手にする為には彼らとの正面からの対決を余儀なくされた。


 初めは人の優勢だったらしい、いくつもの討伐は成功し所詮は元獣でしかなかったモンスター達は知恵のある人間の敵ではなかった。…しかしそれも年月の経過と共に変化していく、新しく発生するモンスターは次第に強力化に凶悪化の一歩を辿り、やがてたった一つの個体で国の軍隊全体を優に相手出来る程の悪魔めいたモンスターまで現れるようになった。人々はモンスターの力に脅威し、しかしそれでも抑え込む為に更に効率的に更に協力に、その一途を辿って行く。

 その過程として生まれたのがモンスターを専門的に狩り取る「冒険者」という存在。

 彼らはその身を常に死地に置き、大きな危険の代償として莫大な報酬を得て生計を立てていた。




「…なんでかな」

 不意に出た疑問、それは整備を終えて周囲に目を送ったからだ。

 クロスボウは傍らに置き、荷台の縁に背中を預けると周りの光景は嫌でも目に入ってくる。

 2人組の冒険者が昼食を取っている、昼を少し越えた遅目の食事に談笑は絶えない。

 4人組の冒険者が巨躯のトカゲにちょっかいを掛けていた、御者のどやす声に怖いながらも楽しげな笑みが零れる。

 5人組と3人組の冒険者がいた、2つのパーティーは大きな地図を広げその中を覗きながら声を上げ議論を重ねる。



 作業が終わり手持ち無沙汰になった…すると突然に襲い掛かる疎外感。面積の広い荷台の上に例え何人冒険者がいたとしてもそれは結局他人の事で。その中の1人のはずの自分には周りに誰もいなかった。

「…っ」

 慣れた、慣れたはずだと思っても握り締めるクロスボウを持つ指先が力を込める、キュッと鳴る胴体に指先が少しだけ震える。




「ちょっと君?」

「…っ、はっ、はい」

 気を取られ過ぎたか。気付いた時には近くに寄っていた1人の冒険者に声を掛けられハッと顔を上げる。白色の鎧に背中に背負った大きな剣が目に入る好青年のような印象、兜の類は付けておらず露わとなった顔には柔和な笑みが浮かんでいる。


「ごめんよ、いきなり声を掛けてびっくりした?いや、さっきから見ていたんだけどね、もしかして君は1人かな?」

「……はい」


 笑みと同じく優しそうな声色に、…騙され掛けて嫌な確証が沸き起こる。

 こういった類はたまに居る。1人と分かっているくせにわざわざそれを言いに来てそして寂しい奴だなと笑う人間だ。…何を勝手な事を言うのか好きで居るはずがないだろうが。

今日もまた、嫌味を言われるのかと身構えるとそんな予想に反して青年の口からは予想外な言葉が漏れる。


「そっか…ならよかったらさ、うちのパーティーに入らないか?クエストの重複になってしまうかも知れないけど君のクエストも僕達で手伝おう。…急な欠員が出てしまってね困っていた所だったんだよ。もちろんギルドの了承も取ってあるから気にしなくていい」

「…え」


 その言葉に目を白黒させて見て、ついで彼の後ろにいるパーティーメンバーに目を送る。男が1人女性が1人…確か先程話し合っているのが見えたパーティーの片方だったはずだ。


 少し躊躇する、しかしそんな迷いなんて置き去りにしすぐに答えは出た。口元に笑みが浮かぶ、本当にどれくらいぶりだったか、顔を上げて声が弾む笑みが出た。


「は、はい、おねがいしま…」


「おい!アルザートッ」


 慌て気味に答えた声は別の声に…青年のパーティーメンバーの1人である男によって遮られた。青色を基調とした派手な装いの金属の防具に二振りの剣を腰を腰から覗かせる。目にした男の顔は細めた瞳で見下し、憎らしげな表情で顔を歪めている。


「…」


ああ、こっちは見慣れた目だ。


「そいつコワード(臆病者)だぞ?そんなヤツをパーティーに入れるなんて正気かよ!?勘弁してくれ」

「…コワード?」

 男の言葉に青年は振り向き次いでこちらを見る。「本当の事」を言われてその瞳を見返すことが出来なくてただ顔を下ろす、ばれないようにくいしばった歯は口の中でカチカチと噛み合った。


「なんだ、知らないのか?…まぁお前にしたら全く真逆の立場の人間だからな興味もなくて当然か、そいつな有名なんだぜ…逆の意味でな」

 歯を見せた男は口の端でケハハと笑う。

「クエストランクは最低、冒険者のランクも最低。そいつがまともにモンスターと戦っている姿なんて誰も見た事ない。いや、戦わないんだよ、そいつは。…逃げて逃げて逃げまくって、それでちょっとだけ薬草を採取して何食わぬ顔で帰ってきやがる。他の冒険者が命を賭けて戦って、そんな時にだぜ?…そいつに会うだけでその日のクエストも失敗するってジンクスまであってよ。全く厄病神だよ、疫病神!…なんでこんなんが同じ冒険者なんだか分からないぜ」


「…」


 まるで、物を知らない人間に尊い教えでも授けてくれるようなご高説。

 こちらを見ていた青年は男を見て、次いで先程まで話し合いをしていた他のパーティーに目を向ける。…そのパーティーのメンバーも男同様だ。見下した目で蔑んで笑い、中には「あーあーあーあー」と人生最悪の物でも見る様にこちらに目を送る。


 青年が振り返る、自分を見る。

「…っ」

 その瞳を正面から見返す事は出来なかった。


「ハハ、ハ、ごめんね?イヤな奴に会っちゃったかな」


 代わりに自分が笑う。

 笑みを浮かべて目を細め青年の顔を視界に写さないように気を付けながら。


「あーあさてさて忙しいな忙しいなー」


 咄嗟に傍にあったクロスボウを手で掴み持ち上げる。ワンアクションで取り外した巻き取り機と持ち手部分を床に置き弓の先端を漂わせながら張らした弦を指でピンと弾く。

 …そういえば矢の点検を忘れていた。腰回りに収めた矢筒から専用の矢を取り出し床へと並べた。矢羽は極端に小さく先端には金属の矢尻のような物は付いていない。代わりに矢は先に行くにつれて細まりながらやや丸みを帯びた形になる。これは矢の耐久性も考えて変に尖らせると壊れてしまって再び使えないからだ。矢全体の大きさも普通の弓矢に比べると短い。


「ハハ」


 …遠くで大きな笑い声が聞こえた。

 すぐ近くに居た気配も少しだけそのまま居たがやがては去って行く。…心の中を空しい風は抜けたが浮かべた笑みも慣れ親しんだものでそう簡単には崩れない。



 ふと見た、遠くに森が見える。

 凶悪なモンスターが巣食う森、伐採用の木々と眠る鉱石が人の欲望を突き動かす。

 遠すぎて生き物のざわめきは聞こえてないが確かにあそこには得体の知れない何かが生きている。侵入すれば容赦なく爪を立て人の肉を食べるような何かが…。


「…」

 ぶるりと起きた身震いをごまかしクロスボウに指を掛ける。

…金属である巻き取り機の部分は指に冷たかった。



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