13 エピローグ そして追放へ…
「はぁ」
厚い扉を見つめ口の中からは漏れる溜息。つい数日前に来たはずなのに、また来てしまった。それを感慨深いと言うか何というか。
「…」
掲げた右手に僅かな痛みを感じながら扉を叩く。間髪入れずに返ってくる「入れ」という低い言葉。
「…失礼します」
威圧感に漂う重さを感じながら扉を開くと目に入ってくるのは何とも殺風景な風景。
部屋自体は広いとはいえそこに家財と呼べるものは非常に少なく、両端を固める長い本棚に明かり取り用の窓。唯一といってもいい程に立派な執務机の上には大量の書類の山が出来上がり…
「…え」
…その奥で、待ち構えるように座る人物を目にした時いくらかの驚きに目を見開く。
いや、誰が変ということでも何がおかしかったという事でもないはずで、それは前にこの部屋を訪れた時にも居た人物。面白くないものを更につまらなく、非常に浮かべた無愛想な顔をしかめさせると男は口を開いた。
「ようやく来たのか、早く入れ」
…その腰を堂々と執務机の椅子に下ろしながら。
「御託はいいな。簡潔に、『お前』の処罰を教えてやろう」
「…え、あ?は…い?」
…説明を必要とする場面のはずなのに男の口からは何の説明も出ずに。その姿はやけにかしこまって目に見えた。着崩しもなくしっかりと着込んだ衣服は通常の受付係の制服ではなく襟付きの軍服のようなもの。襟元まで立てた下にはいくつかの勲章が光り、僅かな剃り残しもなく綺麗に整えられた顔は、自分の知っている人物よりもかなり若く見える。
「あ……処罰…」
冷静になろうと言葉を吟味したところでその言葉を拾い上げ呟いた。
ごくりと喉が鳴り嫌な思いが駆け抜けるが……動揺こそはすれ大きく乱れる事もない……多少なりとも心構えは出来ていた。
「……」
「…ふん」
慌てず、揺れずにを…しっかりと意識して見返して見せれば、男はさもつまらなそうな表情を浮かべ机の上では頬杖を突いて見せる。
「いいだろう、分かってるんだな……処罰の…まずは第一だ。モンスターの森への『一般人』の不法侵入。まだ開拓も終わってない地区に勝手に入り込み動き回るのは犯罪だ、それもお前が入り込んだのはモンスターの森の深部…何がしかの影響が出るかも分からない。…第二、冒険者用の装備の無断使用。対モンスター用の装備は…例え由緒正しい王城の兵士であろうと使用する事は許可されない…それは、あくまでもモンスターの排除のみを目的としたものだからだ…仮に『誰のものかも知れない』拾い物としてもな。…三、冒険者による討伐クエストへの干渉と妨害。…一度クエストを受けた人間をどんな知友があろうとも『外部の人間』が邪魔することは許されない。…その結果モンスターがどう動いてしまい、どう影響してくるかは分からないからだ…下手に失敗を招きそのまま放置でもされれば、人に強く害意を持つようになる可能性もある…これは、極刑と言われても否とは言えんな」
「…極、刑…」
半ばは…覚悟をしてたとはいえ、あまりにこうもずけずけと言われてしまうとさすがに響いた。目線はぶれまくり、額に嫌な汗が流れる…それでもなんとか踏み止まり浮かべた顔を目離さないでいられたのはせめてもの意地。
「…っ」
息を呑み。
「よって…」
「お前には3年間の投獄に冒険者資格の剥奪が命じられた」
「……は」
吐いた。
「……」
…終わった、そう心の中で思い浮かべる。
僅かな期待もあったが、結果を聞いてしまった今は単なる胸のもやもやでしかない。悲しさとも悔しさとも少し違う気持ちは、不思議と喚き散らすような行動には繋がらなかった。
覚悟はあった……多少何かをしたところでそれが評価になんて結び付かないのは実感もある。
…しかし3年……か……長いな。
「……」
無言で隠れて見えない腕の先を握り締めれば、ピリリと感じる痛みに意識を絞る。
諦めたとは言わない……少し予想よりも長かったのは嫌だったがそれでも完全に失われた訳じゃなかった。
「分かりまし…」
「以上がプラス」
「…た……ハ?」
「次にマイナスの処罰を教える」
「は?」と大きく口を開けている自分も置き去りに、男は言うや否や目の前にあった紙の束を1つ手に取り僅かに叩くと目の前に置いた。…枚数こそ多くはないがそれはやけに上等の紙、余計な不純物も含まず色も純白に近く。その為に余計に並んだ黒墨の言葉は大きく目に入る。
「罷免願い…?」
文面通りに読み上げて見ると男は大きく息を吐く。
「…ああ…まったくふざけた話しだ」
その顔はいかにも不機嫌といったように。眉根は曲げもっともらしく出る溜息などいかにもそれらしく。
…それでいてふにふにと動いている頬。
「スケイルバードの掃討に参加した冒険者全員から、あとギルド内で数名…おまけにもう冒険者でもないはずの『元』冒険者風情から全く関係ないくせに首を突っ込む部外者まで…ちっ…全くだれだ、こんなふざけた知識入れ込みやがったのは」
「は…あ…はぁ?」
全員?その言葉に引っ掛かりを覚えた。
一体どういうことなのか?罷免願いと聞けばそのまま罪人への罪状の配慮を願い出るような事を想像するが…なんで。……例え中身が本物だとしても特別にそんな事をされる事に身に覚えはなかった。スケイルバードと戦ったときだって結局はトドメを刺したのは自分ではなく、戦う彼らの傍で何かチョロチョロとしていただけ…とてもじゃないがそんな彼らが自分の為に何かしてくれるとは思えなかった…それに加えて元冒険者に完全な外部とまで言われたら全く見当もつかず。
「まったく」
仰々しく腕を組み、吐き出す溜息も深い。何が不満なのか歪んだ頬はまた動いている。
「俺としてはお前を断じて処罰したい、断じてやりたいところだが…まぁ……実際にクエストに参加した人間が問題がないと言うのだから仕方がない。それに外部の奴がめんどくさい部類でな。……だがっ、勘違いはするな?それはあくまでも今回の件の中だけだ。お前が受けた追放処分に関してまでは何の恩赦も回らない。それを肝に命じ……あと…これ持ってけ」
そう言い懐を漁るかのように見せると男は何かを投げ放つ。空中を滑る飛来物に慌てて指を伸ばすが触れた瞬間に感じる痛みに、取りこぼし、背を丸めて屈んでしまう。
「ツ、ツツツ…」
…小さくうずくまりながら見てみると投げ渡され落ちたのは何かの袋のようだった。
金糸混じりの表面に鷹だか鳥だかよく分からない飛行生物を上に剣を咥えた獅子の様な姿が描かれている。
「…っ、スマン。…平気か?」
「あ?えと…はははは…大丈夫です」
「……ふん」
…腰を折り改めて自分の姿を見てみるが、ひどかった。左の肩から指先までに掛けては白い包帯でがんじがらめにされて固定用の棒が硬く括り付けられている。右足も同様に…全身の見える部分は大体が包帯に巻かれまるでミイラにでもなったような気分で。比較的にマトモそうな顔の方にも、切れたワイヤーに千切られ頬に深い傷が出来たため薬効臭いテープが貼られている。
「っと、痛ぅ」
時間を掛けて屈み、落ちた袋を拾い上げてみればそれは案外に重く。ジャラジャラとうるさい音に中を覗き込んでみれば見える金色の山。
大量の金貨だった。
「は?え?あ…?え、なにこれ?…と、あの!?」
「見事にうろたえるな…それは。まぁ報酬だ」
「…報酬?」
「そうだ……出資元はギルドじゃないがな」
「……報、酬」
…男の吐いた言葉の最後は小さすぎてよく聞こえなかったが、目の前で手にした袋の中身には何となく合点が付いた。
確か依頼表としてスケイルバードの討伐依頼を見せて貰い…その後色々あり過ぎて正確には思い出せなかったがあの報酬が確か金貨だったはずだ……だと、思う。
他にも正当な依頼達成者が数名も居たはずなのに端役の自分にまで分け与えられてこの金額大…やはり冒険者と言うのはなかなかアコギな仕事らしくて。
「……あ」
そこまで考えて浮かび上がった冒険者という単語に思い出す。
…最初から覚悟してギルド長室まで訪ねてきた時点で決めていた事だ、むしろそれを聞く為に来たんだといってもおかしくはない。
「あの…」
「あ?」
僅かに声を掛けると不機嫌そうな言葉が漏れて…それには負けじと更に力を込め口を開く。
「オレの…オレのクロスボウは?」
「………」
そう。言葉にした瞬間の、その男の表情の変化はどう言えばいいのか。…こう…なんというか…
「……ハ」
…とても、キモチが悪かいものだった。
ピクピクとしていた頬の辺りは盛大に曲がりだるそうだった目が剥くように力がこもる。なんとなくニタリというかニヤリというかそういった悪い顔に見えて若干体が引いてしまう…またそんな表情に対して言葉は相変わらず低いというのだから尚更に不気味だ。
「お前の、クロスボウではない。…しかしまぁ、よくもこんな完璧なまで使い壊せたもんだ。機器ととしての巻き取り器は分解手前、弓も半壊、土台なんて完全に折れて再起不能ときたものだ……これで、まさか無事に復活するなんて考えていた訳じゃないよな?そんな事あればそれこそ奇跡だ…」
「…なっ…そんっ」
「お前の、したことだろう?」
「…ッ」
いやらしく笑う笑みに…しかし言い返す言葉も出ない。…確かに分かっていた、聞いていた。自分は、確かに最後に…クロスボウの断末魔を聞いたのだ。
使い尽くされた道具の最後の咆哮に、耳の中に残った音と手の中で砕けた感触…その両方から受けた衝撃は下手をすれば罰則だとか追放だとか言われた事よりずっと大きく…こうして言葉となって突き付けられた現実に頭を揺らす。
「…」
結局。あの御者の話してくれた冒険者の通りになってしまったのかもしれない。『取り返そうと思っても手の届かない』。そんな遠くに失くしてしまった…それをしたのは確かに自分であり、誰かのせいになんて出来るものじゃなかった。
「…くッ」
強く、唇を噛む。
「…」
「……」
「…」
「……」
「…」
「はぁ」
俯き顔を下げたままでいる自分に向かい男は深く息を吐いた。
まるでしょうがないなとでも言いたげに言葉には気だるさが乗る。
「もういいだろ…終わったんだ。……それよりもなお前、これからどうする?」
「……ぇ」
「これから。先だ」
消沈した頭の中に男の低い言葉が染み渡り響く。
「言った通りにお前はギルドから追放された身だ。…冒険者、やめるんだろ?」
「…」
「…オレもそれなりには顔が広い…まぁ最後の頼みだっていうならな、伝手くらいは紹介してやらんでもない。そこで、やり直せよ」
男の言葉に自分の手を見る。包帯だらけの指の隙間からは色々なものが零れ落ち、もう取り返すべく行く場所もなかった。
「…」
しかし、幸いにして手に入った金があった…まるで棚ぼたのようなあぶく銭だが、それでも金貨が手元にはある。……これからの先行きに迷っていた部分は多くあったが、これで、少しだけ見えた。この金貨があれば何だって出来る、可能な場所ならどこへだって行ける、望んだ事を思いっきりに、下手に周りを気兼ねなく本当にしたいことを…。
そう思えば、迷う事無く言葉が出た。
「…オレ、は」
「…ああ」
「オレは、冒険者になります」
「……ハ?」
小さく今度の間が抜けた声を漏らしたのは男の方だ。
少しだけ下げっていた顔を上げればしっかりと、その目を覗き込む。夢の中の人物でもお話しの英雄でもなく目の前に居るのは自分と同じ人間。空飛ぶ鳥でも得体の知れない化け物でもなく…鍛えた体に…底に眠る才能とかはまるで違うのかも知れないが。…それでも、同じ人間だ。
「オレは冒険者になります」
もう一度、強く言い切る。
「…は?…いや、しかしお前」
「ギルド追放だって、そんな事、それがなんですか。ここじゃダメなら他のどこだって、別の土地に行ったっていい何年掛かったって構わない、だから…出来ます」
言える。
「いや、そうじゃな…お前は」
「だから今度は!…今度こそっ!」
強く、言える。
…押し込めた色々なものを、少しだけ開いてみれば湧き上がる情けなさに恥ずかしさ。「今更」「何を」「お前なんて」…そうした感情は今なおあって足を引っ張るが。…それでも少しだけ張れた胸は前を見ていて…その事が嬉しかった。
「大丈夫、やれます!もう迷わない!…失礼します。今まで、ありがとうございましたっ!」
言葉にし大きく宣言して、振り返る。
木目に見える厚い扉に向いた方向は結局後ろ向きで…傍から見ればただの退出でも踏み出す一歩はきっと新しい。痛む体でも止まろうとせずに構わず踏み出した足を高く上げて。
「ぐへッ」
…で、踏み込もうと思ったら後ろから掛かった衝撃に第一歩目から大きくコケる。顔を回して後ろを見てみれば強引に掴まれた襟首に喉を詰め込ませ空気が漏れる。
ちょっと。さすがにそれ、ひど。記念すべき、一歩。
「はぁ…全くなんなんだよお前。急にやる気出したかと思ったらバカみたいになりやがって」
「バ、カ、って、あの…ちょっ、締ま」
「…少しは周りってものも考えろ…ホラ」
「っあ、っとっと!…わあああ」
後ろから抑え付けた衝撃と思ったら次は大きく前に突き出され、踏ん張る力もろくになかった為に盛大に転がる。
木の床を滑り、強く顎を打てば湧き上がる抗議の心。
「あああっ、ひどいっ!いきなりなッ…」
カシャリ
「……え」
そこまで言い…ようやく体を締め付ける重みに気付いた。
「いいか…人の話しはよく聞けと言うのに」
「あ、ぁ…」
…掛かる重みは肩から腰に、真新しい茶色のベルトが白い包帯の上から食い込んで痛い、半月状の弓に張られた弦は綺麗で、弧を貫く十時の台に、バランス悪く妙に脇腹を小突く金属、照準が、トリガーが、ここにあり…ハンドルが眩しく目に痛い。
その全ては新品のように作り変えられた姿ながら。
「そん…っ…こ…っ」
それでいて、その重みはとても慣れたもので。
「ハ」
男が小さく息を吐く。
向かい合いに見た目は薄く細まり…満足気にこちらの顔を見るとポンと肩を叩く。
「たまにはまぁ…奇跡ってやつも起きないとな」
「――っ…」
込み上げ…声が出る。
その言葉が自分の口からだと…そう理解するのに少し時間が掛かった。
男のちょっとキザっぽい言葉が妙に鼻に突き、肩に触れる手が熱く…それでいて何かバカな…間抜けな人間でも見ているように小馬鹿にして。
「よく、やったな」
カ っ
…これでも外分があって、それは人より強いものだった。
人前だというのに恥ずかしい、勝手に、込み上げてくるコレが情けない。
…でも、それでもいいと思えた。どうせこのギルドともこれでお別れ。今までに散々なまでに情けない姿を見られたんだから、そこにもう1つくらい。
――く――――ぁ
……最後の最後くらいに…最低に情けない姿を見られたって…。
―――――
―――――
――――――
泣き。そして喚き散らす小さな姿がそこにあった。今はもう恐らくマトモに言葉になってない。包帯混じりの白い肌に、握り締めたクロスボウは重く大きくて、それでも霞んでしまう世界を惜しんで目を開ける。
「…ああ…まぁ仕方ないな」
小さく、息が漏れた、それは少年の肩に手を置く男から。目と鼻の先にある歪み出す顔を眺めながら目を伏せて。
「よくやったよ…お前」
―――あああああああ―――
その言葉は、臆病者と呼ばれて笑われ続けた少年の。
本当に聞いてみたい言葉だった。
――――――――――。
「…っと」
平坦に慣らされた道を踏み振り返る。
鼻先に浮かぶ熱さは気恥ずかしくごまかすように前へと見上げる先に見えるのは高い建物で視界の中からはみ出る程。ギルドという名の建造物は今日も多くの人を飲み込み、吐き出し…そうやって毎日を過ごす。
「…」
目に入る事はいつでもあったが、こうしてちゃんと見上げて見たのはいつ頃だったか、よくは思い出せず。…そして思い出せないままここを去ろうとしている。
嫌な事もいい事も……全体的に見れば嫌な事だらけだった建物を見つめ…その奥にある青い空までも見る。
「……っ」
込み上げてくる何かに。息は深く。
昨日は快晴、今日も快晴。澄んだ青に飛ぶ雲。その中心部へと向けて突き立てるように。
「おおおし!!」
小さな腕を振り上げる。
建造物に比べれば余りにも小さく、空に比してはとても低い。包帯混じりの白は細く頼りなかったが、それでも明確なコントラクトの落差に本当に指先の少し向こう側に全てがあるように感じられて。
「ツ、イっツツツツ」
…調子に乗って上げた腕が痛み屈み込んだ。少し離れた所から響く馬の蹄に操作する御者の声。自分を大きく呼ぶ言葉が重なり、視界を戻す。
行き交う人々はとても多くて、今の自分はそんな中にあるたった1人。
「ツ…は、ハハハハ。……待ってろよ」
カシャリ
ゆっくりとでも、身体を伸ばして、顔を上げる。足を踏み出せば傍らに揺れる相棒も機嫌よく小気味よい音を上げて返事を返してくれた。
「時間が掛かっても、いつかは絶対に」
…その日見上げた空の青を、少年は長い事忘れる事はなかった。
伸ばした指の先は細く…それでも懸命に伸ばしもっと高く…触れられると証明された言葉を信じた、彼の手が。
「届かせる」
今は見えないその場所に指を掛けるのは。
きっとまだ少し、先のお話し。
1章 『12センチの空』 ―fin―
ここで空をバックに画面はぐーっと引いて、そこからオープニングに流れで入る感じで(妄想)
これにて1章完了にございます。残りは幕間にキャラクター紹介(紹介するほどいたっけ…)を挟みつつ、第2章へ移って行こうと思っています。
…自分はかなり感情任せな感じで文才の方が追い付かずに読み苦しい部分も多いと思うのですが、それでも見てくれる人がいてくれるようで感激です。ここまで走れたのも皆様のおかげさであります、ありがとうございました!
できればまた2章の方でーー
〇終わりに
…そしてちょっと2章の展開とか何も決まらず行き詰っているのでキャラクター案の募集でもしたいかなと思っています。活動報告で書いてみようかと。
気が向いた、よし!しゃーねーな!って方はよければそちらもお願いいたします。
長々となってしまいましたがありがとうございました。