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オーバーモンスター・コワード  作者: 心許ない塩分
フレンドインファイア
102/106

20 願い求めし怪物(3)

「あッツ」


 何とか立ち上がって──だけど数歩も行かない内にまた床を転がった。


 もつれて倒れてしまった自分の足。木の板へと打ち付けられた頬からは鋭くて熱い痛みが生まれて顔を歪ませ


「うッ」


 ……それとは反対に底冷えするような怖さが身を包んだ。

 確かに自分の体、この体は自分のものなのに、動き出したい気持ちとは裏腹に止まない痺れが身体全体を走り回り『上手く』動けない。


「ぐ、くぅッ」


 こんなの、『オレ』じゃない。

 直接触ってもいないのに途切れる事のない痙攣と違和感。赤茶けて巻き付けられた包帯の下で、実際の素肌が一体どうなっているのか……怖くて確認をする勇気は湧かなかった。



「く、うぅ」



 居るのは暗い部屋。

 ただ暗いだけなら怖くも何ともないはずなのに今は心細くて仕方ない。絶え間なく響く訳の分からない『音』が鳴り続け暗い影を満たしてる。


 風とは全く違う種類の音。


 意地になって冷たい床を必死に掻くと、反動で足がぶつかり声に変えられない痛みを叫んでくる。


 怖い。



「う、ぐすっ、コワードォ、じいちゃん!」



 居ない人の名前をどれだけ呼んでも返ってくる声なんて無くて。外まで行けば誰か居るんじゃないかと、少しだけ開いてか細い光を漏らす部屋の扉へと向かって這いずり回る。


「ぅぐ」


 転んだ拍子に、引きずり倒してしまった長い椅子が身体にぶつかった。硬い床の上に打ち付けた額が寒さで震える。


 不出来でちっとも進まない行進に気持ちが焦り始めるのとほぼ同時に。廊下の方からドタドタと激しい足音が聞こえて来た。



「レックス!」



「──ぁ」



 大きな、怒鳴り声が耳に届いた。

 僅かに開いていた入り口扉が盛大に開かれて、入り込んで来たのは大量の白い洪水に見える明るい光。暗闇に慣れすぎてしまっていた視界に目は眩んで。

 身動きの取れない自分に向かって現れた黒色の大きな人型から、太くて長い腕が伸びてくる。



「お前、大丈夫なのか、レックス」



 耳によく馴染んだ低い声。


「──」


 それは、先程まで自分が呼んでいた人間の誰でもなくて期待していたものじゃなかったけれど。



「──ゃん」


 触れた指の温かさに、目に映る世界が余計に白くぼやけて見えた。




──────。




「これは、まずくはないか」


 猛然とグリッジは出て行き、部屋へと残った私は辺りの面々を見渡し顔をしかめた。



 勘違い──ではない。

 確かに、段々と、響く『吠え声』が近付いて来ているように思えた。室内であっても変わらずに響く音は次第に大きく鮮明となり。近付くにつれてそれは酷く原始的で単純な、それでいて有り得ない種類の『咆哮』だと分かって来た。


 単なる獣の類では決してあるはずがない、だが生き物には違いない強弱のある声。


 グリッジによって一度は諭された。『気の迷い』だと思い込んた者達も止まない音に次第に顔色が悪くなっていくのが分かる。


「……」


 本当は初めから何かがおかしいと分かっていたはずだ。

 それでも「問題ない」と言い切られ、信じやすい方を信じてしまったのだろう。

 私とて、強くは否定は出来なかったので同じ事だ。


 しかし……



「迷う、場合ではないか」



 この場に『息子』は居なかった。

 何かの物音が聞こえ隣の部屋に駆け出してしまっている……隣室では目覚めないままのレックスが安静に横にされているはずだ、そこで音がしたというのなら『そういう事』か。



 私にとっても一人きりの可愛い孫。私自身でも今すぐ走って傍に行ってやりたい気持ちで一杯となるが。チャンスは今しかないとも思えた。



「皆、聞いて欲しい」



 グリッジの、この場に居ない今ならばこんな老いぼれの戯れ言でも聞いてくれる者は在るかも知れない。

 微かな希望と帯引く熱への不安の中、それでも私はハッキリと顔を上へと上げて声を発する。



「グリッジは『問題はない』は言った……しかし皆、この場に居る全員はどう考える? ずっと響き続けるこの音が単なる獣の遠吠えに聞こえるかい」


『……』


「ちゃんと、現実を聞くんだ」



 近場に居た、私が立ち上がる際に手を貸してくれた者の肩へ手を置き、室内に残った村人全員をぐるりと見渡しながら問い掛ける。



「分かるだろう。これは『普通』ではない。私達の知らない何か恐ろしいモノ……この声に、確かな聞き覚えのある者はこの場に居るか」


『……』


「……居ない、はずだ。私もそう。恥ずかしい話しだが思い当たるものはない。だが未知なるそれは確かに、段々とだが近付いて来ている」


『えっ』


「よく、聞きなさい」



 村人の何人かが私の言葉に耳を澄ませる仕草を見せる。


 事ここに至るまでそれに気付きもしなかったのか。先程と比べハッキリと聞こえるようになった音を感じ取り、少なくない数が驚きに目を見張る。



「これは、本当に獣かい。狼か何かだと、そう思い込んでいいのかよく考えるんだ」



 声は掛け、考え吟味する時間を皆に与える。



『……』



「違うはずだ」



 この場に居る村人の中にナニカへの答えを返せる者は居なかった。目が合った数人は先程のグリッジと私とのやり取りを覚えているのだろう、微妙で苦い表情を顔に浮かべてこちらを見るがそれでも何も言わずに口は閉じる。

 より多くの人間が浮かべていたのは戸惑いの表情。迫る『危険』をしっかりと理解させ、彼らの不安を煽るようで心苦しいが誰もが決して言葉に変えようとしなかった未知への恐怖を浮き彫りとさせる。



「これは、獣などではない。もっと、私達程度の手に負えるものではない何かだ」


『……』


「だから、私達は準備をしなければいけない……キミ」


「え?」


 肩へと手を掛けていた彼に対して目を合わせ声を掛ける。衰え行く村の者らしいそれなりの年齢の者だ。突然声を掛けられるとは思ってなかったのか彼は驚いた様子で振り向いて、見開く目で見返して来るが、私はその視線と自身の瞳とを決して反らす事無く合わせ僅かに口を開く。



「すまないが村外れの家まで行ってコワードくん達を……いや冒険者方を呼んで来てくれ」


「えッ、いやアールさ──」


「頼む」


「……」



 ──都合のいい話しであるがこれは私達と、彼らとが話し合ういいキッカケではないかと私には思えた。なし崩し的に襲い奪うという短絡な発想、それを穏便に止める最後の機会ではないかと。



 ……私の発言に声を掛けた者だけでなく他の村人達からも喧々囂々と反対の声が上がる。


『何で奴らを』

『どうしてそんな事』


 そんな言い草ばかだが、目に見えて反抗する者は案外少ない。

 それだけ見えない不安が彼らの背を押してきているという事だろう。反対する声は表面的なもの。勢いは弱く、これはいけるかと内心に私はそう思ったが。



 周りの人間達の声を割り、部屋へと入り込んで来た『村の長』の言葉によって淡い望みは絶たれる事となった。



「何をまた騒いでいる! 不安がるなッ」



 部屋の戸を開き現れた息子を私は見つめる。



「グリッジ……」


「アンタは、まだそんな事を」



 見返す瞳に、グリッジの私を見る目がきつく細まる。

 部屋へと戻って来たその背の後ろには小さく細い孫の姿は見えない。


 頑な視線はどうしてそこまで歪んだ目を実の親へと向けられるのかという程に冷たく。人の身の牙を覗かせ開かれた口からこれからどれだけの罵詈雑言が飛び出すのかと私は身構えたが……遂にその先が言葉となって外へと飛び出る事はなかった。



「──ッ!? な、なんだ?」



 壁を越えて家の外から伝わって来る、大きな『破壊音』が部屋に響いた。




………………。




 集まっていた村人の何人かで徒党を作り、私達は家の外へと出る。

 降りしきる雨は昼に比べその雨足自体は弱めたように感じられたが依然として続いている……先の、グリッジの送った伝言が功を奏したのか暗い夜だというのに村の中は明るく、煌々と照らされた家々の灯りによっていつもよりも見通しが利いていた。


「どこから……」


 野晒しともいかず、傘代わりに羽織った水を弾く布地。額の先まで垂らした雨除けの先を私は睨み、火の光が届く範囲の森の姿を見る。



「……こ、れは」



 そこに在ったのは様変わりした森へと続く入り口。

 並ぶ柵の向こう側に見える木々は『薙ぎ倒されていた』。そこだけ唐突な突風が吹き荒んだかのような荒れ具合、数本の木々の幹が半ばから寸断され、瑞々しく茂った緑の葉が汚れた土の中へと埋没して濡れている。

 聞こえた破壊音はこれらが倒された音か……しかし、何に?



「灯りを!」


「あ、ハイ」



 グリッジの声掛けに合わせて一人の村人が手にしていた灯火を森へと向けた。

 単なる松明の寄せ集めに自前で拵えた笠を取り付けただけの粗末な灯り。


 揺れる淡いオレンジによって照らし出されたその奥で、黒色の闇に混じって揺れる。


 黄色の、尋常ではない光が見えた気がした。



「──ッ!?」



 音が響いた。



 ヲヲヲヲ ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ



 音に続き、空から落ちる雨滴を切り裂き白色の刃が虚空を引き裂く。



 不揃いな生物の咆哮が、目と鼻の先に近付いた。




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