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プロローグ兼01 ギルド一階

ピンポン

注意:この作品は恐らく多分チート、主人公最強ものの要素を含み「ません」。主人公はよわよわですので、よろしくおねがいします。

 ガヤガヤとした空気を一歩抜けると急に静かになった。

散発的に並ぶ木々の葉は空を隠し、吹き抜ける風は昼間に比べて冷たく火照った頬には気持ちが良い。

「…さて」

 ぐるりと辺りを見回した。視界の隅には一本だけやけに大きな樹木が目に入る。村の守護樹と言われる立派な姿は薄暗闇にのそりと座る巨人の様にも見えた。

「ふ」

小さく息を吐きゆっくりとした足取りで樹木に近付くと腰を下ろす。途端に静かだった空気の中にビクリと怯える様な震えが混じるが構う事はない。

 …あえて顔を向けようともしなかった、そうしなくても彼はそこにいることも分かったし、見られたくないという幼いながらも男心もあるだろう。私は無言で顔を上げるとおぼろ月の微かな光に目を細めた。


「…」

色々あった…長くとも短くとも言える時間の中で私は精一杯やったつもりだ。

こっそりと拝借していた酒壺を1つ、掲げ傾けると熱い液体が口内に広がり喉の下へと落ちて行く。




「またいじめられた?」


 ……。


 …そのままどれだけ経っただろうか、ようやく掛けてみた小さな言葉だったがそれに答える声はない。背後の空気はますます硬く、懸命に押し殺した小さな呼吸音はかえって静かな自然の中でよく目立つ。


「ふふ」

私はクスリと笑みを零れた。悪いとは思ったがその純粋な反応は心地良かったのだ。

…背後の影はこれに敏感に察した。太い木の幹を搔き抱く小さな指先が木の皮を掴み震えている、微かな嗚咽音は彼の心情の現れなのだろう。


「悪い、何も君の事を笑ったわけじゃないんだ」


 口端を上げる。

ああ、心地良い。

もう一度傾けた酒壺が私の体の中に熱い液体を注ぎ込む。

…目元が熱くなるようだ、高い酒気と濃厚な苦みは口の中を巡り下まで落ちて行くすっと消えて行くその反応は今の私をとても素直な気持ちにしてくれた。

例え仮初でも構わない。滑りをよくした口に任せ私は勝手な…とても身勝手な言葉を紡ぎ出す。


「私も昔は…今の君の様な状態だった。周りが合わなくて誰も信じ切れない、どっちを向いても誰を見てもどうせ私の事なんて分かってくれないと心の中では思ってね……気を付けていたはずなのに気が付いたら私1人だった、なんて事もざらにあったな」


……うそだ……


「…うそかもね」


 ようやく返ってきたか細い声。私は気持ちを良くして更に深く腰を掛ける、もたれ掛かった木の幹はやけにごつごつとしていて感じのよいものでなかったがそれでも構わない。


「ふふ」


 ようやく見つけた一筋の光明は温かく、それでいて熱い。


「なら…そうだな。君に1つ、魔法をかけて上げよう」



 …それは、その子と過ごした最後の時間。鬱陶しい鳥の鳴き声は耳に痛く、滲み出る汗が肌着に張り付く嫌な季節。

私はせめて彼の思い出…出来るならばよい思い出になれればと心の中で願っていた。





―――――――――――。




1位 ニルセイ・アルザート 最優秀冒険者賞

2位 アレシア・ロックカイト 優秀冒険者

3位 カーズ・ラコーダ 優秀冒険者



「……」

 首が痛くなるほど見上げた巨大な掲示板、その一番上から下に順繰りに視線を落としながら名前を読み取る。




44位 オット・ゴベ

45位 ダレア・ローン

134位 ログシア・ナタリタ

135位 レイ・クルス

221位 クリテッサ・アン

222位 ゴルゴ・セントエレス



「…」

 順調に下がって行く視線は最後、ついに掲示板の最下層まで辿り着き、床すれすれの部分に記された名前を読んだ。



354位 アレックス・デイ

355位 シスク・エンゼッハ

356位 ―――――――――



「…」

 最後の人物の名前は消されている。いや、正確には書かれた名前の上に大きな横棒が何本も走り塗り潰され、その横には「臆病者」「弱虫」「恥さらし」等の乱雑な落書きが延々と続いている。

 …漏れ出る溜息を堪えられず大きく肩を落とすと不意に背後から声が掛かる。


「おい!見終わったんならさっさとどけよ」

「っ!?」


 声に驚き振り向いてみると背後にいつの間にか三人組の冒険者が立っていた。背の高い禿げ頭の男を先頭に全身鎧姿の男が横に、反対側にはひょろいと長細い皮鎧の若者。

 恐らく声を掛けて来たであろう先頭の禿頭の男が鋭い視線で睨み見下ろしてくる。

「…」

 脅しでも掛ければすぐに退くとでも思っているのか。

 ……もちろん、そうする。


「あ…ハハ、気付かなかったよ、ごめん」


 咄嗟に浮かべたにやけた笑みで謝ると男は今にも唾でも吐きそうな顔で小さく唸ると乱暴に腕を払い、立っていた場所を入れ替える。


「ちっ、のろま」

「っ」

 そのまま押し出され場所を奪われると三人組は掲示板を見上げながら談笑を始める。


「…はぁ」

 溜息を吐き、押し出された際に出来た服の皺を軽く叩いて直すと歩き出した。



「…このシスク・エンゼッハってやつ、最近冒険者になったばかりの新人なんだぜ?それなのに最下位じゃないって、一体どうなってるんだ」

「さて…最下位がひどすぎるんじゃない?」

「…ハッ、違いねえ!」




「ハハ…」

 これみよがしに響く高らかな笑い声。

 周りに立つ他の冒険者がこちらを見て来るので自分も笑い顔を浮かべてごまかす。

「…」

 なるべく早歩きで部屋の隅を目指した。



 冒険者ギルドの建物の一階、入口から程近い場所には木製の長いカウンターがあった。人の胸程の高さの机にはいくつもの『窓』がついており、その奥で正装を着込んだ職員が幾人も並び応対をしている。

 数人のグループの塊か、あるいはどこかのチームの代表者か。

 クエストの窓口は今日も今日とて混雑しておりそれぞれ簡単な列を作りながら雑談を交わして順番を待っている。…特に人が多いのは人気の可愛らしい女性職員の立つ窓口で、むしろ列のほとんどはそうした窓口の前であると言ってもいい。

他に比べて格段に多い列の先頭では、卸したての眩しい鎧を着込んだ冒険者が女性職員と笑顔で会話を続けている。


「……」

 人垣の群れ。その端をなるべく目立たない様に避けながらカウンター奥の一箇所を目指す。途中で起きた散発的な人の群れも奥に行くにつれてまばらになり最後の端まで来ると人の姿もほとんど居なくなる



「来たか」


 もはや人気ゼロ。閑古鳥が大いに鳴く窓口から聞こえてくるのはしわがれた低い声。

 可愛い女性の受付も完全に通り越し人の寄り付かない奥まで行けば、他の冒険者に出会う事はほとんどなくなる。順番を待っている間に聞かなければいけない楽しい談笑も何て事のない雑談も聞く必要がないのだ。

だからこそ一番奥の不人気の窓口。この事に気付いてからと言うものずっと通い続けている顔なじみの場所だった。

「どうも」

 軽く手を上げて答えると一瞬だけ視線は合うが職員はすぐに目を反らし横の書類の束へと顔を向ける。恐らく初老は迎えているだろう男性、目付きも悪く対応も最悪だと真反対の意味で有名な人物だがその事がかえって今は都合がよかった。

 

「ほら、いつものだろ?確認しろ」

「えと…はい」


 確認も何もないとは思うが、あえて反論はせずに渡された用紙を手に取り目を通す。


『依頼書 森傷草の採取 対応クエストランク:ランク外』


 目に付く題目をまず見て、次いで下へと視線を移すとクエストの内容が記されている…しかしその文脈はとても薄く短い。


『森傷草の採取。成草で10本、苗や傷のあるものであれば20本採取する事。 クエスト達成報酬 銅貨7枚』


「…」

 クエストランクというのは冒険者それぞれに分けられた冒険者ランクに応じて定められた依頼のランクであり…早い話が先程見た掲示板の評価そのものだ。順位の高い人間はそれに応じて難易度が高く達成報酬も高いクエストを受けられ、逆の場合は…まぁ察して欲しい。

 このクエストはそんな冒険者ランクなど軽くあざ笑うかのようにクエストランクは『ランク外』。つまり誰でも受ける事が出来、それこそ認められれば戦う力の無い子供にだって受領だけはすることが出来る。

 それでも一応危険のある場所である為そんな事はないのだが、それにしても最低評価ランク相応である事には変わらない。


「受けるか?」


 あまり抑揚を感じさせない男の言葉に小さく頷く。

「受けます」

「…そうか」


 用紙を返すと受付員は特に感情を覗かせる事無くそのままクエスト受領の手続きを始める。

 流れるような動作でサインが刻まれ、冒険者の名前、ギルドの認証印、細々とした記述がさっと書き込まれる、最後に一枚の新しい用紙を取り出すと赤いインクと共に手渡してくる。


「署名をしな」


 …嫌な時間が来た。

 受け渡された用紙には簡単な文字で『緊急時の確認』と書かれている。

文字だけが並び内容は長いが…要はただクエスト中に負傷及び死亡した場合は全て自己責任である、勝手に死ぬなり倒れるなり好きにするがいいと、乱暴に言えばそんな文章が書かれている。

「…」

 そっと近くの窓口を見てみてもこんな用紙をいちいち手渡している職員は他にはいない。…この面倒な一手間もこの窓口が極端に人の少ない理由かも知れないが、これがこの老人のいつものやり方とくれば断る訳にもいかない。

 少しだけ震える指先でインク瓶の中に指を浸し用紙下部の丸枠の部分に指を当てる。数秒間そのまま待った後に指を離せば赤い指判が紙に押され、男はそれを確認すると無言で回収した。


「…ハハ」


 この瞬間が一番嫌いだ。

 まるで命の切り売りをしている様な怖さを実感してしまうからだろう。真っ赤なインクはそのまま自分の血の様に見えて。勝手に動き出そうとする顔の筋肉をムリヤリ動かし強引な笑みへと変えるとバカにされないように余裕がありそうに振舞う。


 実際受付員はこちらの事などろくに気にしてはいなかった。それがどうしたとどうでもいい事だろう

 手にした用紙を軽くとんとんと合わせて纏め男は鋭い眼光でこちらを見抜きながら呟く。


「竜車の出発は15分後、支度を整えたら遅れない様に広場に向かえ」

「はい」

 一連のやり取りを終え小さく息を吐くて踵を返し歩き出す。


「気を付けな」


「…」

 乾いたその言葉は妙に背中に張り付き、少しの間離れてはくれなかった。



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