第一話
木も草も見当たらない、赤土の荒野。
一陣の風がその場を掻き乱し、やがて再び静寂を取り戻す。
すると現れたのは銀の軽装の鎧を纏った、たったひとりの黒髪の少年。
少年の名はメグル。幸 運という彼の本名からとったキャラクターネームだ。
メグルは青く丈の長いマントを翻しながら、長さ2メートル以上のミスリルランスを軽々と振るう。
その攻撃を受けたのは、1匹のグリズリーと呼ばれる熊型のモンスターだ。
グリズリーは少年に指一本すら触れることも許されず、呆気なく散っていった。
「へえ、なかなかやるじゃねえかお前」
後ろから声を掛けられた。メグルはとっさに振り返る。
いつの間にか少年の背後に立っていたのは、ジャケットをはじめ全身黒ずくめの青年。
唯一髪の色だけが、鮮やかな赤であるため非常に目立つ。
青年の背後には、複数の人影。
やがて姿を現した彼らは、鎧やローブからフォーマルスーツやメイド服まで、実に様々な格好をしていた。
一見すると、ただの珍妙な集団である。
「お前、一人だけか。俺たちも舐められたもんだぜ」
青年は剣をとり出し、そして構えた。
マスターソード。ミスリルランスとほぼ同価値のレア装備だ。
「既に知ってると思うが、俺は大龍ってんだ。KoAのギルドマスターをしている。俺達に喧嘩を売るとどうなるか、思い知らせてやるぜ」
大龍が号令をかけると同時に、数十ものプレイヤーがメグルに襲い掛かる。
「そこの青マント。一人で来たその勇気は認めてやるが」
「無謀にも程があるね。それなりに良い装備をしているようだけど、君の負けは確実だ」
余裕を見せるKoAのメンバー達。
だが攻撃を繰り返すうちに、彼らの表情は驚愕に染まっていく。
メグルは一切反撃することなく、棒立ちだった。
ある者はメグルを切り裂こうとし、ある者は炎で焼き尽くそうとした。
それらの攻撃は与えられるダメージは低いものの、相手が避けない限り95%以上攻撃が命中するという、精度の高いものである。
なのに、青マントの少年はほぼ無傷だ。
彼らが今プレイしているトレジャーオンラインというゲームでは、敵に攻撃を当てたにもかかわらずダメージが通らないことがある。
その現象は、相手のLUC値が高いほど起こりやすくなる傾向がある。つまり「攻撃を受けたが運良く傷を負わなかった」という状態だ。
俗にLUC避けといわれるこの現象が起こると、白い発光エフェクトが発生するため、LUC避けが起こった事を周囲が理解しやすい。
「この青マント、おかしいぞ!? 例えLUC値が最大でも、LUC避けがこんな頻繁に発生する筈がない!」
少年のLUC値が最大だったとしても、LUC値最低のプレイヤーに比べLUC避けの発生確率が数%上がる程度だ。
「なんだこいつ、チート使いか? どうせズルなんだろ! それしか考えられない!」
「失敬な。不正行為なんてしませんよ」
メグルは冷ややかな声で言った。そしてこう続ける。
「人よりちょっと運が良いだけです……よし、100%チャージ完了」
すると、メグルのミスリルランスが青く煌いた。
「覚悟はいいですね。……いくぞ、螺旋薙ぎ!」
メグルは砲丸投げのようにぐるぐると回転し、その遠心力で次々とKoAのメンバーをなぎ倒す。
「ぐああっ!」
「ぎっ!?」
一瞬で多くのプレイヤーが倒れた。
驚いたことに、いまだ荒野に立つのはメグルのほかに、KoAのギルドマスターである大龍だけだった。
「は、はは……やってくれるじゃねえか」
大龍は唖然としていた。何が起きたというのか。
「どうしますか? 降参してもいいんですよ」
「……な……舐めやがって! こうなりゃ俺一人でてめえを倒すだけだ!」
マスターソードから放たれる斬撃。
だが、メグルは避けなかった。大龍の剣とメグルの鎧が白く発光する。
やはりLUC避けだ。
「くそ、どうなってんだ!?」
「僕は運が良いんですよ」
そう言ってメグルは、槍を素早く振るう。
大龍はそれを後方へ飛ぶことによって回避した。LUC避けではなく、AGIにポイントを振ることによって高まった敏捷力を用いた、正当な回避。
すかさず攻撃に移行する。少年に対して、通常攻撃ではなぜかダメージがほとんど発生しない。ならば――
「必中の攻撃なら、LUC避けは発生しないはずだよなあ! うおおオーラブレイド!!」
赤く発光したマスターソードがメグルを襲う。
メグルは回避行動をとるが、避けきれなかった。左肩を裂かれ、HPが3割ほど減った。
「そらそら、オーラブレイド!」
次々と斬撃が繰り出され、メグルはやはり避けきることができない。
HPがもう2割ほどしか残ってない。次の攻撃でやられる……!?
「終わったな! そらとどめのオーラブレ……い?」
……剣が赤く光らない。
なぜだ? おかしい。
「もしかして……MP切れですか?」
メグルの指摘は的中していた。大龍はそれに気づくのが遅れ、大きな隙を作ってしまう。
その間にメグルは傷薬を使い、HPを回復する。
大龍は溜め息をつき、その後こう言った。
「……ち、今日はこれくらいにしてやるよ。次に合ったとき、必ずそのカラクリを暴いてやるらな。……来い、黒竜!」
すると大龍の頭上に、大きな黒い竜が現われる。
ぎらぎらとした鋭い赤い目、硬質な鱗。
黒竜は戦闘中に使用できず、移動手段くらいにしかならないがかなり希少だ。
「じゃあな! 覚えてろよ!」
大龍は飛び去っていった。
取り残されたメグルは、初めて参加した戦場で勝利したと言う事実を実感し、そして安堵した。
「リアルラックが異常に高いこと、あまり人に知られないようにしてたのに」
つい調子に乗って見せ付けてしまった。悪い癖だ。




