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真・仙極無双 戦国破壊伝  作者: 悠樹 久遠
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三の段其の四幕 貨幣禁止と信義流通

 三の段其の四幕 貨幣禁止と信義流通







「農協内部では信貨のみを有効として、全ての貨幣を農協外部との取引においてのみ有効とする決議についての反対意見を募集しています。 期限は12月末日までとなっていますので、成人免許持参で《自由協議推進課》へ論文をお持ちください」


 極短波のラジオ放送局、27農協音楽放送が正午の時報を告げて、広報ニュースの時間になったのと同時に、もう数百回を超えて繰り返され続けている農協の民主運営の為の呼びかけが流れ始めるのと同時に、昼休みの時間が訪れる。


「反対意見を求めるのは、農協を一部の人間の考えのみで動かさないためです。有益な意見のみでなく、益を受けることで失われる何かを明らかにする意見も道理に適うのならば採用され賞与が授けられます。農協を皆のための共同体である事を忘れず、有識者の御参加を御待ちしています。また────」




「やれやれ、飯の時間か」

 連絡事項よりも長い意義の説明が始まったところで農作業の手を止め、男は、また新たな(さと)の変化を推し進める知らせに注意も払わずに、ただの時報として、その放送を受け止めた。


 郷長(さとおさ)の使用人の中でも少し学のあることで知られた男だったが、ここ十年の時勢の変化には到底ついていけず、(さと)の運営については自分には分不相応な大役であると考えるようになっていた。


 それでも、まだ自分が出来る限りの活動はしていたが、自給自足の(さと)育ちであるせいか、経済と呼ばれる考え方に関しては見識を持てずにいたので聞き流している。


「お父さん。経済は人を堕落させる毒なんだから、その危険性について勉強しないと、いつのまにか心を蝕まれてしまうのよ」


 そう、道士見習いというエリートになった娘に言われたので、基礎は学んだのだ。


 美しく賢く育った娘に、この父は、滅法、弱い。


 美亜よりも妻が好いと告げて、一緒になってより後は妻にも弱かったが、その妻と美亜から一字を貰った娘──由理亜──には更に弱い。


 だから、娘に見栄を張って、頑張ったのだ。


 世の中が豊かになることで、侍達と同じように奪い合うことを考え方の根本とした商人達が権力を持つようになる。


 そうすると、生産者も農家も消え、生産商人や農業商人がそれにとって代わるようになり、命を育む実感も死を尊ぶ想いも失われたような世界が訪れる。


 そうなったら、人間は誇りよりも利益を、思いやりよりも誤魔化しを、助け合いよりも取引を優先するような、金銭を奪い合う修羅として生きていくしかない。


 それは、商人という存在が武家と同じ常識や奪い合いの文化で生きる者達で、戦いを糧とした生業(なりわい)を選んだ存在である以上、個々人としてはともかく全体としては逃れられない必然で。


 そうして、やがては人が人を好きではいられない世。


 人を好きな人(おひとよし)が、愚かな生き方をする者として蔑まれるような世。


 人非人(ひとでなし)が大手を振って生きる世。


 そんな世になってしまう。


 そういったことくらいは、理解できるようになった。


 難しいことは解らないけどそういった世の中は嫌だという女房よりは、どうしてそうなってしまうのかという(ことわり)は理解している。


 だが、そういった奪い合いを、娘や女房ほどは嫌だとは思えない自分は、人としては彼女達よりも悟性が(かしこく)ないという諦観が男にはあった。


 けれど、それならそれで、知性と理性で補えばよいのだとの想いもある。


 だから、経済を農協への信義と同一化する決議に否定意見(いな)はなく、男は他人の心を気づかう優しさを持つ妻と娘を愛していた。


 奪い合いの文化では、親バカも、過ぎれば毒であり、他者への差別に繋がり、情のために他者を害する行為と欲望のために他人を害する行為を混同する原因としてさえ利用される。


 しかし農家文化では、それが正当でない行いとして忌避されるから、男は家族への愛情と私利私欲を混同することはない。


 奪い合いのための力を担保とした信用経済と一線を画する信義経済とは、そういうものだった。


  不正をする者などいないという甘えをもとにした結果、多くの誤魔化しと利権を造り出す信用経済とは違い、信義経済は誤魔化しを徹底的に排除しあい、公務中は嘘を見破る装置をつけてまで己を律する公平性を万人に示す信義で運営される経済だ。


 多くの誤魔化しと利権を造り出す信用経済は、世界の富の九割を寡占する一部の大商人の血統のために存在する。


 血統による富の蓄積の継続のために、法人という不老不死の存在を仕立て、国家による富の再分配から逃れるために、多国籍の法人に富を移動させる事で、国以上の力を持った商人達が造る信用経済の本質は欺瞞と争奪だ。


 形だけの自由競争とは違って、農協の信義経済は個人の才覚を農協という世界の中で競い合う事による賞与や給与として動く。


 同時に、四半期ごとの投票による評価が固定価格として物品の価格に反映されるが、そこに経済ゲームという競争は存在しない。


 宣伝によって膨れ上がる虚像で創られた虚栄を満たすための商品で、人の醜い欲望を煽るような商売も、蔑むべきものという道義が幼児教育によって教え込まれている。


 混沌を好む武家文化を源とする現代人の精神性でいうなら、綺麗事で創られた箱庭のようにも見えるが、この時代の八割近い農家の閉鎖的文化を考えれば、かなり解放的な経済だ。


 奪い合いと争いではない、競い合いと和合による経済。

 

 男は知性と理性でそれを正しく理解しようとしていて、妻や子は悟性でそれが暖かく優しいものだと知っていた。


 それでも変わっていく(さと)に戸惑いはあった。


 妻と結ばれる前は、川へ洗濯に行く彼女に護衛としてついていき、美亜を敬愛する男への可愛い嫉妬をもらす妻を初めて見たのは十二年と少し前。


 共同の洗濯機に驚いてはしゃいでいた妻に子ができ、家に家庭用の洗濯機が届き、そのときに生まれた娘が道士の資格ありとされて。


 その変化の速さは驚くほどだった。


 奪い合いの文化で創られた社会なら、混乱と戦乱へと発展したかもしれないが、農協が物理的に武家社会と隔絶された時には、不和をもたらす人間が、武家となるために外へと出て行ったこともあり、そういった悲劇は起こらなかった。


 農協が、武家として出世したいと思う人間を武将に斡旋したせいもあるし、村八分になった人間に新しい生き方を示し、田畑を用意して新しく造った村への移住を募ったせいもあるだろう。


 しかし、根本に農家の助け合いの文化があったのが、混乱が起きなかった一番の理由だろう。


 ともすれば、外部の奪い合いの文化に制された農家は、奪われる恐れから排他的になるものだが、半内部循環型アーコロジーとそれを繋ぐ地下鉄網で繋がった農協社会という意識が、排他性を失わせ、今では共同体意識が形成されつつある。


 すべては、久遠達による計画で、それはこういった農協放送で告知されている。


 多くの知性を鍛えられていない古い世代の農民達は、それを理解できず、音楽や物語をもたらす娯楽の部分でしか、農協放送を利用していない。


 だが、新しい世代と一握りの知識階級に属していた元武家達は、それを理解していた。


 それでも、全てを理解しているわけではなく、そういった方法をとるのが全ての人々に対して公平に農協運営への参加を呼びかけるものであることと、自分達が興味を持つ分野での能力を示せるものであることは判っている。


 貨幣や物品の貸与を含む、一切の不労利益を否定する農協教育が普及し。 


 個人専用通貨の代わりに個人専用カード決済が始まり、資本主義経済と呼ばれる文化は消えつつある。


 ゆっくりと時間をかけての変化だった事もあり、(さと)の陶貨廃止での混乱などはなかった。


 

「経済競争ではなく、個人的な能力競争で技術進歩を行う計画も順調ですね」


 ラジオ放送の終了と同時に、美亜は今まで見ていたデータから目を離し、ふとつぶやいた。


「4327655項目の失敗要素と、286964717項目の妨害要素とをチェックした計画です。データも随時更新して再検討を繰り返しています」


 その語りかけに‘ 式樹 ’は変らず、情緒のない返答を返す。


「農協外部からの人員受け入れに伴ってのデータ更新は5日毎、部署変更によるデータ更新は1期毎──」


「ごめんなさい。質問ではなく独り言なの」


 美亜は本来なら謝る必要がないのに謝って、微かな憂いを秘めた笑みを浮かべる。


 それは、久遠と共に‘ 式樹 ’が決して自我を持つような変化をしないように創った事への謝罪だったのかもしれない。





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