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真・仙極無双 戦国破壊伝  作者: 悠樹 久遠
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三の段其の参幕 武家の先進と久遠の失敗



「女だっ、女がいるぞっ!! こっちを手伝え!」

 轟々と燃え盛る火の手を抜けてきた一人の雑兵が、そう叫んだ瞬間、その隙を逃さず、鎧武者が逆袈裟に雑兵の首を切る。


 力任せに斬りとばすのではなく、狙い済まされた剣先は、骨を避け頚動脈を含む軟部組織のみを切り裂く。

 少し遅れて首から勢い良く深紅の動脈血が迸るが、その時には、武者の身体は重心を崩さずに血が飛び散る方向と逆位置へと移動済みだった。


 その剣閃はゆるりと動き神速で抜ける──意識の虚を突く達人の業。

 その歩法は、ただ歩くようにしか見えぬ──予備動作のない神業の域。


 ただ速いよりも尚早い剣の業は、武者が達人の極みにいる事を表していた。


 そして骨を断つ事ができないから避けたのではなく刀の消耗を避けるその手妻は、若武者が‘手足れ’という言葉が相応しい歴戦の‘戦さ人’であることを示すものだろう。


 武者は、手足れらしく油断なく燃え盛る炎の向こうの気配を探るが、声を聞きつけて増援が来る様子はなかった。


 おそらく、略奪の為に本隊を離れたのだろうと、僅かに警戒を緩める武者だが、気を緩めたわけでなく残心へと心構えを移したにすぎない。


 戦場で常に同じように気を張ることなどできないという事を知る熟練の‘戦さ人’ならではの知恵だ。

 これを知らぬ侍は、体力を残していても集中力を失い、容易に不覚をとる。


 武者の後ろで固まっていた5人の女達も、その気配を感じ取り僅かに気を緩める。

 戦国に生きる女だけに男のそういった気配には敏感だ。

 そういったことに鈍感では到底無事にすまないのが武家の女なのだ。


 しかし、それでも残りの一人だけは、いっそうに思いつめた眼差しを武者に向けていた。

 他の5人とは違う艶やかな衣装は娘が高い身分、姫と呼ばれる立場にいることを示していた。


「伊勢守殿、最早これまででしょうな」

 武者の背に庇われた姫が、その言葉を口にすると周りにいた侍女達から、悲痛な泣き声が巻き起こった。

 それは、自分達の最期を意味していたからだ。


「……今まで御苦労でした。 皆も伊勢守殿も、父の自儘につきあわせてしまいましたね」


 この家が滅びるのは判っていたことだという思いが、姫にそう言わせたのだろうかと、伊勢守と呼ばれた武者は一瞬感傷に浸りそうになるが、炎の向こうからではなく、誰もいないはずの砦の上層から何者かが近づく気配に、再度心の置き場を変えた。


 戦場にいるときの静まる水面の心境で事態を把握していく。

 階上は忍び返しと呼ばれる登壁を防ぐ造りが二重三重に張り巡らされた姫の部屋で、いよいよというときの白装束が用意されているだけの筈だった。


 どうやって忍び込んだのかは解らないが味方でないことは確か。

 味方がたの者であったとしても、主君の命に叛きここに現れたならば敵。


 瞬時にそう判断した伊勢守は太刀を手にゆらりと歩を進め、階上より近づく影に相対した。

 現れたのは、人かどうかも怪しい全身を銀灰色の鎧に包んだ人型だ。


 眼の部分は西洋の全身鎧のように細いスリットになって、その奥に高硬度レンズがあるが外見からはそれを判別はできないので、科学技術と縁の薄いこの時代の人間の目にはそう映る。


 しかし、それは無知故の蒙昧ではなく、現代知識を知る人間には想像しづらい真実を指摘する見解だった。


 それは、‘式騎’と呼ばれる物之怪サイボーグの本来の姿だったが、真実を知る者は久遠と命衣と時代の農協を率いるべく育てられた‘道士’だけ。


 人ではないが魂魄を持つ存在を含めても、‘式揮’達自身を除けば、美亜と道士につけられた仙造人間を加えるだけであった。


 銀灰色の鎧は金属炭素と高硬度シリコンコーティングされたナノマシンの結合体である‘式機’で形成され、自在に人や動物あるいは木石に姿を変える。

 現在の姿は戦闘モードの一つだ。


「最期を覚悟されたのなら、これは最後の御誘いになるのでしょうな」

 

 その‘式騎’から、錆を含んだ男の声が響いてくる。

 特徴的なそのかすれた低音は、伊勢守もよく知るものだった。


「その声、農協の──」

「はい。 本日も、農協への勧誘に来ました。 これで17度目の御誘いです」


 伊勢守の背後でつぶやく姫に、銀灰色の鎧が答える。

 鎧の中にいる人物は、農協の遣いの男だった。


 彼女達はそう認識したが、実際はその姿も‘式騎’の形態の一つだ。

 農協の遣いとして現れては追い返されを続けた平凡な外見の男が内部にいるのではない。


 しかし、そんなことは彼女達には判らないしどうでもいいことだったろう。


「十と七度。 もう、そんなにもなりますか」


 姫の口調が少し落ち着いたものになり、周りの侍女達からも怯えの色が消えた。

 

 武家として生まれた者が武家として死ぬのが当然という当主を説得し、7度目にして家人が農協へ去ることを許させ、その後も訪れるたびに幾人もの郎党を連れ去ると、最初はうらめしく想った男だった。


 だが、それでも姫は、この男を憎いとは思えなかった。

 もともとそういう性分でもあったが、なにより男が自分達を案じて訪れていることが判ったからだ。


 7度目に現れたときは、粗暴な郎党達が切りかかり、不思議な術で瞬時に十数人が意識を失って倒される事があり、男がその気ならば百数十余りの一族郎党など殺すも攫うも思いのままであると知らされ、その後も騙して何かをさせようというのでもなく、ただひたすらに無為な死を見たくないと男は語り続けた。

 

 来るたびに幾許かの手土産を持って現れ、家人を連れ去って後は、その無事を知らせる手紙や一時的な里帰りの者なども連れ立って現れ、農協に去ったものが幸せに暮らしていると知られると、男は一族からある種の敬意を持って扱われるようになる。


「はい。 階上に鳥船で乗り付けました。 農協に来る来ないは別として、ここは危ないので御一緒にどうぞ」


 てっきり農協に入るのかここで死ぬのかを選ばされると思っていた姫達に男の言葉は驚きだった。

 しかし、同時に男ならそういうだろうと納得もしたのは、男が身をもって農協の理を表し続けたからだろう。


「私達のみが生き残るなど……」


 それでも首を縦に振ろうとしない姫に‘式騎’が次に告げたのは、姫の父である当主の討ち死にと、姫達に落ち延びろという遺言であった。


「姫。 それが殿の命ならば──」

 伊勢守のその言葉が切欠となり、女達は飛空船へと向かうことになる。






「あの人達は農協で暮らすことを望むでしょうか?」

 

 ‘式騎’のモニターした映像を見ながら美亜が、飛空船に乗り込む彼女達の身を案じる言葉を口にした。

 ここで落ち延びても農協に訪れねば、彼女達の死は時間の問題だからだ。


「どうだろうね。 私には無意味でも彼らには意味のある死である場合もある。 幕末の時も今も戦いに意味を求める彼らを救うことは難しい。 けれど何度失敗しても諦める気はないよ──」


 彼らが死に絶えるまでと後に続く言葉は口にせず、久遠は農協に来る事を拒んだ人間を監視する‘先視’と農協の試察として訪れた場合の案内用‘式貴’の手配を始めた。


 もちろん、犠牲を望んでいるわけではない。

 その気になれば彼らから全ての記憶を奪い、新たな人生を歩ませることもできる。


 だが、それは人の尊厳を奪うことだ。

 相容れぬ存在だからといって、それを行うのは力によって他を従える武家の理屈だ。

 農協として久遠が行動する以上、それを行う事はできない。


 だから彼らが意志を曲げない限り、久遠に出来るのは己の意志に殉じる侍達の最後の一人に至るまで、その生き様を見続けることだけだ。


 そのために用意されたわけではないが、‘先視’は、結果的に救うべき多くの侍達の死を見取り続けていた。


 本来‘先視’は危険があった場合の対処に、‘式貴’は武家が農協に紛れた事で起こる混乱の防止に、それぞれ用意されたものだ。


 “ 死に方を自ら選ぶために生きるという生き様 ”を変えられぬ侍達は、その‘先視’の役割を今日も覆し続ける。


 けれど、そのほとんどが女性とはいえ、少なくない数の武家が農協の生きかたを選び、‘先視’に本来の役割を与えてもいた。


 武家の常識は農協では通用せず、この十年の間で‘常識’という概念すら農協の大人達には無意味なものとなりつつあった。


 ‘常識’とは、共通認識である故に、和合を善とする農家では、正しい規範の一つとして認識されがちである。


 しかし、あらゆる状況において矛盾しない‘常識’など存在しないということを認識した農協の大人達は、共通認識もまた判断材料の一つとして道理に合うかを検証せずに‘常識’に従う事を(よし)としなかった


 そういった農協で教育された新世代と大人として認められる事なく生涯を閉じるだろう農家の旧世代の衝突は、和合を旨とする農家の性質と“ 優越感や劣等感を無意味とし、指示を与える者と受ける者の関係を単なる役割の違いと規定 ”した教育によって、そのほとんどが回避されている。


 また仕事の差配も、火事などの人命救助において効率を重要視しなければならない場合を除いてはブレインストーミングとKJ法で行われる事が多く、農協は生涯学習の実践の場ともなっていた。


 しかし、武家の常識ではブレインストーミングなど論外だし、現場に上下関係のない仕事場など遊び場と大差ないと考える者がほとんどだろう。


 平時ですら軍隊的思考を基本とする武家にとって指示を与える者は、上位者で受けるものが下位者で上位は下位に優越するというのが常識だ。


 しかし、そういった効率のみを重視することで、獣の本能で人間を操る単純な方法論を農協は是としない。


 それが上下関係ではなく、役割関係として人間関係を規定する農協の方法論だった。


 平時を戦争の準備期間として、経済による軍事強化の為の時間としか考えられなくなってしまった“ 武家文化の先進諸国 ”に征服統治された前世界を知る久遠は、武家文化に侵された人間を、その滅びの呪いから救うことがどんなに難しいか知っている。


 進んだ先に滅びがあると解らずに、地位を高める為に殺し合いを促進させ、巨大なロシアンルーレットを回し続けることに馴れた人間にとって、命の価値は金銭で量れるものでしかない。

 そういった心ない者たちの動かす社会は、自国民の命すらゲームの駒としてしか考えない軍隊的思考で国家を動かす者が要職につくことを当然として、いつか出る“ 人類滅亡という弾丸 ”を発射するためのトリガーを引き続ける機械(システム)と成り果てる。


 そういった社会へと続く歴史は既に破壊した。

 だが、武家文化という滅びへ向かう文化の落とし子達が残っている以上、彼らは永遠に死と滅びへと向かって世界を進め続けるだろう。


 最期の瞬間まで武家であろうとして自ら滅びへと進んでいった姫の父親のように、哀しく醜いものを、美しく潔いものと信じ込まされたまま。


 そういった人間を一人でも救おうとして失敗し続けながらも、久遠は決して諦めず、その悲劇を胸に刻み、今日も救いの手を差し伸べ続けていた。


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