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真・仙極無双 戦国破壊伝  作者: 悠樹 久遠
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三の段其の壱幕 閉鎖環境実験と人材リサイクル





「ここが完全閉鎖アーコロジーね」

 高い崖の上から眼下の光景を見降ろしながら、命衣の声でそういったのは、人型をした水銀のような金属ナノマシンで作られた‘式機’だ。

「他のと違って(さと)は組み込まれてないのね」


 半径数十キロのドームに包まれたアーコロジーは、そのほとんどが自然環境で、小さな集落が一つあるだけのようだった。


 その集落では、揉め事が起こっているらしく、十数人の人間が争っている。

 どうやら、賭け事をしていてイカサマうんぬんで騒ぎになったようだ。


 通常の農協が運営するアーコロジーとは違い、ここには殺伐とした空気が流れている。

 農協を理想郷|と語る人々ならば、ここを欲業郷(ディストピア)と呼ぶかもしれない。


 周囲の環境と完全に隔離されて内部のみで完結した内部循環型アーコロジーの中で、完成して既に数年の歳月の流れた最古参の実験施設の一つ。

 命衣の言うようにその内部には、農協の施設は設置されていない。


 だが、隔離施設ではあっても秘匿施設というわけではなく、むしろ農協内部でここの存在は、犯罪者の行き着く先として大いに知らしめられていた。

 

「ここにいる人間は、山賊や野盗などの中でも凶悪な者達だからね」

 そう応えたのも‘式機’だがこちらは久遠そっくりの姿を持っている。


 とは言っても十数歳の外見をした11歳の久遠ではなく、完全に成長した姿のメイアや美亜が初めて出会った頃の久遠だった。


 二十台の後半か三十代の半ばか、何れにしろ未だ線の細さが残る今の姿ではない。

 ‘式機’の特徴である擬態能力は質量を変化させることはできないが、形状と容積なら変化させられるのだ。


 本来は前世界で諜報や戦闘に使っていたものだが、生体部品が一切使われていないので、実験アーコロジー内部の万一の変化にも対応できる観察手段として導入されていた。


 ナノマシンで作られた無害であるはずの微生物やウイルスが突然変異を起こさないかどうかと人体に対する影響がないかどうかをチェックするためだ。


「同じ人体実験でもナチスのとは大違いね」

 命衣は、‘式機’から送られてくるズームアップ映像の中で殴り合いを繰り広げている元気一杯で争っている無法者達を見ながらそうつぶやいた。


 ユダヤ人や彼女の同胞達を使い潰した非人道的な人体実験の様子を思い出しているのだろう。

 大戦中に久遠とともに破壊した施設の数は両手足の指の数を越える。


 人の皮で作られた革製品や手足の骨を加工した道具などに何の意味があるのだろう。

 そんなくだらないものから、戦後にアメリカを医療大国に押し上げた生体生理の観察実験のために生きたまま解剖された被験者や洗脳や薬物実験のために脳を破壊されたまま飼われる人々まで。


 有用無用に関わらず繰り広げられてきた悲劇に比べれば、このアーコロジーでの実験は、前世界の製薬会社と医師達が行う臨床実験などよりも更に安全と人の尊厳に配慮されたものだった。


「そろそろ介入しないと危険だな」

 久遠は命衣のつぶやきには答えずそう言って一歩を踏み出す。


鉄などはこのアーコロジー内には存在しないので、槍や刀などはないが、男達は高硬度セラミックや炭素結晶コーティングのグラスファイバーでできた農具を手にしている。

 それなりの殺傷力はあるので放置すれば、人死にがでるだろう。


「あいつらのやってきたことを考えれば、上等すぎる扱いだわ」

 その後につづきながらも命衣は不本意そうな声で愚痴り続ける。


 24時間、専用の‘式樹’で体調や精神状態をモニターし、異常があれば治療され、こうして殺し合いに発展しそうな争いは治めてやる。

 

 彼らがどれほどの非道を繰り返す存在だとしても同じ非道でそれに報いを与えることを良しとしないのは、確かに命衣の言うとおり、盗賊どもには過分な待遇なのかもしれない。


 前世界であれば死刑のある国なら即時執行されてもおかしくない様な凶悪犯ぞろいだ。

 それどころか、合衆国などなら逮捕時に交戦の末、撃ち殺されるのがオチだろう。


 それを感応魔術で感じ取っている命衣だからこその素直な感想だった。


「だからこそ、これ以上、無駄に命を使わせるわけにはいかないだろう?」

 それが彼ら自身の命であろうともと、久遠は振り向かずにそう語っていた。


 人の命というものはそれが自分の命であっても好き勝手に使っていいものではない。

 それは農協全体の理念であり、全ての宗教や社会の根源にある古からの真理だ。


 放置されたタマゴから生まれる生物と違い人間という動物は、自分のみの力で育つ事はできない。

 また、社会からのフィードバックデータなしには、ただの猿の一種でしかない存在でもある。

 人が社会的動物と言われるのは人格というデータが社会という協同構築されたデータなしには成り立たないものになっているからだ。


 人間は人間社会でしか人間という動物では在り得ず、人として生きるとは、それを理解して、そのうえで、人間社会が自然淘汰世界に埋没し終には滅びるという結末に向かわぬよう、努力し続ける存在であるということだ。


 そういう存在であるために必要なものは、先ずは衣食住といった生活環境の安定、次に自滅本能の認識や人としての自覚を促す幼児期からの教育環境の確保、最後に不確定な未来の脅威に対しての環境保全。


 農協が実現したのは、暴力機構である武家に頼らず、そういった‘人が人として生きられる環境’をつくることだった。

 久遠がこの世界に転生して個人的に目指したのが不老不死であり、社会的に目指したのが、この自然淘汰世界の理である自滅機構の排除だった。


 おそらくそれは、自然環境崇拝者や絶対神を信教するものからすれば、その依存する対象を否定し貶める行いであっただろう。

 ‘自然を蔑ろにした傲慢’という非難や‘神をも恐れぬ所業’という拒絶を受ける行為だろう。


 だが、‘限りなく膨張する欲望が生み出す傲慢’も、‘正義や倫理(かみ)を否定する無法’も否定し、何処にも何者にも依らず、どんな想いにも欲望にも溺れない道をこそ由とする久遠にとっては当然の行いだった。


 傷みを知りされど傷みを怖れず、隔絶を恐れずされど隔絶を望まず、理想を望みされど理想を敬わず、命を敬いされど命を信仰せず、信仰を理解しされど信仰に溺れない。


 それはまさに自然ではなく環境を整えて天地を操る術を使い、神を封じて世界を護らせるという仙人の伝承どおりの久遠らしい行いだった。



 その久遠に望まずながら護られている無法者達だが、このアーコロジーのルールに逆らう事の無意味さだけは体に染み付いているらしく、‘式機’の姿を見ると今まで争っていたのが嘘のように、怒りや苛立ちを忘れ恐怖の表情を浮かべる。


 精神的に鎮圧された彼らの争いの調停などせずに久遠は彼らを解散させ、とりあえずの騒動はそれで収まったが、それはほんの数日のことだろう。

 

 ルールよりも利己を優先し、自分の欲望に忠実であること以外を望まぬ者達に久遠は最低限の援助と暴力の規制以外を押し付けない。


 だから、彼らは彼らが望むままにこの閉鎖したアーコロジー内で‘式樹’の常時監視のもとでただ生かされていた。 


「切り捨てれば簡単に済むものを再利用する方法──リサイクルだったかしら? 物だけでなく人間にも使えるのね」


 めいめいがそれぞれの帰るべき方向に散りじりに去っていくのを見送りながら、命衣が自分が前世界を去ってから西洋でも使われだしたシステムで、凶悪犯罪者達を皮肉る。


「真理とは全てにおいて当てはめて使うべきものだからね。 人だけは特別だということにはならないよ」

 久遠は皮肉さの欠片もない真摯な声で、それに応えた。


「あいつらの心は汚れ歪みすぎてもう人とは呼べなくなっているわ」

 半ば感応魔術で人を判別している命衣にとって、彼らはそう見えるらしい。


「だろうね。 定期的に行われる開放検査でも合格者はいない」

「開放検査って──あいつらを郷に?」

「いや、外にだよ。 アーコロジーに入る資格審査とは別だからね」


 アーコロジーに入る資格検査は血統主義や身分意識が人格にどれだけ根付いているかを調べる心理審査で前世界の人間なら半分以上の人間が通るだろう審査だ。


 この世界の人間なら土地を持たない農民ならほぼ全てが、豪農などの半農半武ならば1割が武家や貴族はほぼ受からないだろう審査でもある。


 なぜ、貧農たちのほとんどが審査に通るのに権利意識のあるはずの前世界で半分しか通らないかといえば、人権を含む全ての権利が前世界では国家の権力システムに依るものでしかないという意識が多くにあったからだ。


 暴力や権力の下で作られた権利とは、利用するものでしかないという結論に達した人間は、決してこの審査に通ることはない。


 文明の源である始源共産制の理念を残す農家の文化は、前世界では冷戦終結の後、廃れていく一方だった。

 そしてその一方で、前世界の多くの国家は、血統主義に依る貴族文化の影響で、農民文化によって創られた和合や道義といった‘自滅本能の抑制技術’を軽視していた。


 生活環境の安定を目指さずに権力者が利権を追及して互いに争い合い、自滅本能を認識することなく際限のない欲望を煽ることで動く経済を盲信して資本家が労働者を使い捨て、人としての自覚を促す幼児期からの教育環境の確保を行わずに、国家が為政者の利権確保をするための洗脳や精神誘導(マインドコントロール)を学習ではなく智得と偽り、人を育てる事を怠っていた。


 その結果が、自分達が好ければいいという血統主義や共犯意識であり、その最たる貴族主義と資本主義信仰だ。


 人の命に値をつけることで人の尊厳を貶め、自分達の利益の為に虚構を売り買いすることで商業の本質を貶め、ただ欲望に溺れそれを失うことを恐れる中毒者のように生きる。

 平等な競争を嫌い、公平な扱いを嫌い、公正なルールを歪める。

 そういった行為を恥とも思わず、弱肉強食などとうそぶきながら自滅本能に溺れる共犯者を増やそうとする人間達。


 彼らの愚かさで人類を滅ぼしかけた事件の多くを解決してきた久遠が創った審査。

 武家社会に蔓延るそういった人間を排除する審査こそが、アーコロジーに入るための資格審査なのだから、前世界の多くの人間が農協の門をくぐれないのは当然のことだった。


「そう──。 それでもあいつらを切り捨てない意味ははあるの?」

 そんな戦後から21世紀への歴史を知らない命衣は、検査と審査の違いを問う事はなく、別の問いを口にした。


「意味はあるよ。 弱肉強食などとうそぶく|者達を生まないようにする意味が」

 久遠はそう答えいつものように静かな表情で命衣に前世界の事を語り始めた。











用語解説  ヒトのカクシン(民明書房刊)より抜粋




人体実験:

 ナチス征服統治者達下のドイツでは実際にユダヤ人などを人体実験に使い、人の身体の一部を加工品として使うなどの無用な行為も行われた。人の皮は薄い為にランプシェードなどに使われるべく加工され、骨は喫煙用ののパイプなど様々な道具に加工された。

 その実物の多くは戦後に公開され戦勝国の正義を喧伝するために使われたが、有用な人体実験をした学者の多くは裁判にかけられることもなく機密の闇とともに戦勝国でその実験の結果を完成させる。



有用無用:

 武家文化の根幹の一つであり、概念としては、義に反する悪

 どのような倫理よりも判断基準を有用性に置く軍人的思考法は、蛮人の国(ローマ)の文化を根源に持つ西欧や中国などの軍人国家を中心に芽生え、武家文化が宗教権力の影響を外れた近代に人類全体の利益を度外視した歪んだ合理性を理論化したマキャベリズムとして開花した。



洗脳や精神誘導:

 専制国家や独裁国家や封建国家では洗脳が自由国家では精神誘導が主流であるが、軍隊の存在する国家では基本的に両方が使われる。

 国家教育と呼ばれるものに、その要素が含まれがちだが学習ではなく智得を目指すならばその要素を除外することは可能。



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