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真・仙極無双 戦国破壊伝  作者: 悠樹 久遠
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二の段其の終幕 成人免許と信仰の自由





「宗教など、この(さと)には必要ありませぬ」

 十数畳ほどの室内に静かながらよく通る女の声が響き渡る。


「あなたは仏の教えをないがしろにされるおつもりか。 仏罰がくだりますぞ」

 つい先頃、行き倒れていたとは思えぬ勢いでそれに応えたのは薄汚れた僧衣の坊主だった。


 高栄養点滴のおかげもあるが、男の飢餓が慢性のものではなくここ数日のものであるからこそだろう。

 よく見れば僧衣も汚れてはいたが上等な仕立てのものでつぎなどもない。


 布教の旅の途中で供とはぐれ道に迷ったという話だったが、旅に出てそう長くもないのだろう。

 一向宗のなかでも身分はかなり高くもとは武家の出ではないかと思わせる傲慢さの名残りがある。


「別に仏の教えを否定しているのではありませんよ。 この(さと)では全ての信仰は許されていますが、それを生きる術にすることを禁じているだけです」


 女は宗教として神を利用することを禁じているのであって信仰による救済を否定しているのではないという明文化された農協の規範を口にする。


 神仏の教えで金を稼ぐなどは不徳であるという教えは、どの宗教でも改革者によって唱えられてはいたが、組織として人を養う事をしはじめた宗教はそれを容認できないのも事実。


 だから、農協は信仰は認めても宗教は認めないということが信仰の本質を護ることだという教えを実践していた。


「それは仏の教えを説くものを、、ないがしろにするということであろう」

 しかし僧は、女の反論にあくまでも厳しい口調で食い下がっていく。

 

 偶然とはいえ、近頃評判になっている神仏の加護を受けた農民たちによって創られたと聞く農協の(さと)を訪れることができたのだ。

 ここで教えを広める事が出来たなら大きな功績となるだろう。


 僧の態度からは、心の中に広がるそんな声が聞こえてくるようだった。


「いいえ。 一向宗本来の教えを説く方はここでもいますよ。 仏の教えを生業にすれば道を歪めるというのが開祖の教えでしょう? あなたの言い分は本末転倒したいまの一向宗の言い分です」


 女はといえば、僧の剣幕など意にも介さないというふうで、ただ静かにここは外とは別世界であるのだという事実を表している。


「くっ……ならば喜捨はともかく、何故説法をすることもならんというのか」

 僧は、既存の権威や学位といったものが農協の(さと)では何の意味も持たないということを改めて思い知り、責め方を変える。


 どこかにつけこむ隙がないかというような目で女を見るが、平凡などこにでもいそうな田舎女といった風貌のくせに、女の態度には僧の相手を厭う様なそぶりすらなかった。


 臆することなく怯むことなく、かといって敵愾心どころか疎むそぶりすらない相手。

 まるで、こちらを子供扱いで余裕にあふれた目で見ているようだと僧は感じていた。


「それも決められた場所で大人になら許可しています。 ものの道理を知らぬ子に一つの教えのみを説くことで信仰を強制することを避けるため成人免許を持たぬものは説法を聞けぬことになっています」


「成人免許だと、なんじゃそれは?」

 女の自分を見る目に怖れや崇敬がないことにいらつきながらも、僧は聞きなれぬ言葉の意味を問う。


「大人であるという証です。 毎年、道理や正義を問う試験があり、更新することで大人であると認められます」


「……この(さと)では、大人は皆その試験とやらに受かっているのか?」


 各々の村や里には、それぞれに大人として認められるための通過儀礼があること知っていた僧は、成人免許制度もそんなものの一つだろうと思い、そう口にしたのだが、女の口から出た言葉は僧のそんな常識を砕くものだった。


「理解されていませんね。 試験に受かったものが大人であって、受からねば幾つになろうと大人にはなれません。 年若ければ子供として年経れば小人として同じく大人の監督下で権利を制限されます。 小人は子供を保護する事はできませんし公職には就けません」


 女が言うのは単なる通過儀礼としての成人ではなく、運転免許のように大人であることを認めるという、未だこの世界で誰も考えた事のないような制度だった。


「それは、農協が認めたものにしか自儘なふるまいもできんということではないか。 そのような勝手が許されるのか!」

 ようやく、女の言うことを理解した僧は自分がないがしろにされているという怒りを、民の意志を代表して述べているような顔でぶちまけた。


「勝手ですか? それは筋が違いますね。 試験は人として正しい行いが出来るかどうかということを問うだけのものです。 人から奪うことや人を傷つけることを気儘に行うものを、仏の教えでは見逃せと言っているのですか?」


 だが、僧の言い分こそが身勝手な話でしかないのだと、女は静かに諭す。


「ぐっ……それは、本当にそれだけのものなのか?」

 あっさりと切り返されてひるみながらも、尚、僧は試験の妥当性に対して根拠のない疑問を投げかける。


「ええ。 ただし試験では嘘を見破る機械をつけるようになっていますし、試験で答えた内容に反した行為を行えば免許停止や剥奪により成人権を失うので、この(さと)で、口先だけの正義や道理を語るものが蔓延る事はありませんよ」


 それに対する女の答えは、僧の今までの言い分を生きかたごと一刀両断するものであった。


「それに試験が真っ当なものかどうかは直ぐにわかります。 この(さと)で説法をするならば、あなたもその試験を受け、大人であると認められねばなりませんから」


「…………」


 更に追撃を受け、僧は今度こそぐうの音もでず、女の真っ直ぐな視線から目をそらす。






「アレ、助けなきゃいけないようなやつなの?」

 女型の‘式貴’と僧のやりとりを‘先視’で見ていた命衣が嫌そうな顔で言った。


 その声には理不尽を通そうとするものへの怒りがある。

 異宗に対して弾圧と非道を行う腐敗した国家宗教に抗い続けた大魔女の一人メイアとして、僧にその影を見ているのだろう。


「命に変わりはありませんから」

 そう涼しげな声で答えたのは‘式貴’を操っていた美亜だ。


 こちらには道士らしく嫌悪もない代わりに感情の熱もない。

 怒りのたぎりも酷薄の冷たさもなくただ一つの命としてだけの価値を量る声だ。


「ああいうやつは周りに害しか与えないわよ」


「それは、彼の人格に問題があったとしてもそれが周囲に影響を与え得なければ問題がないということでもありますよね?」


 命衣の怒りに水を差すように、美亜は穏やかな笑みを浮かべるとのんびりとした口調で命衣に微笑(わ ら)いかける。


(さと)の外、武家階級ではまだ彼などごく当たり前の人間にすぎませんし、彼が子を成したとしてその子も同じような価値観を持つとは限りません。 命の可能性を否定する事は、あなたがた古え神(いにしえがみ)の祭祀にとっても禁忌でしょう?」


「……そうね。 今のわたし偽りの神の暴虐から一族を護る忌祓いではないものね。 あんなやつらを敵視する必要はない──本分を思い出したわ。 ありがとう美亜」


「どういたしまして。 幼い体からの影響で感情が不安定になっているのかもしれませんね」


「なるほど……そうかもね。 そういえば子供の頃はこういうふうだったかしら。 ずいぶん昔のことだから忘れていたわ」


「羨ましいですね。 わたしには子供の頃というものがありませんから──」


 二人の話題は僧のことから離れ、 お互いの過去へと移り変わっていった。

 天道暦0009も終わりに近づいた冬の日の昼下がり。

 ガールズトークというにはいささかはばかりのある女達の会話であった。













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