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真・仙極無双 戦国破壊伝  作者: 悠樹 久遠
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二の段其の幕間 万民同権と農民復興宣言




 公家に皇族。 貴族に王族。 豪族。 貴種に優越種。

 そんな区別に意味はない。それがこの世の常識だ。


 科学の発展や技術の進歩と共に、かつては信じられていたそれらの存在は、統計学と商業文明の下に当然のごとく否定されていった。

 今では子供まで、そんなものを信じる人間を馬鹿よばわりする始末だ。


 だが、差別というものが、公共の場で否定されるようになった現代においてさえ、文化としてそれらの区別は人々の心の中に潜み、イジメや汚職あるいは戦争の苗床として存在し続けている。


 争い、勝ち負けを決め勝者が優遇されるといったシステムを基にする武家社会が、助け合い役割を決め平等に分かち合うシステムを基にする農民社会を抑圧して、善悪を誤魔化すことで、そういった害悪は蔓延っていった。


 太古の昔、人が社会というシステムを創るにおいて不可欠な規範としての善悪は、人が獣と変わらぬシステムで動く狩猟文化が終わり、農民社会を形成する時期に完成する。


 獣と人を分かち、人類全体に対する利益を理想と掲げ、論理により善悪を判別する正義は神という概念の下で人々に広められていった。


 それ以後、農家が作った文化である善悪は人類が人として生きる根幹となった。

 しかし、武家が農家を征服統治し自らを優遇する事を正当化した文化を流布し農民を抑圧していく過程で、正義や善悪は歪められ、理を歪めて利を追う獣の理屈をもって矛盾を孕むものにされた。


 武家社会の幕開けである。

 

 どんな社会も善悪の規範無しには維持できないために、子供達はまず善悪を学ぶ。

 そして善く生き獣ではなく人として生きよと教わる。


 武家社会もそれは変わりはない。

 なぜなら、それなくして社会は成り立たず、社会なくして生きてはいけないのが人間だからだ。


 だが武家社会は暴力という悪により造られ、恐怖という負の感情による統制で成り立っている。

 人の皮を被った獣に征服されれば、人と獣の間で揺れ動く人間の心は獣に近づいていくのが道理。


 それは喜怒哀楽の四つの感情のなかで最も容易く得られる楽の感情のみを糧に生き、喜びとは何かさえも見失い、快楽こそが喜びと思い込むようになるということだ。


 結果、嘘と誤魔化しで子供達は善悪を見失い大人達の心は暗く沈み、社会は腐敗し崩壊していく。

 こうして幾つもの国が争い滅びていく暴力と武の栄枯盛衰が始まった。

 

 争いがなければ存在価値を認められない彼らが社会の規範を歪めたことで、人が理想を追うことは禁じられ、争いが奨励され武家が農家に寄生する立場であるという事実は闇に沈められていく。


 正しい事を行おうとする人々を抑圧するために愚民化政策が行われ。

 嘘と誤魔化しを長く続けるための武士道や騎士道といった歪んだ規範を子供に教え込み。

 自らが力で奪い取る者でありながら、力で奪い取る者から守る者だと偽り。

 命を育む者より命を奪う自分達が尊いのだと信じ込ませていく。


 こうして農家の知的階級は弾圧され学問は武家の占有財産とされて、農家は文字を失い、知性を奪われていった。


 その社会の歪みは武家社会が商家社会と変わって多くの人々が金のために生きる世になっても残り続ける。


 経済と呼ばれる商家の争いは、交通戦争と呼ばれる悲劇や自殺社会と呼ばれる悲劇を巻き起こした。

 それらの悲劇は、争いによる犠牲であると人々に実感させないままに、年間数十万という戦争以上の被害を出し続ける事になる。


 そして、久遠の前世で歪みは終に世界大戦と終末兵器を生み、人類は自ら絶滅の淵に立つ事になっていた。


 絶滅の淵に立ってさえそれを繁栄と信じ込まされた多くの人間達は、心の底ではそれを理解しながらも、長い歴史に埋もれた‘根源の善’による生き方を見失い。

 久遠の力をもってしても数多(あまた)の犠牲なくしては容易に正せないほど、その歪みは多くの人々の心を汚染していた。


 だが前世界と違い、戦国の世の半ばにあるこの世界では、久遠の行う歪みの是正は農家と武家の離反と同時に順調に行われていった。



 天道暦0009。

 前世界においてさえ終わらない戦国の世を終わらせようと、久遠はついに農協による農民文化の再生を宣言。

 公的に農協は大和朝廷と武家の征服統治から抜け出た事を農協の全アーコロジーに知らしめた。


  既に数十メートルの高さの複合セラミック構造体により物理的に外界と遮断されていたため今更ではあったが、アーコロジー内ではそれを記念して祭りが行われていた。


 外界ならその祭りに乗じて儲けようとするものや、悪事を働こうというものも多いが、農村をもとにしたアーコロジーでは、その心配は少ない。


 もともと狭い社会で顔見知りの多いアーコロジー内は無用なトラブルは起こりにくくなっているうえ、ここ数年で実在する奇跡を背景とした道徳教育は農協内で強固なものへと変わっていた。


 また問題がありそうな略奪を副収入とした豪族達はまだ農協に組み込まれてはいなかったし、何より農協では銭というものが存在しないこともある。


 個人にしか意味のない通貨による流通は、犯罪が起こりにくく露見もしやすいために、農協内の犯罪のリスクは、前世界の近代と比べても遥かに高いものになっていた。


 この流通システムは、職業犯罪者の滅小と流通管理の簡略化をもたらし、久遠達の事務作業をも軽減していた。


「この調子でいけば、あと3年もすれば引継ぎを始められそうね」

 新しい世を祝う祭りの最中、あいかわず仕事に追われている久遠の横で退屈そうな声で命衣が言う。


 現在、全て久遠達の手によって運営されている農協だが、道士の教育と育成を待って、徐々にその仕事を引き継いでいく予定だ。


 道士を交えた第一段階の引継ぎに90年。 道士を交えない人のみの体制への引継ぎに60年。

 150年をかけて基本体制の構築と人間の意識改革を行い、農協を久遠達の手から離れて存在できるようにするその計画は後に久遠計画と呼ばれるようになるものだ。


「でも、もっと美亜みたいな‘式貴’がいれば、計画は早く進みそうなんだけど」


「美亜は‘式貴’ではありません。 ‘式貴’とは精神同期で動く自律不可能な生体アンドロイドの総称です」

 ‘式樹’の無機質な声が訂正を入れる。

「美亜は固有の魂魄を有する自律可能な生体アンドロイドです」


「ん? ああ‘式貴’ってそういう分類なのね。 まあいいわ。 美亜の同系はなんでいないの?」


「それは、人に崇拝される存在として育ってほしくないからだよ」

 久遠が数種類の作業を‘式貴’でこなしながら、答える。

「美亜は前世界20世紀の日本という環境で育ったので、そういったことにはならなかったが、こちらではそうもいかないからね」


「それって、何がまずいの?」


「今の私達が指導する社会を、道士を交えた主導へ、そして理と法によって一般の人間が自律する社会に変えていく途中では、美亜のような存在は少ないほうがいい」


「いずれ消えなければいけない崇拝や依存する対象を残したくない?」


「いや、一般の人と美亜たちが対等にあれる社会ができるまでは、望まぬ事を強いることになるからね。 そんな損な役回りは私達だけで充分だろう?」


 魂魄を持つ存在であるということは、人と違えど同一社会に生きる知的生命であるということだ。

 己を偽り生きることは幸福な生き方ではないし、もし人と同じ精神性を持つ存在ならそういう環境で育つことは歪みを残す原因と成り得る。


 幸いなのかは判らないが美亜の精神性は人と異なる為に後者の心配はないが、己を偽ることを幸いとはしない理性を美亜が持っていることを久遠は知っていた。

 

「そう……あいかわらずね」

 やっぱりこの男のやさしさは判り憎いと考えながら命衣はため息をついた。

「まあ、そんな苦労を分かち合えるのはわたしたちだけだってことにしといてあげるわ」


 小賢しい人間ならその行為の本質を知らず、甘さと呼ぶような行いを常とする久遠だが、久遠は理想と甘えを決して間違わない。

 それでいて、こうしたやさしさを常に失わないでいることは難しいことだと命衣は思う。


 ともすれば、情を捨てる事が理を守ることだと人間は間違いがちだ。

 だが、情を捨てて得られるのは利でしかなく理ではない。

 理とは正しく情を守るべきもので、情と欲とを違えないことだと久遠は説く。


 久遠の理は、争いを否定しながら静かに世界を変えつつあった。












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