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真・仙極無双 戦国破壊伝  作者: 悠樹 久遠
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二の段其の九幕 非貨幣経済と電子情報網





「よし、今日は俺のおごりだ!」

 明るい男の声が飯屋の中に響く。


 農協に入ったばかりの男だが支度金を使って、手っ取り早く交流を図ろうと同僚達と夕飯を食べにきたのだ。


 袖擦りあうは他生の縁。

 人繋がりは一生の富。

 損して得取れ。


 どれも男の好きな言葉だった。

 その言葉に従い生きてきた男だったが、農協を知り自分の骨を埋めるのはここだと決めた。

 

 男の想いは叶い、農協に入った自分を迎える者達は、気のいい者ばかりだった。

 気を良くした男は、今日は新しい門出だと大盤振る舞いをするつもりでいた。

 それは彼なりの処世術であり成功体験に基づく方法論だ。


 奢られて気を悪くするものは少ないし、そういう連中とは付き合わないに限る。

 何故なら、そういうやつらは面子を気にするようなヤクザな人間だからだ。


 男はそう思い、今までそれでうまくやってきた。

 事実、細かい事は苦手な男が商人として細々とやってこれたのは、そのおかげだだったので決して間違ってはいないのだ。 そう、今までは。


 だから当然、皆も喜ぶだろうと思っていたのだが、男の言葉に気炎をあげる声が応える事はなく、なぜか皆に生暖かい視線を送られている。


 どうしたと問う男に仲間の一人が、気まずげな笑みを浮かべながら言うのを聞くと。

 農協で使われる陶貨は外で使われる銭とは似て非なるものだということらしい。


 「陶貨を良く見てみろ。 裏に同じ番号があるだろ?」


 確かに陶貨の裏には額を表す数字以外の細かな数字が並んでいる。


「それは、お前の身分証の番号と同じなんだ。 最初の4桁が所属地方、次の4桁が所属地域、次が職種、その次が部署って具合でな」


 それは説明されたので男も知っていたが、それが何故そんなとこにふってあるのかと聞くと。


「それが、銭と違うところだ。 その陶貨はお前にしか使えないお前専用のものだ」

「はあ!? 」

「買い物をするときに身分証を提示しろと言われただろ?」

「あ、ああ。 確か盗みをできなくするとか──って、そういうことなのか!?」

「お前さん、細かい説明を聞かなかっただろう。 よくあるんだよ」

「ん? いや、でもそれでも俺が勘定をもてないわけじゃ──」

「それも説明されてるはずなんだ。 一日に一人が使える額は食費ならいくらって決まっててな。 それ以上使えないんだ」

「え!? はあ!?」

「ほら、あそこにあるレジって機械にお前の身分証を読み込ませると使えるかどうかが判るって具合でな。 レシートって紙に領収の具合まででるようになってんだ」


「まあ、気を落とすな! 俺もやっちまってよ」

 あまりのカルチャーショックに、あんぐりと口を開けて何も言えなくなった男に同僚の一人がなぐさめの言葉をかける。 


「かなり余裕を持って4人分の食い扶持くらいは使えるはずだが、奢り奢られってのは、ここじゃあ、あまり褒められたことじゃねえってことだな」


「まあ確かにふるまいで物を配る事はあっても銭をまくなんてのは百姓はやらんもんだからな」

「いや、百姓が、毎日、銭なんぞを使うことが、ここ以外じゃねーだろ」

「まったくだ!」


「それにしても、おまえさんらは早とちりみたいだから気をつけにゃあなあ」

 男達の中では最も年配の男がわざとらしい真面目さで言うと。

「違えねえ」

 男をフォローした男が笑いながら答え。


 いつのまにか、男の奢るという言葉はうやむやになり、同僚達は食券というものや券売機という機械を知らない男を(さかな)にワイワイともりあがり始める。


 それは、農協に入ったものの多くが経験する通過儀礼のような光景だった。






「この調子じゃ、パーソナルマネーカード決済だったかしら、新しい流通対価の完全導入はまだまだ先みたいね」


 使い魔の猫を通じて裏切り者のスパイなどがいないかと監視していた命衣は、一連のやりとりを見てつぶやく。


 命衣が監視していた(さと)は、新しく農協に編入されたばかりの土地で、身分証と一体になった嘘発見機と宣誓による防諜システムが完全導入されていないため、感応魔術でその代わりを務めているのだ。


 写真つきの身分証が本物かを調べ、嘘発見機の機能が正常に稼動しているかをチェックする装置の施設への埋め込み作業は、‘式貴’を一体作成する以上の手間がかかるが、命衣の特注の‘式貴’ならば充分、等価作業だろう。


 同じように、身分証と一体になった流通決済もハードは揃っていたが、システムは稼動していない。

 使う人間がそのシステムを理解できるまでは、陶貨と併用しての運用が行われていた。


 銭というものに慣れた商人達と違い、文字や計算を使いなれない農民達がその概念に馴れ親しむまでには、数年単位の時間がかかるせいだ。


 武家や商家と違い、嘘をつく習慣が根付いていない農家文化ゆえに、嘘発見機のシステムはハードさえ揃えば簡単に受け入れられるが、ソフト面での習熟が必要なものは、その面倒さゆえに受け入れられにくいようだった。



「現状での浸透率は32.6428%となっています。 運用職業分布では、農民が──」

「独り言よ」


 同時多数に分岐させた思考の一つで‘式樹’の報告を一言で打ち切らせて、命衣は久遠のそばの自分専用‘式貴’を使って言う。


「あのマヌケな気の利かなさはどうにかならないの?」


 寝台に裸のまま横たわるその姿は前世のメイアの姿とほぼ同じだが、髪と瞳は黒く、肌は白いが白色人種のピンクがかった白さではなく、白い月を思わせるものなので、浮世離れした美しさ以外は日本人といってもそう不自然ではない容姿になっている。


「それが‘式樹’だからね。 それで、君用の‘式貴’に不都合な点はないのかな」

 久遠は、艶然として見える‘式貴’の目線と声をさらりと受け流し、問う。

「髪と肌の色は自由に変えられるから、君の要求は満たしてると思うが」


 何も知らない人間が見たら、色っぽい場面かと思うだろうが、実のところは出来上がったばかりの‘式貴’の動作チェックだ。


 命衣も久遠も欲望の充足としての性行為を行うことはないため、やりとりは実に淡々としたものだ。

 霊体で‘式貴’を操る命衣と霊魂でナノマシン制御の肉体を操る久遠。

 それは奇しくも相似体であり、方法論こそ違え、機能追及の究極の形だった。


  二人は細かなチェックを繰り返しながら、同時に幾つもの仕事をこなしていった。










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