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いいぜ、手の平で踊らされてやろうじゃねえか

5話投稿。投稿、遅くなってすみません。


 ただ今俺はトヨキチさんと二人、デパートの屋上のベンチに座っています。トヨキチさんは始終にこにこ笑っていらっしゃるが、血染めスーツがとっても怖いです。


 セツナはというと、なんと俺のために傷薬を買いに行っていた。 泣いたかと思ったら、今度はなんか気味悪いぐらい優しくねえか? ただし俺の財布から千円抜き去って行きやがったんだがね。ああ、傷口に涙が染みるなあ。あといくら残ってるのか、怖くて数えられねえ。


「貴方は、お嬢様を冷血な人間だと思っていらっしゃいますか?」


 唐突に喋りだしたトヨキチさんに、心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。「お嬢様を危険な目に遭わせましたね」とさっくり殺られると身構えたが、トヨキチさんは殺気の感じない、穏やかな笑顔で俺の返答を待っている。


 セツナが冷血かだって? あいつは散々俺を罵倒してきた。おまけに俺の大事な一万円を浪費しやがった。……まあ、元々あいつの金らしいけど。正直嫌いにはなれないが、俺に死刑宣告したりと、冷血って面はあると思う。でも、それでも俺はそれだけの人間と思い切れない。


 本当に少しだけだが、こちらを気に掛けてくれた。傷ついた俺に涙を見せた。


 どちらが本当の顔なのか、俺にはわからない。


「……わかりません」


 何故かむしゃくしゃしながら、俺はぼそりと答えた。


「でしょうね。お嬢様は素直でありませんから、慣れぬ者にわかれというのも酷でしょう」


 セツナの本当の姿を知っているのを誇るかのように、トヨキチさんは笑みを深めた。俺はなんだかむかっとした気持ちになって、顔を背ける。


「少しばかり、昔話につき合ってくれませんか」


「……昔話ですか?」


「ええ。これを聞けば、貴方の疑問も解消できますよ。まあ、根本的な解決はしませんが」


「セツナが急に態度を変えた事ですよね」


確定的ないい方に、トヨキチさんは「そうです」と返す。


「聞かせて下さい」


 俺の言葉に満足そうに頷くと、トヨキチさんは語り始めた。


「今までお嬢様と行動を共にしていた貴方が、不埒なマネをしないようずっと監視……もとい見守り続けてきましたが、様子がおかしくなり始めたのは選曲最中でしたよね」


「ええ、まあ、はい」


 あれ、この人カラオケ店の外で待ってたんじゃないのか。疑問が浮かんだが、つっこんだら藪から蛇が出てきそうなので、黙って続きを待つ。


「おそらくあれは、お嬢様が大切にお思いだったご友人の事を、思い出したからでしょう」


 目を伏せ、トヨキチさんが言葉を続ける。


「昔お嬢様にはたいへん仲のよろしかった、ナコさんというお方が居りましてね。お嬢様はナコさんと頻繁にカラオケに遊びに行かれました。貴方がお嬢様とデュエットしたあの曲は、お二人ともお好きで、必ず一緒に歌われたものでした。しかし、今はもう歌われることはありません」


「どういう意味ですか? 一緒に歌いたければ誘えば……」


 そこまでいって気づいた。トヨキチさんは、全て過去形で語っている。


「それはあり得ません。何故ならもう、お嬢様はナコさんと絶交なさったのですから」


 トヨキチさんが一息置くようにため息をつく。それには哀愁が帯びていた。


「中学以来からのご学友であるナコさんは、端から見れば、アレな性格や悪辣な風評、さらに極道の娘という三拍子揃った、触らぬキチ○イに祟りなしなお嬢様と、蛮勇なのでしょうか、まあとにかく深い親交を結んでおりました」


……重い語り口調の割には、随分コミカルに修飾してるな。これはまあ、トヨキチさんにとっても辛い過去が、傷跡を掘り返さないためだと思っておこう。


「ですがお嬢様が高校一年生の頃、亀裂が生じてしまいます。きっかけはお嬢様にいろいろアレされた事を怨む、身の程知らずの不良連中にナコさんがさらわれた事でした。幸いにもナコさんを陵辱される前に救出できましたが、私もあの時は誠心誠意を込めて、一生消えない、いえ消させはしないトラウマを植えつけてやりましたよ」


 やっぱりトヨキチさん怖え。冷や汗を流しながらも、真面目な顔を繕って聞く。


「ナコさんはこの事件の後、それでも変わらず接してくれました。しかし、お嬢様はそうはいきませんでした。お嬢様はこうお考えになったのです。自分と一緒にいるとナコさんは不幸になる、と。それからお嬢様はナコさんをひたすら拒絶しました。いくらナコさんが親しげに話し掛けようとも、冷たく無視しました。その時のお嬢様の胸の痛みは測りしれません。ナコさんだけが、唯一無二の親友なのでしたから。本当は離れたくない、ずっと一緒に居たいと泣き叫びたかったでしょう。でもお嬢様は、自分に正直になることができませんでした。ナコさんはお嬢様から離れ、お嬢様は一人になってしまいました」


 そういい終えると、トヨキチさんは陰のある笑みを浮かべた。


「お嬢様は敵には容赦は一切しません。ですが、例え命に別状はなくとも、貴方の臓器を貰い受けますといえないほど、弱くて偽善ぶった、道の極みを征く者として失格の私につき合うくらい、お嬢様はお優しい方なのです」


「そういう割には、にこにこ顔でチャカをつきつけてましたよね。てか、普通臓器全摘出されたら死にますって」


「今日が終われば、お嬢様と貴方は二度と会うこともないでしょう。お嬢様にとって別れとは劇薬です。それこそ部屋に閉じこもって、本の世界に逃避してしまうくらいに。それでもお嬢様は、弱い私につき合ってくれるのです」


 俺の話を聞いて下さいとはいい出せないくらい、トヨキチさんが真剣な顔でいう。


「だから私は、どんな時でもお嬢様を守ろうと決めました。味方でいようと決めました」

 トヨキチさんは、ちょっと困ったような、悲しそうな顔で血に染まったシャツに手をやった。それを見て、トヨキチさんが本来はこんな仕事が似合わないくらい、優しい人なんだろうと思えた。少なくとも、大事なお嬢様を傷つけようとした男を殴って、心を痛めるくらいには。


「………………」


 俺は何もいえなかった。よくわかった。セツナが何故あんなあべこべな行動を取ったのか。そして心の奥底も、似たような経験がある俺にはわかった。――でも。


 俺はセツナをどうしたいんだ? その疑問が、俺に言葉を見つけさせない。


「まあ、私の事は置いておきましょう。話を戻します。お嬢様は別れの恐怖から、他人と接するのを意図的に避けてきました。急に貴方を拒絶したのもそれが理由です。あの時一瞬でも別れを忘れていたからこそ、拒絶具合も尋常ではなかったのでしょう。お嬢様にとって別れほど、辛いものはありませんから。好きであれば好きなほどに」


 好きであれば好きなほどに。その言葉が心につき刺さる。セツナはどういうわけか知らないが、俺にある程度の好意を持っているらしい。トヨキチさんがいうのだから確かだろう。


 じゃあ俺は? セツナのことどう思っている? 嫌いではないのは確かだ。あの我をとことんつき通さんとする自由奔放な性格は、迷惑な一方、正直にいうと羨ましく思える。俺はずっとニート両親のせいで、自分がやりたいことをするなんて無理だったから。


 でもセツナもやりたい放題してきたわけではなかった。大事な人を守るため、自分を殺して本心を頑なに閉ざして、傷ついていた。


 ……ほんとバカなやつだ。その選択が、ただのわがままだったと気づかないんだ、あの大ボケ娘は。いつも常識外れどころか外道な行いをするくせに、こういう時に限ってまともな行動に出る。あいつのやることなすこと、いらん事ばかりだ。独り善がりだったと何故気づかない? 相手の意思は無視か? ナコさんの想いを、お前は顧みないのか? どこまで人のこと考えねえんだよ。


 そんな風にわがままなセツナは嫌いだ。わがままいうなら嘘はつくな。せめて自分に正直でいろ。それでこそ、セツナだろ。


「…………あ」


 そこで自然と湧いた想い。その想いが俺になにをするべきか、なにをいうべきか導いてくれた。ロウソクのように微かだけど、俺はどうしたいのか、ようやくわかった。いやわかっていたのに、気づかないふりをしていただけだった。本当はわかっていたんだ。


 だったら無駄なことを考えてる場合じゃねえ。考えるだけじゃ駄目だ。これは本人の目の前でいわねえと、意味がないんだ。だったら行動するしかないだろ。


 無言で俺は立ち上がった。


「行くのですか?」


 人を焚きつけるような話をしときながら、トヨキチさんはやたらとにやにや爽やかな笑みを浮かべている。なんだか手のひらで踊らされてるような気がしたが、それでも別にいいや。俺が考えて決めたことだから。


「ええ、行きますよ。行かなきゃ、きっとまた後悔しますから」


 あいつとの最悪な別れが、脳裏を過ぎった。そうだ。俺はもう後悔したくないんだ。


 トヨキチさんは笑みを一層深くし、歩き去る俺に言葉をかけた。


「ご武運を。貴方にとっても、お嬢様にとっても良い結果に終わりますように」


短い物語でしたけど、次回で最終回です。

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