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なんで俺が、ヤクザ娘の心配なんか……

4話目投稿。これでだいたい残りは三分の一くらいです。

 急に出ていったセツナを、何の得があるのか俺は追っかけた。何度もセツナに話し掛けてみたのだが、全て無視され徒労に終わった。試しに側から離れて何処かへ行こうとしてみたが、監視を兼ねてるはずのセツナはついてこない。セツナの護衛のトヨキチさんも見当たらない。俺は苛立ち混じりのため息をついて、セツナの隣に並んで歩いた。


 何が何だかわかんねえ。


 なんでいきなり出ていったんだ? なんで急に俺を無視し始めたんだ? そもそもあの歌を歌う前から様子がおかしかった。まったく持って理解できない。特にわざわざ、こんな一貫性のない行動をとる悪魔女につき合っている俺が。


 解けない疑問を抱えながら、俺は今デパートの本屋に居る。散々歩き通したセツナが、何故かここに入っていったからだ。図書館が快適な空間だったこともあり、本は散々読んできた。


 しかし、立ち読みは気が引けたので本屋にはあまり行ったことはなく、少し物珍しい。


「なにか欲しい本でもあるのか?」


 そう訊ねてみるが、案の定セツナは無視する。それに苛立ちよりも、寂しさを覚える。俺にとっては怒りよりも、こっちの方が数千倍たち悪い。胸がキュッと痛み出す。


 昔、大好きだったじいちゃんが死んでからだったか。誰かが自分と繋がっていると思っていないと、心が不安定になるのは。あの時はあいつがあんなだった俺に、気さくに声をかけて仲良くしてくれたから、こうして心も元気でいられる。例え今は遠くに離れてしまっていてもだ。


 でも、俺はそういった大事な人との絆が断たれると、脆くなってしまう。心が弱くなってしまう。こうして今、セツナが俺を拒絶して胸が苦しいように。


 ……苦しい? ちょっと待て。どういうことだ。なんでセツナが俺を拒むだけでこんなになってるんだ? おい待てよ。むしろ望んでたことだろうが。こいつは俺の目的の邪魔者でしかないだろ。ここは清々すべきだろ?


 なのになんでだ。こんなにも胸が苦しくなるのは。


 俺はセツナをどう思ってる? ……どう、思ってるんだよ。


 なんども自問するが、答えは見つからない。そのことに思わず舌打ちをする。


 セツナがその音に身体を竦ませ、新書本のコーナーに俺から逃げるように歩き出した。意外な反応に立ちすくむが、数秒かけて我を取り戻し、手を伸ばして行くなといおうとする。しかし身体はいうことを聞かず、口もろくに開かない。迷いが俺を、どうすることも許さない。


 バカらしいと心で悪態をついた。俺とセツナはあくまで一時的な関係で、繋がりもなにもないと。でも、胸を強く押す痛みは消えない。心の支えであるお守りに手を伸ばし、ギュッと握るが、それでも気持ちは晴れやしなかった。


 どうにもできないのなら、せめて気を紛らわせようと本を物色し始めたが、ちっとも気は紛れない。いくらセツナがあいつに似てるからって、なんでここまで気持ちをかき回されてんだ。


 ……似てる? もしかして俺は、セツナをあいつの代わりとして見てたのか?


 そうかもしれない。最悪な別れ方をして、そのうえ長年会っていないあいつと、円滑に元の仲を取り戻すための、予行練習だと心の奥底で考えていたのかもしれない。この痛みは、もし再会がこじれたらというビジョンを、重ねたせいかもしれない。


 だとするなら、セツナとの絆はただの虚像になる。そう思うと冷や汗が出た。


 違う、そうじゃない。セツナは代わりなんかじゃない。散々接してわかった。あいつとセツナは根本は似てるがそれほど似てない。今はちゃんと、セツナを一人の女の子として見ている。


 一人の女の子として? んなわけあるか。セツナをただ利用してただけなんだよ。殺される気もないのに一万円受け取って、高校生らしい買い物したいと半分嘘をついて、騙してるだけだ。いや、違うんだ。嘘だ、そうなんだろう――


 無意識に本を漁っていた手がとまる。真っ向から対立する考えが浮かんでは消え、周りも気にならないほど、俺は思考に没頭する。気持ちがどんどん沈んでいく。


 今になって思う。なんで俺はこんなバカなこと考えて、周りに注意を払わなかったのか。


「……何をやってるの、そこの臓物君?」


 思考の渦中にいた、セツナの声が聞こえる。さんざん無視されていたはずなのに、どうして今更? そう思う前に、どうしてだか俺の心が躍った。あれだけ悩んでいたはずなのに、なんか妙な気分だった。


「セツ……ナ?」


 しかし振り向いた瞬間、俺の心臓が凍りつきそうになる。仁王が、もといセツナさんが、怒気のオーラが見えるくらいの迫力で、ゴゴゴと俺を睨みつけていた。


「ねえ、そんなゲスいもの握りしめて、何をやってるのって聞いてるの、臓物君」


「はい? 握りしめてって、俺はただ本を見てただけで――って、なあ!」


 ……ひとつだけいいわけさせてくれ。俺は考え事をしながら無意識に本を漁ってたのであって、決して本気で物色してたわけじゃないと。だから、その、なんだ。この一八禁的な本は、事故で手にしてるだけなんだ。


「待て。お願いだからちょっと待て。お前はな、一つ勘違いしてる」


「ええ、誤解してたわ。少しはまともな男かと思ってたのに。……まさかこんな、リビドーに翻弄される愚鈍で愚劣で煩悩の権化な臓物君だったとは、ねえ」


 うわあ、聞く耳持っちゃくれねえ。セツナのあまりの迫力に、背筋が震える。


「……私のこと気にしてくれたし、少しぐらいなら話をしてあげようと思った私が、浅はかだったわ。アンタのこと欠片でも気に掛けたのを、今は死ぬほど後悔してる。――なにその手のエロ本? こんな……こんな時に性欲優先なの?」


「ははは、あははは」


 命乞いしても無駄だってわかりきってる俺は、ただ乾いた笑い声を上げるしかなかった。それがセツナの、最後の堪忍袋の緒をぶち切った。


「……死ね。死ね、死ねぇ! このっ、変態っ!」


人を殺せそうな分厚さのハードカバーが、俺に向かって投げつけられる。まじで殺しにきたよこの女やばいやばい無理無理避けられねえ! 俺は目を固くつむった。


 ドガッという、鈍器がめり込むような音が店内に響いた。しかしながら、その音源は俺の顔面ではない。命からがらなんとか当たらなかった。


 では、どこにつき刺さったのか。嫌な予感がしつつも、ちらりと後ろを振り返る。するとそこには、ガラが悪そうなツンツン頭の少年が、顔面に本がつき刺さった状態で倒れていた。


「タ、タロー! 大丈夫か? しっかりしろよ、おい、目ぇ覚ませよ!」


 ツレらしい金髪の男が、シルバーリングを大量にはめた手で、動かないタローとやらを揺らす。あの、あんまり揺らさない方がいいんじゃないか。


「てめっ、このアマなにしやがんだ! ふざけてんじゃねえよ!」


茶髪でピアスをつけた男が、息を巻いてセツナの前に立った。


 流石のセツナも他人、しかもどう見てもチンピラを凶行に巻き込んだ事に一瞬動揺を見せた。が、さすが本職の親分の娘。たかがチンピラ如きの怒号で怯むような、繊細な感性など持ちあわせていない。


「バカ面下げて、無意味に本屋をふらつく方が悪いんでしょう。どうせ頭悪そうなヤンキーマンガぐらいしか読まないくせに。そんな輩がここにいるだけで不愉快だわ。可及的速やかに私の眼前からその豚みたいな臭い面を退かして、酸素を貪るのをやめ死になさい」


うわ、機嫌が悪いからか毒が随分と濃厚だ。金髪、茶髪が血管が浮き上がりそうなくらい顔を真っ赤にしている。


「んだとコラァ! 謝りもしねえで何様のつもりだあ!」


 金髪の怒号に、セツナは不敵に鼻で笑う。


「類人猿以下単細胞生物以上が人間様にいい返すの? 生意気を通り越して、むしろ哀れだわ。共通言語を使っても、人間様と意志疎通なんてできるわけないじゃない。虫けらが。しかも臓物君ですら避けられた本に当たるなんて、運動神経にも欠陥があるわ。もはや進化も閉ざされてるわね。産業廃棄物ね。害悪でしかないわ」


 あんまりな売り言葉に、空いた口がふさがらない。少しは穏便に事を進める社交術を覚えろよ。ああもう無理か、兄ちゃん達もすっかりキレちまってる。


「もう我慢なんねえ。このアマやっちまおうぜ!」


 そう叫ぶ茶髪に、金髪も血気盛んに頷く。セツナは「こういうバカはやっぱり見た目通り短気ね」というが、誰でも普通キレるだろう、ここまでいわれれば。


 茶髪がそんなセツナの言葉を無視し、拳を振り上げつっ込む。


「タローの敵だ。くたばれクソアマ!」


 セツナは一瞬、目で周囲を見渡した。トヨキチさんを捜しているらしいが、さっきからいなくなっている。それを確認したセツナは、眉をひそめて疲れたようなため息をつき、身構えた。


あの悪魔女、あんな細腕で対処できるわけないだろ。ほんと、バカか?


 気づいた時には、無意識に間に割って入っていた。背後のセツナから、急な俺の乱入に驚いている気配を感じる。でも、あえてセツナを無視し、茶髪を睨む。もともと俺は強面の部類に入る顔だ。威圧するには十分で、茶髪が怯み突進を止める。


「な、なんだあテメエ!? じゃ、ジャマすんのか!」


「……まあ、あからさまにセツナが悪いのは全面的に認める。むしろ俺でもキレるな。はっきりいって扱いにとてつもなく困っているのが実状だ。でも俺は、どんな理由であれ、女の子一人に寄って集って暴力振るうのを、黙って見てるほど人間やめてねえよ」


 ゴミ漁ったり公園で身体洗ったりは人間やめてるっていわない? とかいうセツナの痛烈なツッコミを予測していたが、不思議とセツナからはなんのリアクションもなかった。


 変だなと思いながらも、茶髪の後から続いた金髪共々睨みを効かす。


「というわけで選手交代。悪いが鬱憤を晴らすのは、俺で勘弁してくれ」


 のうのうと不良やってるやつと、日常サバイバルを生き抜いた俺との人生経験の差か、二対一でも場を呑んでいるのは俺の方だった。兄ちゃん達は動けず、しばらく睨み合いが続く。一分は経っただろうか、焦れた金髪が唐突に叫んだ。


「ど、どうせ彼女の前でカッコつけたいだけだろ! こんなすかしたやつやっちまえ!」


 彼女じゃねえよ、こんな悪魔女。呑気な事を考えながらも、久しぶりの喧嘩に戦闘態勢をとる。俺は金髪のそれなりに速い拳を悠々と躱し、カウンターで顎に右のフックを入れる。「がッ!」という短い悲鳴とともに、金髪が床に沈んだ。


「悪い、本来なら一発もらってやってもいいんだけど、まだ買いたいものがあってな。ていうか俺達ってかなり迷惑な客だな。特に人様に鈍器のような本を投擲する女。……まあ警察呼ばれる前に片をつけるか」


 一撃で人を倒してため息をつく俺に、茶髪が恐れるように震える。どうせならこのままびびって逃げてくれないかなー。楽観思考をしながらも、構えに油断はない。


 そう、俺自身には油断はなかった。


 不意に茶髪の顔が喜色の笑みにゆがむ。うわ、なんかキモイ笑みだな。しかし、そう思う余裕などないことを、この時俺は気づけなかった。


「やっちまえ! タロー!」


 その言葉にハッとなり、後ろを振り返る。そこにはセツナがこんな非常時だというのに、薄ぼんやりとした表情で俺を見ていた。顔面をへこましながらも復活したタローが、真後ろで拳を振り上げているのを夢にも思ってない。


「このクソアマ……死ねや!」


「くっ、このやろっ!」


悪態をつき、足に力を入れ思いっきり跳躍する。間に合えと念じながら、茫然とするセツナをつき飛ばす。中身がないかのように、セツナは地面にぺたんと倒れ込んだ。つき飛ばされたおかげで、タローの拳はセツナの髪をかすめる程度で済んだ。セツナはそれだけで済んだ。


 ゴキッといういっそ小気味いい音を立て、俺の頬に拳がつき刺さった。口内に血の味が広がる。膝が崩れ、地べたに無様に座り込んだ。口からぽたぽた血をたらして床を汚す。


 セツナが目を見開く。俺の名前を小さく呟いたような気がした。


「よくやったタロー、こいつさえヤりゃあこっちのもんだ」


 下卑た笑いを浮かべ、茶髪が俺の手を踏みつけながら、セツナに迫る。セツナは先ほどまでの覇気がまるでなかった。普通の女の子みたいに、怯えた表情で血を流す俺を見ている。茶髪がそんなセツナを見下ろす。


 俺はこの構図は逆だと思った。いつでもセツナは相手が誰であろうと見下ろしていた。侮る意味合いじゃない。その必要がないんだ。セツナは遙か高みから、全ての人が等しく無様に地べたを這いずり回っているのを見下ろすように、絶対の自負を持って相手に接していたんだ。


 それは迷惑にも絶対法則である。だからこんな事あってはいけないんだ。……いや、そうじゃない。俺自身がセツナに、こんな小物に怯えるようなまねをしてほしくないんだ。セツナはいつも唯我独尊、てめえはお釈迦様かって感じにふんぞり返って、いくらでも毒を吐き散らしていいから、偉そうにしているのが似合いだ。俺はそういうセツナが見たいんだ。


 俺って意外とマゾッ気あるかもなと自嘲するが、そう思うといっそ清々しい。でも、今の妙なセツナにそれを求めるのは酷だな。だったら今だけ俺がなんとかしてやるよ。


 そうカッコつけようとはしたものの、ダメージはかなり深刻で、身体がろくに動かない。無様に茶髪の足を掴むのが精一杯だ。あー、俺も情けねえな。


「なんだ! テメエもやんの……か…………」


その言葉は俺に向けられたものだと、最初は思った。でもすぐにおかしな点に気づく。『テメエも』って茶髪はいっていた。しかも、どうしてだか尻すぼみになっていた。


 誰だと思い、俺は頭をゆっくりと上げる。それと同時に殺気を感じた。


「お嬢様を苛めましたね」


 先程のセツナとは比べ物にならない程の寒気。もはや液体窒素などという表現は生温い。摂氏マイナス二七三,一五℃、絶対零度の中にいるようだ。


 どこからともなく現れたトヨキチさんが、その世界を作り上げていた。いつもと同じ、人のよさそうな笑みを浮かべている。しかしそれは殺気と相反することなく、むしろ恐怖の相乗効果を生んでいる。茶髪とタローは、すでにちびりそうなくらいに震え上がっていた。


トヨキチさんが、そんな哀れな子羊どもに死の宣告をいい渡す。


「そんな不遜な貴方方には、素敵な報復をプレゼントして差し上げましょう」


その後繰り広げられる惨劇に、俺はセツナのある言葉を思い出していた。


『隣でアナタに銃口を向けてるトヨキチも、これでも一家で一番の手練れだしね』


確かにその通りだ。今はっきりわかった。細かい描写はするまい。ただ大の男を5メートルくらいぶっ飛ばしたりしていた事はつけ加えておこう。


 そんな報復真っ直中、暴走気味なトヨキチさんをとりあえずほっとくことにし、俺はふらつきながらも立ち上がると、まだ倒れているセツナに手を差し出す。


「たく、このバカ。いらねえケンカ売ってんじゃねえよ。本当ならお前が悪いんだぞ」


 悪態をつきながらも、セツナに手を差し出した。しかし、いい返すことも手を掴むこともしない。何やってんだよと顔をのぞき込むと、ありえないものを見てしまい仰天する。


 セツナが瞳を潤ませていた。


 ……ちょっと待て。これ、まさか泣いてるのか。鬼の目にも涙なのか。え? いや、マジで?


 もしかしてヤンキー達が怖かったのかと、正気なら考えもしないことを考えながら「い、いや、大丈夫だ。ほ、ほら見てみろ、トヨキチさんがギタギタにしてんぞ、誇張なしに」と妙なジェスチャーつきで、情けない行動をとってしまった。


もちろん俺の言葉は、正解なんかじゃなかった。


「……なんで、助けたの…………」


 セツナが愛らしい顔をくしゃっとゆがませながら、顔を上げる。


「なんで、なんで私なんか助けるのよ! バカっ」


バカ? なんで助けた俺が、バカ扱いされなきゃならねえんだと、半泣きの原因が自分だと気づくまでに、あたふたとみっともなく動揺するだけの俺だった。


すでに完結している作品を投稿するのは楽……かと思いきや、見直したりとか結構手間が……。

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