表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

どこまで俺は振り回されるんだ?

3話投稿。今回で起承転結の承が終わります。


 殺せ! 殺せ! キルキル~~♪ 邪魔者は~排除しろ~~♪ 障害物は~ブッ壊せ~~♪ 私に逆らう大罪人は~♪ 誅戮しちゃえ~~~♪」


 …………………………。


「足掻け~足掻け~ウジ虫ども~~♪ 藻掻け~藻掻け~愚民ども~~♪ てめえらの苦痛は~♪ 暇つぶしぐらいにはなるよ~~~♪」


………………いかん。唐突な展開に脳が死んでた。


目の前ではセツナが、水を得た魚のようにマイクを握り締め熱唱してる。


 オーケー、まずは事態の把握からいこう。商店街で色々買う物を吟味していると、セツナが悪意のこもった茶々を入れてきたのは思い出せる。それダサいわねとか、ビンボー人がそんな高価なもの見てても無意味でしょ、とか。むかついたので蹴られようが無視していたら、いきなりセツナが「カラオケ行きましょう」ってぬかしてたのは覚えてる。


 気づけばあれよあれよという間に引きずり込まれ、ここに座ってセツナの美声を浴びている。


 ……どうしてこうなったんだ。とりあえずこの殺伐としすぎた歌につっこめばいいのか?


「天上天下唯我独尊~~♪ 偉大な我に敵はなし~~~♪」


 大仕事を終えた職人のように、晴れやかに汗を拭うと、セツナは楽しそうな笑みを浮かべてマイクを差し出してきた。何曲も連続で歌っている内に、多少は満足したのだろう。


 多少マシなのは、トヨキチさんがセツナに待てを食らって、外で待機していることだ。……なんかあの人、心臓に悪いからなあ。


「はい。次、アンタの番ね」


 なんか俺の二人称がアンタになってる。時間と比例して、どんどん横柄になってねえか。


「……いやいやいつの間に俺の買い物がないことになってるていうか頭がキレてる歌を歌うな何事もなかったようにマイク渡してごまかすな要するに俺がいいたいのは帰れお前」


「あー、男がぐちぐちうるさいわ。気持ち悪い。アンタはとっとと歌えばいいの。音痴だったら死ぬほど笑ってあげるから、ほら早く」


「…………はあ」


 我を通すと決めたら譲りそうにないセツナに、盛大なため息で小さな抗議をしながらマイクを受け取る。セツナさんは顔の皮がぶ厚いので、華麗にスルーしてくれました。


「えっと……たしか曲名で検索して、ヒットしたのを入れりゃいいんだよな」


 しかしカラオケはバイト経験はあるが、実際にしたことがないので悪い気はしない。だから許してやろう。セツナがまたもや俺の財布から、勝手に料金を盗っていったのも許してやろう。


……あれ、なんかしょっぱい水が出てきた。視界がぼやけてる。


「このアマ、元はとってやるからな……」


 金が絡むと俺の広い心も、少しは狭くなってしまうのは仕方ないことである。


心に色んな葛藤を抱えながらも、曲が流れるのを待つ。セツナじゃないがこういう場合は楽しまなきゃ損だからな。そして流れてきたその曲は、ちびっ子なら誰でも知っている某有名なアニソンであった。


「ア○~♪ ア○~♪ ア○パンマ~ン~優しい君は~~♪」


「が、顔面アンパン男の行進曲?」


さしものセツナも俺の選曲には驚いたようだ。だって仕方ねーじゃん。俺これぐらいしか知らねえし。テレビなんて大層なもん幼稚園児の頃しかなかったし、曲なんて全然知らねえし。


 俺が熱唱している間セツナは黙っていたが、始終痙攣していた。――以下省略。つつがなく歌い終わった俺は、握り拳を作りながら「どうだ?」と訳ありげに視線を送る。


「なにげに歌が上手いのも相まって、なかなか面白い芸を見させてもらったわ」


 そこまでいうとセツナはまたツボにはまったのか、ぶはっと息を洩らすと顔を伏せて、小刻みに震え始めた。


「……なんだよ、おい。これだって、めちゃくちゃ深い意味を持った歌詞だろ。アニソンだからってバカにすんなよ。だいたい流行歌が歌えるのがそんなに偉いのかよ。そもそもお前だってなあ――」


 そう、ぶつぶつ不満を呟く俺に、セツナはからからと笑い声を上げると、俺のマイクを奪った。


「あー、はいはい。だったら私が本当の歌ってものを教えてあげるわ。耳かっほじってよく聞きなさい」


 そういい、セツナは思案顔でコードが書かれた本を捲る。しばらく鼻歌混じりにパラパラと流し読みしていたが、ふとセツナの手がとまった。ちょっとまて、なんか手が少し震えてないか? ヤクに手出して禁断症状が出たんじゃねえよな。


 しかし、すぐにそうでない事がわかった。セツナの美貌が、苦痛や幻覚でない、別のなにかで顰められている。それは不思議な表情だった。瞳は何かを懐かしむように揺れているのに、表情の端々には寂しさや悲しみが織り交ざっている。


 それは会ってから一度も見せたことのない、セツナの弱さだった。


 今までの灼熱するような気迫が、欠片も感じられない。今までの事はこけおどしだったと思えるほど、今のセツナはただのか弱い女の子に見える。思わず頬をつねる。うん、しっかり痛いな。幻じゃあないようだ。でも、こんなんなら幻の方がよっぽどよかった。


 俺が思わず、何か言葉を掛けようとしたとき、ふとセツナの表情が綻んだ。でもそれは、どこか諦めにも似た微笑みだった。


 そして何事もなかったかのように、いつもの強気な表情に戻すと、セツナはコードを入力する。でも全てを消し去ることはできず、気落ちした雰囲気が漂っていた。


そんなセツナに、俺は知らない内に眉を顰め、グッと唇を噛んで睨んでいた。


 なんなんだ、こいつは?


 俺の心に湧き立ったのは、むかむかするような不快感だ。それはセツナに散々罵倒され嘲笑された時すらなかった感情だった。


今までの横暴に散々怒鳴ったり悪態をついてきたが、別にそれほど怒っちゃいない。これもニート両親の悪行に堪え続けた、堪忍袋の緒のたまものだ。それに初めはセツナがついてくるのは嫌だったけど、いつしかそれもほぐれ、やり取りを楽しんでいたりした。別に俺はMじゃないぞ? ただ懐かしかったからだ。


 やっぱりセツナはあいつと似ている。あいつは性別こそ違うが、悪友で、親友で、可愛がってくれたじいちゃんが死んで腐れてた俺の支えになってくれた。


 でもあいつが引っ越した時、ちゃんと別れがいえなかった。


 今でも覚えている。見送りに間に合おうと必死に走って、息が苦しくて視界が真っ白で、それでも間に合わなくて、目の前で列車が発車していく。ドアのガラスに寄り添い、泣きそうな表情で顔をうつむかせるあいつが見えた。俺は大声を上げる体力もないほど、無力だった。


 視線さえ、交わすことができなかった。


 セツナはあいつに似ている。だからあの時のあいつと、悲しげなセツナが重なって見えた。あの時の無力感が甦る。そんな顔させたくないという思いが芽生える。


クソ。なんで俺がこんな悪魔女の心配するんだ。どうでもいいだろうが。そう自分にいい聞かせても、苛立ちは増すばかりだった。


そこでちょうど、曲が流れ始める。その途端、俺のしかめっ面がゆるんだ。


 この歌……。俺も知ってるぞ。中学の頃、音楽の授業でなんとなく気に入ってた歌だ。包み込むような優しい曲なのに、歌詞の端々が力強くて、落ち込んだ時によく歌っていた、一昔前の流行歌だ。目線の先に、デュエット用のもう一つのマイクが、所在なさげに転がっている。


 それを思いついたとき、不思議と反発はなかった。芽生えた思いだけさらに強く、マイクを鷲掴みにしてスイッチをオンにする。気持ちとは裏腹に、口から出たのは軽い言葉だった。


「なんだよ、さっきのしけた面は? テンション下がっただろうが。ここは一つ、俺の美声で盛り上げてやるよ」


 セツナはそんないきなりな俺を、初めは茫然と見つめていたが、今まで以上に眉間にしわを寄せ、何かをいおうとしたが果たせなかった。きゅっと口を一文字に結ぶ。


「なにむくれてんだ。もうすぐ歌詞が入るぞ」


 そういうと、セツナは慌ててマイクを持ち直す。すると待っていたかのようなタイミングで、画面に歌詞が映し出された。


 そして俺たちは歌い始める。


セツナと俺の声が重なる。初めてのデュエットの割に、ピッタリ息が合っていた。たぶんそれは、俺もセツナも何回もこの歌を歌っていたからだろう。


懐かしむように歌う。しかし、俺が今と変わらない辛くても楽しかった日々を思い出しているのに対し、セツナは今が寂しいといわんばかりの表情してやがる。


「だ、か、ら、しけた面すんなって。お前がいってたんだろう? 今を楽しまなきゃ損だって。いった本人がそんなんでどうすんだ。さっきみたいに活き活き笑って、毒でも何でも吐いとけ」


 間奏の合間に、セツナに活をいれる。


「……うるさいわね。黙って歌ってられないの?」


 しかしセツナの顔は浮かないままだ。なんだよその態度。だったら荒治療してやる。


「そうかそうか。俺の美声に対抗する根性がないんだろ。だったらそこで指くわえて聞いてろ。そんなド下手な心のこもってない歌、邪魔以外なんでもねえよ」


 うわ、なんかすっげえ演技くせーな。でも、挑発するぐらいならこれぐらいした方がいいだろう。ほら、案の定、セツナがさっきとは別の理由で震え始めてる。


「……いったわね臓物風情が。アンタの歌なんて、負け犬の遠吠えにも劣る癖に。なまいってんじゃないわよ! いいわ。臓物君にもわかりやすく、きっちり差を見せてあげる」


臓物呼ばわりされながらも、俺は笑う。それを胡散臭げに見ていたセツナだが、次第につられて笑った。それは自然な笑みだった。


「んじゃ、かましてやりますか」


「かまされるのは、アンタの方でしょう」


 それからは互いに、ただ歌うことに熱中した。セツナは先ほどとはうって変わり、情熱を込めて歌っている。俺は全身全霊を込めてセツナに対抗して、でも声を重ねるように歌った。


 最後の歌詞も画面から消えた。曲が終わる。口を閉じる。マイクを握ったまま、歌に熱中していた余韻を残しながら、自然とお互いの目が合った。何がおかしいのか自然とにやけてくる。


しかしセツナはそんな怪しい笑顔に、喜色満面の笑みで答えた。もちろん俺の顔に笑ったんじゃない。たぶん心の底からこみ上げてきたもので、自然と笑ったんだろう。俺と同じでな。


「どうだどうだ。やっぱ今は楽しんだ方がいいだろ?」


「ふふ、そうね。やっぱり楽しまないと損だもの。今は、今だけは――」


 不意に、セツナの言葉が途切れた。


「今……だけ…………?」


「セツナ?」


 セツナは急に目を見開き、なにかに打ち据えられたかのような表情で、俺の声にすら反応しなくなった。焦って肩を揺すってみるが、視線すら寄越さない。


俺の心に、ざわざわと黒い虫みたいな不安がとめどなく湧く。


「おい、どうしたんだよ。セツナ!」


「ああ、そっか。……そうだよね」


 俺を完全に無視してセツナはうつむき、微かに震えている。


「居たいと願っても、ずっと居られるわけないんだもの……」


「えっ? どういうこと――」


 いい終える前にセツナは立ち上がり、無言で出ていった。


 バカみたいに茫然とするしかない、何にもわからない俺だけが残された。




ちょっと展開速いかもしれませんが、短編で書いたものだから勘弁して下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ