4 暗闇の声
錠が上げられる音がして、さとるは目を覚ました。
戸が開いている。一日の始まりだ。
さとるは今日も水を汲み、火を起こし、石を運び、薪を割る。
「変わらない……変わらない」
そして呪文のように、言葉を繰り返す。
確かにそれらはさとるにとっての日常になりつつあった。
「変わらない、変わらない」
しかし目を逸らしたままの日常が、続くわけがないのだ。
「変わら……」
『あなたは、誰?』
声が聞こえたような気がしたが、見てみてもさとるの周りには誰もいない。気のせいだ。
しかし、心臓が音をたててさとるを急かす。
思い出せ。
思い出すな。
忘れろ。
思い出せ。
全て忘れてしまえ。
思い出せ。
『オマエヲ、クラウ』
「ひぃっ」
さとるは手に持った石を放り、その場にしゃがみ込んで震えだした。
「ずっとずっと、何も変わっていない……変わらない、変わらない、変わらない、変わらない、変わらない」
空でカラスが鳴いた。それを合図にさとるはふらふらと立ち上がり、仕事を続けた。両目からとめどなく涙が零れ落ちる。
「変わらない……変わらない……」
さとるは石を運び終えると、薪割にはいった。
「変わらない、変わらない、変わらない」
気を失いそうになりながら、仕事をすべて終えて部屋に戻った。
『……ちゃん。……ちゃん』
またしても、同じ夢を見ていた。少女の声がこだまする。
さとるはすでに恐怖に震えていた。
『誰だ、帰ってくれ!帰れ!』
さとるは耳をふさいでしゃがんだが、声は脳に響くように続いていた。
『ねえ、あなたは、誰?』
『知らない!そんなの知らない!』
『あなたは、誰?』
『うるさい!どこかへいけ!帰れ!』
『帰りましょう。私とあなたのおうちに。お母さんとお父さんの元へ……』
目を覚ますと、錠が上がる音がした。
「僕は、誰だ……?」
夢うつつのままさとるはつぶやき、その直後はっとして起き上がった。
しかし、時すでに遅し。
さとるの体は見えない力で持ち上げられ、運ばれた。
空間が歪み、出口も入り口もない部屋に放り込まれる。
壁面すべてふさがれているのに、ほのかに部屋の中が見える。壁にはびっしりと、般若のように恐ろしい顔がならんでいて、全ての顔が呪文を唱えだした。
さとるは全身に痛みを感じ、首を絞められているように息苦しくなり、もうだめかというところで見えない手はゆるめられる。助かったと思うとすぐに苦しくなる。さとるは痛みと息苦しさの中にいた。
「くるしいっ!助けて!助けて……!」
その中でさとるは狂ったように叫び、絶叫が部屋に響き渡った。
さとるはとうとう気絶してしまった。
同時に、部屋を埋め尽くした顔が消えて、静寂が戻った。
静まり返る部屋の中、さとるに近づく影があった。
『カイ……カイ……』
女は呼びかけながら、さとるの頬をさわった。
『カイ……ハヤクメヲサマシテオクレ』
それだけをつぶやき女はどこかへ消えた。