表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の森  作者: 芙美
3/4

 3 変わらない

『変わらない、あの日から何も変わっていない』

 さとるは呪文のように毎日その言葉を口にした。

 水を汲み、火を起こし、石を運び、薪を割っている間もずっとつぶやいていた。

「変わらない……何も、変わらない……」

 突然さとるは手を止めてうずくまり、それから急いで場所を移動して吐いたが、胃液しか出なかった。もう丸々一日、ご飯を食べていない。毎日こんな風だ。空腹のまま、倒れそうになりながら働いていた。

「やっと、全部、終わった」

 仕事を終えたさとるは道具を置いて、自分の食べる食事を作った。水に薬草を入れて、長時間煮込む。自分で作っているのだから好きなものを好きなだけ作る、というわけにはいかない。決まったものを決まった分量で作るように決められているのだ。それを破ると、恐ろしいお仕置きが科せられる。

 黙っていても絶対に見破られる、さとるはそう頑なに信じていた。

 さとるは大きな石に持たれながら、うつろな目で鍋が煮立つのを眺める。湯気が立ち上る様子を、さとるは見るともなく見ていた。

「あの日から何も変わらない……変わらない……変わらない……」

 煮込み続けて、スープが出来上がった。

「変わらない……変わらない……」

 さとるはよろめきながら鍋に近づき、汚れた皿にスープをよそって、汚れたスプーンで口にした。

 他の人間なら顔をしかめるような、青臭く味のないスープだったが、さとるは夢中で食べた。

 腹を満たすような量があったわけではないが、スープを食べ終えたさとるはさっぱりした表情をしている。

 気分が良くなり、良いことも嫌なことも何もかも忘れてしまうようだった。事実、さとるは知らないが、この薬草にはそういう効果があった。

 片付けまで終えると、日が暮れて辺りは真っ暗になっていた。遠くから誰かのなき声や咆哮が聞こえる。

 恐怖に足をつかまれそうだったが、さとるは耳をふさいで全力で走った。

「変わらない……何も変わらない……」

 夢中で走り、ようやくたどり着いた。

 息を切らしてさとるは部屋にはいり、錠を下ろして寝転んだ。土がむき出しで肌寒かったが、疲れていたのですぐに眠ってしまった。


『ここは、どこだ』

 さとるは木に囲まれた場所にいた。見たことがあるがわからない。

 しかし辺りを見渡すが、全く見当がつかず、立ち尽くす。

『……ちゃん。……ちゃん』

 誰かを呼ぶ少女の声がこだまする。しかし、どこにも姿が見えない。

『誰だ』

 さとるの声は震えている。

『私は、美咲。あなたは、誰?』

『僕は……僕は………………僕は、誰だ』

 

 さとるは目を覚ますと、辺りを見渡した。壁と格子に囲まれた、いつもの部屋だった。鍵はまだ開いていない。

「僕は、誰だ」

 両手を開き目の前にやる。手は汚れて黒くなっていた。

「僕は、誰だ……。僕は……………………。忘れなければ、忘れなければ。変わらない……何も、変わらない」

 さとるは震える声で、唱え続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ