3 変わらない
『変わらない、あの日から何も変わっていない』
さとるは呪文のように毎日その言葉を口にした。
水を汲み、火を起こし、石を運び、薪を割っている間もずっとつぶやいていた。
「変わらない……何も、変わらない……」
突然さとるは手を止めてうずくまり、それから急いで場所を移動して吐いたが、胃液しか出なかった。もう丸々一日、ご飯を食べていない。毎日こんな風だ。空腹のまま、倒れそうになりながら働いていた。
「やっと、全部、終わった」
仕事を終えたさとるは道具を置いて、自分の食べる食事を作った。水に薬草を入れて、長時間煮込む。自分で作っているのだから好きなものを好きなだけ作る、というわけにはいかない。決まったものを決まった分量で作るように決められているのだ。それを破ると、恐ろしいお仕置きが科せられる。
黙っていても絶対に見破られる、さとるはそう頑なに信じていた。
さとるは大きな石に持たれながら、うつろな目で鍋が煮立つのを眺める。湯気が立ち上る様子を、さとるは見るともなく見ていた。
「あの日から何も変わらない……変わらない……変わらない……」
煮込み続けて、スープが出来上がった。
「変わらない……変わらない……」
さとるはよろめきながら鍋に近づき、汚れた皿にスープをよそって、汚れたスプーンで口にした。
他の人間なら顔をしかめるような、青臭く味のないスープだったが、さとるは夢中で食べた。
腹を満たすような量があったわけではないが、スープを食べ終えたさとるはさっぱりした表情をしている。
気分が良くなり、良いことも嫌なことも何もかも忘れてしまうようだった。事実、さとるは知らないが、この薬草にはそういう効果があった。
片付けまで終えると、日が暮れて辺りは真っ暗になっていた。遠くから誰かのなき声や咆哮が聞こえる。
恐怖に足をつかまれそうだったが、さとるは耳をふさいで全力で走った。
「変わらない……何も変わらない……」
夢中で走り、ようやくたどり着いた。
息を切らしてさとるは部屋にはいり、錠を下ろして寝転んだ。土がむき出しで肌寒かったが、疲れていたのですぐに眠ってしまった。
『ここは、どこだ』
さとるは木に囲まれた場所にいた。見たことがあるがわからない。
しかし辺りを見渡すが、全く見当がつかず、立ち尽くす。
『……ちゃん。……ちゃん』
誰かを呼ぶ少女の声がこだまする。しかし、どこにも姿が見えない。
『誰だ』
さとるの声は震えている。
『私は、美咲。あなたは、誰?』
『僕は……僕は………………僕は、誰だ』
さとるは目を覚ますと、辺りを見渡した。壁と格子に囲まれた、いつもの部屋だった。鍵はまだ開いていない。
「僕は、誰だ」
両手を開き目の前にやる。手は汚れて黒くなっていた。
「僕は、誰だ……。僕は……………………。忘れなければ、忘れなければ。変わらない……何も、変わらない」
さとるは震える声で、唱え続けた。