1 祠
人里から離れた、草木が生い茂り陽の光が届かない薄暗い森の奥に、その祠はあった。
この森は、全体を禍々しさに覆われていた。 草も木も悪意を持ち息をひそめて、ふとした瞬間に襲い掛かってくるような、そんな不気味さで行く手を遮る。
草木をかき分けてどうにか進んでいくと、突然開けた場所に出る。 三メートル四方ほどの空間には短い草がまばらに生えていて、頭上を背の高い木が光を遮る為やはり薄暗い。
この中心に、祠が置かれている。
祠の周辺は夏でもひんやりとして空気が張り詰め、妖しく不吉な空気が漂う。
祠は何年も何十年も、そこで誰かが来るのを待っていた。
*
祠に近づく、二つの影がある。
「さとるちゃん、見て!なにかあるよ」
無邪気な子供が冒険に来たのだろうか、祠を前にはしゃいでいる。
「美咲、もういいだろ。帰ろうぜ」
さとると呼ばれた少年はこの森の雰囲気に怯えていたが、美咲と呼ばれた少女は気にすることなく突き進んだ。さとるはしぶしぶついていく。
さとるは不安気に辺りを見ていた。美咲がいなかったら、全力で走り出していただろう。恐ろしさに叫んでしまいそうだったが、必死にこらえた。
息が苦しくなるほどの、押しつぶされるような重く静かすぎる空気。静かなのに誰かがいるような気配。少し気を緩めると、それらが目に見える形で現れるような気がして、さとるは無意識のうちにこぶしを握っていた。
「ドアの前に紙が貼ってあるよ」
観音開きの戸がお札で封印されていたが、まだ小さい美咲はお札の存在を知らず、テープのようなものだと思った。しかし紙には何か書かれていて、それがただのテープではない特別なものだと感じとり、美咲の目はより一層輝いた。
「美咲、もう帰ろう。鬼が出る……。この森は鬼が出るんだって、みんな言ってただろ」
さとるは顔を青くして祠を見た。本当は見るのも恐ろしかったが、見ておかないと中から何か出てきそうで、目が逸らせない。
「早く帰ろう。ここ、普通じゃない」
震える声でつぶやいた。
さとるとは対照的に、美咲は日常と離れたこの場所に興奮しきって、引き返す様子がない。
「もうちょっと、見てみようよ。ちょっとだけ。私中を見てみたいなあ」
いつもの、わがままを押し通す笑顔に、さとるは何も言えなくなる。無言のさとるを、美咲は了解と受け取った。
美咲は周辺をうろうろと歩いた後、階段を上り戸の前に立った。
どうにか中を覗こうとするが、真っ暗で見えそうにない。
やはり、封をやぶるしかない。
美咲はお札の前に手をかざした。札を取ろうというのだろう。
しかし、手はとまったままで、動かない。心の中で、封をとこうとする者と邪魔する者が戦っているような、緊張感が漂った。
さとるはどうにかして美咲を止めたいのに身動きができず、祈りながらただ見守った。
空気が、張り詰める。
やがて美咲は動きだし、無言のままお札を取った。
戸が開いたわけでもないのに、さとるは反射的にぎゅっと目を瞑った。
あんなに固く戸を閉ざしていたお札は、たいして力もない美咲の手で簡単に剥がれてしまった。
お札がなくなり、これで中に入ることができる。それなのに、さっきまであんなにはしゃいでいた美咲が大人しい。
自分は何か取り返しのつかない、恐ろしいことをしてしまったのかもしれない。
漠然と、美咲は不安を感じていた。美咲はどちらかというと怖がりで、本当は森に入ってからずっと怖かったのに、何故あんなにはしゃいでいたのだろう。
「さとるちゃん、戸を開けよう」
美咲がさとるを呼び、さとるは青い顔をしたまま何も言わず美咲の傍まで来た。
二人は、恐る恐る戸を開けた。