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闇垢戴天  作者: 樹嵐
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 瓦礫に半分埋まった聖像。流れる髪は波打ち、優雅な肢体は薄絹を纏う。人々を見守る瞳は慈愛に満ち溢れる。それは唯一の、そして万能の神ルフィアを象った像。ここにあったはずの教会は崩れ落ち、瓦礫の海となり果てていた。その周辺には、海上を漂うゴミ屑のように、肉の塊が散乱している。それは引きちぎられた人の死体だった。家々は血に染まり、道にもいくつもの血溜まりができていた。

赤く濡れたルフィアは変わらずに微笑みをたたえている

遠くで何かが崩れる音がし、近くでは肉が焦げる音が耳につく。

風が吹く。砂と一緒に止まった時をも流していく。

よく見ると廃墟と化したこの場所に、肉の塊が蠢いている。それが村人たちを「赤」に染めた元凶であった。それは口らしきところから体液を流して、肉と化した骸を喰い漁っている。独特な腐敗臭が辺りに広がっていた。  

 化物。そう呼ぶにふさわしい生命体。目を覆うような赤くただれた皮膚が体を覆い、本能のままに人間を喰らう。その血に似た赤い瞳は幾千、幾万もの人間を闇に陥れてきた。

 闇に魅入られし者(ゲウ・グ・ホーグ)

彼らが何処で生まれ、その名を誰が与えたのか知る者はいない。人間と同じ時間を生きてきたにもかかわらず人間たちが彼らについて知ることは限りなく少なかった。それ故に、余計に人々は彼らのことを恐れ、憎むのであった。

 肉を喰らう音の中に、奇怪な雑音が紛れた。あるはずのない跫音。それは瓦礫の海に突き出た像の前で止んだ。

 化物を倒しにきた無謀な人間にしては、あまりにも華奢な体つきをした少年だった。少年の視線は、血に彩られた平和の象徴に注がれる。その瞳は、底のない闇に等しく、それと対をなすように、少年の肌は限りなく白かった。「人形のような」という形容がよく似合う少年だった。その外見は明らかに人間に見えた。が、彼もまた闇に魅入られし者と同類であった。

メーファーズ

一体誰がつけたのか。それが彼の名だった。闇に魅入られし者の中で唯一名を持つ者。

(神よ。もしお前が存在するのならば答えよ。なぜ我らに生を与えた)

風は一層強まり、砂を踊らせた。太陽は遙か彼方に沈みはじめている。夕日に赤く染められたルフィア神。そして蠢く化物たち。

一瞬、風が止んだ。

 閃光が街を包み、静かに消えていく。

また一つ、街が闇に喰われ、無に還った。

ただ一つ、殺戮に染まったルフィア神を残して。

 ギューン

辺りは静かだった。だから余計にその音が大きく聞こえた。

黄昏に染まった森の中。大陸ヴェルベールの東の中心、世界三大都市の一つであるザフィートに続く街道沿いに照らされて、妖しい光を放っていた。

緊張は指先に集中する。引き金に指をかけたまま、銃口をそれに向け、そして::。




ギューン

もうすでに死んでいたかも知れないが、それに弾を撃ちこむ。その反動で後方に少しだけ動いたが、自ら動くことは二度となかった。闇に魅入られし者は確かに死んだのだった。 鼻を覆いたくなるようなひどい臭いが辺りに漂いはじめる。己の体液で、それは自らの骸を溶かしていく。人間には到底真似できない行為。ジュワ、ジュワワと白い泡がうまれ、

やがてそれは空気となり消えていく。時間が経つにつれて、肉の塊は小さくなっていく。

うっすらと闇狩(ハンター)の額に汗がにじむ。それを手の甲で拭うと深く安した。

闇に魅入られし者を狩る者。それが闇狩である。彼らは人間で唯一赤眼の魔物を殺せる者。どんなに科学技術を駆使した武器であろうとも、弱点である核を貫かなくてはそれは死なない。そして、それは全て場所が異なり、闇狩でないと破壊できなかった。つまり、闇狩は闇に魅入られし者を殺すことのできる特異能力者であった。

(ためらっていたら次は必ず死ぬ)

何度もそう己に言い聞かせてきたが、結果は変わらなかった。それでもなお、そういい聞かせる自分に彼女は苦笑した。

闇狩の名は、ユリエル・シークエンス。彼女の持つ、滑らかな栗色の髪も、碧の瞳も、もはや紺碧に浸っていた。まもなくすべてが闇に落ちる。風が通り抜け、木々がざわめいた。一瞬だけ、闇に舞う葉を見やる。視線を戻せば、それの姿はすでになかった。あるのはあの臭いだけ。

(あいつは死んだら一体どこに還るのだろう)

ぼんやりとした意識の中に、そんな疑問が生じてくる。

 人間が死ねばその骸は腐り、やがて土に還る。だが、骸を自分で溶かす彼らは一体どこに還るのか。いや、そもそも人類の敵であるあいつらに還るところがあるのだろうか。そんな思いが浮かんでは消えていく。そして行きつく先はただ一つ。

 闇に魅入られし者、奴らはなぜ、この世に生を与えられたのか。それが長年の彼女の疑問だった。

『変わったことを考えるな』

昔、共に旅をした男がそんな言葉を返したことがあった。

確かにそうである。ユリエルは自分でも不思議になるくらい闇に魅入られし者に執着していた。憎むのが当然の世の中なのに。その理由もまた彼女は知っていた。それは幼い頃聞いた言葉のせい。

『闇に魅入られし者。彼らは償うことのできない罪を着せられた哀れな人間たち』

 思い出という記憶の中で、ユリエルは今もなおその言葉を聞き続けていた。

遠くで自分の名を呼ぶ声が聞こえた。口元をわずかにゆるめると、身を翻し、闇狩は闇に消えていった。



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