泳げないはずの男[謎発生編]
春はいつも早い。
過ごしやすくて好きな季節は、気づけばすぐに通り過ぎてしまう。
「暑い……」
私は机に突っ伏していた。
もう完全に夏バテである。
「おはよ。斉木さん」
「おはよ」
最近、佐藤君が挨拶をしてくれるようになっていた。
前なら寝たふりをしていたところだが、今はちゃんと起きている。
「暑そうだな?」
「うん。暑い」
「なら、冷たい場所に明日行かないか?」
冷たい場所?
南極とかだろうか。
「どこ?」
「最近できた屋内プールだよ」
「なるほど」
確かに冷たい場所だった。
「ああ、もちろん俺のほかにも、前に話した親友の三船雄一も来るし、美幸も来る。どうだ?」
「うーん……」
正直、魅力的ではある。
でも、私が行って邪魔にならないだろうか。
「邪魔にならない?」
「ならないよ」
「……分かった。行く」
「了解!じゃあ明日、朝十時に現地集合な」
「うん。分かった」
こうして私は、初めてクラスメイトと出かけることになった。
⸻
翌朝、十時。
「おーい。斉木さん、お待たせ」
「いいよ。全然待ってないから」
実際は三十分前に来ていたが、気を遣わせたくないから黙っておく。
「初めまして。俺は三船雄一。この間の件はありがとう」
「いいえ。ただ少し考えただけだから」
「うむ。聞いていた通りの女性だな」
「……聞いていた通り?」
「あら、なんて聞いてたの?」
「謙虚で真面目で、困っている人を放っておけない優しい人だって、彩人が」
「へえ。彩人がそこまで言うなんてね」
「ただの事実だろ?」
「確かに」
二人が顔を合わせて笑う。
並ぶと絵になる二人だと思った。
「いい人じゃない」
「ほら、謙虚だろ?」
「そうだな」
どうやら聞いてもらえそうにない。
私は諦めて黙ることにした。
「暑いし、早く中に入りましょう?」
「そうだな」
「おう」
私たちは建物の中に入り、それぞれ更衣室へ向かった。
⸻
「外、ほんと暑かったね」
「はい」
更衣室の中はひんやりしている。
私はのそのそと服を脱ぎ――そこで、思わず動きを止めた。
「……?」
「えっと、着痩せするタイプ?」
「ああ、これ?」
そう言って、美幸さんは軽く肩をすくめる。
「別にいらないんだけどね」
「は、はあ……」
立派なものを前にして、私は視線の置き場に困った。
床の白いタイルが、やけに眩しい。
「行きましょうか」
「うん」
私は神を呪いながら更衣室を出た。
⸻
「お待たせ」
「おお、全然待ってないぞ」
「あ、ああ……」
三船君は分かりやすく緊張している。
好きな人の水着姿は、やはり刺激が強いらしい。
「似合ってる、水着」
「ありがと」
褒められるがすぐにこんな貧相な体では、きっとお世辞だと確信する。
「言っとくけど、お世辞じゃないからな?」
「……え?」
どうして分かったのだろう。
「顔に出てた」
「え、分からなかったけど?」
「ああ、俺も気づかなかったぞ?」
「……そうか」
佐藤君が変なだけだったらしい。
「とにかく、似合ってる。自信持てよ」
「あ、ありがと」
真正面から言われると、少し照れる。
「ねえ、私は?」
「もちろん似合ってる」
「ああ、似合ってる!」
「ふふ、ありがとう」
⸻
「それじゃあ、遊びましょうか」
「うん」
私たちは、それぞれ思い思いにプールを楽しんだ。
私は仰向けになって、水に浮いている。
「なあ、ずっとぷかぷかしてるけど、楽しいのか?」
「うん。涼しい」
「泳がないのか?」
「……」
「泳げない?」
「……」
「沈黙は肯定だな」
「泳げなくても、楽しいから」
「泳げたら、もっと楽しいぞ」
「……不器用だから」
「練習すればいい。付き合う」
「……分かった」
真剣な目に、根負けした。
しばらく練習すると、少しだけ前に進めるようになる。
「いいぞ、その調子」
疲れているからか同じ場所なのに感覚が違う気がした。
「はあ……少し休憩」
私はプールサイドに上がり、腰を下ろす。
「よく頑張ったな」
「付き合ってもらってるから」
ピンポンパンポン
「十二時より水深を変更します」
アナウンスが流れて時間の流れを実感する。
「もう十二時か・・・・・・」
私はよく頑張ったと自分を褒めたくなった。
⸻
しばらくして、酒井さんと三船君がこちらに歩いてくる。
「どうした?そんな難しい顔して」
「それがね……」
酒井さんは話し出す。
「私と三船君で泳いでいたんだけどね。そこでクラスメイトの多田君が仰向けで浮いていてね。でも友達じゃないし声はかけなかったの」
「うん?多田?確か中学頃に泳げないから高校では選択授業で絶対水泳を選ばないって言ってたぞ?何でそんなとこにいるんだ?」
「うん。私も不思議に思ってはいたの。でも泳げるようになったのかなって思ったから特に気にしていなかったの」
確かに中学頃ならその可能性もある。
「で、それから少し休憩してたんだけど周りが騒がしくなって騒ぎの中心を見ると多田君が担架で運ばれていたの」
「え、浮いてたんじゃないのか?」
「うん。私が見た時はリラックスして仰向けで浮いてた」
「じゃあ何で?」
「それが、周りの人に聞いたら、浮いてたら急に何かに慌てだしてその場で溺れてたらしいよ。すぐに周りの人が助けてくれたみたいだけど意識はなかったみたい」
「変な話だな」
「そう、で二人で理由を考えていたの」
「何かありそうだな」
「多分」
何気ない日常にも謎は存在する。それを再確認させられるかのように謎は襲ってくる。




