雨の中の君[違和感]
私は、日常の違和感を見逃せない性質だ。
誰も気にしないようなことが、頭の中でじわじわ引っかかる。
その日も、きっとそうだった。
灰色の雲は低く垂れ込み、雨が街に激しく叩きつける。
舗道に落ちる雨音はいつもより速く、鋭く、何かを警告しているように聞こえた。
公園の前を通りかかると、ひときわ異様な人影が目に入った。
傘を差さず、雨に打たれたまま立っている誰か。
——佐藤君?
彼は、学校では目立つ存在の男子だった。
なのにその姿は、明らかに異様で、理由もなく心をざわつかせた。
自然と私は足を止め、視線を向ける。
「どうしたの?」
声をかけると、彼は一瞬こちらを見て、すぐ視線を逸らした。
雨の音が二人の間にさざ波のように広がる。
「いいんだ……もうどうにもならない」
拒絶の言葉。
でも、その声は弱い。雨のカーテンに防がれているかのようだった。
「何かあったの?」
「終わったんだよ……」
その返事に矛盾を感じた。
会話はそれ以上続かない。
私は違和感を感じながらも何かしないといけない気がした。
だから、私は傘を差し出す。
「なら、これだけでも持ってて」
佐藤君は少しだけ声を震わせて言った。
「……聞いてなかった?」
「聞いてた……でも、私が気になるから」
沈黙。
雨音と、遠くで車が走る音が二人を取り巻く。
私はそれ以上踏み込まず、踵を返した。
「じゃあね」
振り返らずに、その場を離れた。
その場には雨音と静かな足音だけが確かに残った。
⸻
翌朝。
鏡の前で髪を整えながら、私は自分の顔を見る。
可愛くも、美人でもない。
愛嬌もない。
情熱を持てるものもない。
まるで、色のない世界にいるみたい。
それでも、時間は止まらない。
「今日も、がんばろう」
そう自分に言い聞かせ、学校へ向かった。
教室に入ると、誰かの紙をめくる音、椅子を引く音、窓の外からの風のざわめき。
それらが耳に入り、現実と認識させる。
そうして、誰とも話さず自分の席に着く。
友達はいない。
嫌われてはいないけれど、私と一緒にいると《《迷惑》》をかける。
だから距離を取っている。
いつものように机に突っ伏していると、肩を叩かれた。
顔を上げると、佐藤君が立っていた。
「これ」
差し出されたのは、昨日の傘。
机の上に微かに残る鉛筆の擦れる音が、空気を静かに震わせる。
「え、別にいいのに」
「よくないだろ」
「なんで?」
「……これ、お気に入りだろ」
驚いて傘を見る。
「どうして分かったの?」
「どうでもいいものに、名前は書かない」
取っ手の部分。
小さく書いた私の名前。
「……ありがと」
「こっちこそ、助かった」
彼はそれだけ言って去っていった。
教室がざわついたけれど、私にはまるで遠い世界の音のように聞こえた。
⸻
放課後。
当番がなかった私は、ゆっくり帰っていた。
公園の前で、また人影を見つける。
佐藤君だった。
「どうしたの?」
「俺の話を聞いてほしい……」
昨日とは変わっていた言葉に驚くも冷静に聞く。
「どんな話?」
「人間関係の話かな……」
その顔にはとても複雑そうな事情がありそうだった。
佐藤君は一呼吸置き、雨で濡れた道を見つめる。
「誰にも言えないと思ってた。でも……斉木さんなら、話せると思う」
「なんで?」
「雨の日に、俺を見ないふりしなかったのは斉木さんだけだったから」
その言葉は愚直に思えるほどまっすぐだ。
それはとても私の中の感性を刺激した。
「……分かった。私でよければ」
「ありがと」
彼は少しだけ笑った。
けれど、その笑顔の奥に、昨日とは違う影がちらついていた。
雨に濡れた道を見つめる目に、何かを抱えているのが分かる。
——次に、何が起こるんだろう。
私は、自然と背筋を伸ばした。




